碧眼の暗殺者

冬木水奈

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第二章 真実の愛

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 暗闇の中で、ラザロは目を開けた。
 屋敷からシンの友人を救出したマウリのーーいやラザロの部隊は、車でアバディーン空港へ向かっている途中だった。
 そこで待機しているジェットに乗り、グラスゴーへ行って同盟本部の拠点を襲撃しているブラックスミス隊の加勢をする。
 スモークガラスの車内には、ロドリゴ、クリスチアーノら腹心の部下を含む数人が同乗していたが会話は少なく、張り詰めた空気が漂っていた。
 それを見て、情けないことだ、と心で嘲笑する。
 たかがチンピラの集まりの自由革命同盟ごときにビビり散らかすとは。
 どいつもこいつも腰抜けばかりで嫌になる。
 だが、その分自分が殺せばいいだけだ。これから、思うさま殺せる。そう思うだけで気分が高揚した。

 ラザロは生粋の殺人狂だった。
 人殺しこそが極上の快楽、人生のエッセンスだ。
 人を殺す瞬間ほどラザロを幸福にするものはなかった――今までは。
 だがシンと出会ってそれ以上の楽しみを得た。
 シンが隣にいるだけで満たされる。話をするだけで幸福に包まれ、触れればこれまで感じたこともないような悦楽を得た。
 だからラザロは組織を捨ててシンと共に生きてゆくことにした。そのための計画も練ってある。
 腰抜け野郎のマウリとこのタイミングで人格交代したのもその計画を実行するためだ。

 しかしそれを悟られてはならない。
 腰抜け野郎のマウリがラザロになったことを、周りの人間に悟られてはならない。
 そうなると計画を実行できないからだ。
 ラザロは、同盟本部襲撃後速やかに最寄りの空港に向かい、待機しているジェットに乗ってシンの飛行機が寄る給油地へ行き、合流する予定だった。
 シンはハタケヤマのプライベートジェットでショースケと合流次第出国するが、途中で給油のためロシアの空港に寄る。
 そこで待っていてもらい、一緒に逃げる算段だった。

 だからゴミテロリストどもは速攻で片づけて空港に行く。
 万が一にもルカの部下に阻まれたら全員殺すことになるだろうがまあいい。もうバルドーニに用はないからだ。
 いい子ちゃんのマウリはファミリーに忠誠を誓っているようだが、ラザロは違う。
 忠誠心などバカらしいと思っているし、マウリとサムエーレが気に入っていたから仮住まいにしていただけだ。
 ラザロからしてみれば、自分を虐待したロマーノの組織に忠誠を誓うなどありえないことだった。

 ロマーノは、ペドのクズ野郎だった。
 引き取った当初からラザロを繰り返し犯し、欲望のはけ口にした。その上、拷問のような殺人訓練を課し、自分のための暗殺者になることを強いた。
 そんな男にどうして忠誠を誓える? ありえないことだ。
 お気楽なマウリもサムエーレも何も知らないから呑気にあそこにいられるのだ。
 だが、虐待のすべてを受け止めてきたラザロからすれば、豚が肉屋に懐いているようなものだった。

 くだらない、すべてがくだらない。
 世の中はゴミで、人間はクズで神も救いもない。
 ラザロはずっとそういう世界で生きてきた。
 暴力と欲望が支配する闇の世界で、大人たちはラザロを食い物にし続けた。
 初めて殺した男は少年野球のコーチだったが、そいつも変態野郎だった。まだ八歳のラザロをレイプしたのだ。
 その仕返しにそいつを殺し、片田舎の家から逃げ出してナポリに上京した。まだ幼く、法律についてよく知らなかったため、捕まれば死刑になると思い込んでいたのだ。
 実際には子供が死刑になるなどあり得なかったわけだが、まだ子供のラザロとマウリは知らなかった。
 そして、ナポリの街中をふらふらしているところをロマーノに拾われた。
 ロマーノは一見して裕福そうな紳士で、多少はマシな人生になるかと思ったが、そいつもコーチと同類だった。
 いや、コーチよりもさらに悪い。なぜなら相手はマフィアだったからだ。
 ラザロは何度か反撃しようとしたが、さすがにマフィア相手にまだ子供の体では無理だった。
 そしてロマーノは抵抗できないラザロを好き勝手弄んだ。
 そのときに、いつか絶対に殺してやると誓った。
 一度懐に入り、やがて時が来たら復讐してやる、と。

