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8.後遺症
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榎本の友人だったという滝口から話を聞けたのは、年明け最初の週末だった。
ことの経緯を更科に報告し、榎本の行方を探している人が他にもいることを話すと、ぜひ一緒に話を聞きたいとのことだったので、滝口に伝えた上で更科と共に話を聞くことになる。
待ち合わせのカフェは都心から少し離れた駅の駅前にあるチェーン店だった。
ここが滝口の家の最寄駅なのだという。
二人が到着したとき、相手は既に席を取って待っていた。
赤みがさした頬と白い肌が印象的な丸顔のベータ女性だ。
年齢はおそらく時籐達より下、榎本と同年代ぐらいだろう。
窓際のボックス席にいた彼女は、二人を認めると腰を上げた。
「時籐さんでしょうか?」
「はい。今日はお時間取って頂いてありがとうございます。お伝えした通り、友人の更科も一緒にお話を伺いたいとのことだったのですが、大丈夫でしょうか?」
そう言うと、滝口は一瞬更科の顔を凝視した。
「はい、構いません。探偵さんですよね?」
「そんな大したもんでもないんですけど、オメガの知り合いが突然いなくなったという方が他にも何人かいらっしゃって、その件について今調査してるんです」
「へぇ~、そうなんですね~」
「座ります?」
「あ、はい」
更科に促されて滝口が席につく。その向かいに二人で座り、やってきた店員に飲み物を注文し終えると、早速滝口が話し出した。
「今日は来てもらってありがとうございます。菜々のことを気にかけてくれる人が他にもいるって知って、実はすごく嬉しかったんです。あの子は身寄りもいなくて、いなくなってから心配する人もあまりいなかったんで。職場でちょっと話題になったぐらいで」
「榎本さんとは親しかったんですか?」
更科に見惚れている滝口に、なんとなく学生時代を思い出しながら聞くと、滝口はこちらを見て頷いた。
「はい。多分一番だと思います。お互いの家に泊まりにいったりしてたぐらいだから。他にそういう友達がいる感じはありませんでした」
「随分親しかったんですね」
「そうなんですよもう。ルームシェアの話も出てたぐらいで」
「ルームシェア?」
更科が聞くと、再び滝口の視線は更科に固定された。
「はい。何かあたしら、男運悪くて。それでもう男なんていいからルームシェアしようって菜々の方から言ってきたんです。その物件も探してる途中だったのに……」
「具体的に榎本さんがいなくなったのはいつとか、覚えてます?」
「はい。メッセージの履歴があるのでわかります。えーっと……昨年の七月二十一日から連絡が取れなくなってます」
滝口はそう言ってメッセージアプリの画面を二人に見せた。
その日以降、度重なる滝口からのメッセージに既読がついていない。
一番最後のメッセージは、前日夜のやり取りだった。
他愛のない仕事の愚痴だ。そこから返信はパタリと途絶えていた。
「榎本さんが退職したのはこの日ですか?」
「その翌日ですね。その日は金曜日で現場に直行直帰だったんで月曜まで気付かなかったんですけど、会社に電話があったみたいです。でも菜々は責任感が強くて、電話一本で突然辞めるなんてありえないし、それにあたし達契約社員なんですけど、菜々はまだ契約切れる時期じゃなかったんです。前回契約切れた時も更新できたから次も更新できるといいねーって前に話してたんですよ。だから何かおかしいなってなって」
「そうだったんですね」
「辞めるって話も全然聞いてなくて。その頃、彼氏とも別れ話で揉めてたから何かあったのかなって思って警察にも行ってみたんです。でも、家出人扱いで碌に捜査もしてもらえなくて。それで、自分で調べることにしたんです。だって明らかにおかしいじゃないですか?」
別れ話で揉めていた、という話は、恋人と遠方へ引っ越し元気にやっている、というさくらママの話と明らかに矛盾する。
一体この矛盾は何なのだろうか。
「そうですね」
「それで、菜々の彼氏が絶対に怪しいと思ったんでそいつ調べたんです。そいつ、柿崎真央っていうアルファの男なんですけど、都内で飲食店経営してて。で、どうやら少し前から経営難になってたらしくて、めちゃくちゃ怪しいんですよ。菜々と番になりたがったのにも何か裏があるんじゃないかって。実際、菜々はそいつにお金貸してましたし。でももうこれで最後にするって終わりにしたばかりだったんです。それなのに柿崎は納得しなくて、菜々に付き纏ってました。その後すぐにいなくなっちゃって……柿崎に聞いてもシラ切るばっかりだし」
「そうなんですね。自分は榎本さんと同じ店に通ってたんですけど、そこのオーナーは北海道に引っ越すって聞いたらしいんです。でも、自分はご本人から明確にそう聞いた記憶がなくて。そういったお話も聞いてないですよね?」
時籐の問いに、滝口は即座に反応した。
「北海道? ないない、だってあの子、寒いところめちゃくちゃ苦手なんですよ? 冬場の暖房二十五度だったんで。家暑すぎて遊びに行った時文句言ったので覚えてます」
その言葉に更科と顔を見合わせる。どうやらママは本当のことを言っていなかったようだった。
更科が慎重に聞いた。
「柿崎さんが経営しているお店の名前と住所、教えてもらえますか?」
「えっ、調べてくれるんですか?」
「はい。他の捜索依頼と何か関連があるかもしれないので少し調べてみようと思います」
すると、滝口はパッと顔を輝かせた。
「よかった! もう自分だけじゃどうにもならなくて……。かといって依頼すると何万もかかるし、そんなお金ないし、ちょっと諦めてたんです。いや、菜々は絶対生きてると思ってるんだけど、探せないなーみたいな? だからすごく助かります!」
「できるだけのことはしてみます。ただ、あまり期待はしないで下さい。警察とかみたいに捜査できるわけじゃないんで」
「全然いいです! よろしくお願いします」
そう言って頭を下げた滝口から柿崎の情報を入手する。
どうやら柿崎のやっている店というのは、都心を走る環状線の北部の駅近くにあるようだ。
更科と時籐は情報提供に感謝し、やがて給仕された飲み物を飲みながら少し世間話をしてから店を辞したのだった。
店を出ると、更科が振り返って言った。
「やっぱ何かありそうだよなあ」
「ああ。何か変だ」
「この後その彼氏って奴の店に行ってみようと思うんだけど、来る?」
「そうだな」
「じゃあ車あっち」
更科に先導され、店の近くの有料駐車場へ向かう。
歩きながら、素直に思ったことを口にした。
「お前っていつも車だよな。見せびらかすため?」
更科の車はダークグレーのSUVである。男ならだれもが欲しくなるようなガタイの良さが特徴の、車幅も車高もある車。オフロード走行も容易にできそうだ。
