別れさせ屋 ~番解消、承ります~

冬木水奈

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11. 芽生え ※微

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 試合後、やっぱりスキンだな、と思いながら所持スキンを眺めていると、更科が言った。

「もうパーティ組まね?」
「じゃあ俺の勝ちってことでいい?」
「……」
「トラッパー使ってたよな? 今回」
「ちょっともう一回やらせて。最初からこのスキンでやれば絶対勝てたわ。今買ったから」
「いやじゃあもう言い訳できないよ? いいの?」
「いやこっちの台詞ですけど?」
「じゃあ格付けしてやりますか~」

 時籐はそう言って更科をパーティに誘った。
 そしてランクマッチに参加申請を出す。やがてマッチし、再び試合が始まった。
 更科は今回、存分に「上手くなるスキン」を使ってプレイしたが、結局最終スコアはわずかに時籐の方が良かった。
 しかし、マッチした味方も相手もレートが高めで二人とも戦績が振るわなかったため、試合後、ノーカンだと更科が言い出す。

「スコア八点しか違わないんだから今の試合はノーカンってことにしない?」
「は? 八点は八点だよ」
「しかも俺らスコア下から数えた方が早いし、こんな試合で決めたくなくない? いや一旦次行こ、次。やっぱガーディアンはハゲるから次モクにするわ。守りの時に敵が来てくれないとさぁ、撃ち合えないから」
「しょうがないなぁー」

 どうしても勝ちたいらしい更科に付き合ってやることにして、再びランクを回す。
 最初の試合で時籐にボコされたのがよほど悔しかったのだろう。
 清涼剤のようにさっぱりしている性格に反し、意外と負けず嫌いなのは昔からだった。
 何となく学生時代にも似たようなことがあったのを思い出しながら、マッチングした次の試合に進む。
 マップは『トーキョー』で、日本家屋が並ぶマップの遠景にはビル群とスカイツリーが見える。
 サイトは『シカゴ』と同じくAとBの二つだが、サイト内やミッドの造りや通路の位置、本数が違う。
 キャラピックは、更科は先ほど言っていた通りスモークキャラであるシャドウメイカーを、時籐はサマナーをピックした。
 サマナーは鳥と狼を駆使して索敵するディテクターキャラだが、『トーキョー』はこれが攻めラウンドで非常に重要になるマップであり、サマナーがいないと攻めがきつくなる。
 それをやる人が誰もいなかったので、時籐はサマナーをピックした。
 そうしてボマーについていって狼を出し、サイト内の敵情報を報告してから一緒にエントリーする。

『サイトパラ』

 更科がそう言ってエントリー直前に壁越しにサイト内にスタンを入れる。
 時籐はエントリーに合わせて鳥のフラッシュを飛ばすのと同時にVCを入れた。

『フラッシュ』

 そして相手からも飛んできたフラッシュを横を向いてよけ、サイト内の敵と撃ち合う。
 スタンやフラッシュを食らった敵はスモークや柱の陰に隠れたが、それを追ってキルを取った。
 そうして設置ポジションに行き、フラッグ設置に入る。
 設置後、ミッドと反対側サイトから寄ってきた残りの敵が旗の設置解除に来て、再び撃ち合いになった。
 リキャストタイムが上がってスキルが溜まるたびにフラッシュを投げて弾を撃ち、中に入ってこようとする敵を妨害する。
 しかし味方と共に撃ち負けてサイトに入られてしまい、フラッグを取られてしまった。
『ラウンド1敗北』の文字が出て画面が切り替わる。

「撃ち負けた~」
「普通にモク抜きされたわ」

 更科とそんな会話をしながら次のラウンドに入る。
 負けたのでお金がなかったが、少し無理をして高い武器を買い、第二ラウンドに備える。
 そのラウンドは取り、第三ラウンド、第四ラウンド、第五ラウンドと強い武器を買うバイラウンドと節約するエコラウンドを繰り返しながら進んでいった。
 攻めターンはわりと取れて、四対二で防衛ターンに移行し、三ラウンド取って七対五で再び攻撃ターンになる。
 その時点でキル数は更科の方が上だった。
 それが嬉しいのか、上機嫌の更科が言う。

