棘の鳥籠

Kokonuca.

文字の大きさ
上 下
74 / 76

73

しおりを挟む




「でも、付き合ってる奴連れて行くのは初めてだから」
「   ありがとうございます」

 赤くなった小林に釣られて、こちらも赤くなる。

 雑踏の中とは言え、男二人が赤面しているなんておかしい場面だろうに、面映ゆくて俯いた。

「んじゃ、行こうか」

 電光掲示板に目を遣り、時間を確認した小林が腕を引く。

「はい      ────っ!」

 腕を引かれて歩き出そうとした瞬間、横薙ぎの衝撃に踏ん張れずにバランスを崩した。
 腕が弾かれる感触と天地が回るような感覚に、倒れるかとも思ったけれど、痛みはないままに温かいものに抱きしめられていた。

 通行人にぶつかったのかと思うも、微かに匂う移り香に覚えがあって……


「   ────佐伯、部長?」


 唖然とした小林の声が頭上でして、自分が誰の腕の中にいるのかがわかった。

 弾んだ息と、汗の匂い。

 視界の端に見えた皮靴には、似合わない擦り傷ができていた。

「 なん   」

 僕を抱きかかえる腕はすべてを語ってしまったらしい。
 続かない小林の言葉が、僕達の関係を見抜いたと雄弁に物語る。

 何か、言い訳をと

 けれど、胸が詰まって

 震えて膝から崩れ落ちそうな体を抱きしめる姿に、もう諦めたと思っていた心が喜んで……


「   戻るぞ」


 乱れた呼吸の下からの飾り気のない簡素な言葉には、強制力なんてないはずなのに気づいた時には頷いていた。

 荒く揺れる肩と乱れたスーツに泣きそうだ。
 僕を追ってここまで走ってきたんだってわかるその姿に。


 言葉は、多くない。


 この人は、言葉で言い募るのが苦手で。
 これからも、きっと最低限の言葉ももらえないんだろう。

 好きだとか、

 愛してるだとか、

 甘い言葉は、欲しくてももらえない。
 ホテルの部屋以外は、視線ももらえないかもしれない。

 それでも、指が食い込むほどに僕を抱き締めてくれている腕の感触が、心に刻まれて。


 引き留めるためだけに、ここまで走ってきてくれた事実が……


「ま  っなんでだよっ!!」

 小林の声に何人かの通行人の視線が向いたのが分かった。抱き締められたままだったと、咄嗟に腕の中から逃げようとしたが叶わず、逆に無理矢理佐伯に抱きすくめられた。

 つぃ  と男らしい指が顎を上げさせるのに抗えるわけもなく、

「     っ」

 従順に上げた顔がどんな顔をしていたかなんて、自分ではわからない。
 ただ、見開かれた小林の瞳に映るがぼんやりとした姿だけが見えて……

「  ごめ、    」

 ここで泣くのは、加害者として間違っている。
 何も言わずに、深く眉間に皺を刻んで視線を逸らしてしまった小林に、深く頭を下げた。


「  ごめんなさい」


 雑踏に紛れそうな声が聞こえたのかは、定かじゃない。
 小林の顔が見れないまま、踵を返した佐伯の方へ向き直る。


 背中はもう数歩先を行っていて、きっと並ぶことはない。

 それでも僕は踏み出す。



 振り返らない、この背中について行くしかできないのだと、心に決めて。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

たとえ性別が変わっても

てと
BL
ある日。親友の性別が変わって──。 ※TS要素を含むBL作品です。

Candle

音和うみ
BL
虐待を受け人に頼って来れなかった子と、それに寄り添おうとする子のお話

彼者誰時に溺れる

あこ
BL
外れない指輪。消えない所有印。買われた一生。 けれどもそのかわり、彼は男の唯一無二の愛を手に入れた。 ✔︎ 四十路手前×ちょっと我儘未成年愛人 ✔︎ 振り回され気味攻と実は健気な受 ✔︎ 職業反社会的な攻めですが、BL作品で見かける?ようなヤクザです。(私はそう思って書いています) ✔︎ 攻めは個人サイトの読者様に『ツンギレ』と言われました。 ✔︎ タグの『溺愛』や『甘々』はこの攻めを思えば『受けをとっても溺愛して甘々』という意味で、人によっては「え?溺愛?これ甘々?」かもしれません。 🔺ATTENTION🔺 攻めは女性に対する扱いが酷いキャラクターです。そうしたキャラクターに対して、不快になる可能性がある場合はご遠慮ください。 暴力的表現(いじめ描写も)が作中に登場しますが、それを推奨しているわけでは決してありません。しかし設定上所々にそうした描写がありますので、苦手な方はご留意ください。 性描写は匂わせる程度や触れ合っている程度です。いたしちゃったシーン(苦笑)はありません。 タイトル前に『!』がある場合、アルファポリスさんの『投稿ガイドライン』に当てはまるR指定(暴力/性表現)描写や、程度に関わらずイジメ描写が入ります。ご注意ください。 ➡︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。 ➡︎ 作品は『時系列順』ではなく『更新した順番』で並んでいます。

手作りが食べられない男の子の話

こじらせた処女
BL
昔料理に媚薬を仕込まれ犯された経験から、コンビニ弁当などの封のしてあるご飯しか食べられなくなった高校生の話

バイト先のお客さんに電車で痴漢され続けてたDDの話

ルシーアンナ
BL
イケメンなのに痴漢常習な攻めと、戸惑いながらも無抵抗な受け。 大学生×大学生

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

浮気されてもそばにいたいと頑張ったけど限界でした

雨宮里玖
BL
大学の飲み会から帰宅したら、ルームシェアしている恋人の遠堂の部屋から聞こえる艶かしい声。これは浮気だと思ったが、遠堂に捨てられるまでは一緒にいたいと紀平はその行為に目をつぶる——。 遠堂(21)大学生。紀平と同級生。幼馴染。 紀平(20)大学生。 宮内(21)紀平の大学の同級生。 環 (22)遠堂のバイト先の友人。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

処理中です...