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しおりを挟む「────ここを 」
「はい」
下面を指差す爪先はキレイに整えられている。
きつい横顔は、冗談の一つでも言えないのではと思わせるほど硬いもので……
「どうした?」
「いえ、なんでもありません」
けれどよく人を見る人だと思う。
メモを取る手が迷えば、次を言う前に話を止めて待っていてくれていたりする。
優しいか、優しくないかで言えば……優しい人、だと……思う。
現に今も、残業時間を伸ばして僕にこうして付き合ってくれているのだから。
「……今度、出張に同行してもらう」
「 は? え⁉」
僕自身が、僕を連れて行ってなんの役に立つんだと思っていたのがばれたらしい。
珍しく溜め息らしい溜め息を吐いて椅子の背もたれに体重を預けた。
「自己評価が低すぎる」
僕に向けていると言うよりはぼやきに近い。
そうは言われても、自分の性指向を認識してから自分に自信なんて持てたことがなかった。
────皆と同じように普通である。
至極簡単なそれが欠けた自分は、いつもどこかで引け目を感じていた。
女性を好きになり、
女性と付き合い、
女性と結婚し、
それから、家庭を作る。
僕からしたらそれは憧憬の対象で、連続した奇跡の産物だ。
でもそれはどうあがいても叶えることができなくて……
ずっと、それが尾を引いているのだと、思う。
「あ……の……」
気の利いた返しも何も返事できないまま俯いた僕の頭に、ぽすんと掌が置かれた。
見ていた時よりも大きく感じるそれは、ぽすぽすと頭を撫でてから離れていく。
今、何をされたのか……
「自意識過剰になれとは言わない。だがもう少し自分を許してやるべきだ」
ぶわっと耳が熱くなるのが分かった。
頭を撫でられたのだと理解して、動機がして、息が早くなって、ぎゅうっと苦しくなった。
きっと、目も潤んでしまっていると思う。
「今日はもういい、帰りなさい」
「あ、の おつ、お疲れさまでした」
一礼してから佐伯を見ると、じっとこちらを見ている。
「あの」
「いや、ご苦労様」
きぃと小さな椅子の軋みがして佐伯の視線が外れた。
何かを考えこむ風な態度は気にかかりもしたが……
改めてもう一度頭を下げてからその日は退社した。
慣れない土地は空気が違う。
それだけで心細くて辺りを見回してしまい、まるで迷子の小さな子供のようだ。
意外とその土地その土地の癖のようなものがあって面白いこともあるが、前を行く背中を見るとそんな余裕もなかった。
「遅れるなよ」
「 は、はい!」
足の長さの違いがここまで移動速度に影響を与えることを、もっと事前に知っておけばよかったと心の中で悪態をついても、今更どうしようもない。
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