だがその大きさゆえに、都会の小道は少々走りづらそうだった。
それでも毎度乗ってくるのはよほど車が好きなんだろう、と思い冗談めかして聞いてみると、更科は予想外の回答をした。
「まあそれもあるけど……俺電車嫌いなんだよね。前に知らないオッサンに触られたことあって」
「マジで?」
「あっ、今男でアルファのくせにって思っただろー? あるんだよマジで」
「思ってないけど」
「ほんと?」
「うん。まあ別に、アルファでもそういうのはあるんじゃね?」
それは本心だった。アルファの男が痴漢に遭うなど聞いたことがないが、同性愛者のアルファもいるわけだし、あっても全くおかしくはない。
通勤通学の時間帯、都心の電車は超過密状態で痴漢が多発している。
その被害者のほとんどがオメガかベータ女性だが、アルファも稀に被害に遭うのだろう。
「そうなんだよあるんだよ! マジで誰も信じてくれねえんだけどさぁ。アルファだったら『威圧』使えるだろって言われたって怖くて無理なんだよ。相手もアルファだし格上で敵わなかったらもっと酷いことされるかもしんねえし。いや、お前ならわかってくれると思ったよ」
更科は嬉しそうな顔でそう言って時籐の肩を抱いた。
その途端にぶわりと甘い香りが鼻腔を抜ける。
金木犀の匂いーー更科のフェロモン臭だ。
今日は一段と強く感じるところをみるに、抑制剤を飲み忘れたのだろう。
「お前、今日……」
「ん?」
「いや、何でもない」
抑制剤を飲んだか聞きかけてやめる。
フェロモン抑制剤というのは嗅覚・味覚が鈍る副作用があるものが多く、おいそれと飲んでくれと言えるようなものではないからだ。
実際それが嫌で飲まない人もいるぐらいだ。
だから時籐は口を閉じた。
そして話を続ける更科に相槌を打ちながら、しかし大丈夫なはずだ、と心の中で思う。
自分は性フェロモンにしか反応しないタイプの過敏症なのだから。
俗に言うフェロモン過敏症には大きく分けてフェロモン過敏症と性フェロモン過敏症の二種類がある。
『威圧』等の行動系フェロモン、個々人により匂いが異なる固有フェロモン、異性を惹きつける性フェロモン全てに反応するのがフェロモン過敏症、性フェロモンにしか反応しないのが性フェロモン過敏症だ。時籐はこのうち性フェロモン過敏症だった。
つまり、症状が現れるのは他人の性フェロモンに接した時だけである。
この性フェロモン過敏症の中でも特に多いのは特定のバース性にのみ反応するI型だが、時籐はアルファ、新ベータ、オメガ全てに反応しアレルギーに似た症状が出るII型だった。
だから人と接する時は基本、抗フェロモン剤とアレルギーの薬が必須だが、更科と会う時にはそれがいらない。
なぜなら更科は、性フェロモンが出ず番を作れないとされているアルファ亜種だからだ。
アルファ亜種は『威圧』や『誘導』といった行動系フェロモンは出せるし固有フェロモンもあるが、性フェロモンがまったく出ない。しかし性フェロモン受容体はあるので他人から性的な刺激は受けるという、かなり不幸な体質だった。
そして、この性フェロモンが出ないことが番を作れない原因とされている。
だから、性フェロモンにしか反応しない過敏症の症状が出るわけがないのだ。
更科は、最初に匂いを指摘してから毎回抑制剤を飲んでくれるようになったが、本当はそれすら不要なレベルなはずだ。
だから更科と会う時、職場では飲む抗フェロモン剤を飲んでいないし、今日も飲んでいない。
匂いを感じるのは更科が行動系フェロモンや固有フェロモンのフェロモン臭が強い体質、かつ自分が過敏だからだろう、というのが結論だった。
そんなことをつらつらと考えながら歩いてゆくと、まもなく駐車場に到着する。
駐車場の中でも一際目を惹く大きなボディのSUVに更科に続いて乗り込むと、車が発進した。
そして滝口から教えてもらった店に向かって走り出したのだった。
◇
柿崎の店は都内北部の比較的住宅街が多い地域の駅近くにあった。
近年飽和しつつあるエスニック料理のレストランで、窓から店内を見る感じ、休日の昼にしては客の入りが悪い。
経営難だという滝口の話は本当なのかもしれない。
そんなことを思いながら店の暖簾をくぐると、制服姿の店員がやってきて面倒くさそうに二人を空席へと案内した。
姿勢の悪い若い男で、大手のチェーン店ならありえないような接客態度だ。
モダンな内装の店内もなんとなく薄暗く、窓枠にはうっすらほこりが積もっていた。
なるほど、閑古鳥が鳴くわけだと思いながら、車内という密室から解放されたことにそっと息をつく。
更科の車はむせかえるような甘い匂いが充満していた。
過敏症の症状である粘膜症状が出始めていることに内心首を傾げつつ、メニューを開き、遅めの昼食を適当に選ぶ。
注文を取りに来たのは先ほどの無愛想な店員だった。
二人がその店員に注文を伝え終えると、更科は踵を返そうとした男にさりげなく聞いた。
「あの、今日って店長さん来てます?」
「来てますけど何か?」
胡乱げに聞く男に、更科は人好きのする微笑を浮かべて言った。
「僕、グルメサイトのライターやってる佐藤と申します。今、この辺りのレストランの食べ歩き企画っていうのをやっていて、このお店紹介させてもらえないかなって思ったんですが、伝えてもらえますかね? これがそのサイトです」
更科がそう言って持ってきたノートPCを開き、画面を見せた。
すると、店員は納得したような表情になった。
「ちょっとお待ちください。今店長呼んできますんで」
「すみません」
こちらに背を向け、店の厨房へと入っていった店員を見送り、更科がこちらにもそのサイトを見せてくれる。
それは、よくあるグルメサイトのトップページが現れた。
用意周到ぶりに少し驚いていると、更科が抑えた声で言った。
「こうやって口実作って会った方がいいんだよ、こういうのは。面と向かって聞いても教えてもらえるわけないんだしさ」
「すげえ。このサイト作ったの?」
「業者に頼んで作ってもらった。こういう仕込みがねー、意外と大事なんですよ」
そう話している間に店の奥から黒い腰エプロン姿の男が出てきた。
年のころは三十代前半ぐらい。中背中肉で少し歪んだ顔をしている。
決して醜男ではないが、目つきは陰険そうで、人相はよくなかった。
胸元のプレートには『店長 柿崎』とあるからこの男が柿崎なのだろう。
体臭ですぐにアルファだとわかる。
やってきた柿崎は、時籐に一瞥もくれずに更科に挨拶した。
「どうも。何か企画やってるんだって?」
「はい、この辺のレストランの食べ歩きレポっていうのを今やってまして。他にも何軒のお店に協力してもらってるんですけど、こちらも是非と思いまして。アポもなしにすみません。自分、こういったサイトを運営してまして、このお店もここで紹介させて頂けないかと思ってこちらに来たんですけれども」
