理葬境

忍原富臣

文字の大きさ
上 下
17 / 54
第三話「黒百合村」

~剛昌と泯の兄妹~

しおりを挟む
 剛昌ごうしょうが王城へと戻る頃、すっかり日が暮れてしまい辺りは暗くなっていた。門の両脇に立っている兵士一人に馬を預け、剛昌は自室へと向かった。
 椅子に座り一息ついた剛昌。久しぶりの長旅に身体が疲れていたのか、剛昌は知らないうちにそのまま眠ってしまっていた。

 明朝、剛昌はみんを呼び出した。剛昌の元に現れた泯は後ろで髪を一つに束ね、相変わらず顔は隠したままであった。
 椅子に座る剛昌の横で泯は跪いて剛昌の言葉を待っていた。

「泯よ」
「はい」

「私は何の為に生きているのだろうか」

 昨日の黒百合村での出来事を剛昌は引きずっていた。一度は国の為と想い踏ん切りをつけたつもりが、心のもやが振り払えない。
 泯は普段見せないような弱気な剛昌の声に驚いていた。

「どうされたのですか?」
「元より戦で命を落とすつもりが、ここまで生きながらえてしまった。春桜が民の呪いによって殺されたのなら、春栄様や大臣の身にもいずれその時が訪れるだろう。俺はどうなっても構わんが、あいつらが死ぬのは見たくないのだ」

「剛昌様……」
「残りの命、どう恨まれても惜しくはない……。泯よ、其方は付き合ってくれるか?」

 覇気の無い剛昌の声に泯はしっかりと返事をした。

「元より、戦で潰えるはずだったのは共に同じ。それを助けてくれたのは他でもない剛昌様です。どうなろうと最後までお付き合いします」

 剛昌とは違い、泯は力強く剛昌を見つめていた。

「……小さい時からずっと、苦労をかけてすまんな」

 弱々しく呟く剛昌に対して、跪いていた泯は立ち上がって剛昌へと言葉を投げかける。

「剛昌様……いえ、兄様がこの国を守ると決めたその時から、妹である私もまた、この国の為に尽力しようと思ったのです。今更『やめろ』なんて無粋なこと、言わないでくださいね」

 微笑む泯の目を見て、剛昌は深く溜め息を吐いた。

「私には戦しかない。お前にはどこぞの伴侶になれる素質もあったというのに……すまない……」
「この事ですか?」

 泯は右頬に手を添えて剛昌へと問いかけた。

「うむ……」

 泯は剛昌の言葉を聞いて、顔に着けていた布を手で取り去った。素肌を見せた泯の顔は確かに美しかったが、その右頬には真直ぐ下へと伸びる切創の痕があった。

「兄様が謝ることなど何がありますか。これは私のせいなのです」
「お前があの時来ないようにしていれば――」

「あの時は私が勝手に行っただけのこと!」
「いや、それでも私の責任だ」

 剛昌は昔の出来事を思い出して俯いた。泯は剛昌へと一歩近寄って声を出した。

「兄様、この傷があるからこそ、私は今こうして居るのです。この傷を否定することは『泯玲(みんれい)』の名前を捨てた私と、今の私を否定することになります」

 泯の言葉に剛昌は目を瞑って口をつぐんだ。



 ――まだこの国が出来る前、春桜しゅんおう達と共に戦をしていた頃の話……。

 剛昌が戦へと向かう中、隊列を成す後ろの方から、若い娘の声が聞こえた。最後列に居た兵士が振り向いてみると、そこには着物こそ汚れてはいるが、大層綺麗な顔をした娘が後ろから走ってこちらへと向かって来ていた。

