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しおりを挟む八畳ほどの牢の奥に、埋め込まれるように設置されていた便器の中へ、込み上げた物を吐き出す。
げぼげぼと音はするが、胃から何も出なくなってもそこで吐き続ける。
『俺のもちゃんと、舐めて綺麗にしてよ?』
その言葉を思い出すと再び胃が縮まり、侑紀はげふりと咳き込む。
「なん…で……」
こんな目に…と唸る。
確かに……兄弟仲は良くなかった…
四歳離れた弟とは、幼い頃は仲が良かった筈だったが、何時から喋らなくなったのかは思い出せなかった。
父親似の侑紀と、
母親似の汰紀…
二人の家がある場所は酷い田舎で、先祖はそこら一帯の庄屋だったが侑紀の曾祖父が放蕩の限りを尽くしたせいか、侑紀の父の代には古い屋敷だけが遺されるのみとなった。
田舎暮らしに嫌気が指したのか、母親は侑紀が高校に入った年に村の郵便局員と消えた。
母の顔が汰紀とダブり、思わず首を振る。
母親そっくりの、何を考えているのかわからない綺麗な顔。
そこに浮かべられた笑みに体が震える。
「くそっ」
腕を縛る縄で口元を拭うと、侑紀は立ち上がって赤い格子内を歩き出す。
誘拐された際に使われた薬はすっかり抜けて、もう足がもつれることはなかった。
足元は畳、四方は木の格子、そしてその周りは極彩色の絵の描かれた壁、窓はない。
座敷の端には囲いも何もない、ただ穴が開いているだけの便所のような物と小さな蛇口があり、格子の扉は二重になっている。
そして、唯一の出入り口らしい黒い階段が天井に向けて続いていた。
それだけだった。
頭痛を誘うような豪華絢爛な色彩はある癖に、呆れるほどそれ以外は何もない。
格子を押し、びくともしないのを確認した後、侑紀は仕方なく畳の上に転がった。
くるりと鳴った腹の音に、侑紀はごろりと寝返りを打つ。
「腹…減った…」
食事に行く途中で拐われたせいで、胃の中は空っぽだった。
散々吐いたのも手伝い、侑紀は酷い空腹に襲われていた。
「汰紀っ!!飢え死にさせるつもりかっ!?」
そう悪態を吐き、ばたんと足を蹴り上げる。
「……」
けれど返る返事は当然のように無く。
侑紀は舌打ちして目を閉じた。
こんな風に兄弟仲が決定的になったのは…
香代子
ふと名前を思い出して目を開けた。
「名字は…なんだったかな…」
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そして、彼女の初めての男は侑紀だった。
きし…
この空間で軋む音は、汰紀の訪れしかない。
大の字に寝転んでいた体を起こして階段の方に顔を向けると、汰紀が盆におにぎりを乗せて降りてくる所だった。
「メシくらい言われる前に持ってこいよ」
「…」
不機嫌そうに上げられた眉に、しまったと慌てて口を押さえる。
「今、何時だと思ってるの?」
見ると目尻に微かな涙が滲んでおり、欠伸を噛み殺したのが分かった。
睡眠を邪魔したのだと言うわずかな罪悪感を拭うべく、鼻で笑ってそっぽを向く。
「時計も無いんじゃ、分かるわけねぇだろ?」
「ふぅん?俺が居ないから夜だとか、察する事は出来ないの?」
「はぁ?」
格子の間から入れられた盆を引き寄せ、そこに乗せられた歪なおにぎりに手を伸ばした。
「頭可笑しいんじゃねぇの?オレがお前に、なんで気を使わなきゃいけねぇんだよ」
「…まだ、立場分かってないの?」
「あっ…」
指先に届きそうだったおにぎりが避けられ、代わりに不機嫌そうな声が続く。
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