成り上がりゲーム

冬木水奈

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III 豪奢な檻の中

9※

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 章介が行方不明になったのは、信が議員として初当選して間もない頃だった。
 信がそれを知ったのは、瑞貴からかかってきた電話でだった。
 酷く取り乱した様子で電話をかけてきた瑞貴は開口一番、章介が家を出て行ったと言った。
 章介に限ってそんなことはありえないと思った信が詳しく事情を聞くと、瑞貴は泣きながら好きな人ができたみたい、と話し、章介から送られてきたらしい録音音声のデータを送ってきた。
 そこには確かに章介とよく似た声の人物が、「瑞貴のことは利用していただけ」「お前が好きだ」と誰かに言っている音声が入っていた。
 瑞貴はこの録音を額面通り受け取ってしまったようだ。
 しかし、信は裏があると直感した。
 なぜならば、章介は瑞貴が思う以上に瑞貴を愛しており、そんなことをするとは思えなかったからだ。
 また、律儀な性格上、何の説明もなしに恋人と仕事を放り投げて遁走することも考えにくい。
 よって、章介は何らかのトラブルに巻き込まれたと信は判断した。
 だからそのように瑞貴にも伝えたが、失恋のショックで落ち込む瑞貴は自分が振られたと信じて疑わなかった。
 そして信が章介を捜索すると話しても興味を示さなかった。よほどショックだったのだろう。
 だから信は一人、章介の行方を追い始めたのである。

 信ははじめ、探偵を雇って周囲に怪しい人物がいなかったかを調べた。
 そして、どうやら章介と親しくしていたらしい女上司がいたことを突き止めた、
 その上司は飯塚博子といい、何かにつけては章介と飲みに行っていたという。
 更に調べを進めると、その人物は昔章介の馴染み客だった穂波誠一という男の親族だった。
 それで信は穂波が関わっているのではないかと疑いを持った。なぜなら、穂波は昔章介に酷く執心していたからだ。

 穂波は、章介に酷く執着していた客だった。
 三日と空けずに店に通い、たびたび店から連れ出しては一日一緒に過ごしたり、この仕事を辞めてくれと他の客に嫉妬したり、とにかく独占欲が強い男だった。
 章介は嫌っていたが、何らかの弱みを握られていたらしく、拒否したことは一度もない。
 気に入らない客の相手はしない章介にしては珍しかったのでよく覚えている。
 穂波の予約が入っている日は朝から暗い顔でいかにも不味そうに朝食を食べていた。そして帰った後は不機嫌になり、信とさえ口を利かなくなることもしばしばだった。
 それで相当嫌なことをされているのだろうと思っていたが、章介がそのことについて話してくれたことはない。だから、本当のところ何が行われているのかは知らなかった。章介と共揚げされるまでは。

 章介が何をされているかを知ったのは穂波が来るようになってしばらくした頃だった。
 穂波が信と章介と共揚げしたのだ。
 共揚げというのは店の用語で二人以上の傾城を部屋に呼ぶことをいい、呼ばれた傾城達は一緒に床入り、つまりセックスすることを要求される。
 これは傾城同士の人間関係をぶち壊す悪名高き制度であり、信もたびたび他の傾城と共揚げされてはその傾城達から嫌われたり好かれたりするということを繰り返していたので、親友だった章介とは客に要求されても絶対に寝なかった。そんなことをすれば友情が壊れると思ったからだ。
 ところが、ある日章介の方からこの共揚げの打診が来た。それで明らかにおかしいと思ったのだ。
 章介が穂波に何らかの弱みを握られていると確信したのはこの時だ。
 しかし、いくら聞いてもその弱みが何かは絶対に教えてくれなかったし、結局最後まで分からずじまいだった。

 結局共揚げを断れず、信は当日渋々章介の本部屋――いわゆる客取り部屋だ――へ上がった。
 そしてその時に目にしたのは、友人を性的に貶めて愉しむ穂波の姿だった。
 穂波は信が章介と親しいことを分かった上で敢えて共揚げし、信の前で性的に貶めた。
 そしてその上、信に章介を抱かせたのだ。それは、男らしさを信条とする章介が最も嫌がることだった。
 章介は共揚げの後、口をきいてくれなくなり、二人は絶交の危機に陥った。
 それは何とか土下座して回避したが、それこそが穂波の狙いだったのだ。
 好きな相手を親しい友人と仲違いさせ、もっと自分を見るように仕向けることが。
 相手の嫌がることをして関心を引くことが。

