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しおりを挟む「ちょっと待ってろ、間違いじゃないか聞いてきてやるから」
ココアを握ったままの両手をぎゅっと励ますように包んでから、小林は休憩室から飛び出して行った。
まだ使われるには早い時間のせいか、一気に静まり返ったそこはいままでいた会社とは別次元のようで、心細さに縋るように手の中の温もりに頬をつける。
じんわりとした熱で頬が温まると、いろいろなものが緩んで涙が出そうだった。
ず……と鼻を啜ってココアの蓋を開ける。
ふわりと香ってくる甘ったるい匂いを嗅いで、それが心を落ち着かせてくれると信じて深く深呼吸をした。
「ここにいたのか」
自分を見つけたと告げる声に「ひ っ」と声を上げて、ココアを落としそうになったのを寸ででこらえる。
休憩室の扉を開けてこちらに向かってくるのは、険しい表情をした佐伯だった。
身長があまり高くない僕からしてみると圧しかかるように感じるほどの身長差で、鋭い目元はオオカミのようにも思う。
「あ あの」
「お前を迎えに来た」
低く響く声で告げられると、地獄の使者のようだと思えてしまったのは、手の中のココアが温かく励ましてくれていたからだ。
「辞令書は貼ってあっただろう」
「は、はい! 見ました。でも……事前になんの連絡もなかったですし、その、あれは 」
間違いだったんでしょう と問う前に、ばたんと休憩室の扉がけたたましい音を立てて開いて小林が飛び込んできて、問いかけの言葉は結局口から出ることはなかった。
「三船! さっきの辞令っ……あっ」
背中だけで誰だかわかったのか、小林はさっと顔色を変えて起立する。
無言のままの部長と僕をちらちらと交互に見て、気まずそうに視線を下げてしまう。
「君は、総務から企画経営に移ってもらう」
それはおかしい! と言おうとした言葉が出ず、ぱくぱくと唇だけが動く。
「佐伯部長、失礼ですが、三船が異動になったことに納得が……」
意を決したように声を上げてくれた小林に視線をやると、横から低く抑揚のない声で「決定事項だ」と言葉が返る。
「 ど、どんくさい奴なんです! そんなところに行ってやっていけるとは思えません!」
酷い言われようだったが、高学歴でもなければ海外職務歴や誇れる実務経験、堪能な語学能力やコミュニケーション能力があるわけではない。
教えられたことを飲み込んでこなすのに日々手一杯な凡庸な人間なのには間違いなかった。
能力が乞われたと言うにはあまりにも自分は役者不足だ。
小林にまっすぐ睨まれた佐伯が、冗談だと返してくれることを願ったが、返ってきた言葉はまったく違うものだった。
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