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しおりを挟む睨まれたり、愚痴のような文句を言われる程度で僕の周りは佐伯とのことを除けば平和そのものだった。
「って、……か、可愛いって、なんだよ ふざけんな」
失敗した と思っても後の祭りで、とっさに出た言葉は小林を傷つけてしまったのか。
「すみません、なんか、可愛かったもので 」
そう言って、ごまかせてなかったことに気が付いた。
「すみません」と重ねるのも逆にまずい気がして、なんと言ったものかと視線をジョッキに移した。
水滴を湛えた表面は店の間接照明を幾つも映して綺麗だ。
でも、それは窮地を救ってはくれない。
「 それ、うまいか?」
それが小林なりの会話の逸らし方なのかなと思いつつ、「飲んでみますか?」とジョッキを押しやった。
黒ビールが使われているのでチョコレートのような苦みがあって僕の好みだけれど、小林にはどうだろうか?
「ただ、先輩の好みじゃないかもしれません」
「俺の好みなんて知ってんのかよ」
はははと笑ってジョッキを傾ける度に、小さくかこんと音が響く。
氷の出す音と違うのが面白いのか、覗き込みながら左右にゆっくりと傾けている。
「甘い方が、お好きですよね」
「えっ……」
「連れがいる時は飲まれませんけど」
かこかこ と音を立てるところを見ると、正解なんだろう。
店長に視線をやるも、緩く肩をすくめて返されるだけで返事らしい返事はない。
「 なんでばれてるかな」
「見てたから、わかりました」
小林に参ったと言わせて、ちょっといい気分になっていたのかもしれない。
その言葉が、どんな風に取られるかに考えが行かなかった。
「それ は、俺のことを気にかけてるって思っていいのか?」
変な返しだな と思い言葉を胸中で繰り返すも、出た言葉は取り返せなくて……
やってしまったと気づいた時には、隣の小林の顔が赤かった。
「あのっ 言葉の綾なんです 」
赤い顔がどう変わったか、見る勇気のない自分には確認できなかったけれど、
「 そ、そうだよな」
そう言って小さく笑う返事は予想できた。
僕に興味を持つ人なんて……
「恋人に悪いもんな」
「えっ」
「え?」
悪い冗談だ。
ここで一人寂しく飲むしかできないのに、そんな相手がいるはずない。
「いないですって」
「 ええっ」
話しかけてくれる人もたまにはいるが、そこまでだ。
大体いつも小林か、ピンクの彼が話し相手だった。
特に小林は連れがいても僕に話しかけるものだから、自分が破局の一因かもしれないと思うと、少し心苦しい。
「いるわけないじゃないですか!あはは」
必要以上に笑い、ジョッキに残っていた残り半分を一気に煽った。
店長の止める声と、ジョッキの底から転がり落ちてきたショットグラスがこつんと鼻先を打つ。
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