理葬境

忍原富臣

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第六話「最期の旅路」

~日暮れの尋ね人~

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「……なら、今度は失わないように強くなりましょう」
「……俺みたいなんでも強くなれるん?」
「きっと、涼黒りょうこくさんなら大丈夫です」
「けんども俺ひょろっちぃし……皆みてぇにすぐ殺されるかもしれん……」

 自信なさげに項垂[うなだれる涼黒に、陸奏りくそうはハキハキとした口調で名前を呼ぶ。

「涼黒君!」
「は、はいっ!」

 ビクッと驚く涼黒の肩を陸奏はぐっと掴む。

「君ならきっと大丈夫! 私が保証します!」

 唐突な陸奏の勢いに涼黒は唖然として圧倒されていた。
 陸奏は言葉を続けて涼黒に話しかける。

「独りになっても、君は村の人達の為に花を集めた……もう十分強いんです。私と海宝かいほう様が認めているのですから自信を持ってください」

 陸奏の優しい微笑みと語りは海宝の影を想像させるほど酷似していた。

「んじゃさ……」

 涼黒は口を小さく動かし呟いた。

「はい、なんでしょうか?」

 涼黒の問いかけに陸奏は丁寧に聞き返す。だが、涼黒は陸奏が予想していた斜め上の言葉を口にした。

「陸奏の兄ちゃんが俺んこと強くしてくれよ!」

 今度は涼黒の勢いに陸奏が慌てだす。

「え、ええ⁉ ちょっとそれは……ええっ⁉」
「ふふっ……」

 二人のやりとりを楽しそうに見ていた海宝は声に出して静かに笑っていた。
 陸奏が困り果てた表情で海宝の事をあわあわと見つめる。

「ちょっと、海宝様どうするんですか⁉」
「いいじゃないですか、陸奏と翠雲さんに新しい弟が出来たと思えば」

 海宝は口元を緩めたまま言葉を返す。

「ひ、他人事だと思って!」
「陸にい! お願いします!」
「り、陸にいって……うーん……もー……!」

 陸奏はこの状況に困り果てていた。だが、「陸にい」と呼ばれた時、まんざらでもない顔を浮かべていた事に、海宝は頬が緩んで仕方がなかった。

「ふふっ、人に好かれやすい性格は相変わらずですね」
「もー……放っておけるわけないじゃないですか」
「ふふっ、そうですね」

 太陽も沈みきり、世界は徐々に薄暗い影が覆い被さろうとしていた。
 涼黒は長い間、独りで心細く寂しかったのか、陸奏の袖を握り締めたまま離そうとはしなかった。

 涼黒に懐かれた陸奏は嬉しさを隠そうとせわしなく表情を変えていた。海宝はその様子を温かく見守りながら一緒に家屋の一つへと向かう。

「お邪魔します」

 陸奏が戸をずらして中へ入る。汚れもなく、入口から奥へと行くには段差が生じていた。中を汚さないように、三人は履き物を手前で脱いで上がった。
 部屋の中央には焚火をするために作られたような、人ひとりが座れるくらいの空間に砂が敷き詰められている。

「なんだか変わった作りの家ですね」

 陸奏は不思議そうに部屋の中を見回しながら呟き、その言葉に声を返したのは海宝だった。

「そうですね……」
「陸にい」
「どうしました?」
「もう外暗いけん、火がないとなんも見えんくなるよ?」
「そうですね、真暗になる前に火を点けましょうか。丁度、この真ん中で焚けば温かくなりそうですし」

 陸奏が腕をまくり懐から石と鉄を取り出した。涼黒は陸奏の手元の二つを不思議奏に見つめる。

「陸にいは火つけれるん?」
「これがあればいけますよ、時間はかかりますけどね」
「村ん人ら一回消えたら面倒じゃけぇ消えんようにしちょったよ!」
「確かに、火があれば一番良いんですけどね。今はこれでやりましょう」
「へぇ、陸にいはすごいなぁ」

 少しずつだが、涼黒の目には輝きが戻りつつあった。
 陸奏は春栄と遊んでいた時の事を思い出しながら涼黒に接する。誰に対しても平等に、優しく話しかける陸奏に涼黒は安心しているようだった。

「良かったら一緒にやってみますか?」
「え、いいん?」
「いいですよ、一緒にやりましょうか!」
「やった!」
「ではまずは燃やす木と火を点けるための枯れ葉や枝など集めましょう!」
「はーい!」

「ふふっ、では二人で火はお願いします。私は少し百合の花を見てきますね」

 海宝は立ち上がり入口の方へと向かう。

「真暗になる前に帰って来てくださいね!」
「いってらっしゃい!」
「ふふっ、分かりました」

 海宝は二人に優しく微笑みかける。

「この辺なんもおらんから多分、大丈夫やと思うよー」
「ふふっ、ありがとうございます。では」

 海宝はそのまま家を出ると陸奏と共に登り切った坂道に向かった。先程、色とりどりの百合の花を見ていた場所には一人の兵士が佇み、海宝が来るのを待っていたようだった。

「海宝様、お元気そうで何よりです」

 礼儀をわきまえた兵士は頭を下げて海宝よりも先に言葉を発した。兵士の首には白い布がふわりと首元を隠すように巻かれている。
 海宝は礼を述べ、遠慮がちに兵士へと問いかけた。

「ありがとうございます。あの……度々聞いて大変億劫なのですが、お体に大事はありませんか?」

 海宝が心配そうに尋ねる相手……顔を上げたその兵士は――

「私がこうして行き来している時点でお察しください」

 そこに立っていたのは、二ヵ月前、陸奏が療養させるため無理矢理本堂から連れ出した大臣の火詠ひえいだった。
 火詠は首に巻かれた白い布のズレを軽く直した。

「……火詠さん、本当に、本当に元気になられて良かった……」
「これも海宝様のおかげです。感謝のしようもありません」

 火詠は相も変わらず冷静な受け答えを交わす。

 そもそも、なぜ火詠がここに居るのか――それは二ヶ月前にさかのぼる。


 海宝が旅だった後、翠雲すいうん剛昌ごうしょうとやり取りをするため、兵士に文を持たせて行き来をさせていたのだが、三人は文を預けることを不安に感じていた。
 だからといって、三人の誰かがその役割をするわけにもいかない。悩み始めて数日、療養していた火詠の容態が奇跡的に回復し、寺に居た翠雲に声をかけた。

 火詠が完全に復帰したのは本堂での集まりから一週間後の出来事だった。文の橋渡しを安心かつ安全に行えるのは、泯が倒れている今、火詠だけしかいなかった。
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