棘の鳥籠

Kokonuca.

文字の大きさ
上 下
73 / 76

72

しおりを挟む




「半休だって?」
「はい、自分だけ申し訳ないです」
「出張後のお休みは権利だもの」

 そうは言ってくれてはいるが、申し訳ない気分になってくるのは日本社会ならではだろう。

「おでかけ? 恋人と旅行? お土産は甘くないものがいいな」

 休みの予定なんて喋ってもいないはずなのにそう催促され、苦笑が漏れた。

「わかりました。甘くない物ですね」
「うわ、恋人のことは否定しなかったわね」

 揶揄われ、ぶわっと汗が出た。
 その様子が可笑しかったのか、小さく笑われてしまい……

「いいなぁ車? 電車?」
「電車で、のんびり行こうかと 言ってて」
「いいねー!」

 この勢いで行くとどんどん情報を引き出されそうな気がして、妙な汗の滲んだ手を擦る。

「あの  えと    失礼します!」

 もうここは逃げるしかないと、深く頭を下げた。


 
 
 休みを取っていた小林は、私服で会社から少し離れた喫茶店で待っていてくれた。
 窓から中を覗き込むと、こちらに気づいて満面の笑みで迎えてくれる。

 ちょっと、ドキッとして……

 教育係にと紹介された時、この怖い顔立ちの先輩とこんな仲になるなんて、思ってもみなかった。

「俺だけのんびりしてて悪いな」
「そんなことないです!逆に、僕の方に合わせてもらって感謝します」

 支払いを済まして出てきた小林は、なんの不自然さもなく車道側に立つ。
 その動きはあまりにも自然で、気障っぽいとか見栄を張っているようにも見えない。

 人をエスコートし慣れてる人なんだと思うと、尊敬の気持ちが湧いてきてくすぐったくて……

 ちょっとした気遣いが僕を幸せにしてくれる。

「電車ってなかなか乗らなくなったよなー」
「そうですね、昔はよく乗ったんですけど 」

 なんてことはない会話が続く。

 尊敬は、いつか愛情に変わってくれるだろうか?
 友情は、いつか恋情に変わってくれるだろうか?
 
 憧憬は、好意に、愛しさに変った。


 だから、きっと、変わってくれるだろう。


 激情でない緩やかな感情は温かくて、心をふわふわとさせる。

「なぁ   行こうって言ってたとこ、俺の地元でさ。ちょっと実家に寄ってかない?」
「あ  あの、僕もですか?」
「    できれば」

 この人は突然何を言い出すんだろうか。
 それは僕を家族に紹介したいと言うことだとわかる。

 それが、男女間ならなんの問題もないことも。

「いきなり行って  驚かれませんか?」
「恋人連れていくって電話しておいたからそれはないかな」

 えっ と言葉が詰まった。

 僕の戸惑いがはっきりとわかったのか、考えを巡らす表情の後に「ああ」と言葉を漏らした。

「うちは、知ってるから」

 なんてことのないように返されるが、こちらからしてみるとそんな夢物語のような話があるんだと驚きだ。
 うちの親はどうだろうか? 母は泣くだろうし、父は怒りを通り越して茫然となるかもしれない。

 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

指導係は捕食者でした

でみず
BL
新入社員の氷鷹(ひだか)は、強面で寡黙な先輩・獅堂(しどう)のもとで研修を受けることになり、毎日緊張しながら業務をこなしていた。厳しい指導に怯えながらも、彼の的確なアドバイスに助けられ、少しずつ成長を実感していく。しかしある日、退社後に突然食事に誘われ、予想もしなかった告白を受ける。動揺しながらも彼との時間を重ねるうちに、氷鷹は獅堂の不器用な優しさに触れ、次第に恐怖とは異なる感情を抱くようになる。やがて二人の関係は、秘密のキスと触れ合いを交わすものへと変化していく。冷徹な猛獣のような男に捕らえられ、臆病な草食動物のように縮こまっていた氷鷹は、やがてその腕の中で溶かされるのだった――。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

恋人が出て行った

すずかけあおい
BL
同棲している恋人が書き置きを残して出て行った?話です。 ハッピーエンドです。 〔攻め〕素史(もとし)25歳 〔受け〕千温(ちはる)24歳

ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話

あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ハンター ライト(17) ???? アル(20) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 後半のキャラ崩壊は許してください;;

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

処理中です...