「調子出てきた。だいぶキルしてるよ、俺」
「俺もめっちゃアシストしてるから」

 アシストというのは、フラッシュやスタンなどのスキルで味方のキルに貢献したときに貰えるポイントで、最終的なバトルスコアに影響する。
 基本的にキルの伸びないディテクターキャラでは、このアシストをたくさんしてスコアを稼ぐのが定石だった。
 声を弾ませ、更科が続ける。

「いやでもこのスキンマジで当たるな。今日お前とやれてよかったわ。テべ引退するところだった」
「ははっ、心折れすぎ」
「折れるだろ、八連敗してたんだよ、俺」
「でも俺前に十二連敗したことあるよ」
「えぐ」
「萎え落ちして二か月放置」
「ソロ?」
「うん」
「ソロはむずいよなぁ」

 更科の言う通り、ソロランクは気楽な反面きつい部分もある。
 味方ガチャに失敗すると勝てなくなるからだ。
 もちろん真面目にプレイしているプレイヤーが大半だが、中には勝つ気のないいわゆる下げランと呼ばれるプレイヤーや、トロールもいる。
 そういうプレイヤーを引く確率が五分の四から五分の三になるだけで、だいぶ勝ちやすくなるのだ。
 そんなことを思いながらアタッカーが行きたいと言ったAサイトに一緒についていく。
 今回更科はミッド守りをしていた。
 ミッドでアクションをかけてドライ、つまりスキルを入れずにこっそりAに行くのもアリかなと思ったが、今回アタッカーではないので黙っていた。
 そうしてAに入り、フラッグ設置に走る。しかし、敵の人数が多めだったので設置できずにフラッグを落としてしまった。
 それを味方が拾い、設置しなおす。設置は通ったが、その味方も倒されてしまって二対三になる。
 ミッドにいた更科と、Bサイトにいた味方トラッパーが寄って来て、二人での取り返しになる。
 更科はサイト内のステージ上にスモークを入れ、ミッド側の通路からトラッパーと共に中に入った。
 その際に入ってすぐの壁裏にスタンを入れ、張り付いていた敵を一キルするが、奥から出てきた残り二人にキルされてしまう。
 続いてトラッパーもキルされ、ラウンドを落としてしまった。
 購入フェーズに移るところで、更科が悔しそうに言う。

「いやー、きついわ」
「ミッドもうちょっと使いたいな」
「じゃあ次ミッド行こうぜ」

 そこで次のラウンドは二人でミッドに行くことにする。
 そちら側でゲーム開始を待っていると、味方がついてきてくれた。
 アタッカーも何も言わないのでこれでいいということだろう。
 武器の購入を終え、ラウンドが始まると、三人でミッドを進んで行く先にいた敵と当たる。
 それまでこちらがミッドをあまり使っていなかったため、ミッドの守りは薄目だったようで一人しかおらず、その一人をキルして進んでいると、Bサイト側を偵察していたトラッパーからVCが入る。

『Bエリミネーター』

 エリミネーターはトラッパーと同じく守りに強いガーディアンで、偵察用ボットやタレットを設置し、サイトを守れるキャラである。
 特にそのアルティメットスキルが強力で、設置後一定時間経過するとサイト内にいる敵を全員拘束できるのでマップ汎用性もあり、トラッパーと同等かそれ以上によく使われるキャラでもある。
 基本的にトラッパー同様サイトの一人守りを任されることが多いので、エリミネーターがいない方のAサイトに人数が固まっていることがわかる。
 ここからAに攻めるかBに攻めるかだが、味方アタッカーの判断はBだった。まだエリミネーターのアルティメットスキルがたまっていないのでいけると判断したのだろう。

『B、B、B』

 走り出したクイーンに続いて走り、タレットから攻撃や弱体化攻撃を食らいつつも壊してサイト入り口まで近づく。
 すると、入り口に置かれた侵入遅延の設置型範囲攻撃がくる。この上を通ると致命的なダメージを食らうので、跳躍スキルのあるボマー以外の三人は一旦そこで足止めとなり、その間にエントリーしたボマーがエリミネーターを探しに行き、サイト奥側で発見する。
 撃ち合いを始めながらVCを入れた。

