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第二章 人生やっぱり甘くない
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しおりを挟むさっと視線を逸らすと、化粧品もないはずなのにピンクでぷるぷるの唇に行きあたってしまう。
こじんまりとしているけれど、肉厚な……
「熱はないみたい、よかったぁ」
「あ、あ、うん」
なんかわかんないいい匂いと、至近距離で揺れる膨らみと、こじんまりとした可愛らしい顔にくらくらと目が回りそうだ。
「じゃあ……オレ、何したらいいのかなぁ」
ルーとの距離が気恥ずかしくなって、身を引きながら空を仰ぐ。
そこにあるのは日本と同じ青い空が広がっている。
緑でもなく、ピンクでもない馴染のある青地で、やっぱり同じ白い雲がぷかぷかと浮いていて平和そのものだ。
オレは……異世界転生もののライトノベルを読んではいたが別に異世界に行きたい人間って言うわけじゃない。
確かに片親だったし、母以外身内がいなかったり、成績も中の中で、モブ顔だったりしたけれど悪い人生を送っているわけではなくて、それなりに連絡を取る友人もいたし恋人も……
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」
「きゃっ⁉︎ な、な、なに⁉︎ トーマ⁉︎ 何かあった⁉︎」
「なんっっっっにもなかった!」
それが問題だった!
あえて異世界に飛ばされた非日常にかまけて思い出さないようにしていた事柄が、ふと浮上してきて思わず声を上げてしまった。
あの時、一緒に洗濯機に入れて回した指輪はどうなっただろうか?
失踪したオレを捜査しにきた警察が見つけたりするのか?
んでもって、失恋による失踪とかにされてしまうんだろうか……?
でも財布も靴も、服すら着ずに失踪したんだってわかったら事件性が出てきたりするかな?
マンションの前での騒動を見られているはずだから、もしかしたら痴情のもつれとかにされているかもしれない。
警察に取り調べられたりして、疑われて会社とかもクビになったりとかして……そしたら…………ざまぁと思って笑えるだろうか?
そんなことになったら、ミハルは絶対に悲しんで、自己嫌悪で落ち込んで泣いてしまうだろう。
目の周りの皮膚が薄いから、こするとすぐに赤くなって……泣いていたのがすぐわかる。
オレのマンションで過ごしながら、よく目の周りを赤くしていたのはオレに対する罪悪感か、彼氏とのすれ違いに心を痛めていただけのどちらかだろう。
そんなミハルに、オレは気がつかなかった。
ソファーの隣に座ったのも、一つのデザートを分け合ったのも、肩を抱きよせたのも、すべてオレの勘違いから起こしてしまった悲劇だ。
どれだけ辛かったかを思うと、オレの失踪であの二人が疑われるようなことがなければいいと思う……なんて言ったら、ただのお人よしかな。
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