立ち上がって挨拶をした更科は、ノートパソコンの画面を柿崎の方に向けた。
それを覗き込んだ柿崎は、腕組みをした。
「へえ~、こんなサイトやってんだ。個人?」
「はい。でも閲覧数は結構あるんですよ。ここ見て貰えればわかると思うんですけど」
「みたいだね。ここでウチを?」
「はい」
「タダで?」
「お店の宣伝にはなるかと」
「うーん……まあいいよ」
「ありがとうございます。いくつかメニューを頼んでレビューさせてもらうのと、少し取材もさせて頂きたいんですが」
「取材?」
「はい。お店を出すことになった経緯とか、お店への想いとか、簡単なものなんですけど。出来た記事のリンクは後日お送りします」
「いいよ」
「良かったです。じゃあ早速なんですがお話いいですか?」
頷いてテーブルの向かいに腰掛けた柿崎はやはり更科しか見ていなかった。
匂いですぐに時籐がオメガだとわかったのだろう。
オメガ差別主義の社会でこういう人間は珍しくない。あらゆる場でいないものとされるのだ。
そして注目されるのは性的興味がある時だけである。
会社でも散々やられてもう慣れているが、全く腹が立たないわけでもない。
時籐は少しイライラしながら二人のやり取りを傍観した。
更科はまず店を始めたきっかけなど当たり障りのないことを聞いて柿崎の警戒心を解いてから、世間話を装ってそれとなく私生活のことを聞き始めた。
そして話題がパートナーのこときなったときだった、柿崎の顔色があからさまに変わったのは。
「……けどすげー自慢ですよね、彼氏さんがこんな大きなお店やってるなんて。あ、すいません、パートナーの方いるかわかんないんですけど」
更科の言葉に、柿崎はあからさまに顔を顰めて言った。
「いやそれがさぁ、ちょっと前までいたのよ。でもメンヘラっていうか、ちょっとそっち系の子でさぁ。ある時急にどっか行っちゃったんだよ」
「そうなんですか?」
「そうそう。去年の夏頃かな、急にいなくなっちゃって。何か発作でも起こしたんだろうな。俺も最初は心配して探したんだけど、家行ってみたら退去しててさ、自分で荷物まとめてどっか引っ越したみたい。心配して損したよ」
「そうだったんですか」
「そうそう。もう大変だったよ。本当気をつけた方がいいよ、変なオメガに引っかからないように」
柿崎はそう言って笑った。
「大変でしたね」
「本当だよもう。とんだ地雷だったよ」
そうして柿崎はその後もしばらく不愉快な元カノ話を続けたのだった。
柿崎の個人的な話が長引いたせいで延びた取材は四十分ほどかかった。
更科は愛想よく相槌を打って柿崎が尻尾を出さないかと色々探りを入れ、柿崎と榎本の間にあったトラブルを聞き出した。
そのトラブルはやはり榎本が番になることを拒否する、というものだった。これはバーでの話と一致している。
それ以上の情報はなかったが、柿崎が相当根に持っているらしいのは伝わってきた。
だからそれが原因で何かをしたのかもしれないし、金銭目的で何かをした可能性もある。柿崎は自身の店が経営難であることと、榎本から別れ話をされていたことについては一言も言及しなかった。
だから、どちらか、あるいは両方の動機で榎本に何らかの危害を加えた可能性は十分にある。
いずれにせよ、動機は十分にある人物、という印象だった。
時籐がそんなふうに思いを巡らせている間、取材を終えた更科はおすすめのメニューをいくつか注文し、メモするふりをしながら食べていた。
時籐も食べたが、特段まずいわけではないが美味しくもないエスニック料理、という感じだった。
更科も何かしら思っただろうがそんなことはおくびにも出さず、来る料理来る料理褒めて柿崎の自尊心を満たしてやっていた。
そして上機嫌になった柿崎が自らの起業話を披露するのを愛想よく聞いてやり、最後にはまた来てくれよ、と言われるほどの印象値を稼いで退店した。
絡め手で相手を攻略するのは昔と変わっていないな、と思いながら駐車場に向かっていると、真顔に戻った更科が話しかけてきた。
「あいつ、怪しいと思う?」
「なんとも……。けど榎本さんが家の退去手続きしてたって話は気になるな。もし本当だったら本人が望んで消えたのかもしれない」
「親友に一言も言わずに?」
「そこだよなぁ~。あと、滝口さん、榎本さんが柿崎さんに金貸してたとか言ってたよな? 金銭目的とかもありそうだけど……」
「俺榎本さんのことちょっと調べたんだけどさぁ、退去の話は本当だった。榎本さん、滝口さんと最後にメッセージでやり取りした日に住んでたアパートの退去手続きしてるんだよな。管理会社の人に確認したから間違いない。だから問題が起きたとすればその後だな」
「事件に巻き込まれたとか?」
「うん。しかも他のケースも似たような感じでいなくなってるんだよな。自分でどこかに引っ越してその後連絡取れなくなるっていうパターン。後は、この前佐伯さんが話してたような、シェルターからいなくなるパターン。だいたいこの二パターンでいなくなってる」
「そういや佐伯さんの件はどうなったの?」
「うん、あの後所員さんに連絡取ってくれていなくなった人の話してた人と繋いでくれたよ。後藤さんっていうんだけど、話聞いたらどうやら去年の十一月初めぐらいに施設にいた結城聡さんっていう人が突然いなくなったらしい。後藤さんは結城さんとそこそこ交流があったのに、退所の話も何もなくいきなりいなくなったって不審がってた。で、結城さんのことも調べてみたけど、アルファの男と結婚して番にもなってて、成人した子供もいた。子供は家を出ていたけど、結城さんとはそこそこ仲が良かったらしい。で、その人にも話聞いたけど、ちょうど結城さんがシェルターからいなくなった頃から連絡が途絶えているようなんだ。シェルターから出た後の情報が何もないんだよ。その上……結城さんの夫も行方不明になってる」
「……マジ?」
更科は唇を舐めて頷いた。
「うん。おかしいよな。で、最近増えた似たような捜索依頼の資料見返してみたんだよ。そしたら、半分以上のケースで番のアルファも行方不明になってた。……というか、アルファと番になってるオメガの場合は全員だな。パートナーのアルファが失踪していないのは榎本さんみたいに番になってない場合だけだった」
その話を聞いてゾッとする。これは思った以上に大きな事件なのかもしれない。
「それって……どういうこと?」
「わからん。でもとにかくそのシェルターの所長は何か知ってると思う。調べてみるよ」
「やめた方がいいんじゃない? 何か危なそう。この件はあんま首突っ込まない方がいいって」
それは予感だった。あまり深追いすべきではないという第六感的な危機感。
それを感じた時籐は警告した。
しかし、更科は首を振った。
「だったら尚更調べなきゃだろ」
「でも……」