『エリバックサイ』

 味方のボマーは撃ち合いに勝ち、サイトをクリアリングして残り三人が入ってくるのを待つ。
 入り口のスキルが消えて入れるようになると、時籐は中に入って敵リスポーン側通路の方へ行った。
 その間にフラッグを運んでいた更科がサイト中央でフラッグ設置をし、通路や出入り口にスモークを入れる。
 そうして少し待った後、時籐は通路の奥に鳥を飛ばした。すると鳥が甲高い声を上げて鳴き、敵の存在を知らせる。
 時籐はそれをVCでチームに報告した。

『CTいる』
「パラ入れるからそれ狩ろう」

 更科がプレチャでそう提案し、近づいてくる。二人は通路を進み、更科がスタンスキルを入れたタイミングでピークして相手を撃った。
 敵は二人で両方にスタンが入っていたため、撃ち勝って二人で二キルする。
 敵は残り二人。
 もう一度索敵の鳥を奥に流すが、今度は反応しなかった。こちら側にはもういないようだ。
 時籐は来た道を引き返し、近くの別の通路を覗いた。
 するとフラッシュが来て、相手がいるのがわかる。

『サマナーリンク』

 すかさずVCを入れた更科と共にダブルピークして敵と当たる。
 タイミングが悪く、二人とも倒されたが、裏詰めしていたクイーンが背後から相手二人を撃ち抜き、ラウンド勝利となった。

『ナイス』
『ナイス』

 これで八対六。あと一点取ればマッチポイントだ。
 このラウンドで勢いづいたチームはその後のラウンドでもうまくミッドを使って攻めることに成功し、そのまま二本取って十対六で勝利したのだった。
 結局、最終スコアは更科が二位、時籐が三位で更科が時籐を上回っていた。
 それを見て、更科が満足げに言う。

「よし、勝った」
「いやでも俺索敵だったからさぁ……」
「言い訳?」
「だってディテクターはスコア伸びないよ。旗設置しかしてないんだから」
「いやそれはさぁ……索敵でもキャリーしてる人はいるじゃん。龍翔(りゅうと)さんとか」

 元プロゲーマーの有名配信者の名前を出され、反論する。

「いや龍翔さんと比べられても」
「じゃあもう一戦する?」
「するでしょ」
「オッケー、じゃあもう言い訳なしな」

 そうしてまたマッチ申請をする。次の試合は時籐が勝ったが、今度は更科が色々と難癖をつけてきて、結局もう一戦となった。
 二人はそんな調子でスコアを競いながら結局深夜二時過ぎまでランクを回し、一ランクずつ上がって終了したのだった。

 ◇

「今日ポイント盛れたなぁ」

 試合後、満足げに言う更科に同意する。

「めっちゃ盛れた」
「やっぱデュオだな。ソロ勝てんわ」
「まあソロは運ゲーだから」
「あっ、そういえばさぁ、明日とか暇?」
「いや。何かある?」

 明日もランクを回したいのかと思って聞くと、更科は予想外の返答をした。

「いやちょっと会えねえかなと思ったんだけど。話したいことあって」
「今話せば?」
「いや、ここではちょっと……」

 どうも込み入った話があるらしい。

「明日は無理。俺今外出れねえから。……ヒートで」

 すると、明らかに更科の雰囲気が変わった。先ほどまでとは打って変わって深刻そうな声で遠慮がちに聞いてくる。

「それって……俺のせい? ほらこの前……」
「え? いや全然。違うけど」
「そっか。ならよかった」
「ん」

 更科が聞いてきたのは、この間車でヒートを起こしかけたのが自分のせいで、そのせいでその後ヒートが起こったのではないか、ということだろう。
 しかし、性フェロモン自体が出ていないアルファ亜種の更科がヒートを誘発することはありえない。だからそう答えると、幾分かほっとしたようだった。
 そして、決心したように話を切り出す。

