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しおりを挟む笑顔の店長に指差され、彼は腑に落ちないと言う感情を前面に出しながらもカウンターの奥にある扉の方へと消えた。
けれど沈黙は変わらず……
助けを求めるように視線をカウンターの中にやったが、店長はいつの間にやら二人の前に酒を出して遠くに行ってしまっている。
「 酒、飲むんだな」
「え?あ、 はい」
「甘いのとか好きそう」
「あー……いえ、どちらかと言うと、あんまり……」
「…………」
「…………」
ひんやりとした銅のマグカップに縋りつくように手を伸ばすが、やはりそれも救いにはなってくれなかった。
「あのっ 」
「いやっそうじゃなくてっ」
やっと出そうとした言葉も途中で遮られ、仕方なしに小林の方へ少し体を向ける。
「あっ じゃなくて、その、さっきの言葉は忘れて もらえ ると……」
と、尻すぼみに消えた言葉は逆に肯定しているようなものだ。
「…………」
「…………」
顔を覆った手の隙間からずいぶん長い溜息を吐き、しばらく時間を置いてから観念したように呻き声を上げた。
「 お前もか」
小林が耳まで赤くなっている。
珍しい顔を見て笑ってしまうのは悪いことだろうか?
「えっと はい」
小さな声は、落ち着いたその店の中では大きく聞こえたが、それを咎めるような視線を送ってくる人はいない。
初めて出した自分の性癖を肯定する言葉に、ふっと心が軽くなる気がした。
「 一緒だと思います」
真っ赤な顔の小林はおろおろとしているが、ずっと蓋をしていた事柄を肯定する言葉に気持ちは思いのほか軽やかだ。
誰かに言えば、世界が終わるんだと思っていた。
誰かに知られたその途端、息が止まるのだと思っていた。
けれど、世界は何も変わらず、時計の針が止まることもない。
「まぁ……お互いだけども、会社には 」
唇に指を一本立てて、しぃーっとしてから苦笑いを浮かべた。
僕が再び『gender free』に行ったのは、もしかしたらこんな僕にも興味を持ってくれる人がいるかもしれないと言う細やかな思いがあったから。
その思いの下になっているのは、僕の隣で資料に目を通している佐伯に対する何かがこれ以上大きくならないようにだ。
何か……とぼんやりとしか言えないのは、それの正体を認めてしまうのが恐ろしくて……
もしかしたら、勘違いしているだけじゃないのかって思うから。
初めて知った人の熱に対しての性欲なのか、
盗み見る横顔に対してのときめきなのか、
大人の男としての憧憬なのか……
それらを思い違いしているだけなんじゃないかって。
気になる誰かがいてくれたらそれらをなかったことにできるんじゃないかって、思ったかったからだ。
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