 その一件があってから、信はいかにして穂波を店から排除するかを考え始めた。このままでは章介が潰されると本気で危惧したからだ。穂波は危険だった。
 信は自分の客を使って穂波の会社を徹底的に調べ、ついに会社の脱税を発見した。
 穂波は、穂波の親族が経営する大手商社の系列会社の社長だったが、その会社の不正が発覚したのだ。
 これを利用しない手はない。信は客に頼んでこの会社を告発してもらい、穂波は逮捕されて実刑判決を受けた。
 執行猶予がつかなかったのは脱税額が大きかったのと、悪質性が認められたためだ。
 それで穂波は刑務所に入り、章介は晴れてこの嫌がらせ男から解放されたわけだった。
 刑期は数年だったが、社会的信用を失った穂波は白銀楼を出禁になり、以後二度と店の暖簾をくぐることはなかった。
 だが、出禁になった後も店の周りをうろついては章介に付きまとっていたから、相当に諦めの悪い男だったのだろう。だんだん行動が過激になる穂波に対し、店の商品を傷付けられてはかなわないと判断した遣り手が警察に通報し、穂波はストーカー容疑で再び逮捕された。
 また、店のバックについている暴力団・長谷川会も動いたらしく、それ以後は現れなくなった。
 それで一件落着、のはずだった。
 だが、まだ終わっていなかったのだ。

 穂波と繋がりのある女が「偶然」章介の職場に来て、「偶然」章介を気に入り飲みに誘うなんてことがあるだろうか。
 穂波の執着ぶりを知っている信からすれば、それはありえなかった。
 飯塚は、穂波の指示で章介を罠にはめたのだ。そして、穂波に拉致され、おそらくはどこかに閉じ込められている。
 半ばそれを確信した信は飯塚を訪ね、何か知っていることはないか聞いた。
 信の予想では章介が消えた日、飯塚が何らかの口実で飲みに誘い、その後穂波に引き渡したに違いないのだ。
 だが、いくら聞いてみても相手は知らぬ存ぜぬの一点張りだった。
 あの日はまっすぐ家に帰った、章介が残業していたことは知っているがその後のことは知らない、と答えるばかりだったのだ。
 飯塚の身辺もかなり詳しく調査したが、結局その日の章介の足取りはつかめなかった。会社を出たところでパタリと足取りが途絶えているのだ。
 合法的に調べられる範囲ではこれが限界だった。
 その後も森や古賀の伝手も頼りながら探し続けたが、それでも情報は出てこなかった。章介の行方どころか穂波の居場所さえわからない。
 飯塚以外の穂波の親族は穂波と縁を切っており、親しい知人も見つからない。穂波の会社は既に別の人が継いでおり、当時穂波と働いていた社員に聞いてもわからない。
 八方ふさがりの状況で信が最後に頼ったのは、かつて馴染み客だった畠山浩二――香港マフィア幹部の男だった。

 ◇

 畠山浩二は、店にいた頃についていた馴染み客である。
 非常に無口な三十代半ばの男で、界隈では悪名高いサディストとして恐れられていた。
 その畠山が初めて来店したのは傾城になって五年余りが過ぎた頃のことだった。
 ある日突然やってきて信を指名したのだ。そして有無を言わせず敵娼あいかた、つまり担当傾城にし、以降定期的に通ってくるようになった。
 最初のうちはそういった強引さや慣れないSMプレイを強いられ辟易としていたが、大袈裟に反応して早めに相手を満足させることを覚えてからはそうでもなくなった。噂に聞くほどの無茶なプレイはされなかったからだ。
 そしてどんな客よりも金払いがよく、イベントごとの度に多額の心づけをくれたし、色々なところに旅行に連れていってくれたし、その上無口で他の客がよくするセクハラ発言も自慢話もほとんどしなかった。
 だから、信の中ではかなりの上客だった男である。
 畠山からは幾度となく落籍の話が出ており、信もやぶさかではなかったが、当時は秋二が好きだったので店を辞めたくなくて断っていた。
 その時に、誰の身請けも受けないことにしている、という感じの言い訳でかわしたが、結局森に落籍されたことにいたくお怒りのようで、その後電話がかかってきてあれは嘘だったのか、とかなり詰められた。
 その時はストライキ失敗の話をして何とかその場を収めたが、畠山はいまいち納得していない様子だった。
 そしてその後もたびたび電話がかかってきたが、それを知った森がそういったことはやめてほしい、と申し入れをすると電話はかかってこなくなった。しかし、そんな別れ方をしたので後味は悪かった。
 だが、今はそれをどうこう言っている暇はない。もはや合法的な手段で章介の消息がつかめないとなれば、その筋の者に頼むしかないからだ。
 畠山は香港マフィアの日本支部を取り仕切るヤクザであり、最も適任だった。そういうわけで畠山にこちらから連絡を取り、森や佑磨に内緒で自宅を訪ねていったのだった。