「あーじゃあさ、今言うわ」
「いいよ」
「実は今ちょっとオメガシェルターのこと調べてるんだけど……この前番解消に立ち会ってもらった佐伯さん、覚えてる?」
「お子さんと一緒に来た人だよな? 覚えてるよ」
「うん、佐伯さんってちょっと前まで都内のオメガ専用のDVシェルターに入ってたらしいんだけど、その時シェルターからいなくなった人がいたって話してただろ?」
「そういやそんなこと言ってたような……」
「その件でちょっとあの後調べてたんだけどさ、どうもそこのシェルターの所長って人がクサいんだよ。柊木譲っていうオメガの男の人らしいんだけど、こないだ俺のとこに来た別の依頼者もどうやらそこのシェルター入ってたみたいでさ。都内でオメガのシェルターなんて二、三軒しかないって話で、だから被ったんだろうけど。で、その時も一人いなくなった人がいて、その人がいなくなる前日に所長と話し込んでるのを見たらしいんだよ」
「……」
「だからその所長から話聞こうと思ったんだけど、仕事が仕事だからアルファに対してはすごくガード固いっていうか、メールで取材依頼したんだけど断られちゃって。それでお前に協力して欲しいっていうか」
「協力って何の?」
「その人と接触してみて欲しいんだよ。柊木さんが行きつけにしてるバーがS駅近辺にあって、『ディケの秤』っていうオメガ専用のバーなんだけど、そこ知ってる?」
「ああ……そこ多分オメガのゲイバー」

 バーの名前を聞いてすぐに頭に浮かんだのは、行きつけのバー『Bar & Diner Fortissimo』の常連、蓮の顔だった。
 オメガ同性愛者である蓮が何度かそのバーの話をしているのを聞いたからだ。
 時籐自身行ったことはないが、オメガ同性愛者の間ではそこそこ有名な店らしかった。

「えっ、マジ? 行ったことあんの?」
「いや、知り合いが通ってる」
「あ、じゃあさ、その人と会わせてもらうことってできる? ちょっと話聞きたいんだけど」

 そう言われてふと思う。もし蓮が件の柊木と親しくて、更科に接触されたことを話したら?
 そうなったら柊木にこちらの動きがバレ、望ましくない展開になる気がする。
 少なくとも、柊木が尻尾を出すことはなくなるだろう。
 そうしたら更科は別方向から調べることになる。その際に、より危険を伴う可能性もあるが、それでもやるだろう。
 一連のオメガ失踪事件の真相を突き止めるまではやめない気がするのだ。
 だが、榎本に始まる一連の失踪にはどこかただならぬものを感じる。
 深追いすべきでないと第六感が告げているのだ。
 時籐は迷信深い人間ではない。したがって普段、直感に従い行動することもない。
 だが、この件に関してだけはなぜかどうしても更科に手を引かせたかった。
 だから、さっさと調べて更科を満足させるため、時籐はある提案をした。

「まあそれでもいいけど……俺が様子見てこようか?」
「そのバーに?」
「うん。その方が早いだろ?」

 しかし、更科は思ったより食いつかなかった。

「うーんそれは……ありがたいけどどうだろなぁ……」
「何かあんの?」
「いや、そういう店って変な奴いるからさぁ……。前バイトしたことあるからわかるけど。まあ、働いてたのはアルファのゲイバーだったからまた雰囲気違うのかもしれないけどさ」

