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最終話「別れの時」
~手紙~
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「どうしてですか?」
「いや、なんだかそんな気がして……剛昌さんも何か辛そうですけど……」
陸奏は眉をしかめながら二人の顔を交互に見つめる。
二人は海宝ほど精神的に強いわけではない、自身を上手く殺せるほど強い生き物ではない……必死に取り繕ったところで、周囲の人の動きや表情をずっと見続けてきた陸奏にとっては、二人の言動はどこかぎこちなかった。
「……ふふっ」
「翠……兄さん?」
笑う翠雲を陸奏は心配な面持ちで見つめ続ける。
「さっき欠伸したせいですよ。剛昌は朝が早かったのでただの寝不足です。そうですよね、剛昌?」
「ああ……」
「むぅ……」
陸奏は怪訝な表情で二人を交互に見つめてもう一度尋ねた。
「本当ですか……?」
「ええ、本当ですよ」
チクリと、翠雲の心に嘘の棘が突き刺さっていく。
「うーん、翠兄さんがそう言うなら……」
納得しきれない様子だが、陸奏は渋々、翠雲の言葉を聞き入れた。
翠雲が海宝を追う為に、この場から離れる為に家の外へと足を後退させる。
「では、私と剛昌は海宝殿を探してきますね」
「それなら私も一緒に! 丁度探しに行こうとしてた所なので!」
「いえ、待っていてください」
翠雲は微笑を浮かべながら戸に手をかける。
「あ、ちょっと待って――」
陸奏の声はピタリと閉められた戸に遮られた。何か胸がざわつくような感覚に、陸奏は胸元の衣服をぎゅっと握り締めた。
「陸にいの兄ちゃんってなんか怖いなぁ……」
不安げに呟く涼黒に対して陸奏はそっと返事を返す。
「いつもはもっと穏やかで優しい人なんですけどね」
頬を掻きながら微笑む陸奏もまた、翠雲や剛昌のように少しばかりぎこちなかった。
「うーん……とりあえず皆が帰ってくるまでゆっくりしましょうか」
「そうしょー、なんか分らんけど今のんですごい疲れた」
涼黒は一足先に奥の方へと履き物を脱いで上がっていき、陸奏は戸に背を向けてゆっくりと足を上げた。
しかし、陸奏の上げた足は同じ場所へと下ろされた。
「……」
振り向いた陸奏が不安げな表情で戸を見つめる。海宝も翠雲もいつもならば肯定して一緒に出掛けようとするはずなのにと……。
陸奏は俯き、ぎゅっと手に力を込めた。。
「大丈夫、ですよね……」
自分に言い聞かせるように、涼黒には聞こえないように小さな声で陸奏は呟き、杞憂であれと願いながら、先に上がった涼黒の元に向かった。
居間の中心では消えそうな火を涼黒が枯れ木を追加して延命させようとしている。
「陸にい、座らんの?」
立ったまま火を見つめる陸奏に涼黒は火元を枝で突きながら声をかけた。
「座り……ますよ」
力を抜くように陸奏がすっとその場に正座した。
燃え尽きた枯れ木に爪ほどの小さな灯火が揺らめいている。
「皆すぐけぇって来るんかなぁ」
涼黒は火の先端に枯れ木を当てながら陸奏に問いかけた。
「近くを散歩してるだけですからすぐ戻ってくると思うんですけどね」
「海宝のじっちゃんも出てってからだいぶ時間経っとぉよ?」
「そうですね……」
先程の違和感が陸奏の中で育っていく。不安な思考に意識が持っていかれそうになる。
「……陸にい?」
「は、はい」
「なんか様子変やけど大丈夫?」
涼黒の問いかけに陸奏は無理をして、微笑みながら返事をする。
「え、ええ……大丈夫ですよ」
「そっか」
涼黒は陸奏の言葉を聞いた後、真剣に枝先を火へと寄せていく。
時間が刻一刻と過ぎていく度に陸奏の中の胸騒ぎが徐々に大きくなる。
「火が中々つよぉならんなぁ……」
「ですね……」
涼黒は皆が帰って来るまでの間、火遊びをして待つことにしたようだった。陸奏は涼黒の姿を見ながら「悩んでいても仕方がない」と己に言い聞かせて深呼吸をする。
「……」
息を吸い込んで吐く、その工程を繰り返している最中に陸奏は衣服のつっかえにハッとした。
「そういえば」
懐にしまっていた翠雲からの手紙を取り出す。帰りを待つ暇潰しには丁度いいものだった。
『陸奏へ』と書かれた表面の文字が翠雲の字ではないような気がして陸奏はじっと文字を見つめる。その字体が海宝のものだと気が付くには時間はかからなかった。
――昨日の晩、海宝は陸奏へと渡す手紙を間違えていた。その手紙は本当は翠雲か剛昌から渡されるはずのもの……。しかし、落ち込んでいた陸奏も、視界がほとんど遮られている海宝も、手紙が違うことに気が付くことが出来なかった。