「俺さぁ、実はジャーナリストになりたかったんだよ。大学時代にジャーナリズム勉強してみたらめちゃくちゃ面白くてさ。将来なるんだったらこれだ!ってその時思ったんだよね。だからそれ系の講義色々取ったりちっちゃい雑誌の出版社でバイトしてみたりしてたんだよ。途中でそれどころじゃなくなっちゃったから一回は諦めたんだけどさぁ。でも、最近何でも屋みたいなことも始めて、そしたら過去の事件調べて欲しいとか依頼してくる人がいて。とにかくやってみようってやってみたらすげーやりがいあるなって気付いたんだよ。デカい事件なんてめったにないけどさ、マジこれ天職だったんじゃね?って。だから何かあるんだったら徹底的に調べたい」
「やめとけって。そういうのは後ろ盾があってこそだろ」
「まあ、お前に迷惑はかけないから」
「……」
更科は翻意しない。時籐はなんと言って説得したものかと考えながら駐車場まで歩き、車の助手席に乗った。
最近はここが定位置のようになっている。
更科は扉を閉めると、シートベルトをしながら聞いてきた。
「今日はどっか寄るとこある?」
「特には」
「じゃあ家でいい?」
「よろしく。いつもありがとう」
エンジンがかかり、車が発進する。
更科はハンドルを切って駐車場から出て通りを走り始めた。
そうして車を運転しながら更科が聞いてくる。
「今日の夜ヒマ?」
「まあ暇っちゃ暇だけど」
「ランク行く?」
「ああ、いいよ。明日月曜だからあんま遅くまではできないけど。何時?」
「八時?」
「オッケー。今ガンガン回したいよな、時期的に」
今ハマっているタクティカルFPSゲーム『テイク・ザ・ベース』は新シーズンが始まり、スタートダッシュの時期だった。
「マジでそう。今モチベ高い」
「今シーズンはレジェ行けるかなぁ」
前シーズンは更科とのデュオが多かったからか、長く停滞していたダイヤ帯を脱出しマスター1で終わっていた。
そのため認定戦でダイヤスタートとなり、もう一つ下のランクからのスタートだった前々シーズンよりアドバンテージがある。
是非マスターの一つ上のランク、レジェンダリーを踏みたいところだった。
「行けるよ。マジで行こう」
「行きてえ~」
そんな風に他愛無い話をしていたときだった、急に動悸がし始めたのは。
同時に全身が火照り、ムラムラしてきて一瞬頭が真っ白になる。
ヒートの前兆ーーそうとしか思えない体の変化が急激にやってきた。
「っ……!」
時籐は思わず手で鼻を塞ぎ、車内に充満する甘い香りを防ごうとした。
「ん? どうした?」
「ちょっと……窓開けていい?」
「いいよ。酔った?」
聞かれるが、答える余裕がない。
時籐は新鮮な空気を必死に吸い、鞄を漁ってヒート抑制剤を探した。
だが、やはりない。入れた記憶もなかった。
ここ数年はヒートの時期を薬で完璧に管理していたので、予期せぬ時に来ることがなかった。だから、いつしか持ち歩かなくなっていたのだ。
今日だってまだその時期ではない。次のヒートまではまだひと月以上あるはずなのだ。
なのになぜ、と混乱しつつ考える。
車を降りるべきか。
だが、この状態で公共交通機関やタクシーを利用できるとは思えないし、歩いて帰れる距離でもない。
どうすれば、どうすれば……。
「マジ大丈夫か? 一回車停める?」
「大丈夫だから進んで」
そして不意に自分を組み敷いた若宮の姿がフラッシュバックする。
時籐を押さえつけた力の強さ、無言で外されたネックガード、そして首を噛まれたときの痛みがまざまざと蘇り、思わず息を詰める。
あの時ほど恐怖を感じたことは、後にも先にもなかった。
急速に息がしづらくなってきて、肩で息をする。
その間にもフラッシュバックは続き、過呼吸とパニックになりかける。そしてその間にもどんどん体の熱は高まっていった。
もはや車の中にいることに耐えられなくなった時籐は、助手席のドアレバーに手をかけた。
すると、更科が声を上げる。
「おい、危ないって」
更科は走行中ドアロックをかけない派らしく、今までロックをかけているのを見たことがない。
例に漏れず今日も開いていた。
それほどスピードが出ていないとはいえ、走行中の車両のドアを開けるなど自殺行為である。
そう頭ではわかっているのだが、体が勝手に動くのを止められなかった。
更科はドアを開けようとする時籐を見て焦ったように急ブレーキをかけた。背後からクラクションの音が鳴る。
「時籐、今出たら危な――」
更科の警告を聞き終わる前にドアを開けて外に飛び出した。その瞬間に目の前を後続車がぎりぎりですり抜けてゆく。
あと一秒出るのが早かったら轢かれていた距離。だが、何とも思わなかった。
とにかく一人になりたい。その一心で走り出す。車はまだ大通りに出ておらず、商業ビルの間の路地が少し先まで続いていた。
「ちょっと、どこ行くんだよ?」
後ろから声がするが振り返らずに走り続ける。
しかし、まもなく追いつかれた。
オメガの脚力はアルファのそれには到底敵わないのだ。ベータの男女ぐらい差があり、競って勝てるものではない。
オメガ男性の基本的身体能力はベータ男性とだいたい同じぐらいだが、アルファは男女ともにそれをはるかに上回る身体能力がある。
そのため、容易に追いつかれて前に回り込まれ、行く手を塞がれる。
時籐は距離を取ろうとじりじりと後退した。
更科はいかにも案じるような表情で聞いてきた。
「マジでどうしたんだよ?」
「放っとけ」
「何だよいきなり。走って帰んの? めっちゃ遠いけど」
「ちょっとマジ今無理だから。来ないで」
すると、更科はピンときたような顔をした。
「……もしかして、アレきた?」
「……」
黙っていると、沈黙を肯定と受け取ったらしい更科は上着の内ポケットをゴソゴソと探り、錠剤のシートを出して差し出した。
思わずそれに目が釘付けになる。
薄緑色の特徴的な錠剤は、よく処方されるオメガのヒート抑制剤にそっくりだった。口の中で溶けるタイプの即効性の薬だ。時籐も使ったことがある。
見覚えのある錠剤に思わず受け取り、シートの裏を見て薬剤名を確認する。それは間違いなくヒート抑制剤だった。
「何で?」
「必要だろ?」
「いや何でお前がこれ持ってんの? 処方薬のはずだけど」
「きょうだいが余ったのくれんだよ。本当はダメだけど、オメガの人相手に商売するなら常備しとけって」
「……」
「それやるよ。落ち着いたら車戻ろう」
時籐はシートから錠剤を取り出し、一つ口に含んだ。
すると、まもなくして体の火照りと動悸が和らいでゆくのがわかった。
体の熱が収まるのと同時にパニックの波も徐々に引いてゆく。
時籐はほっと息をついた。すると、案じるようにこちらを見ていた更科が聞く。
「落ち着いた?」
「何とか。……悪い、急に」
「いいよ。戻ろうぜ」
頷いて車を停めた場所に向かって引き返す。先程時籐の様子が明らかにおかしかったことには気付いているはずだが、更科は何も言わなかった。
