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人生は山と谷ばっかり
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しおりを挟む砂利が大きく見える なんて、なんの関係もないことが脳裏によぎった。
落とされた時にガツンと音がして頭が跳ねたせいか、倒れているのにさらに倒れ込んでしまいそうな気分に陥る。
口の中の、血の味と、それから殴られた箇所の焼けるような痛み。
それから自分の意志で体が動かないもどかしさ。
「 ────ゃ 」
ルーの零れ落ちるような微かな悲鳴が耳に入るのに、手足がふにゃふにゃとしてうまく動かない。
ぎりぎりと奥歯を噛み締めながら這いずって二人の方へと向かおうとするのに……口を押えられたのかくぐもった甲高い悲鳴が聞こえてくる。
抵抗しているらしい音はするが、それも長くは続かなかった。
大人の男と華奢な少女ではどちらが強いなんて明らかだ、幾ら抵抗を続けようとしても力でもスタミナでも敵わない。
傍の藪へと引きずって行かれるルーの長い脚が空を蹴るのが見えて……
「 クッソ っ」
何もできないことに対する無力さに嘆くのは結果が出てからでも十分だ。
内臓がひっくり返って飛び出していきそうな腹にぐっと力を入れて、なんとか体を引き起こす。
爪の間に土が入るだの、力が入らないだの言ってられる状況じゃない、オレがここで何とかしないとルーが傷つく。
しかもただ傷つくだけじゃなくて、尊厳とか人としての在り方だとかそう言ったものを根こそぎひっくるめてずたずたにされる。
それは、オレが想像するよりももっとルーを傷つける。
「ぁ゛っ……ああああああああっ!」
腹の底から叫び声をあげ、わずかでも動けとばかりに足を動かす。
元気な時でも防戦一方で殴られるばかりだったのに、今のオレがどうにかできるとは思えなかった。
それでもわずかの希望にかけて……
「 え゛ ────っ⁉︎」
藪に駆け寄ろうとした瞬間、横から来た衝撃に跳ね飛ばされて吹っ飛ぶように藪へと突っ込んだ。
ぐるりと回った視界と衝撃とに何が起こったのかわからず、状況を確認しようとしたオレの目の前を大きな体が横切っていく。
茶色い髪の中に白いもの目立つひっつめ髪の後ろを見送る。
「あ、あんた っ」
見上げたせいか老人だと言うのにその背中は隆々として見えて、オレを蹴り飛ばすくらい簡単なことなのだと物語った。
その背が森の方へと進んでいくと、こちらの騒動にやっと気づいたのか商人が取り乱す声が聞こえてくる。
藪に頭から突っ込んだせいで服のあちこちが枝に絡めとられて、手足を擦りながらもがくようにしてそこから這い出す。
「な、 なんっ ! ……あんた……っ」
ひぃ と飲み込むような小さな悲鳴と共に商人が明らかに狼狽する。
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