 意外な過去に興味を惹かれて聞く。

「バーでバイト?」
「うん。つっても入るまではそういう店だって知らなかったんだけど。実は親が借金返してた頃さ、一瞬だけホストになった時期があって」
「お前が?」
「うん。出来心っつーか、とにかく親がきつそうにしてるの見てらんなくて、手っ取り早く稼ぎたくてさ。親は自分達の借金なんだからそんなのいいって言ってくれたけど、妹とか弟の学費のこともあったし、とにかく家族皆で頑張んなきゃない時期だったからさ。で、入ってみたはいいものの、マジでロクでもない仕事でさ。簡単にいうと愛情に飢えたオメガの子をたぶらかして金搾り取るんだよ。で、金なくなったら売掛っつって借金させて風俗に落として返済させる……マジでゴミみたいな仕事だった。だから二週間で辞めた。それで次どこで働こうかと思いながらその辺フラフラしてたらうちで働かないかって声かけられて。時給も結構良かったからホイホイついてったらゲイバーっていうの?そういう店でさ。その頃はまだフェロモンも出てたから普通にアルファとしてバーテンの仕事してたんだけど、エグい感じの客も結構いてさぁ……。俺、気に入った相手の飲み物に薬盛った客見てるからね。もちろんそいつは出禁になったけど。後は『誘導』使っていうこときかせてとか……とにかくめちゃくちゃなんだよ、色々。まあその店がその辺緩かったのかもしれないし、オメガだったらまた事情が変わるのかもしれないけど、ああいうとこにはマジで行かない方がいい」
「お前よくそんなとこで働いてたな」
「金が必要だったからね。まあでもホストよりは全然まともな仕事だったよ。あれは詐欺みたいなもんだからな。二週間しかいなかったけど……今でも後悔してる、あそこで働いたこと」

 声音には罪悪感と後悔が滲んでいた。
 もしかしたら、これほどオメガのために働いているのは罪滅ぼしの意味もあるのかもしれないな、とぼんやり思う。
 オメガ失踪の件の調査にこだわるのもそのせいなのかもしれない。

「ふぅん……」
「まあとにかく、行くのはやめた方がいいと思うから、とりあえずその店に通ってるっていうお前の知り合いに話聞いてみようかな。会いたがってる奴がいます、少しだけど謝礼ありますって言っといてくれる?」
「いや別に大丈夫だけど。子供じゃあるまいし、行ってくるよ。その知り合いに連れてってもらう」
「うーん……じゃあワンチャンさあ、俺と行かねえ?」
「……いや、オメガの店だけど」
「いや俺、お前が通ってる店に行ったときも気づかれなかったじゃん?お前以外。だからワンチャン紛れれるかなって」
「紛れられたとしてもダメだろ、オメガの店なんだから」

 正論で反論すると、更科は珍しく食い下がった。

「いや、そこを何とか……。俺が何かしたら即通報していいからさ、一緒に行く許可くれマジで」
「いや許可とか俺がすることじゃないけど……。逆に何でそんなに行きたいんだよ?」
「だってお前カモられそうだし」
「は? 別に俺だってうまくいなせるし」
「いやー、どうだろうなぁ……。だってそういうとこ行ったことないだろ?」
「……あるし」
「ないね、この感じは。お前みたいに育ちのいいお坊ちゃんはカモにされんだよ。だから守ってやるって言ってんの」
「いや別にいらんけど。つうかお前誰だよ? 保護者?」
「大事な友達のこと心配するのは普通だろー?」
「そこまで心配する?」

 その問いに更科が即答する。

「するだろ」
「いい奴だなー」
「逆にお前は心配しねえの?」
「いやまあ……家族とか恋人とかだったらするんじゃない?」
「あー、そういうタイプねー」
「何? 冷たいって思ってる?」
「いや別に。そういう人多いし普通だと思う。俺がちょっと変かもしれん」
「まあいいことだと思うよ。そういうふうに誰にでも親切なのって。でもそういうの利用しようとする奴もいるから気をつけろよ」
「それは身に沁みてるわ、色んな人いるしなー。でもお前はそういうの利用しないってわかってるからこうやって言ってんだよ。まあとにかくその店行くんなら一緒に行きたい。何なら手錠で繋いでもいいから行かして」
「いや手錠って……。まあ……お店の人とかに絶対迷惑かけないんならいいんじゃね? でも俺責任取れないよ。ワンチャン通報とかされる可能性あるからな」

 バース性を偽って異なるバース専用の店舗や施設に入るのは法律で禁止されている。
 罰則は基本罰金刑とさほど重くはないが、しっかり前科がつく刑事罰である。
 だから、更科がやろうとしているのは違法行為であり、それなりのリスクがあった。

「それはわかってる。じゃあ行ける?」
「まあヒート終わったらね」
「よかった、じゃあ後連絡してや」
「……いつまで調べんの? この件」
「突き止めるまで」
「あんまり深追いしない方がいいと思うけどなぁ」