そして何事もなかったかのように再びゲームの話を始めたのだった。
ことの経緯を更科に報告し、榎本の行方を探している人が他にもいることを話すと、ぜひ一緒に話を聞きたいとのことだったので、滝口に伝えた上で更科と共に話を聞くことになる。
待ち合わせのカフェは都心から少し離れた駅の駅前にあるチェーン店だった。
ここが滝口の家の最寄駅なのだという。
二人が到着したとき、相手は既に席を取って待っていた。
赤みがさした頬と白い肌が印象的な丸顔のベータ女性だ。
年齢はおそらく時籐達より下、榎本と同年代ぐらいだろう。
窓際のボックス席にいた彼女は、二人を認めると腰を上げた。
「時籐さんでしょうか?」
「はい。今日はお時間取って頂いてありがとうございます。お伝えした通り、友人の更科も一緒にお話を伺いたいとのことだったのですが、大丈夫でしょうか?」
そう言うと、滝口は一瞬更科の顔を凝視した。
「はい、構いません。探偵さんですよね?」
「そんな大したもんでもないんですけど、オメガの知り合いが突然いなくなったという方が他にも何人かいらっしゃって、その件について今調査してるんです」
「へぇ~、そうなんですね~」
「座ります?」
「あ、はい」
更科に促されて滝口が席につく。その向かいに二人で座り、やってきた店員に飲み物を注文し終えると、早速滝口が話し出した。
「今日は来てもらってありがとうございます。菜々のことを気にかけてくれる人が他にもいるって知って、実はすごく嬉しかったんです。あの子は身寄りもいなくて、いなくなってから心配する人もあまりいなかったんで。職場でちょっと話題になったぐらいで」
「榎本さんとは親しかったんですか?」
更科に見惚れている滝口に、なんとなく学生時代を思い出しながら聞くと、滝口はこちらを見て頷いた。
「はい。多分一番だと思います。お互いの家に泊まりにいったりしてたぐらいだから。他にそういう友達がいる感じはありませんでした」
「随分親しかったんですね」
「そうなんですよもう。ルームシェアの話も出てたぐらいで」
「ルームシェア?」
更科が聞くと、再び滝口の視線は更科に固定された。
「はい。何かあたしら、男運悪くて。それでもう男なんていいからルームシェアしようって菜々の方から言ってきたんです。その物件も探してる途中だったのに……」
「具体的に榎本さんがいなくなったのはいつとか、覚えてます?」
「はい。メッセージの履歴があるのでわかります。えーっと……昨年の七月二十一日から連絡が取れなくなってます」
滝口はそう言ってメッセージアプリの画面を二人に見せた。
その日以降、度重なる滝口からのメッセージに既読がついていない。
一番最後のメッセージは、前日夜のやり取りだった。
他愛のない仕事の愚痴だ。そこから返信はパタリと途絶えていた。
「榎本さんが退職したのはこの日ですか?」
「その翌日ですね。その日は金曜日で現場に直行直帰だったんで月曜まで気付かなかったんですけど、会社に電話があったみたいです。でも菜々は責任感が強くて、電話一本で突然辞めるなんてありえないし、それにあたし達契約社員なんですけど、菜々はまだ契約切れる時期じゃなかったんです。前回契約切れた時も更新できたから次も更新できるといいねーって前に話してたんですよ。だから何かおかしいなってなって」
「そうだったんですね」
「辞めるって話も全然聞いてなくて。その頃、彼氏とも別れ話で揉めてたから何かあったのかなって思って警察にも行ってみたんです。でも、家出人扱いで碌に捜査もしてもらえなくて。それで、自分で調べることにしたんです。だって明らかにおかしいじゃないですか?」
別れ話で揉めていた、という話は、恋人と遠方へ引っ越し元気にやっている、というさくらママの話と明らかに矛盾する。
一体この矛盾は何なのだろうか。
「そうですね」
「それで、菜々の彼氏が絶対に怪しいと思ったんでそいつ調べたんです。そいつ、柿崎真央っていうアルファの男なんですけど、都内で飲食店経営してて。で、どうやら少し前から経営難になってたらしくて、めちゃくちゃ怪しいんですよ。菜々と番になりたがったのにも何か裏があるんじゃないかって。実際、菜々はそいつにお金貸してましたし。でももうこれで最後にするって終わりにしたばかりだったんです。それなのに柿崎は納得しなくて、菜々に付き纏ってました。その後すぐにいなくなっちゃって……柿崎に聞いてもシラ切るばっかりだし」
「そうなんですね。自分は榎本さんと同じ店に通ってたんですけど、そこのオーナーは北海道に引っ越すって聞いたらしいんです。でも、自分はご本人から明確にそう聞いた記憶がなくて。そういったお話も聞いてないですよね?」
時籐の問いに、滝口は即座に反応した。
「北海道? ないない、だってあの子、寒いところめちゃくちゃ苦手なんですよ? 冬場の暖房二十五度だったんで。家暑すぎて遊びに行った時文句言ったので覚えてます」
その言葉に更科と顔を見合わせる。どうやらママは本当のことを言っていなかったようだった。
更科が慎重に聞いた。
「柿崎さんが経営しているお店の名前と住所、教えてもらえますか?」
「えっ、調べてくれるんですか?」
「はい。他の捜索依頼と何か関連があるかもしれないので少し調べてみようと思います」
すると、滝口はパッと顔を輝かせた。
「よかった! もう自分だけじゃどうにもならなくて……。かといって依頼すると何万もかかるし、そんなお金ないし、ちょっと諦めてたんです。いや、菜々は絶対生きてると思ってるんだけど、探せないなーみたいな? だからすごく助かります!」
「できるだけのことはしてみます。ただ、あまり期待はしないで下さい。警察とかみたいに捜査できるわけじゃないんで」
「全然いいです! よろしくお願いします」
そう言って頭を下げた滝口から柿崎の情報を入手する。
どうやら柿崎のやっている店というのは、都心を走る環状線の北部の駅近くにあるようだ。
更科と時籐は情報提供に感謝し、やがて給仕された飲み物を飲みながら少し世間話をしてから店を辞したのだった。
店を出ると、更科が振り返って言った。
「やっぱ何かありそうだよなあ」
「ああ。何か変だ」
「この後その彼氏って奴の店に行ってみようと思うんだけど、来る?」
「そうだな」
「じゃあ車あっち」
更科に先導され、店の近くの有料駐車場へ向かう。
歩きながら、素直に思ったことを口にした。
「お前っていつも車だよな。見せびらかすため?」
更科の車はダークグレーのSUVである。男ならだれもが欲しくなるようなガタイの良さが特徴の、車幅も車高もある車。オフロード走行も容易にできそうだ。
だがその大きさゆえに、都会の小道は少々走りづらそうだった。
それでも毎度乗ってくるのはよほど車が好きなんだろう、と思い冗談めかして聞いてみると、更科は予想外の回答をした。
