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「恨み……じゃ、ないとは言い切れない。あの時はね?」

 端整な顔が乞うままに侑紀はその唇に口づける。

「でもね、なんだろうね?…俺が憎んでいるのが、兄貴に抱かれた香代子に対してだって……気付いた。もっとも、気付いた頃には兄貴はとっくに家を出て、連絡先も分からないんだから…泣けてくる」

 何に嘲笑ったのか分からないが、自嘲気味な笑みはどこか胸をひんやりとさせるものがある。

「そんなに、この家が嫌だった?」
「…嫌……っつーか。お袋の事もあったし…な」

 ある日姿を眩ました母親。

 楽しみの少ない狭い田舎では、噂は格好の娯楽だった。

 繰り返し、陰で囁かれる興味本意な会話。
 蔑むように投げ掛けられた視線の冷たさも、侑紀はまだ忘れられないでいる。

「向こうは気楽だしな」
「そう。でも…連絡先位は教えておいてよ」

 ああ…そうか…と呟いて侑紀は頷いた。

「親父の事、ありがとうな。一人で大変だったろう?」

 皮肉るように眉が上がり、汰紀は首を振って鼻で笑った。

「良くも悪くも、田舎だからね」

 近所が手伝ってくれた…と言葉が続く。

 小うるさい近所の人々相手に、まだ若い汰紀にどんな心労があったのかを思って侑紀は項垂れる。

「悪かった」

 呟き、そ と汰紀の首に腕を回して抱き締めた。

「どうしたの?」
「…別に………労を労ってやってるだけだ」

 そう言って背中を緩く撫でてやると、汰紀は幼い子供のように笑って抱き締め返した。

「あんまり…さ。仲良くなかったけど、俺、兄貴の事…好きだよ」

 染み入るような答えに、侑紀は一瞬言葉を詰まらせ、ぶるりと首を振る。

「オレは…すぐオレの物を欲しがるお前が嫌いだった」

 そう言い捨ててそっぽを向くと、女顔を微笑ませた汰紀が耳元に口を近づけた。
 口を開くと、微かに舌が耳朶を擽る。

「ふぅん」
「そのくせ、やるとすぐに飽きて放り出すんだ。まったく…」
「…そんなオレが嫌い、だった?」
「ああ!嫌いだったっ!」

 突き放してそう言ったはずが、汰紀の機嫌の良さげな笑みは崩れない。
 侑紀は首を傾げて…はっと口を押さえた。



「───今は?」



 擽ったそうなはにかみ笑いから侑紀は顔を背け、膝を抱いて小さく踞る。
 それを追いかけ、汰紀はその肩をつついた。

「ねぇ?今は?」
「────し、知るかよっ!!」

 怒鳴り付けて立ち上がるも、狭い格子内ではどこに行くことも出来ず、侑紀は赤い格子にしがみつくようにして顔を伏せた。

「ねぇ?」

 背後から柔らかな人の温もりが覆い被さる事に、侑紀は小さく口許を綻ばせる。

「…知らねぇよ……」

 そう繰り返し、自分よりやや高い位置にある汰紀の目を見上げた。
 狂気を孕みながらも愛しそうに見下ろす視線を受けたまま、侑紀は軽く背伸びをするようにしてその唇に口づけた。


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