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第三話「黒百合村」
~剛昌と泯の兄妹~
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剛昌が王城へと戻る頃、すっかり日が暮れてしまい辺りは暗くなっていた。門の両脇に立っている兵士一人に馬を預け、剛昌は自室へと向かった。
椅子に座り一息ついた剛昌。久しぶりの長旅に身体が疲れていたのか、剛昌は知らないうちにそのまま眠ってしまっていた。
明朝、剛昌は泯を呼び出した。剛昌の元に現れた泯は後ろで髪を一つに束ね、相変わらず顔は隠したままであった。
椅子に座る剛昌の横で泯は跪いて剛昌の言葉を待っていた。
「泯よ」
「はい」
「私は何の為に生きているのだろうか」
昨日の黒百合村での出来事を剛昌は引きずっていた。一度は国の為と想い踏ん切りをつけたつもりが、心のもやが振り払えない。
泯は普段見せないような弱気な剛昌の声に驚いていた。
「どうされたのですか?」
「元より戦で命を落とすつもりが、ここまで生きながらえてしまった。春桜が民の呪いによって殺されたのなら、春栄様や大臣の身にもいずれその時が訪れるだろう。俺はどうなっても構わんが、あいつらが死ぬのは見たくないのだ」
「剛昌様……」
「残りの命、どう恨まれても惜しくはない……。泯よ、其方は付き合ってくれるか?」
覇気の無い剛昌の声に泯はしっかりと返事をした。
「元より、戦で潰えるはずだったのは共に同じ。それを助けてくれたのは他でもない剛昌様です。どうなろうと最後までお付き合いします」
剛昌とは違い、泯は力強く剛昌を見つめていた。
「……小さい時からずっと、苦労をかけてすまんな」
弱々しく呟く剛昌に対して、跪いていた泯は立ち上がって剛昌へと言葉を投げかける。
「剛昌様……いえ、兄様がこの国を守ると決めたその時から、妹である私もまた、この国の為に尽力しようと思ったのです。今更『やめろ』なんて無粋なこと、言わないでくださいね」
微笑む泯の目を見て、剛昌は深く溜め息を吐いた。
「私には戦しかない。お前にはどこぞの伴侶になれる素質もあったというのに……すまない……」
「この事ですか?」
泯は右頬に手を添えて剛昌へと問いかけた。
「うむ……」
泯は剛昌の言葉を聞いて、顔に着けていた布を手で取り去った。素肌を見せた泯の顔は確かに美しかったが、その右頬には真直ぐ下へと伸びる切創の痕があった。
「兄様が謝ることなど何がありますか。これは私のせいなのです」
「お前があの時来ないようにしていれば――」
「あの時は私が勝手に行っただけのこと!」
「いや、それでも私の責任だ」
剛昌は昔の出来事を思い出して俯いた。泯は剛昌へと一歩近寄って声を出した。
「兄様、この傷があるからこそ、私は今こうして居るのです。この傷を否定することは『泯玲(みんれい)』の名前を捨てた私と、今の私を否定することになります」
泯の言葉に剛昌は目を瞑って口をつぐんだ。
――まだこの国が出来る前、春桜達と共に戦をしていた頃の話……。
剛昌が戦へと向かう中、隊列を成す後ろの方から、若い娘の声が聞こえた。最後列に居た兵士が振り向いてみると、そこには着物こそ汚れてはいるが、大層綺麗な顔をした娘が後ろから走ってこちらへと向かって来ていた。
「兄様! 兄様ぁ!」
次々と後ろに居る兵士たちは振り向き数人が娘の道を塞ぐようにして横に並んだ。
「兄様に! 兄様に会わせてください!」
「なんだこの女は!」
「捕らえろ!」
「いやっ……止めてください!」
兵士達が娘を地面へと押さえつけた。
「兄様に会わせてください!」
最後尾の指揮を執っていた剛昌は聞き覚えのある声に、隊列を崩さないように先へと進ませて、声のした後ろの方へと近寄った。
二人の兵士が地面に伏せさせた娘に目を向ける剛昌。顔は見えないが何となく妹に似ている背丈に剛昌は兵士に問いかけた。
「何事だ?」
「ああ、剛昌様、お見苦しいものを申し訳ない」
「剛昌……兄様!」
娘の言葉に兵士たちは耳を疑った。どよめく空気に剛昌は溜め息を漏らして兵士に話しかけた。
「放してやってくれ……それは私の妹だ」
その言葉に分隊長が二人の兵士を娘から遠ざけさせると、剛昌へと跪いて謝罪した。
「も、申し訳ありません……剛昌様の妹君とはつゆ知らず……」
押さえつけていた兵士も分隊長の後ろで震えながら土下座をしていた。
「お前達」
剛昌の低い声が兵士達に圧を加える。
「は、ははあ!」
既にこの時、剛昌は剣豪と呼ばれ名を馳せていた。その妹である娘を地面に押さえつけたともなれば、首を斬られても仕方ない。
兵士達は皆、死を覚悟した。唾を飲み込み下される審判を待つ。
「妹がすまなかった。お前達は先に隊に戻ってもらえるか」
「え……」
後ろに並ぶ兵士二人が同時に小さく呟いたが、咄嗟に分隊長は立ち上がり剛昌に敬礼した。
「はい、承知致しました! お前達早く来い!」
「あ……はい!」
バタバタと隊列の方へと戻っていく兵士達を見届け、剛昌は砂を振り払っている妹へと声を掛けた。