「まあそれもあるけど……俺電車嫌いなんだよね。前に知らないオッサンに触られたことあって」
「マジで?」
「あっ、今男でアルファのくせにって思っただろー? あるんだよマジで」
「思ってないけど」
「ほんと?」
「うん。まあ別に、アルファでもそういうのはあるんじゃね?」
それは本心だった。アルファの男が痴漢に遭うなど聞いたことがないが、同性愛者のアルファもいるわけだし、あっても全くおかしくはない。
通勤通学の時間帯、都心の電車は超過密状態で痴漢が多発している。
その被害者のほとんどがオメガかベータ女性だが、アルファも稀に被害に遭うのだろう。
「そうなんだよあるんだよ! マジで誰も信じてくれねえんだけどさぁ。アルファだったら『威圧』使えるだろって言われたって怖くて無理なんだよ。相手もアルファだし格上で敵わなかったらもっと酷いことされるかもしんねえし。いや、お前ならわかってくれると思ったよ」
更科は嬉しそうな顔でそう言って時籐の肩を抱いた。
その途端にぶわりと甘い香りが鼻腔を抜ける。
金木犀の匂いーー更科のフェロモン臭だ。
今日は一段と強く感じるところをみるに、抑制剤を飲み忘れたのだろう。
「お前、今日……」
「ん?」
「いや、何でもない」
抑制剤を飲んだか聞きかけてやめる。
フェロモン抑制剤というのは嗅覚・味覚が鈍る副作用があるものが多く、おいそれと飲んでくれと言えるようなものではないからだ。
実際それが嫌で飲まない人もいるぐらいだ。
だから時籐は口を閉じた。
そして話を続ける更科に相槌を打ちながら、しかし大丈夫なはずだ、と心の中で思う。
自分は性フェロモンにしか反応しないタイプの過敏症なのだから。
俗に言うフェロモン過敏症には大きく分けてフェロモン過敏症と性フェロモン過敏症の二種類がある。
『威圧』等の行動系フェロモン、個々人により匂いが異なる固有フェロモン、異性を惹きつける性フェロモン全てに反応するのがフェロモン過敏症、性フェロモンにしか反応しないのが性フェロモン過敏症だ。時籐はこのうち性フェロモン過敏症だった。
つまり、症状が現れるのは他人の性フェロモンに接した時だけである。
この性フェロモン過敏症の中でも特に多いのは特定のバース性にのみ反応するI型だが、時籐はアルファ、新ベータ、オメガ全てに反応しアレルギーに似た症状が出るII型だった。
だから人と接する時は基本、抗フェロモン剤とアレルギーの薬が必須だが、更科と会う時にはそれがいらない。
なぜなら更科は、性フェロモンが出ず番を作れないとされているアルファ亜種だからだ。
アルファ亜種は『威圧』や『誘導』といった行動系フェロモンは出せるし固有フェロモンもあるが、性フェロモンがまったく出ない。しかし性フェロモン受容体はあるので他人から性的な刺激は受けるという、かなり不幸な体質だった。
そして、この性フェロモンが出ないことが番を作れない原因とされている。
だから、性フェロモンにしか反応しない過敏症の症状が出るわけがないのだ。
更科は、最初に匂いを指摘してから毎回抑制剤を飲んでくれるようになったが、本当はそれすら不要なレベルなはずだ。
だから更科と会う時、職場では飲む抗フェロモン剤を飲んでいないし、今日も飲んでいない。
匂いを感じるのは更科が行動系フェロモンや固有フェロモンのフェロモン臭が強い体質、かつ自分が過敏だからだろう、というのが結論だった。
そんなことをつらつらと考えながら歩いてゆくと、まもなく駐車場に到着する。
駐車場の中でも一際目を惹く大きなボディのSUVに更科に続いて乗り込むと、車が発進した。
そして滝口から教えてもらった店に向かって走り出したのだった。
◇
柿崎の店は都内北部の比較的住宅街が多い地域の駅近くにあった。
近年飽和しつつあるエスニック料理のレストランで、窓から店内を見る感じ、休日の昼にしては客の入りが悪い。
経営難だという滝口の話は本当なのかもしれない。
そんなことを思いながら店の暖簾をくぐると、制服姿の店員がやってきて面倒くさそうに二人を空席へと案内した。
姿勢の悪い若い男で、大手のチェーン店ならありえないような接客態度だ。
モダンな内装の店内もなんとなく薄暗く、窓枠にはうっすらほこりが積もっていた。
なるほど、閑古鳥が鳴くわけだと思いながら、車内という密室から解放されたことにそっと息をつく。
更科の車はむせかえるような甘い匂いが充満していた。
過敏症の症状である粘膜症状が出始めていることに内心首を傾げつつ、メニューを開き、遅めの昼食を適当に選ぶ。
注文を取りに来たのは先ほどの無愛想な店員だった。
二人がその店員に注文を伝え終えると、更科は踵を返そうとした男にさりげなく聞いた。
「あの、今日って店長さん来てます?」
「来てますけど何か?」
胡乱げに聞く男に、更科は人好きのする微笑を浮かべて言った。
「僕、グルメサイトのライターやってる佐藤と申します。今、この辺りのレストランの食べ歩き企画っていうのをやっていて、このお店紹介させてもらえないかなって思ったんですが、伝えてもらえますかね? これがそのサイトです」
更科がそう言って持ってきたノートPCを開き、画面を見せた。
すると、店員は納得したような表情になった。
「ちょっとお待ちください。今店長呼んできますんで」
「すみません」
こちらに背を向け、店の厨房へと入っていった店員を見送り、更科がこちらにもそのサイトを見せてくれる。
それは、よくあるグルメサイトのトップページが現れた。
用意周到ぶりに少し驚いていると、更科が抑えた声で言った。
「こうやって口実作って会った方がいいんだよ、こういうのは。面と向かって聞いても教えてもらえるわけないんだしさ」
「すげえ。このサイト作ったの?」
「業者に頼んで作ってもらった。こういう仕込みがねー、意外と大事なんですよ」
そう話している間に店の奥から黒い腰エプロン姿の男が出てきた。
年のころは三十代前半ぐらい。中背中肉で少し歪んだ顔をしている。
決して醜男ではないが、目つきは陰険そうで、人相はよくなかった。
胸元のプレートには『店長 柿崎』とあるからこの男が柿崎なのだろう。
体臭ですぐにアルファだとわかる。
やってきた柿崎は、時籐に一瞥もくれずに更科に挨拶した。
「どうも。何か企画やってるんだって?」
「はい、この辺のレストランの食べ歩きレポっていうのを今やってまして。他にも何軒のお店に協力してもらってるんですけど、こちらも是非と思いまして。アポもなしにすみません。自分、こういったサイトを運営してまして、このお店もここで紹介させて頂けないかと思ってこちらに来たんですけれども」
立ち上がって挨拶をした更科は、ノートパソコンの画面を柿崎の方に向けた。
それを覗き込んだ柿崎は、腕組みをした。
「へえ~、こんなサイトやってんだ。個人?」