陸奏は海宝からの最後の手紙を広げていく。
……最期の手紙に目を通してしまう。
『陸奏へ、
お別れの挨拶がこのような形になってしまってすみません。
どうも、直接言える勇気まではさすがにありませんでした。すみません。
翠雲さんが貴方を連れて私の元に来てから十年ほどが経ちましたね。子どものような貴方の存在が、私にとってとても愛おしいものでした。お祈りも一生懸命してくれて、嫌がることもなく私の言葉をよく聞いてくれました。
……さて、この手紙を読んでいるということは、状況は理解できている頃かと思います。
私の命と引き換えに供養参り、死者への弔いは終わりを迎えます。
鎮魂縛符……大昔に出会った陰陽師から貰ったお札を使う時が来るなんて思いもしませんでした。運命とは不思議なものですね。
貴方に黙ったまま居なくなってしまってすみません。でも、悲しまないでください。出来れば傷付かないでください。どうか誰も恨まないでください。誰も責めないでください。元を辿れば、数年前に春桜殿を止められなかった私の責ですから。
それと、貴方には折り入ってお願いがあります。
翠雲さんや剛昌さんには黒百合村に新しく家屋を建てて頂きました。そこで、貴方には暮らしてもらいたい。二度とこの悲劇を繰り返さないように、私の次の犠牲を生まないためにも、黒百合村の地で死者の為に村を作って頂きたいのです。
そして、埋めて弔う為の村を完成させてください。名前はそうですね、「理弔」という名前が似合いますかね。でも、貴方が自由に決めていいですから、名前は好きな名前にしてください。
押し付けるような形になってしまってごめんなさい。
最期に……
貴方に出会えたことは、私の人生においてとても勉強になるものでした。
長い間、ありがとうございました。
親のように慕ってくれたこと、
私に懸命に尽くしてくれたこと、
いつも皆を大切に想ってくれたこと、
私の至らない点を支えてくれたことも…………。
時折、叱ってくれることも、本当の親子のようで楽しかったです。
いつかまた会いましょう。
私はいつでも貴方の傍に居ますからね。
少し気恥ずかしいですが、貴方に最後の言葉を送ります。
我、皆を想ひて眠りにつく者なり
君、皆を想ひて生きるべき者なり――――――海宝より』
「あ……ああ……そんな……そんな…………」
手紙を鷲掴みにした陸奏は頭を抱えながらその場に崩れ落ちた。
「いや、なんだかそんな気がして……剛昌さんも何か辛そうですけど……」
陸奏は眉をしかめながら二人の顔を交互に見つめる。
二人は海宝ほど精神的に強いわけではない、自身を上手く殺せるほど強い生き物ではない……必死に取り繕ったところで、周囲の人の動きや表情をずっと見続けてきた陸奏にとっては、二人の言動はどこかぎこちなかった。
「……ふふっ」
「翠……兄さん?」
笑う翠雲を陸奏は心配な面持ちで見つめ続ける。
「さっき欠伸したせいですよ。剛昌は朝が早かったのでただの寝不足です。そうですよね、剛昌?」
「ああ……」
「むぅ……」
陸奏は怪訝な表情で二人を交互に見つめてもう一度尋ねた。
「本当ですか……?」
「ええ、本当ですよ」
チクリと、翠雲の心に嘘の棘が突き刺さっていく。
「うーん、翠兄さんがそう言うなら……」
納得しきれない様子だが、陸奏は渋々、翠雲の言葉を聞き入れた。
翠雲が海宝を追う為に、この場から離れる為に家の外へと足を後退させる。
「では、私と剛昌は海宝殿を探してきますね」
「それなら私も一緒に! 丁度探しに行こうとしてた所なので!」
「いえ、待っていてください」
翠雲は微笑を浮かべながら戸に手をかける。
「あ、ちょっと待って――」
陸奏の声はピタリと閉められた戸に遮られた。何か胸がざわつくような感覚に、陸奏は胸元の衣服をぎゅっと握り締めた。
「陸にいの兄ちゃんってなんか怖いなぁ……」
不安げに呟く涼黒に対して陸奏はそっと返事を返す。
「いつもはもっと穏やかで優しい人なんですけどね」
頬を掻きながら微笑む陸奏もまた、翠雲や剛昌のように少しばかりぎこちなかった。
「うーん……とりあえず皆が帰ってくるまでゆっくりしましょうか」
「そうしょー、なんか分らんけど今のんですごい疲れた」
涼黒は一足先に奥の方へと履き物を脱いで上がっていき、陸奏は戸に背を向けてゆっくりと足を上げた。
しかし、陸奏の上げた足は同じ場所へと下ろされた。
「……」
振り向いた陸奏が不安げな表情で戸を見つめる。海宝も翠雲もいつもならば肯定して一緒に出掛けようとするはずなのにと……。
陸奏は俯き、ぎゅっと手に力を込めた。。