「何故来た」
戦の前ということもあり、剛昌の威圧は妹にも向けられた。
いつもとは違う兄の様子に妹は少しだけ震えていた。
椅子に座り一息ついた剛昌。久しぶりの長旅に身体が疲れていたのか、剛昌は知らないうちにそのまま眠ってしまっていた。
明朝、剛昌は泯を呼び出した。剛昌の元に現れた泯は後ろで髪を一つに束ね、相変わらず顔は隠したままであった。
椅子に座る剛昌の横で泯は跪いて剛昌の言葉を待っていた。
「泯よ」
「はい」
「私は何の為に生きているのだろうか」
昨日の黒百合村での出来事を剛昌は引きずっていた。一度は国の為と想い踏ん切りをつけたつもりが、心のもやが振り払えない。
泯は普段見せないような弱気な剛昌の声に驚いていた。
「どうされたのですか?」
「元より戦で命を落とすつもりが、ここまで生きながらえてしまった。春桜が民の呪いによって殺されたのなら、春栄様や大臣の身にもいずれその時が訪れるだろう。俺はどうなっても構わんが、あいつらが死ぬのは見たくないのだ」
「剛昌様……」
「残りの命、どう恨まれても惜しくはない……。泯よ、其方は付き合ってくれるか?」
覇気の無い剛昌の声に泯はしっかりと返事をした。
「元より、戦で潰えるはずだったのは共に同じ。それを助けてくれたのは他でもない剛昌様です。どうなろうと最後までお付き合いします」
剛昌とは違い、泯は力強く剛昌を見つめていた。
「……小さい時からずっと、苦労をかけてすまんな」
弱々しく呟く剛昌に対して、跪いていた泯は立ち上がって剛昌へと言葉を投げかける。
「剛昌様……いえ、兄様がこの国を守ると決めたその時から、妹である私もまた、この国の為に尽力しようと思ったのです。今更『やめろ』なんて無粋なこと、言わないでくださいね」
微笑む泯の目を見て、剛昌は深く溜め息を吐いた。
「私には戦しかない。お前にはどこぞの伴侶になれる素質もあったというのに……すまない……」
「この事ですか?」
泯は右頬に手を添えて剛昌へと問いかけた。
「うむ……」
泯は剛昌の言葉を聞いて、顔に着けていた布を手で取り去った。素肌を見せた泯の顔は確かに美しかったが、その右頬には真直ぐ下へと伸びる切創の痕があった。
「兄様が謝ることなど何がありますか。これは私のせいなのです」
「お前があの時来ないようにしていれば――」
「あの時は私が勝手に行っただけのこと!」
「いや、それでも私の責任だ」
剛昌は昔の出来事を思い出して俯いた。泯は剛昌へと一歩近寄って声を出した。
「兄様、この傷があるからこそ、私は今こうして居るのです。この傷を否定することは『泯玲(みんれい)』の名前を捨てた私と、今の私を否定することになります」
泯の言葉に剛昌は目を瞑って口をつぐんだ。
――まだこの国が出来る前、春桜達と共に戦をしていた頃の話……。
剛昌が戦へと向かう中、隊列を成す後ろの方から、若い娘の声が聞こえた。最後列に居た兵士が振り向いてみると、そこには着物こそ汚れてはいるが、大層綺麗な顔をした娘が後ろから走ってこちらへと向かって来ていた。
「兄様! 兄様ぁ!」
次々と後ろに居る兵士たちは振り向き数人が娘の道を塞ぐようにして横に並んだ。
「兄様に! 兄様に会わせてください!」
「なんだこの女は!」
「捕らえろ!」
「いやっ……止めてください!」
兵士達が娘を地面へと押さえつけた。
「兄様に会わせてください!」
最後尾の指揮を執っていた剛昌は聞き覚えのある声に、隊列を崩さないように先へと進ませて、声のした後ろの方へと近寄った。
二人の兵士が地面に伏せさせた娘に目を向ける剛昌。顔は見えないが何となく妹に似ている背丈に剛昌は兵士に問いかけた。
「何事だ?」
「ああ、剛昌様、お見苦しいものを申し訳ない」
「剛昌……兄様!」
娘の言葉に兵士たちは耳を疑った。どよめく空気に剛昌は溜め息を漏らして兵士に話しかけた。
「放してやってくれ……それは私の妹だ」
その言葉に分隊長が二人の兵士を娘から遠ざけさせると、剛昌へと跪いて謝罪した。
「も、申し訳ありません……剛昌様の妹君とはつゆ知らず……」
押さえつけていた兵士も分隊長の後ろで震えながら土下座をしていた。
「お前達」
剛昌の低い声が兵士達に圧を加える。
「は、ははあ!」
既にこの時、剛昌は剣豪と呼ばれ名を馳せていた。その妹である娘を地面に押さえつけたともなれば、首を斬られても仕方ない。
兵士達は皆、死を覚悟した。唾を飲み込み下される審判を待つ。
「妹がすまなかった。お前達は先に隊に戻ってもらえるか」
「え……」
後ろに並ぶ兵士二人が同時に小さく呟いたが、咄嗟に分隊長は立ち上がり剛昌に敬礼した。
「はい、承知致しました! お前達早く来い!」
「あ……はい!」
バタバタと隊列の方へと戻っていく兵士達を見届け、剛昌は砂を振り払っている妹へと声を掛けた。
「何故来た」
戦の前ということもあり、剛昌の威圧は妹にも向けられた。
いつもとは違う兄の様子に妹は少しだけ震えていた。
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