 畠山の自宅は都内の閑静な住宅街にある大きな一軒家だった。高い塀に囲まれた古風な家だ。
 その家の門の前でインターフォンを押すと、畠山が出て、信が何か言う前に言った。

『入れ。門を開けた』
「はい」

 返事をして恐る恐る重厚な門を押し開けると、中には立派な日本庭園が広がっていた。
 その真ん中を建物に向かって小道が続いている。信がそちらに向かって歩き出すと、玄関の扉が開いて畠山が姿を現した。
 灰色のシャツに黒いパンツという普段着姿で、店にいた頃はスーツ姿ばかり見ていたので新鮮だ。
 信は会釈をし、近づいていって挨拶をした。

「お久しぶりです。今日はお時間取っていただきありがとうございます」
「この間テレビに出てたな」
「見てくださったんですか?」

 畠山が言及しているのは半月ほど前に放映された討論番組だろう。若手政治家を集め、討論させるという企画の番組だ。
 BSで、かつゴールデンタイムに放映されたわけでもないので、わざわざ見てくれたということだろう。
 家の中に信を招き入れながら、畠山が言う。

「お前が出てたからな。ずいぶんうまくいってるみたいじゃないか、『ゲーム』とやらは」
「そうですね……」
「お前が政治家になるとはな。考えもしなかった」
「私もです」
「なりたかったのか?」

 その問いに、少し考えてから答える。

「最初は全く。でも、勉強していくうちに変わりました。自分には世の中を変えることなんてできないと思っていたけれど、少しだけなら何かできるかもしれないと」
「フン、感化されたわけか」

 話しながら長い廊下を通り、中庭に面した客間に通される。広々とした部屋の窓は全面ガラス張りで、池のある日本庭園が一望できた。
 部屋には掛け軸や高価そうな調度品が品よく並び、その中央に向かい合う形でソファとその間にテーブルがある。
 そこにかけるように言われて座ると、畠山は向かい側にどっかりと腰を下ろした。そして、こちらをじっくりと眺めるように見た。
 その顔を見返す。畠山は一見、ごくごく普通の日本人といった感じの容貌だが、鋭い目つきとがっちりした顎が男らしく、信の好みの顔をしていた。
 信と目が合うと畠山はわずかに瞳を揺らし、用件を尋ねた。

「で、今日来たわけは? 俺のところに来るぐらいだからよほどのことだろう。誰か消してほしい政治家でもいるのか?」
「いえ、まさか……。浩二さん、紅妃のこと覚えてますか?」

 章介のこと覚えているか聞くと、畠山はわずかに顔をしかめて頷いた。

「あの図体ばかりでかい男か。ああ、覚えている。そいつがどうかしたか?」
「実は……今連絡が取れないんです」
「あいつも店を出たのか?」
「はい。今は会社に勤めてるんですけど、三か月ほど前に急にいなくなってしまって帰ってこないんです」
「帰ってこないって……そいつと住んでるのか?」

 畠山があからさまに不機嫌になる。そういえば、昔から章介の話題を出すとこうなったなと思い出す。

「いえ、一緒に住んでるのは別の人です。その人と友達なので、帰ってこないって聞いて」
「ああ、そういうことか」
「はい。それで、頑張って探したんですけど全然見つからなくて……その捜索をお願いしたかったんです」
「そんなに探しても見つからないんならもう死んでるんじゃないか? あの古賀とかいう政治家にも手伝ってもらったんだろう? ああいう政治家の情報網は相当広い。それが見つからないってことは……」

 畠山はそこで言葉を切った。信が涙ぐんだからだ。
 その可能性が頭をよぎらなかったわけではない。だが、実際に面と向かって言われると涙をこらえられなかった。
 耐えられない、章介がいなくなってしまうなんて。

「生きてます……章介は絶対、生きてます……。絶対、絶対、絶対……ひっく……。だから……ッ……お願いします、見つけてください……」
「あいつが好きなのか?」
「一番大事な友達です……っ」
「ただの友達がそんなに大事か?」
「命の、恩人なんです……。お店にいた時……何度も助けてもらったっ、からっ……」

