55 / 76
54
しおりを挟むそれを見て、体に震えがきた。
目の端に映る鏡は昨日の痴態の一部始終を映したものだ。
今映っているのは……泣き腫らした、みっともない顔の自分。
鏡から視線を外して、独り置いて行かれた惨めな自分に涙が零れた。
身なりを整えられはしたが取り繕えたのは服装だけで、腫れた目元も切れた唇も体の痛みもどうしようもなかった。
痛みでおかしな歩き方になることに項垂れた僕に、佐伯は声をかけずに無言のままに帰路に着く。
潰すような抱き方に、この人は何も感じないんだろうか?
奥さんもあんな風に乱暴に抱くんだろうか?
疑問はあったけれど到底言葉になんか出せる質問ではなく、飲み込む他ない。
それに加えての中途半端にしてしまった仕事への責任感と、後悔で気持ちはますます沈んでいく。
新幹線がホームに着いた時、溜め息と共に吐き出すように佐伯が口を開いた。
「 明日は、報告書をメールで送るだけでいい」
「い え、大丈夫です。出社します」
小さな嘲りの声がして、視線が僕に止まる。
チリチリと焼くような視線が今どこに留まっているのかわかってしまうのは、どうしてなのか。
傷のついた唇がむず痒くてきゅっと引き結んだ。
「そんな顔でか」
どんな顔をしているのかは、さんざんどうにかならないものかと鏡を見た自分が一番知っている。
情けない、惨めな顔。
佐伯にはがっかりされたのだろうと思うと、足が竦む思いだった。
「出張明けは報告書さえ出せば休みが認められるのは社則だ」
今まで出張明けで休みをもらった人を見たことがない、あってないようなそんな社則はすっかり忘れていた。
休んだことがないのは佐伯もそうだったので、同行した自分が顔も出さないと言うのはいいことじゃない。
「そうですが 」
「黙って大人しく家で寝てろ」
ばっさりと切り捨てられて、突き放された態度にここでは泣くことも出来ずに項垂れて足元を見る。
「 すみません、お言葉に甘えます」
そう返すのが精一杯だった。
体を休めるのが正しいのだと思う。
家で体を休めつつ腫れを引かす方法を検索するのが一番だと思うのに、アパートに一人でいたくなくて結局いつものバーへと足を向けた。
柔らかいベルの音と、考えられた間接照明にほっと一息つく。
「ちょっと大きい荷物があるんですけど」
「じゃあ端の方がいい?」
頷いて案内された椅子に腰かけると店長がぎょっとした顔をした。いつもにこやかな表情をしていることを思うと、僕の顔はそんなに酷いのか……
「はい。こーれ」
弾けるような笑顔で手渡されたものは、おしぼりに包まれた保冷剤だ。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

指導係は捕食者でした
でみず
BL
新入社員の氷鷹(ひだか)は、強面で寡黙な先輩・獅堂(しどう)のもとで研修を受けることになり、毎日緊張しながら業務をこなしていた。厳しい指導に怯えながらも、彼の的確なアドバイスに助けられ、少しずつ成長を実感していく。しかしある日、退社後に突然食事に誘われ、予想もしなかった告白を受ける。動揺しながらも彼との時間を重ねるうちに、氷鷹は獅堂の不器用な優しさに触れ、次第に恐怖とは異なる感情を抱くようになる。やがて二人の関係は、秘密のキスと触れ合いを交わすものへと変化していく。冷徹な猛獣のような男に捕らえられ、臆病な草食動物のように縮こまっていた氷鷹は、やがてその腕の中で溶かされるのだった――。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

男子寮のベットの軋む音
なる
BL
ある大学に男子寮が存在した。
そこでは、思春期の男達が住んでおり先輩と後輩からなる相部屋制度。
ある一室からは夜な夜なベットの軋む音が聞こえる。
女子禁制の禁断の場所。
ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話
あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ハンター ライト(17)
???? アル(20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
後半のキャラ崩壊は許してください;;
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる