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しおりを挟む僕自身悪いところもやましいところもないはずなのに、体中から冷や汗が噴き出すのがわかる。
干上がってしまった喉ではろくろく返事もできなかったので、肯定のために首を何度も上下に振った。
「そうか。管理部もいい加減だな」
「す、すみません……」
「管理部なのか?」
謝罪は反射的につい出てしまった言葉で……管理部じゃない僕が謝ったところで意味がないのは百も承知だ。
佐伯の視線が社員証に移るのがわかり、所属部署を確認したのがわかった。
総務と書かれた部分を見たのか、呆れと言うより侮蔑の視線に冷や汗で冷たくなった拳が震える。
おろおろと下げた視界の中にあった艶のある革靴がふいと消え、カツカツと硬い資料室の床を鳴らす。
遠退いて行くその足音にほっと息を吐こうとした時、規則正しい足音が乱れた。
何事かと顔を上げた僕を射る目に、吐き出そうとした息が止まった。
「 ぁ」
日本人にしては彫りの深いはっきりとした顔立ち、真っ黒ではない深い色をした双眸の力は遠目に見ていた時には気づかなかった鋭さだ。
「なに、か ?」
きつい眼光は若くして部長職を得たのをわからせるには十分だ。
「……そうだ」
「……?」
「 ────『gender free』だったか」
ひくりと震えた膝から力が抜け、僕は再びぺたんと床に膝を突いた。
その膝の上に、手から落ちた資料が零れて散らばる。
「駅前にあるバーだ」
「ぃ、あ……あの」
戻ってくる足音に佐伯がこちらに戻ってきているのがわかったが、腰の抜けた僕は立ち上がることもできないまま震えて見上げるしかない。
表情が、見えない。
光で目が眩み、陰に沈んだ佐伯の顔がどのようなものなのかさっぱりだった。
けれど、わずかに見える口元が歪んで皮肉のような笑みが見える。
「い、言わないでくださいっ! すみませ……言わ……っ」
血の気の引いた頭では碌な言葉も紡げず、潰れたような肺は上手に吐くこともしてくれない。
「あそこから出てきた男に手を引かれていたのは君だろう?」
「────っ」
小さな潰れたような悲鳴が漏れる。
駅前とは言え地下から出てくる形の出入り口は仄暗く、酔っぱらいが多いあの場所ではっきりと顔を見られているとは思わなかった。
思春期の頃から、自分の性癖に自覚はあった。
けれど田舎の狭いコミュニティの中では周りにカミングアウトする勇気も、進んで男の恋人を見つける勇気もなかった僕は、息苦しさを振り払うために逃げるように都会に就職した。
監視とも言える周りの人の目のない解放感に浮かれて、ネットで紹介されていたバーへと初めて足を運んだ。
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