碧眼の暗殺者

冬木水奈

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第一章 東洋の黒真珠

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 翌日の夜、マウリは父親と共に立食パーティに赴いていた。
 会場はナポリ中心部にある帝国ホテルで、王侯貴族の末裔や政治家、軍幹部が出席する。
 各界の親睦を深めるための会だったが、代々この地を治めてきたマフィアであるバルドーニファミリーも招待されていた。
 ナポリとマフィアの関係は少し特殊で、過去腐敗した政治家の圧政に苦しめられてきた歴史のあるナポリ市民は、その際に助けてくれたバルドーニファミリーに恩義を感じている。
 また、ファミリーは一般市民には決して手を出さないという掟を守ってきたため、他の地と違い、マフィアに対する抵抗感が少ない。
 だからこのような一般の社交パーティにも招待されているわけだった。

 現在、バルドーニファミリーはドンのネロとその二人の弟ガリレオ、ロマーノの三兄弟により治められている。
 ファミリーの重要事項の最終決定は三人が長老会議と呼ばれる話し合いの場でする仕組みだった。
 マウリの父ロマーノはドンの末弟であり、その補佐役として顧問(コンシリエーレ)という役に就いている。
 これは、前の世代でロマーノとその兄弟が後継者争いに勝利した後、兄弟間でそういう取り決めがあったからだ。
 血で血を洗う内部抗争の際に最も活躍した長男のネロがドンとなり、弟のガリレオとロマーノはその補佐役となった。
 そして抗争に敗れた従兄弟たちは死に、生き残った者もファミリーから追放された。

 このように、ファミリーは世襲制ではあるが、年功序列ではない。どちらかといえば実力主義である。
 そのため、次世代のドン争いは既にはじまっており、ドンの息子のルカ、フェデリコ、アロンツォと、ガリレオの息子のアウグスト、レオナルド、イヴァーノは静かに火花を散らしていた。
 その火花は、ネロが死んだ瞬間に爆発的に燃え上がるだろう。
 マウリだけが養子だったため、当初は後継者争いの蚊帳の外だったが、ルカに気に入られたことからルカ派となり、その争いに入ることとなったのだった。
 そんなふうにファミリー内の力関係について思案をめぐらせながら会場に入ると、めざとくふたりを見つけたガリレオの息子、アウグストがあいさつに来た。

「どうも、ご無沙汰しています、おじさん」
「ああ。ビジネスがうまくいっているようだな」
「いえいえ、そんなことないですよ、叔父さんに比べたら。マウリ、しばらくだね。外国へ行っていたとか?」
「ええ、まあ」
「いいなあ。僕もしばらく休みたいよ」

 アメリカへ行ったのはもちろん仕事のためだが、言う必要もない。
 相手も承知の上で嫌味を言っているのだろう。

「しかしやはり美しいね。遠目で見るとわからない、女性かと思ったよ」
「それはどうも」
「叔父上が羨ましいな、こんな美人がいたら家の中がさぞかし華やかだろう」

 こうやって人前でネチネチ貶めてくるのはいつものことだった。
 本当に器の小さい男だな、と思いながら笑顔を作って言い返す。

「そんなことを言ったら奥様に失礼ですよ。そうでしょう?」

 そう隣の妻に言ってやると、相手はプイと横を向いて去っていった

「あ、待て、エリザベート。すみませんね、では少し失礼を」

 じとっとした目を笑顔で受け流し、マウリは舌打ちした。

「気分わりぃ」
「この程度でカッカするな」

 そこで会場を回っていた給仕から二人分のシャンパンを受け取り、片方をマウリに渡すと、父はグラスを傾けた。

「それより子猫ちゃんには手を出してないだろうな?」
「子猫?」
「お預かりものの毛並みのいい黒猫だよ」
「ああ、シンのことか……。出してねぇよ」
「本当か?」

 父が疑いの目をマウリに向ける。
 勘がいいから何か察したのかもしれない。

「ああ。つうか男だし」
「あれだけ美しければ男も女も関係ないだろう。東洋の黒真珠とでも言うべき美しさだ。子供の頃に会いたかったな」

 父、ロマーノはペド野郎だ。子供、しかも少年にしか興味がない。結婚せず、自分の子供もいないのはそのせいだった。
 養子として引き取られた後、マウリが手を出されたことはなかったが、別館で暮らしている間そういうことを見聞きしたことはある。一緒に暮らしていた養子の子の何人かは「そういう」対象になっていた。
 だから父が裏で何をしているか、マウリだけは知っている。何度か苦言を呈したこともあったが、全く聞く耳を持たないので諦めた。
 基本的に父のことは尊敬しているが、この変態趣味だけは理解できないのが現状だ。

「気色悪ぃ」
「まあとにかく相手は九龍のおぼっちゃまだからな。何かあったら外交問題になる。弁えるんだぞ」
「わかってるよ」

 父はシンの素性について知らないようだった。この分だと組織の他の人間も知らないだろう。
 ここで父は声を低めた。

「それから、病気のことは絶対にバレないようにしろ。何かの拍子にアウグスト達に話されたらことだ」
「わかってるよ」

 マウリの病気ーー解離性同一性障害のことは組織の中でもごく一部の人間しか知らない。それは、父と従兄弟のルカが腐心して隠し通してきたからだ。
 マウリの病気は大きな弱点になる。なぜなら、仮にアウグスト派が知った場合、いとも簡単にマウリを武装解除できるからだ。
 ただサムエーレでいるときに襲撃すればいい。戦闘力ゼロの子供など、いとも簡単に殺せる。
 だから、父とルカは万が一にも病気のことがバレないように、マウリに要人暗殺等の一人で完結する仕事ばかりさせているわけだった。
 これが、組織でゴミ処理係をさせられている二番目の理由でもある。とにかく二人はマウリと組織の人間をなるべく接触させないようにしていた。

「では高官たちに挨拶にいくぞ」

 父が少し離れたテーブルで談笑する官僚たちの方を顎でしゃくって歩き出す。
 マウリは頷き、父に続いて歩き出した。そうしてうわべだけの会話をし、政府筋の人間や財界の大物達と一応は親睦を深め、立食パーティーから帰宅したのだった。
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