 ハンカチで目元を拭いながら言うと、畠山は若干の沈黙ののちに言った。

「いいだろう。ただし、条件がある」
「何ですか?」
「お前が俺の物になること。仕事も森も捨ててここに来い。そうしたら紅妃のことを見つけ出してやる。生きていようと死体だろうとな」
「仕事は……どうしても辞めないといけないですか? 色々、責任もあってすぐにというのはちょっと……」
「俺の条件は変わらない。それを呑むかどうかはお前次第だ」

 交渉しようとしたが、畠山は頑なだった。

「わかりました。……少し考える時間をいただけますか?」
「ああ。決まったら連絡しろ」

 信は頷き、再び目元を拭いて立ち上がった。そして畠山に会釈をし、その場から立ち去ったのだった。

 ◇

 信はそれから二週間、畠山に提示された条件を呑むかどうかを考え続けた。
 政治家になるためにこの十年、頑張って積み上げてきたものを投げ捨てて畠山の元へ行けるのか。
 信一人の問題ではない。信を落籍してくれた森、ここまで押し上げてくれた佑磨、そして後ろ盾となり政治のことを一から教えてくれた古賀の全員の努力が水の泡になる。そんなことをするのは彼らへの裏切りも同然である。
 そんなことをする価値がこの取り引きにあるのか。
 章介が見つかる保証も、生きている保証もない。それでもすべてを捨てて畠山に賭けられるのか。

 考えに考え、悩みに悩んで信が出した結論は、一パーセントでも可能性があるならそれに賭けたい、だった。
 章介は何物にも代えがたい無二の親友だ。助けるためならばどんなことでもしたかった。
 瑞貴の言うように他に好きな人ができて遠くに行ってしまったという可能性もゼロではない。その場合にはすべては無駄に終わり、ただ森と佑磨と古賀と自分に投票してくれた有権者を裏切って終わるだろう。
 最後には何も残らず、もはや誰にも信用されなくなる。政治家としての再起も不可能だろう。
 だが、もし信の推測が当たっていて穂波が章介の失踪に関わっているとすれば、事態はかなり深刻である。
 なぜなら、穂波の執着心は尋常ではなかったからだ。
 あのような人物は何をするかわからない。早急に見つけ出さなければ章介の命さえ危ういかもしれない。
 だから、畠山に賭けることにしたのだった。

 そうと決まると、信はほうぼうに頭を下げて一身上の都合ということで議員を辞職した。
 これまで支えてくれた佑磨達には申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、辞める理由は話せなかった。
 ただただ謝罪をし、少し遠くへ行くことにした、と言い訳した。
 もちろん、そんな言い訳は通用せず、いったい何が起きたのかと皆から聞かれたが、本当のことは言えなかった。
 信はそうして仕事を辞め、身一つで畠山の家に行った。
 自分の元に来た信を、畠山は歓迎した。元々感情の起伏が少ないのでそれとわかるような浮かれ方はしなかったが、いつもより多弁になり、店を出てからのことを色々と聞きたがった。
 それに応じて多少脚色を交えて過去について話すと、ずいぶん満足げにしていた。
 そうして、畠山家での生活が始まった。

 信に与えられたのは二階奥の三十畳ほどの部屋だった。室内にはキッチン、トイレ、風呂等の生活に必要な設備が整っており、掛け軸のかかった和室まである豪華な部屋だったが、窓ははめ殺しでドアには外から鍵がかけられる仕様だった。つまり、人を閉じ込めるための部屋だ。
 信はそこで過ごすように言われ、従った。部屋にはネットもテレビもあり、書籍も沢山あったので暇つぶしには事欠かなかったが、部屋から出られないというのはなかなかに圧迫感があった。
 だが、耐えるしかない。耐えて、待つしかないのだ。
 そうして想像の世界に引きこもって現実逃避をしながら、信はひたすらに待っていた。
 外界から隔絶された檻の中で、章介が生きて見つかることをただひたすらに願いながら。
 畠山に騙された可能性を考えないようにしながら、信じて待っている。ただひたすらにーー。

 ◇

 薄暗い部屋に鞭の音が響き渡る。今日も、畠山が部屋を訪れていた。

「あぁっ……!」

 ベッドに繋がれた信はかすれた悲鳴を上げ、快楽と痛みの狭間で悶絶した。
 既に蕩けきった後孔を突かれながら、腹を打たれる。
 その鋭い痛みと後孔を抉られる快楽がないまぜとなり、もう何度目かの絶頂を迎え、体がビクビク震える。
 しかし、前を縛められているため、熱を放出させることはできない。
 身を捩らせて悶えると、後ろが締まったらしく、信に覆いかぶさっていた畠山が息を詰めて射精した。
 畠山は息を吐き出し、信の中から出ていった。
 そして前を縛めていた器具をやっと外してくれる。