 オメガの遺体が山林で見つかったニュースが頭をよぎる。
 見つかったのは一人ではなかった。つまり犯人は最低でも二人は殺している。
 一人は死因不明とのことだったが、もう一人が絞殺されているのだから殺されたと考えるべきだろう。
 この件が更科の調べている件と関係があるかはわからないが、もしあるとすれば結構危険な調査になる気がした。
 しかし、更科は忠告を聞き入れる気はないようだ。

「ごめん、これきりにするから協力してくんねえ? 他にあんま信用できる人いなくてさ」
「……わかった。でも身辺気をつけろよ。マジでヤバい組織とかかもしれないだろ」
「ははっ、ママ?」
「いや冗談とかじゃなくて。今日のニュース見た? 秩父の山で殺されたオメガの遺体が出たって」
「見た見た。そっちも今週中に調べに行くつもり」
「山行くの? 一人で?」
「うん。やっぱ足使って調査しねーとな」
「一人はやめとけって。誰か行く人いないの?」

 すると更科は吹き出した。

「いやいや、心配しすぎだって。俺アルファだよ?」
「だってお前、威圧とか使えねーし実質ベータじゃん。ヤバいアルファとかいたらどうすんの?」
「いや大丈夫だろ。警察だってその辺入ってるだろうし。それに犯人アルファとも限らないしな」
「……一旦俺のヒート明けるの待たない? 一緒に行こうぜ」
「いやいや、大丈夫だって」
「いつ行くの?」
「来週の土日とかかな」

 それを聞いて、時籐は少し考えてから言った。

「じゃあそん時ついてくわ。お前、人のヒートに反応しないんだったよな? だったら大丈夫だろ。山ん中だったら他に人もいないだろうし」
「いやいや大丈夫だって。ヤバそうな奴いたらすぐ戻るし。ちょっと様子見するだけだから」
「……マジで気をつけろよ」
「わかったわかった。お前って意外と心配性だよな~」
「お前が無謀なんだろ」
「んなことないけど。……じゃあ明日もランクする? どうせ暇なんだろ」
「お前もな。何時?」
「昼飯食って一時半とか二時とか」
「OK。じゃあまた」
「うん、お疲れ~」
「おつ」

 そして時籐はプレチャを抜け、ゲームをログアウトした。
 それからPCの電源を切り、就寝体勢に入る。
 そうして更科が進めている調査のことや、ゲームのことをつらつらと考えながら寝ようとするが、なかなか眠れない。
 体がやけに火照っているのだ。
 ゲームに熱中したための熱とも違う、性的な熱に体を苛まれる。
 ヒートでこういう現象は珍しくない。
 時籐は衝動のままに手を伸ばした。そしてパジャマの中に手を入れ、下着の上からそれを撫でる。
 すると、ビリビリとした電流のような快感が背筋を貫き、たまらずに下着の中に手を入れて擦った。
 そして欲望のままにしごいて極まったところで精を吐き出す。その瞬間、信じられないような快感が全身を襲った。

「ッ……はぁ、はぁ……」

 そこでふと、自慰の最中に更科の顔が脳裏に浮かんだことを思い出す。そして衝撃的な事実に思い至り、思わずつぶやく。

「うわ最悪……」

 まさか、自分は今更科をオカズにしたのか? こちらを友人と信じて疑わない相手を使って自慰をしたのか?
 それに気づいた瞬間、酷い自己嫌悪に見舞われる。
 だってそんなのは裏切りではないか。
 確かに、何となく更科への憧れはずっとあった。しかし、こんな汚い欲望を伴ったものではなかったはずなのだ。
 それなのに、今さっきの自分は明らかに更科を「そういう対象」にしていた。

「もう顔見れねえよ……」

 時籐はベッドの上で仰向けになって、腕で目を覆った。
 もう気まずすぎて一緒にランクどころではない。死ぬほどエイムがブレそうだ。
 やってしまったことに思い悩み、明日はドタキャンしよう、と思いながら、時籐はやがて深い眠りに落ちていったのだった。
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