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しおりを挟む小さな子供の笑顔に、罪悪感が湧く。
くちなしの臭いを思い出して、もう空気を吸いたくなくなった。
自信に溢れた、あれが……佐伯の奥さん。
「 っ」
くぅっとせり上がってきた嗚咽を堪えるために、全身に力を込めて固く目を瞑る。
涙が出そうなのを乗り越え、短い呼吸を繰り返す。
あの人の臭いは、時折佐伯から香ってきていた匂いだとか、
傍にいた子供が、思いのほか似ていたこととか、
塞いでおきたかった情報に頭を殴られたようだった。
その衝撃のままに倒れ伏したかったけれどいつ人が入ってくるかわからないこの場所ではそれもままならず、努めて短い呼吸を深呼吸に変えようとした。
こらえきれなかった涙が、頬を伝う感触がする。
こつり
静かに開く資料室のドアの音より、余程その足音の方が大きかった。
踏み鳴らしたのでもない、ただ歩みを進めたために鳴った足音でその持ち主が分かってしまう。
こつり
こつり
その足音には迷いがなくて、僕の前に来て止まるまで乱れることはなかった。
「顔を上げろ」
その命令に応える義務はない。
なのに体が思考を裏切って、従順な犬のように見上げざるを得ない。
逆光の佐伯。
口元の、微かな歪みだけが見えた。
圧し掛かる影に逃げることも忘れて……
「いい顔だ」
僕の唇を塞いだ佐伯がそう微かに漏らした。
差し込まれる舌を拒むことなく受け入れ、くすぐる舌に応えて伸び上がる。
すぐに離れた唇を寂しげに追うと、笑みのない双眸がこちらを見下ろしていた。
朝、ビルのエントランスを抜ける時に向こうに見知った顔が見えた。
別に避けていると言うことはなかったのだけれど、あの手を繋いだ日から久しぶりなのだと思うとなんとなく避けたい気分になってくる。
気づかないふりをしようかと迷っている間に、どうやら向こうが先に気づいたようだった。
「三船!」
駆け寄られてしまえば逃げることはできなくて……
「おはようございます」
「おはよ」
「 」
「 」
挨拶から先の言葉が出ずに沈黙のままにお互いの視線が絡む。
窺うようなそれにますます言葉を取られて、不自然な長さの時間が過ぎていく。
「 お、お元気でしたか?」
「ぷっ」
吹き出されて、顔が赤くなるのが分かった。
「だって!」
「わかってる! わかってるから!」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でられ、人の流れの邪魔にならないようにと壁の傍の観葉植物の辺りまで移動し、小林は困った顔で腕を組んだ。
「別に困らせたかったわけじゃないし」
「わ、わかってますよ」
「ホントわかってる?」
「わかってますって!」
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