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しおりを挟む「何か質問か?」
ふ っと盗み見ていた横顔がこちらを向いたのに飛び上がる。
「なっ何でもないです!」
起伏のない凪いだ目はこちらを見てからまた手元に戻され、僕はうるさい心臓の辺りを拳で押さえた。
佐伯が暖簾を潜るのに倣ってその店に入ると、馴染まない空気が出迎えた。
「 ま、回ってない寿司とか……初めてなんですけど……」
奥に一人客がいるだけでしんとしており、回転ずししか経験のない僕はその静けさにいたたまれない場違いさを感じて入り口で立ち止まった。
佐伯はさっさと行ってしまうけれど、僕は動けずに入り口でくずくずとするだけだ。
「邪魔になる、こちらへ」
カウンターの向こうから聞こえる挨拶と席の勧めに従い、先にカウンターについた佐伯の左側手の椅子に浅く腰掛ける。
自分では入るとは思ってもみなかったお店に入り、きょときょとと周りを見渡してしまうのは僕だけじゃないはず。
「今日はよくやった」
へ? とも、は? ともつかない声が出た。
落ち着いた店の中では恥ずかしいほどに響いてしまって、とっさに口を押えて身を縮めた。
「えと……ありがとうございます」
こっそり見上げた佐伯の横顔はどことなく機嫌がよさそうで、今日僕が繋ぐことのできた縁が役に立ったのが分かって嬉しかった。
「よく、あそこで河原の西宮取締役の連絡先が出たな」
「部長が教えてくださったからです。連絡先を教えていただいていたのは、たまたまですけれど」
「たまたま、か」
運が良かったと言ってしまえばそれまでなのだが、会った時に話が盛り上がって覚えてもらえたのは、佐伯が以前に相手に話をさせろと教えてくれたからだ。
一年二年、更にその先の経営を見通すことや海外の情勢を読むなんて経験も知識もない僕には無理だが、情報を集めることはできる。
「好きな物を頼むといい」
こちらを向いた佐伯の唇の端は上がっていて……
くすぐったいような感覚に顔が赤くなるのが分かった。
面白いものがありますよ と、佐伯と話していた職人が差し出した物をきょとんと見下ろす。
見慣れないそれが何かわからず、佐伯に助けを求めて視線を送った。
「涙巻きだ」
聞きなれない言葉だったけれど、見た目でそれが何かはわかる。
「ワサビ……ですか?」
職人はニコニコしていて……苦手だからと、断れる雰囲気ではなかった。
「……んっ ────っ!!」
細巻きを口に放り込んだ瞬間に襲ってきた刺激に、かろうじて悲鳴は出さなかったけれど呼吸をすることができなくなった。
痛みを訴える鼻と、反射的に流れ出した涙で小さく呻き声が零れる。
「う、 ぅっ?」
美味しい……が、大人向けな味にきつく目を閉じた。
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