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しおりを挟むそれを見て、体に震えがきた。
目の端に映る鏡は昨日の痴態の一部始終を映したものだ。
今映っているのは……泣き腫らした、みっともない顔の自分。
鏡から視線を外して、独り置いて行かれた惨めな自分に涙が零れた。
身なりを整えられはしたが取り繕えたのは服装だけで、腫れた目元も切れた唇も体の痛みもどうしようもなかった。
痛みでおかしな歩き方になることに項垂れた僕に、佐伯は声をかけずに無言のままに帰路に着く。
潰すような抱き方に、この人は何も感じないんだろうか?
奥さんもあんな風に乱暴に抱くんだろうか?
疑問はあったけれど到底言葉になんか出せる質問ではなく、飲み込む他ない。
それに加えての中途半端にしてしまった仕事への責任感と、後悔で気持ちはますます沈んでいく。
新幹線がホームに着いた時、溜め息と共に吐き出すように佐伯が口を開いた。
「 明日は、報告書をメールで送るだけでいい」
「い え、大丈夫です。出社します」
小さな嘲りの声がして、視線が僕に止まる。
チリチリと焼くような視線が今どこに留まっているのかわかってしまうのは、どうしてなのか。
傷のついた唇がむず痒くてきゅっと引き結んだ。
「そんな顔でか」
どんな顔をしているのかは、さんざんどうにかならないものかと鏡を見た自分が一番知っている。
情けない、惨めな顔。
佐伯にはがっかりされたのだろうと思うと、足が竦む思いだった。
「出張明けは報告書さえ出せば休みが認められるのは社則だ」
今まで出張明けで休みをもらった人を見たことがない、あってないようなそんな社則はすっかり忘れていた。
休んだことがないのは佐伯もそうだったので、同行した自分が顔も出さないと言うのはいいことじゃない。
「そうですが 」
「黙って大人しく家で寝てろ」
ばっさりと切り捨てられて、突き放された態度にここでは泣くことも出来ずに項垂れて足元を見る。
「 すみません、お言葉に甘えます」
そう返すのが精一杯だった。
体を休めるのが正しいのだと思う。
家で体を休めつつ腫れを引かす方法を検索するのが一番だと思うのに、アパートに一人でいたくなくて結局いつものバーへと足を向けた。
柔らかいベルの音と、考えられた間接照明にほっと一息つく。
「ちょっと大きい荷物があるんですけど」
「じゃあ端の方がいい?」
頷いて案内された椅子に腰かけると店長がぎょっとした顔をした。いつもにこやかな表情をしていることを思うと、僕の顔はそんなに酷いのか……
「はい。こーれ」
弾けるような笑顔で手渡されたものは、おしぼりに包まれた保冷剤だ。
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