「ひあっ……」

 触れただけで爆発しそうなほど張り詰めていた局部を指で撫でられ、体がのけぞる。
 畠山はその反応を楽しむように何度か撫でた後、それを口に含んで一気に刺激を与えた。

「ああっ! あっ、あっ、あっ……浩二さん、もうっ……!」

 頭上で手を縛られているため、押し退けることもできずにそのまま絶頂する。
 すると、畠山はそれを吸い上げ、ティッシュに出してから再び性器を舐め始めた。

「あっ……んっ……もう無理……っ」

 しかし浩二はやめない。敏感な先端の部分ばかりを刺激され、腰が浮く。
 すると尻を揉まれ、アナルに指が入ってくる。
 ゴツゴツした指はすぐに前立腺を見つけ、そこをマッサージし始めた。
 性器と前立腺の両方を刺激され、電流のような快感が腰を直撃する。

「んあぁっ!……はぁっ、はぁっ、ン――!」

 目の前が真っ白になり、信は再び絶頂した。
 しかし、それでもまだ畠山の動きは止まらない。
 搾り尽くすように信の下半身をいじくり回し、時折その体を鞭打った。
 それが続くうち、体の奥から変な感覚が湧き上がってきて、これまでにない深い快楽と共に体がガクガクと痙攣し、足先がピンと伸びる。

「ああああっ―――!」

 そうして信は絶頂し続けた。すると、畠山は尻から指を抜き、両脚を抱えて再び性器を挿入した。
 そして敏感になった内壁に容赦なく肉棒を突き込む。
 更なる刺激に硬直した体が震え、性器から透明な液体が噴き出した。

「浩二さっ、もう無理っ……もうイけなっ……!」
「イけるだろ」

 畠山は笑い混じりに言い、信にキスをした。そして乳首を強くつねり、ぷっくり勃ち上がったそれの先端を指の腹で擦る。
 その刺激に腰が跳ね、散々搾り取られて透明に近くなった精液がダラダラとこぼれる。
 パンパンと音を立てて激しく奥を突かれ、一瞬意識が飛んだ。

「あぁっ、あんっ、あんっ、んぅっ……!」

 薄れゆく意識の中で章介と過ごした日々の記憶がフラッシュバックする。
 店で初めて出会った日、将棋の対局をした日々、店の裏手の山に一緒に登った日々、信のために本気で怒ってくれた日、そして瑞貴と想いが通じ合ったと照れながら報告してくれた日――。
 章介の顔が脳裏に蘇るたびに悲しい気持ちになり、知らぬ間に涙がこぼれる。
 それに気づいたのは畠山が動きを止めたからだった。
 相手は少し戸惑ったような顔でこちらを見下ろし、聞いた。

「……やりすぎたか?」
「ふっ……えぇっ……ひっく……」
「セーフワードを決めていただろう。忘れたか?」

 セーフワードというのはSMプレイの際、本当にプレイをやめて欲しい時に使うワードのことだ。
 二人は予めそれを取り決めていた。だから、やめてほしければそれを言えばよかっただけの話だ。
 それを言わなかったのは、やめてほしくなかったからだった。

「ちゃんと……わかってます……」
「ではなぜ使わなかった?」
「やめてほしくなかったから。もっと…もっと虐めてほしかったから……」

 そう言うと、腹の中にあった畠山の肉棒が脈打ち、大きくなった。

「いいのか?」
「はい。もっと……もっとして」

 すると畠山は再び動き始めた。先ほどよりも興奮したように、容赦なく痛みと快楽を与えてくる。
 それに再び意識が持っていかれる。
 そのことに安堵し、快楽に身を任せて喘ぎ続ける。
 畠山の行為を止めなかったのは、刺激が欲しかったからだ。
 章介が帰ってこない不安感を紛らわすための刺激が欲しかった。
 何も考えられなくなるぐらい痛めつけて欲しい。でなければ不安と恐怖でおかしくなってしまいそうだから。
 ただ待つだけの日々は想像以上に辛かった。

 生きて帰ってきてほしい。例え傷つけられていても、ボロボロになっていても。
 どんな姿でもいい。生きてさえいてくれれば。
 生きていれば、いつからでもまたやり直せるから。その手助けを、自分がするから。
 だから、生きていて欲しい。
 必ず見つけ出して助け出す。だから生きることを諦めないでくれ。生きて、戻ってきてくれ――。
 信はただそれを願いながら、ひたすらに待ち続けるのだった………。


      【完】

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