「兄様! 兄様ぁ!」

 次々と後ろに居る兵士たちは振り向き数人が娘の道を塞ぐようにして横に並んだ。

「兄様に! 兄様に会わせてください!」
「なんだこの女は!」

「捕らえろ!」
「いやっ……止めてください!」

 兵士達が娘を地面へと押さえつけた。

「兄様に会わせてください!」

 最後尾の指揮を執っていた剛昌は聞き覚えのある声に、隊列を崩さないように先へと進ませて、声のした後ろの方へと近寄った。

 二人の兵士が地面に伏せさせた娘に目を向ける剛昌。顔は見えないが何となく妹に似ている背丈に剛昌は兵士に問いかけた。

「何事だ?」
「ああ、剛昌様、お見苦しいものを申し訳ない」
「剛昌……兄様!」

 娘の言葉に兵士たちは耳を疑った。どよめく空気に剛昌は溜め息を漏らして兵士に話しかけた。

「放してやってくれ……それは私の妹だ」

 その言葉に分隊長が二人の兵士を娘から遠ざけさせると、剛昌へと跪いて謝罪した。

「も、申し訳ありません……剛昌様の妹君とはつゆ知らず……」

 押さえつけていた兵士も分隊長の後ろで震えながら土下座をしていた。

「お前達」

 剛昌の低い声が兵士達に圧を加える。

「は、ははあ!」

 既にこの時、剛昌は剣豪と呼ばれ名をせていた。その妹である娘を地面に押さえつけたともなれば、首を斬られても仕方ない。
 兵士達は皆、死を覚悟した。唾を飲み込み下される審判を待つ。

「妹がすまなかった。お前達は先に隊に戻ってもらえるか」
「え……」

 後ろに並ぶ兵士二人が同時に小さく呟いたが、咄嗟に分隊長は立ち上がり剛昌に敬礼した。

「はい、承知致しました! お前達早く来い!」
「あ……はい!」

 バタバタと隊列の方へと戻っていく兵士達を見届け、剛昌は砂を振り払っている妹へと声を掛けた。

「何故来た」

 戦の前ということもあり、剛昌の威圧は妹にも向けられた。
 いつもとは違う兄の様子に妹は少しだけ震えていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

佐々さんちの三兄妹弟

蓮水千夜
恋愛
血の繋がらない兄と、半分血が繋がった弟って、どっちも選んじゃダメだろ──! 生まれてすぐに母を亡くしたくららは、両親の再婚で義理の兄ができ、その後すぐ腹違いの弟が生まれ、幼い頃は三人仲良く過ごしていた。 だが、成長した二人に告白され、最初は断ったもののその熱意に押され承諾してしまう。 しかし、未だに頭を悩ませられる日々が続いて──!? 一人称が「おれ」でボーイッシュな女の子が、血の繋がらない兄と半分血が繋がった弟と、葛藤しながらも絆を深めていく三兄妹弟(きょうだい)のラブコメです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

領主の妻になりました

青波鳩子
恋愛
「私が君を愛することは無い」 司祭しかいない小さな教会で、夫になったばかりのクライブにフォスティーヌはそう告げられた。 =============================================== オルティス王の側室を母に持つ第三王子クライブと、バーネット侯爵家フォスティーヌは婚約していた。 挙式を半年後に控えたある日、王宮にて事件が勃発した。 クライブの異母兄である王太子ジェイラスが、国王陛下とクライブの実母である側室を暗殺。 新たに王の座に就いたジェイラスは、異母弟である第二王子マーヴィンを公金横領の疑いで捕縛、第三王子クライブにオールブライト辺境領を治める沙汰を下した。 マーヴィンの婚約者だったブリジットは共犯の疑いがあったが確たる証拠が見つからない。 ブリジットが王都にいてはマーヴィンの子飼いと接触、画策の恐れから、ジェイラスはクライブにオールブライト領でブリジットの隔離監視を命じる。 捜査中に大怪我を負い、生涯歩けなくなったブリジットをクライブは密かに想っていた。 長兄からの「ブリジットの隔離監視」を都合よく解釈したクライブは、オールブライト辺境伯の館のうち豪華な別邸でブリジットを囲った。 新王である長兄の命令に逆らえずフォスティーヌと結婚したクライブは、本邸にフォスティーヌを置き、自分はブリジットと別邸で暮らした。 フォスティーヌに「別邸には近づくことを許可しない」と告げて。 フォスティーヌは「お飾りの領主の妻」としてオールブライトで生きていく。 ブリジットの大きな嘘をクライブが知り、そこからクライブとフォスティーヌの関係性が変わり始める。 ======================================== *荒唐無稽の世界観の中、ふんわりと書いていますのでふんわりとお読みください *約10万字で最終話を含めて全29話です *他のサイトでも公開します *10月16日より、1日2話ずつ、7時と19時にアップします *誤字、脱字、衍字、誤用、素早く脳内変換してお読みいただけるとありがたいです

【完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...