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しおりを挟む「怖かった?」
怒鳴ったわけでも暴力があったわけでもないのに、恐ろしさで言うなら内藤の比ではなかった。
「あ、えっと、はい」
弱くそう返すと、ぐしゃっと小林の手が力強く頭を撫でてくる。
「わっ」
「もう泣き止んだな?」
「はい、ご心配をおかけしました」
「腕はどうしたんだ?」
「ちょっと当たっただけで……すぐに赤くなるんです」
本当のことを言ったのに、小林はちょっと疑うような視線で僕を見た後、再びぐしゃぐしゃと髪を掻き混ぜてきた。
「gender free」の外、資料室、そしてこの一件のたった三回だけが、僕と佐伯の関わったすべてだった。
それ以外に出会ったことがあったかと聞かれたら、絶対にないと言い切れるほど、深い色のきつい眼差しは印象的で……
さらに言うと、この三回の内で僕がいい印象を持ってもらえた出会いはない。
それだけははっきりと言い切れる、なのに……
壁に貼られた異動通知から目を離すことができずに頭の中は真っ白だった。
「……経営企画部?」
「…………」
驚きすぎて声も上げれずに突っ立っていたせいか、僕のことなのに小林の方が取り乱して見える。
「なんで……こんな時期に、こんな異動……」
僕たちの周りには他に誰もいなくて、小林の問いかけは僕しか聞いていない。
けれどどう言った返事をすればいいのかわからなくて……
壁に貼られた部署移動の通達は、小林たち周りの反応を見ても異例なのがありありと見て取れる。
やっと、業務を覚えて慣れてきた時期だ。
これから順次、他部署の仕事を経験して行くのが順当のされているはずだったのに、そこに書かれている移動先はあり得ない場所だった。
自分では良くわからなかったけれど、僕はかなり蒼白な顔になっていたんだと思う。
こちらを見た小林がぎょっとなって肩を掴んだ。
「こっちこい! あったかいものでもおごってやるから!」
「 え、あ、でも、……僕…………」
肩を抱かれて促されたはいいが、頭の中は混乱して何もわからない。
「とりあえず落ち着け」
足を止めそうになった僕の肩を強く叩いてそう言うが、それは小林が自分自身に言い聞かせていたのかもしれない。
これを飲めと、両手に持たされたのはホットココアだ。
気づかない内に血の気が下がっていたようで、手の中のココアは飛び上がりそうなくらい熱い。
「あ の、これって、左遷とか、そう言う……」
異動通知の用紙に素っ気なく印刷されていた文字を思い出して、ぶるりと悪寒に体を震わせる。
「や、それはない。普通、あそこに異動は……」
経験も積んでいない、ましてや仕事の要領がいいとは言い難い自分が配属されるような場所ではない。
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