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朱夏
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しおりを挟む南川と書かれている古びて重厚感のある門をくぐり、大きな生き物にでも飲みこまれるような心地でそろりと足を動かす。
立派な造りの屋敷だった。
けれどそれは同時に昔の栄華から抜け出せない古臭さを感じさせるものであり、その重苦しさが足を重くさせる原因でもある。
ため息の出るような芍薬が咲き誇る傍らを通り過ぎ、進みたいとは思えない苔むす土の上の飛び石の先を理由もなしに眺めていると、
「に ────、さん?」
そう声がかかった。
驚いてその声の持ち主を探すと芍薬の向こう、まだ花をつけない夾竹桃の深い緑に紛れる紬の袖に気が付く。
「……はい。連絡をしていた新山です」
唐突過ぎる問いかけに胡乱な感情が湧いたものの、迷いながらそろり返事を返す。
すると、見え隠れする紬の袖が存在を主張するように揺れた。
「本日より、お世話になります」
「ああ……聞いています」
光を厭うように夾竹桃の影から細い面が覗く。
柔らかく目を細める少年は庭木に添うようにこちらの方へ一歩踏み出すと、傾げるように頭を下げた。
「こんにちは」
丁寧な挨拶に面食らい、こちらに歩いてくる彼に返事をすることができないまま立ち竦む。
初夏の暑さを感じさせない涼し気な立ち姿。
烏の濡れ羽色の髪、
日に溶ける月色の肌、
伏せた睫毛がゆっくりと持ち上がり、金剛石の光を宿した双眸が真正面からこちらを見た。
幼さの中に含まれた陰りに、自然と喉がこくりと音を立てる。
「……こんにちは」
奇妙な予感に、背中にひやりとした汗が伝っていったのを感じた。
しゃなり と言う言葉が聞こえてきそうな身のこなしで目の前に座る女は美しく妖艶で、正面に座っていながら視線のやり場を見つけられずに仕方なしに膝の上へと目を遣った。
「新山さん」
門をくぐったところでかけられた言葉をもう一度かけられ、既視感に自然と体に力が籠る。
「はい」
「こちらは息子の翠也」
あきや……と胸中で呟けば、まるでそれが聞こえていたかのように彼がこちらに向けて微笑む。
「翠也、こちらが今日からうちに来ていただくことになった新山卯太朗さん」
こちらが頭を下げると彼も緩やかに下を向く。
「よろしく」
挨拶の合間にそろりと、失礼にならないように二人の顔を盗み見る。
そうやって二人の顔を見比べてみると、翠也と紹介された少年とその母親である峯子が親子であると言うのはいささか信じられなかった。
他人と言う意味ではなく、姉弟に見えると言う意味で……だ。
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