「はい。でも閲覧数は結構あるんですよ。ここ見て貰えればわかると思うんですけど」
「みたいだね。ここでウチを?」
「はい」
「タダで?」
「お店の宣伝にはなるかと」
「うーん……まあいいよ」
「ありがとうございます。いくつかメニューを頼んでレビューさせてもらうのと、少し取材もさせて頂きたいんですが」
「取材?」
「はい。お店を出すことになった経緯とか、お店への想いとか、簡単なものなんですけど。出来た記事のリンクは後日お送りします」
「いいよ」
「良かったです。じゃあ早速なんですがお話いいですか?」
頷いてテーブルの向かいに腰掛けた柿崎はやはり更科しか見ていなかった。
匂いですぐに時籐がオメガだとわかったのだろう。
オメガ差別主義の社会でこういう人間は珍しくない。あらゆる場でいないものとされるのだ。
そして注目されるのは性的興味がある時だけである。
会社でも散々やられてもう慣れているが、全く腹が立たないわけでもない。
時籐は少しイライラしながら二人のやり取りを傍観した。
更科はまず店を始めたきっかけなど当たり障りのないことを聞いて柿崎の警戒心を解いてから、世間話を装ってそれとなく私生活のことを聞き始めた。
そして話題がパートナーのこときなったときだった、柿崎の顔色があからさまに変わったのは。
「……けどすげー自慢ですよね、彼氏さんがこんな大きなお店やってるなんて。あ、すいません、パートナーの方いるかわかんないんですけど」
更科の言葉に、柿崎はあからさまに顔を顰めて言った。
「いやそれがさぁ、ちょっと前までいたのよ。でもメンヘラっていうか、ちょっとそっち系の子でさぁ。ある時急にどっか行っちゃったんだよ」
「そうなんですか?」
「そうそう。去年の夏頃かな、急にいなくなっちゃって。何か発作でも起こしたんだろうな。俺も最初は心配して探したんだけど、家行ってみたら退去しててさ、自分で荷物まとめてどっか引っ越したみたい。心配して損したよ」
「そうだったんですか」
「そうそう。もう大変だったよ。本当気をつけた方がいいよ、変なオメガに引っかからないように」
柿崎はそう言って笑った。
「大変でしたね」
「本当だよもう。とんだ地雷だったよ」
そうして柿崎はその後もしばらく不愉快な元カノ話を続けたのだった。
柿崎の個人的な話が長引いたせいで延びた取材は四十分ほどかかった。
更科は愛想よく相槌を打って柿崎が尻尾を出さないかと色々探りを入れ、柿崎と榎本の間にあったトラブルを聞き出した。
そのトラブルはやはり榎本が番になることを拒否する、というものだった。これはバーでの話と一致している。
それ以上の情報はなかったが、柿崎が相当根に持っているらしいのは伝わってきた。
だからそれが原因で何かをしたのかもしれないし、金銭目的で何かをした可能性もある。柿崎は自身の店が経営難であることと、榎本から別れ話をされていたことについては一言も言及しなかった。
だから、どちらか、あるいは両方の動機で榎本に何らかの危害を加えた可能性は十分にある。
いずれにせよ、動機は十分にある人物、という印象だった。
時籐がそんなふうに思いを巡らせている間、取材を終えた更科はおすすめのメニューをいくつか注文し、メモするふりをしながら食べていた。
時籐も食べたが、特段まずいわけではないが美味しくもないエスニック料理、という感じだった。
更科も何かしら思っただろうがそんなことはおくびにも出さず、来る料理来る料理褒めて柿崎の自尊心を満たしてやっていた。
そして上機嫌になった柿崎が自らの起業話を披露するのを愛想よく聞いてやり、最後にはまた来てくれよ、と言われるほどの印象値を稼いで退店した。
絡め手で相手を攻略するのは昔と変わっていないな、と思いながら駐車場に向かっていると、真顔に戻った更科が話しかけてきた。
「あいつ、怪しいと思う?」
「なんとも……。けど榎本さんが家の退去手続きしてたって話は気になるな。もし本当だったら本人が望んで消えたのかもしれない」
「親友に一言も言わずに?」
「そこだよなぁ~。あと、滝口さん、榎本さんが柿崎さんに金貸してたとか言ってたよな? 金銭目的とかもありそうだけど……」
「俺榎本さんのことちょっと調べたんだけどさぁ、退去の話は本当だった。榎本さん、滝口さんと最後にメッセージでやり取りした日に住んでたアパートの退去手続きしてるんだよな。管理会社の人に確認したから間違いない。だから問題が起きたとすればその後だな」
「事件に巻き込まれたとか?」
「うん。しかも他のケースも似たような感じでいなくなってるんだよな。自分でどこかに引っ越してその後連絡取れなくなるっていうパターン。後は、この前佐伯さんが話してたような、シェルターからいなくなるパターン。だいたいこの二パターンでいなくなってる」
「そういや佐伯さんの件はどうなったの?」
「うん、あの後所員さんに連絡取ってくれていなくなった人の話してた人と繋いでくれたよ。後藤さんっていうんだけど、話聞いたらどうやら去年の十一月初めぐらいに施設にいた結城聡さんっていう人が突然いなくなったらしい。後藤さんは結城さんとそこそこ交流があったのに、退所の話も何もなくいきなりいなくなったって不審がってた。で、結城さんのことも調べてみたけど、アルファの男と結婚して番にもなってて、成人した子供もいた。子供は家を出ていたけど、結城さんとはそこそこ仲が良かったらしい。で、その人にも話聞いたけど、ちょうど結城さんがシェルターからいなくなった頃から連絡が途絶えているようなんだ。シェルターから出た後の情報が何もないんだよ。その上……結城さんの夫も行方不明になってる」
「……マジ?」
更科は唇を舐めて頷いた。
「うん。おかしいよな。で、最近増えた似たような捜索依頼の資料見返してみたんだよ。そしたら、半分以上のケースで番のアルファも行方不明になってた。……というか、アルファと番になってるオメガの場合は全員だな。パートナーのアルファが失踪していないのは榎本さんみたいに番になってない場合だけだった」
その話を聞いてゾッとする。これは思った以上に大きな事件なのかもしれない。
「それって……どういうこと?」
「わからん。でもとにかくそのシェルターの所長は何か知ってると思う。調べてみるよ」
「やめた方がいいんじゃない? 何か危なそう。この件はあんま首突っ込まない方がいいって」
それは予感だった。あまり深追いすべきではないという第六感的な危機感。
それを感じた時籐は警告した。
しかし、更科は首を振った。
「だったら尚更調べなきゃだろ」
「でも……」
