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 切れた唇の血と、唾液と、吐き出された汰紀の精液が口元を汚していた。



 コクリ



 侑紀の浮きだった喉仏が動き、咥内の物を飲み下したのが分かる。

「美味い?」

 問われ、侑紀は左目から流れ続ける涙を拭いもせず、小さく首を縦に振って見せた。



















 薄ぼんやりとした視界に、何度か瞬く。

 右目ははっきりとはしないがまだ物の輪郭を見てとれたが、左目は白い靄が掛かってはっきりしなかった。

 違和感を感じて右目だけの視線を上げると、左腕からチューブのような物が延びているのが見え、侑紀は再び瞬く。

「点滴だよ。色々ヤバイ状態だったからね」
「…て、んて ?」

 どこかふわふわした感覚が体を覆い、自分が何処にいるか、何をされているかもピンとこないまま侑紀はおうむ返しに呟いた。

「ほら、体拭いて上げるよ」

 突然額に触れた温かなタオルの感触にはっと身を固くする。

「ここ数日の汚れ、綺麗にしないとね?」

 口元を拭われた際には痛みで跳ねたが、それ以外は従順に為されるがままだった。
 侑紀の体を拭き終わり、ふうと息を吐く汰紀に、掠れた声が投げられる。

「コレ… 素人、でも出来る  …もんなのか?」
「家族ならね、まぁ…満更素人って訳でもないけどさ」

 疑問が顔に出ていたのか、汰紀は侑紀を見下ろして微笑む。

 その害の無い笑みに、侑紀はポカンと口を開けた。

「医大に行ってたんだ」
「い、だ……」

 繰り返しながら、汰紀は昔から成績が良かった事を思い出していた。
 そんな侑紀の耳に、するりと次の言葉が投げ掛けられた。

「父さんが亡くなって、中退したけどね」
「亡 く  …?」
「三ヶ月ほどになるかな」

 虚だった目がみるみる見開いて行き、はっと光が差す。

「な、んで?連絡してこなかった!?」
「連絡先を知らなかったからね」

 さらりと言い、脈を取る為に腕に触れた。

「  ゆっくり話す事もなかったし、ちょっと話す?」

 傍らに腰を下ろし、畳の上に横たわるしか出来ない侑紀の髪に指を差し入れる。
 擽るように撫で、端整な顔を微笑ませた。

「髪を触るのは、情事後の行為なんだって」
「ふざ、けんなっ……おや じは、なんで死っ  んだんだ?」
「事故だよ。呆気ないもんでね」

 髪の間を縫っていた手がするりと耳朶に降り、柔らかく弄ぶ。
 切れ長の目が細められ、その視線を追うように指先が首筋へと移動していった。

「  そ、ん…」
「それで、今はこの家に独り暮らし。あ、兄貴が居るから二人暮らしか」

 くにっと指が胸の尖りを潰す。

「や、っめ… っ」
「感じる?」
「ふざ っけんなっ!…じゃ、田舎の家は 」



「田舎の家はここだよ」



 は?と聞き返そうとした言葉は、汰紀が与える刺激に飲み込まざるを得なかった。

「 兄貴は知らないだろ?ここの事」

 手を休めないまま、ぐるりとこの部屋を見渡す。

「やっ 手…っ止めっ!!」
「うん?感じるから?」
「違うっ」
「じぃさんがさぁ、教えてくれたんだ。  たぶん…」

 ぎゅっと乳首を摘まみ上げられ、侑紀は下唇を噛んで声を堪える。
 汰紀はそれを見て薄く笑いながら、身を屈めて侑紀の耳朶を口に含んだ。

「俺ん中の、狂気に気付いてたのかなぁ?」

 くちゅ…と粘着く水音が脳を揺さぶった。



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