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しおりを挟む店長のいつもの軽やかな声よりも数段低い声にびっくりしていると、ピンクの子が来て隣に座った。
「スクリュードライバーのカクテル言葉はね、『あなたに心を奪われた』だよ」
そっと耳打ちされた言葉の意味を掴み損ねる。
レディーキラーなら聞いたことはあったけれど、いったい何のことだろうと首を傾げて見せた。
「 もぉぉぉそんなだから声かけた人全員撃沈するんだよぉぉぉぉ」
ぷくっと膨らんだ頬を突いてやりたい気分になったけれど、店長との関係を思うとそれはやめておいた方がいいんだろう。
「せっかくカクテル言葉でとっかかりができてたのにぃ」
「三船さんはカクテル言葉に明るいわけじゃないんだから、ね。しょうがないでしょ」
ぐりぐりとピンク頭を力強く掻き回し、ベルの音がしたと言って背中を押した。
「あの、 あの?」
「三船さんとお話するきっかけにしたかったのよ」
困ったように言われ、そこでやっと「は?」となった。
「あー… 揶揄わないでください 」
顔が火照るのがわかる。
そんな冗談を言われて、どう対処していいのかわからない。
恥ずかしくて、スマートに返せなかったのが申し訳なくて、肩を竦めて次の酒に口をつけた。
朝一番に佐伯に呼び出された。
ひやりと胸の内が冷たくなるものの、何かしでかしてしまったのかもしれないと言う心当たりもなくて……
近頃ぼんやりとしてしまっている時があるので、それを注意されるのかもしれないとぐっと唇を引き締める。
後に続いてミーティングルームに入り、ぱたんと扉が閉まってしまえば、外の活気溢れる音が遮断されて、そこは落ち窪んだ別世界のようだった。
特に何か書類を持っている風でもない部長が気にかかりはしたが、こちらを振り返る端整な顔立ちに目を奪われて考えが飛んだ。
骨っぽい顎のラインと、日本人にしては彫りの深い顔立ちをつい視線でなぞった。
「 三船」
「はい」
「また出張が入った」
「 はい」
「同行するか?」
短く訊ね、佐伯が手を上げた。
何かを寄越せと言う合図だが……
物ではない、
目が物語るものは……
深い色の双眸に睨まれて、まるで催眠術にでもかけられたかのように足が一歩前へと進んだ。
「────はい」
軽く上げられたその手を、どうして取ってしまったんだろう。
昏い世界への誘いをわかってしまったんだろう。
引き寄せられ、耳元に近づいた唇が囁く。
「準備をしておくように」
小さく喉が鳴った。
飛び上がりそうなほど感じる嬉しさと、選んでもらえたと言うくすぐったい優越感と、一抹の……申し訳なさ。
そして、間近で覗き込んだ佐伯の瞳が、漆黒でないことに気が付いた。
佐伯の「準備をしておくように」の言葉は明言をしないズルい言い方だと、あれから何回もあの時の言葉を思い返してわかった。
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