「大丈夫、ですよね……」
自分に言い聞かせるように、涼黒には聞こえないように小さな声で陸奏は呟き、杞憂であれと願いながら、先に上がった涼黒の元に向かった。
居間の中心では消えそうな火を涼黒が枯れ木を追加して延命させようとしている。
「陸にい、座らんの?」
立ったまま火を見つめる陸奏に涼黒は火元を枝で突きながら声をかけた。
「座り……ますよ」
力を抜くように陸奏がすっとその場に正座した。
燃え尽きた枯れ木に爪ほどの小さな灯火が揺らめいている。
「皆すぐけぇって来るんかなぁ」
涼黒は火の先端に枯れ木を当てながら陸奏に問いかけた。
「近くを散歩してるだけですからすぐ戻ってくると思うんですけどね」
「海宝のじっちゃんも出てってからだいぶ時間経っとぉよ?」
「そうですね……」
先程の違和感が陸奏の中で育っていく。不安な思考に意識が持っていかれそうになる。
「……陸にい?」
「は、はい」
「なんか様子変やけど大丈夫?」
涼黒の問いかけに陸奏は無理をして、微笑みながら返事をする。
「え、ええ……大丈夫ですよ」
「そっか」
涼黒は陸奏の言葉を聞いた後、真剣に枝先を火へと寄せていく。
時間が刻一刻と過ぎていく度に陸奏の中の胸騒ぎが徐々に大きくなる。
「火が中々つよぉならんなぁ……」
「ですね……」
涼黒は皆が帰って来るまでの間、火遊びをして待つことにしたようだった。陸奏は涼黒の姿を見ながら「悩んでいても仕方がない」と己に言い聞かせて深呼吸をする。
「……」
息を吸い込んで吐く、その工程を繰り返している最中に陸奏は衣服のつっかえにハッとした。
「そういえば」
懐にしまっていた翠雲からの手紙を取り出す。帰りを待つ暇潰しには丁度いいものだった。
『陸奏へ』と書かれた表面の文字が翠雲の字ではないような気がして陸奏はじっと文字を見つめる。その字体が海宝のものだと気が付くには時間はかからなかった。
――昨日の晩、海宝は陸奏へと渡す手紙を間違えていた。その手紙は本当は翠雲か剛昌から渡されるはずのもの……。しかし、落ち込んでいた陸奏も、視界がほとんど遮られている海宝も、手紙が違うことに気が付くことが出来なかった。
陸奏は海宝からの最後の手紙を広げていく。
……最期の手紙に目を通してしまう。
『陸奏へ、
お別れの挨拶がこのような形になってしまってすみません。
どうも、直接言える勇気まではさすがにありませんでした。すみません。
翠雲さんが貴方を連れて私の元に来てから十年ほどが経ちましたね。子どものような貴方の存在が、私にとってとても愛おしいものでした。お祈りも一生懸命してくれて、嫌がることもなく私の言葉をよく聞いてくれました。
……さて、この手紙を読んでいるということは、状況は理解できている頃かと思います。
私の命と引き換えに供養参り、死者への弔いは終わりを迎えます。
鎮魂縛符……大昔に出会った陰陽師から貰ったお札を使う時が来るなんて思いもしませんでした。運命とは不思議なものですね。
貴方に黙ったまま居なくなってしまってすみません。でも、悲しまないでください。出来れば傷付かないでください。どうか誰も恨まないでください。誰も責めないでください。元を辿れば、数年前に春桜殿を止められなかった私の責ですから。
それと、貴方には折り入ってお願いがあります。
翠雲さんや剛昌さんには黒百合村に新しく家屋を建てて頂きました。そこで、貴方には暮らしてもらいたい。二度とこの悲劇を繰り返さないように、私の次の犠牲を生まないためにも、黒百合村の地で死者の為に村を作って頂きたいのです。
そして、埋めて弔う為の村を完成させてください。名前はそうですね、「理弔」という名前が似合いますかね。でも、貴方が自由に決めていいですから、名前は好きな名前にしてください。
押し付けるような形になってしまってごめんなさい。
最期に……
貴方に出会えたことは、私の人生においてとても勉強になるものでした。
長い間、ありがとうございました。
親のように慕ってくれたこと、
私に懸命に尽くしてくれたこと、
いつも皆を大切に想ってくれたこと、
私の至らない点を支えてくれたことも…………。
時折、叱ってくれることも、本当の親子のようで楽しかったです。
いつかまた会いましょう。
私はいつでも貴方の傍に居ますからね。
少し気恥ずかしいですが、貴方に最後の言葉を送ります。
我、皆を想ひて眠りにつく者なり
君、皆を想ひて生きるべき者なり――――――海宝より』
「あ……ああ……そんな……そんな…………」
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