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しおりを挟む「本当に、それは……合意なのか?」
頷くしかできない僕に小林の長い溜息が聞こえる。
「医者と弁護士に、腕のいい人を知ってる」
「 ひ 必要な い 」
更に首を振る僕に返されるのはやっぱり長い溜息で……
「す、すみませ ん、帰ります ね」
付き合おうと言った相手が情事痕をつけて傍にいるのは、小林にとってもいいことじゃない。厚意で家に招いてくれたのに、よりにもよってな裏切り方をしてしまった僕は、立ち去るのが一番だ。
たぶんもう、声をかけてくれることもないんだろうけれど。
「 あんな苦くて強い酒、飲めないぞ」
小林の眉間の皺は、何を飲み込もうとした苦悩なのか……
「あ の 」
「一度言い出したことだから」
ぐいっと肩を押されてへたり込むと、眉間を押さえる小林に見下ろされた。
「つまみでも作ってくる」
軽い引き戸を開けて、一瞬立ち止まった。
「痣があるんなら、さっと汗流すだけにしとけよ」
お人よしだと言うと怒られるのだとわかり、小さくはいとだけ返事をした。
「ホラーは?」
「見ます」
「アクション?」
「 も、好きですよ」
困る返事だとリモコンを弄りながら、小林は渋い顔をする。
テーブルの上に並べられたおつまみと、カットの綺麗な切子のグラスに戸惑ってしまう。
「豪華……ですね」
「えー? こんなもんだろ?」
会話はしているが、視線が一度もこちらを見ないのは気まずいからだと思う。
申し訳なくて、いたたまれなくて……
小林の座る位置の反対側の椅子に腰を降ろして身を縮めた。
「コメディにするかぁ」
「 いいですね」
映画が始まってしまうと会話が途切れてしまって、画面に目を遣るも内容が入ってこない。
「そっちのコップ寄越せ」
「え、あっ注ぎます!」
慌てて小林の選んだお酒を持ち上げる。開けると甘い香りがして、やはり小林の外見のイメージからは程遠い好みに小さく笑った。
「やっぱり甘い方が好きなんですね」
「甘くないと飲みにくいだろうが」
「 そうです?」
苦いのが、好きだ。
喉に残るような苦みが好みだと言うと、変わっていると言われるかもしれない。
赤と青の切子グラスにそれぞれの酒を注いで持ち上げる。
「えーっと乾杯しますか?」
「何に」
「……」
短く尋ね返されてしまうと返事に困る。
努めてくれてはいるが、小林はそんな気分じゃないだろう。
はっとなった僕に慌てた顔が向いた。
「悪い。違う、えっと お泊り会に」
「 はい お泊り会に」
軽く上げられたグラスに倣い、同じように上げてから口をつける。
アルコール度数の高い、苦みのある液体を飲み干してほっと息を吐いた。
「ほら」
空いたグラスに酒を注がれて頭を下げる。
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