 そうやってラザロはずっと時機を窺い、何度か実行に移そうともしたが、そのたびにマウリやらサムエーレやらに邪魔されるということが続いた。
 あのお気楽野郎たちはロマーノを慕っていたのである。
 やがてラザロに第二次性徴が来て体が大人になると、ロマーノは興味を失った。
 そして、ラザロを本格的にファミリーの後継ぎ候補として育て始めたのである。
 これはラザロにとっては好都合だった。
 ファミリーの幹部となれば、今まで以上にいい暮らしができるし、好き勝手できる。
 それを見越して、ロマーノ暗殺計画はひとまず延期したのだった。

 そうして各地で要人暗殺という名の人殺しを楽しんでいた頃、シンというアジア人に仕事を依頼された。
 そのとき、ラザロは一目でシンを気に入った。
 黒曜石のように煌めく目に漆黒の髪、そして幼い顔立ちと優しげな笑み――男も女も星の数ほど抱いてきたが、あれほど惹かれた相手は初めてだった。
 シンはラザロの心をとらえて離さず、どうしてもこの男を手に入れたいと思うようになった。
 ラザロはマウリの記憶を持っているので知っているが、シンは元男娼で、現在はサド野郎に囲われているらしい。
 そんな男は綺麗なシンにはふさわしくないし、マウリのようなチキン野郎にもその権利はない。
 隣にいるべきは自分だ。
 事実、マウリは藪医者の強引な治療で精神崩壊を起こしかけ、自信を喪失してシンを手放す決心をした。
 ラザロからすればありえないことだ。
 だが、あの腰抜けはメンタルが弱いからラザロの持つ過去の記憶に耐えられなかったのだろう。

 幼少期、ラザロは虐待され続けた。そして人殺しになることを強要され、壮絶な訓練を受けた。
 ラザロはそれを乗り越えてここまできたが、マウリはそうではない。
 都合の悪い出来事の記憶はすべてラザロに押し付けて、悠々自適にお気楽ハッピーライフを楽しんできたのである。
 だから、奴がどうなろうが知ったこっちゃない。正直、消えてくれれば一番いいと思っている。
 マウリはまだシンに未練がある。
 だから、ラザロがシンと一緒になれば絶対に邪魔してくるだろう。
 だがそんなことはさせない。シンはラザロのものだからだ。

 ラザロはこれからシンの友人を傷つけた同盟本部に報復し、ジェットに乗ってシンの飛行機が給油に立ち寄るロシアの空港に向かい、シンと合流する。そうして誰にも邪魔されないところへ行く。
 バルドーニファミリーの手も九龍の手も届かないところへ行って、二人で生きてゆく。
 シンと家族になって家庭を築いて、そうしたらあるいは暗殺業をやめてもいいかもしれない。

 これまでは、人殺しほど楽しいものはなかった。ムシャクシャした時やイライラしたとき、人を殺せば気分がスッキリした。
 そしてそれは空虚を抱えて生きるラザロが唯一満たされる瞬間でもあった。
 死を悟った人間の目に浮かぶ絶望と恐怖を見るのが何より好きだったのだ。
 だがシンに出会って、圧倒的な幸福と快楽を知った。

 人殺しはその瞬間しか楽しくない。満足感も長続きせず、ラザロはすぐに空っぽになった。
 だから際限なく殺し続けるしかなかった。
 だがシンと接した後は、幸福感がずっと続き、これまで感じたことがないほど満たされた。そして生きてきて初めて、人を殺したいという衝動がゼロになった。
 これを真実の愛と言わずして何という?
 ラザロは運命の一人を見つけたのだ。
 だから誰にも邪魔はさせない。邪魔だてする者は、それが誰であろうと排除する。
 ラザロはその決心を固めながら、同盟本部への道を進んでゆくのだった。
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