「俺さぁ、実はジャーナリストになりたかったんだよ。大学時代にジャーナリズム勉強してみたらめちゃくちゃ面白くてさ。将来なるんだったらこれだ!ってその時思ったんだよね。だからそれ系の講義色々取ったりちっちゃい雑誌の出版社でバイトしてみたりしてたんだよ。途中でそれどころじゃなくなっちゃったから一回は諦めたんだけどさぁ。でも、最近何でも屋みたいなことも始めて、そしたら過去の事件調べて欲しいとか依頼してくる人がいて。とにかくやってみようってやってみたらすげーやりがいあるなって気付いたんだよ。デカい事件なんてめったにないけどさ、マジこれ天職だったんじゃね?って。だから何かあるんだったら徹底的に調べたい」
「やめとけって。そういうのは後ろ盾があってこそだろ」
「まあ、お前に迷惑はかけないから」
「……」
更科は翻意しない。時籐はなんと言って説得したものかと考えながら駐車場まで歩き、車の助手席に乗った。
最近はここが定位置のようになっている。
更科は扉を閉めると、シートベルトをしながら聞いてきた。
「今日はどっか寄るとこある?」
「特には」
「じゃあ家でいい?」
「よろしく。いつもありがとう」
エンジンがかかり、車が発進する。
更科はハンドルを切って駐車場から出て通りを走り始めた。
そうして車を運転しながら更科が聞いてくる。
「今日の夜ヒマ?」
「まあ暇っちゃ暇だけど」
「ランク行く?」
「ああ、いいよ。明日月曜だからあんま遅くまではできないけど。何時?」
「八時?」
「オッケー。今ガンガン回したいよな、時期的に」
今ハマっているタクティカルFPSゲーム『テイク・ザ・ベース』は新シーズンが始まり、スタートダッシュの時期だった。
「マジでそう。今モチベ高い」
「今シーズンはレジェ行けるかなぁ」
前シーズンは更科とのデュオが多かったからか、長く停滞していたダイヤ帯を脱出しマスター1で終わっていた。
そのため認定戦でダイヤスタートとなり、もう一つ下のランクからのスタートだった前々シーズンよりアドバンテージがある。
是非マスターの一つ上のランク、レジェンダリーを踏みたいところだった。
「行けるよ。マジで行こう」
「行きてえ~」
そんな風に他愛無い話をしていたときだった、急に動悸がし始めたのは。
同時に全身が火照り、ムラムラしてきて一瞬頭が真っ白になる。
ヒートの前兆ーーそうとしか思えない体の変化が急激にやってきた。
「っ……!」
時籐は思わず手で鼻を塞ぎ、車内に充満する甘い香りを防ごうとした。
「ん? どうした?」
「ちょっと……窓開けていい?」
「いいよ。酔った?」
聞かれるが、答える余裕がない。
時籐は新鮮な空気を必死に吸い、鞄を漁ってヒート抑制剤を探した。
だが、やはりない。入れた記憶もなかった。
ここ数年はヒートの時期を薬で完璧に管理していたので、予期せぬ時に来ることがなかった。だから、いつしか持ち歩かなくなっていたのだ。
今日だってまだその時期ではない。次のヒートまではまだひと月以上あるはずなのだ。
なのになぜ、と混乱しつつ考える。
車を降りるべきか。
だが、この状態で公共交通機関やタクシーを利用できるとは思えないし、歩いて帰れる距離でもない。
どうすれば、どうすれば……。
「マジ大丈夫か? 一回車停める?」
「大丈夫だから進んで」
そして不意に自分を組み敷いた若宮の姿がフラッシュバックする。
時籐を押さえつけた力の強さ、無言で外されたネックガード、そして首を噛まれたときの痛みがまざまざと蘇り、思わず息を詰める。
あの時ほど恐怖を感じたことは、後にも先にもなかった。
急速に息がしづらくなってきて、肩で息をする。
その間にもフラッシュバックは続き、過呼吸とパニックになりかける。そしてその間にもどんどん体の熱は高まっていった。
もはや車の中にいることに耐えられなくなった時籐は、助手席のドアレバーに手をかけた。
すると、更科が声を上げる。
「おい、危ないって」
更科は走行中ドアロックをかけない派らしく、今までロックをかけているのを見たことがない。
例に漏れず今日も開いていた。
それほどスピードが出ていないとはいえ、走行中の車両のドアを開けるなど自殺行為である。
そう頭ではわかっているのだが、体が勝手に動くのを止められなかった。
更科はドアを開けようとする時籐を見て焦ったように急ブレーキをかけた。背後からクラクションの音が鳴る。
「時籐、今出たら危な――」
更科の警告を聞き終わる前にドアを開けて外に飛び出した。その瞬間に目の前を後続車がぎりぎりですり抜けてゆく。
あと一秒出るのが早かったら轢かれていた距離。だが、何とも思わなかった。
とにかく一人になりたい。その一心で走り出す。車はまだ大通りに出ておらず、商業ビルの間の路地が少し先まで続いていた。
「ちょっと、どこ行くんだよ?」
後ろから声がするが振り返らずに走り続ける。
しかし、まもなく追いつかれた。
オメガの脚力はアルファのそれには到底敵わないのだ。ベータの男女ぐらい差があり、競って勝てるものではない。
オメガ男性の基本的身体能力はベータ男性とだいたい同じぐらいだが、アルファは男女ともにそれをはるかに上回る身体能力がある。
そのため、容易に追いつかれて前に回り込まれ、行く手を塞がれる。
時籐は距離を取ろうとじりじりと後退した。
更科はいかにも案じるような表情で聞いてきた。
「マジでどうしたんだよ?」
「放っとけ」
「何だよいきなり。走って帰んの? めっちゃ遠いけど」
「ちょっとマジ今無理だから。来ないで」
すると、更科はピンときたような顔をした。
「……もしかして、アレきた?」
「……」
黙っていると、沈黙を肯定と受け取ったらしい更科は上着の内ポケットをゴソゴソと探り、錠剤のシートを出して差し出した。
思わずそれに目が釘付けになる。
薄緑色の特徴的な錠剤は、よく処方されるオメガのヒート抑制剤にそっくりだった。口の中で溶けるタイプの即効性の薬だ。時籐も使ったことがある。
見覚えのある錠剤に思わず受け取り、シートの裏を見て薬剤名を確認する。それは間違いなくヒート抑制剤だった。
「何で?」
「必要だろ?」
「いや何でお前がこれ持ってんの? 処方薬のはずだけど」
「きょうだいが余ったのくれんだよ。本当はダメだけど、オメガの人相手に商売するなら常備しとけって」
「……」
「それやるよ。落ち着いたら車戻ろう」
時籐はシートから錠剤を取り出し、一つ口に含んだ。
すると、まもなくして体の火照りと動悸が和らいでゆくのがわかった。
体の熱が収まるのと同時にパニックの波も徐々に引いてゆく。
時籐はほっと息をついた。すると、案じるようにこちらを見ていた更科が聞く。
「落ち着いた?」
「何とか。……悪い、急に」
「いいよ。戻ろうぜ」
頷いて車を停めた場所に向かって引き返す。先程時籐の様子が明らかにおかしかったことには気付いているはずだが、更科は何も言わなかった。
そして何事もなかったかのように再びゲームの話を始めたのだった。
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