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しおりを挟む「 それ、は 」
いつかのずるい言葉遊びと同じだとわかった。
この関係を終わらせても仕事はちゃんとこなせ と、言う言葉だ。
けれど、夜に行われることも秘書業務の一つだと、こちらが解釈するならこの言葉は、
『恋人がいても抱かれに来い』
と言うことになる。
震えが、恐怖ではなく怒りからだとわかったのは、握り締めた拳を止められたからだった。
「 あ あなたの傍に、居たくないんです!!」
はっきりと言うが、表情に変化はないように思える。
こんな状態になっても、佐伯の感情の何かを引きずり出すこともできない自分は、どんなに頑張っても切り捨てやすいただの、出張先でのお楽しみでしかないのだと痛感させるようだった。
胸の痛みが、決心の背中を押した。
「 嫌なんです。 目の前で家族と話されるのが!」
怒鳴りながら振り払えば、驚いた隙をつけたのか佐伯の手が離れて距離を取ることができた。
「耐えられない!! こちらを見てくれないのも! や 優しくされたいし、 何か 一言でいいから、欲し 欲しいし 」
──── ~~ ~~ ~~
鳴った携帯電話に、咄嗟に二人の視線が向いた。
一瞬のその空気は、佐伯が見せた迷いだったのか……
「取らないでください‼︎ お願いしまっ !」
サイドテーブルの上の携帯電話を僕が取るよりも早く、佐伯の手がそれを掴んで応答ボタンを撫でた。
「 はい」
この人は……
ぶるりと震えた体を動かして、急いで服を身に着ける。
「 ああ、ちょっと立て込んでて」
それでも、家族からの電話を取るのか。
涙を堪えようとしたのに震えで上手くいかない。
カチカチと鳴る歯を噛み締めて、なんとかボタンを留めようとするがうまくいかず、振り返る動作に紛れるような一礼をして立ち去ろうとした。
「 ああ、そうだな」
「────っ!」
逃げ出そうとした僕の腕を、どうしてこの人は掴むのか。
「 っ! !!」
ぐっと力を入れて身を引くも、引っ張られるのはこちらだ。
電話の片手間に僕を捕まえて、逆らうこともさせない。
抗議の声を上げようとしたのを察してか携帯電話を持つ手の人差し指が立てられ、静かにしていろと指示が飛ぶ。
それに従う理由もないのに、開きかけた口を閉じて項垂れてしまうことが、自分自身で不思議だった。
「 ああ、おやすみ」
柔らかに耳を打つその声を聴くのは、自分ではなく佐伯の子供で、奥さんで……
ぱた と、大粒の雫が落ちてシャツに染みをつける。
それを皮切りに崩壊した涙腺から雫があとからあとから流れ出す。
「放してくださいっ!!」
力強い指を引きはがすこともできなかったけれど、それでも抗って距離を取る。
「 ぃやっ! お願いですっ 放して 」
「そんなに泣くほど私が嫌か」
嫌?
佐伯自身のことだけならば、こうやって力づくだとしてもすぐ傍にいることができて……嬉しい。
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