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しおりを挟む「 すみません」
透明な氷が器の中でかこん と小さく音を立てた。
映画の音は響いてくるものの落ちてくる沈黙はどうしようもなくて、気まずくて二杯目の酒に口をつけることができなかった。
「────やっぱ駄目だ」
びくっと飛び上がる。
「ちょっとはっきりさせとこうか」
「 はい」
グラスを持つ手が震えて落としてしまう前にテーブルの上に戻した。
「恋人はいないって言ってたよな」
言葉に出来ず、頷く。
「あれから今までで、恋人ができたんなら ここに来たりしないか」
小林はグラスを戯れに傾けて、その度に中の氷がカコカコと軽い音を出す。
「合意ってことは酔って連れ込まれたんでもないんだろ」
「 はい」
「お前酔わないもんな」
「……はい」
「行きずり?」
どんどん、自分のふしだらさが暴かれていくようで……
一つ一つ暴かれていく毎に、顔が赤くなっていく。
「も 、僕 」
視界が潤むが、泣きたいのは小林だろうとぐっと息を詰めて我慢する。
「や、すまん。責めたいとか泣かせたいとかじゃなくて……大丈夫かってことなんだけどっ」
乱暴にグラスを置くと、テーブルを回り込んで傍に立った。
腕を取られて袖を捲られると、赤い指の痕が現れて……
「体は大丈夫なのか」
「だ 大丈夫」
「手当てがいるようなことはされてないか?」
指先で痕に触れられると、痛くもないのにびっくりして飛び上がってしまった。
ごめんと小さく謝られたが小林は何も悪くない。
「も もともと、皮膚が弱くてすぐあざになるし、赤みが分かりやすいので 大袈裟に見えているだけです」
「色白いもんな」
つぃ……と取られたままの腕の内側を撫でられ、くすぐったさに身を捩った。
「別に 関係ないって言われたらおしまいだし、口挟むのもあれなんだけどさ。そんなにまで泣かす相手で、満足してんの?」
「満足」と言う言葉の枠が分からなかった。
抱かれるの意味合いだけに言うのならば、ついて行けないくらい翻弄されている。
気持ちの話だとするならば……
たぶん、一生無理だ。
「幸せになれんの?」
それもたぶん、無理。
「あの 」
ぽと と、突き付けられた事実に涙が零れた。
ズルい誘われ方をした段階で、何かあった時に切り捨てられるのは僕だと決まっている。
何かあれば佐伯はあっさりと僕を捨てるだろう。
理解している。
不倫を始めたのは僕で、僕に責任がある。
佐伯は出張の同行を求めただけで、抱かれに押しかけているのは自分自身だ。
「 僕が、一人で 浮き沈みして泣いてるだけで 」
「セックスは一人でするもんじゃないぞ」
「そ うですけど 」
ぱたぱたと落ちる涙を、小林は袖口で優しく拭ってくれた。
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