16 / 54
第二話「悪夢の調査」
黒百合村の夜
しおりを挟む
老婆は静かに剛昌を家の中へと招き入れ、お茶を剛昌へと差し出す。だが、剛昌は遠慮してお茶をそっと返した。
「毒など入っておらんから安心せい」
「いや、遠慮しておこう」
剛昌は最初の事もあり、あまり老婆を信用出来なかった。
「まあ、どちらでもいい。それで、王城の大臣がこんな山まで何しに来たんだい」
老婆が自然と口にした内容に剛昌は目を見開いた。
「知っていたのか」
「無駄に長生きするもんだねえ、あんた、剛昌だろう。一目見れば分かるさ」
「そこまでとは……」
剛昌が驚いている間に老婆はすらすらと言葉を並べ立てていく。
「春桜、剛昌、翠雲、王とその右腕と左腕。それに、喜来に六郷、陣雷、木蓮、火詠、土光孫、この国の大臣、英雄達さ」
「随分と詳しいな」
「そりゃ戦しか頭の無い奴らのことはよう覚えとるよ」
「……」
皮肉めいた老婆の言葉に剛昌は言い返す言葉も無かった。
「怒ったか? 殺すならいつでも殺してええからのう。こんなに死ねんとは思ってなかったわい」
「ごほん……それよりも、死者の夢の話を聞きたい」
剛昌は真剣な眼差しで老婆の方をまじまじと見つめた。
「ふむ、まあ、そんなことだとは思っていたがな。聞いてどうするんだい」
「其方には関係あるまい」
「いやいや、関係あるさ。あんた、噂になってるここに来たってことは、状況によっては消すつもりなんだろう」
「それは……」
言葉を詰まらせながら目を逸らす剛昌の様子に、老婆はある程度理解していた。
「図星か……。まあ、話す気も無いし、殺すなら殺せばいい。お前に私らの苦しみは分からんさ」
「……」
今度は逆に剛昌が黙ったまま、時間が流れていった。
老婆は注いだお茶を飲み干し、剛昌に返されたお茶を飲み始めていた。
「用が無いなら帰りな」
老婆は剛昌の方を見ないで呟いた。
「私は……私は国の為、国王の為に生きている」
「そうかい……」
無言の空間が部屋の中を埋め尽くす。
老婆は剛昌の言葉を噛みしめながら、お茶を注いだ器をただただ見つめていた。剛昌は老婆の横で目を瞑ったまま動かない。
「失礼した」
剛昌がおもむろに立ち上がる。
「あんたさ、黒百合の花言葉、知ってるかい?」
「さあな」
剛昌の返事に老婆は苦笑していた。
「やっぱり男はダメだね」
不敵に笑う老婆に、剛昌はふと問いかけた。
「婆さん」
「なんだい、まだ何か?」
「涼黒は孫なのか?」
「さあねぇ……」
「そうか」
老婆は剛昌の真似をしたのか、端的に言い返した。
剛昌は笑わずに、そのまま戸口へと向かい手をかける。
「この村は呪われている。逃げられるうちに逃げておけ」
老婆にそう言い残すと、剛昌はその場を後にした。
老婆は一人で天を仰いでいた。馬が走り去っていく音が聞こえ、剛昌が帰って行ったことを知らせていた。
その夜、老婆は皆が寝静まった頃、松明を持って村の奥、涼黒の家の方へと歩いていった。
老婆は慣れた足取りで一ヵ所しかない扉の前に立った。かけられた南京錠に、持っていた鍵で解錠をすると、山の方へと足を進め、山の手前に掘られた穴の前で立ち止まった。
老婆が堀を覗き込む。するといきなり現れた炎に驚いた羽虫が一斉に飛び散り、その奥では無数の蛆が蠢いていた。
老婆の目線にあったのは無数の死体だった。
「恨んだって、何も良い事はないと言うたのに……」
黒百合の村では死体の処理は土に還すというのが習わしであり、最初は簡易的な墓を作っていた。しかし、飢饉で大量に死んでいった者達全員の墓を作るのは時間がかかってしまい、こうして、死んでいった者達は墓も無いまま一つにまとめられた。
こうした村は黒百合村だけでは済まない。
老婆は松明を近くの岩に立てかけ、堀に向かって手を合わせて拝んだ。
次の日、涼黒は村人に「ちょっと出かけてくるけん!」と伝えると、剛昌から受け取った金を握り締めて走って行った。村の入り口に立っていた老婆の横を涼黒が過ぎていく。
「婆ちゃんっ、昨日のおっちゃんに返すもんあるけぇ、ちょっと行ってくる!」
老婆は無言で、手を振りながら走り去っていく涼黒を見つめる。
出来る事なら、このまま数日帰って来ないことを祈る老婆であった。
「毒など入っておらんから安心せい」
「いや、遠慮しておこう」
剛昌は最初の事もあり、あまり老婆を信用出来なかった。
「まあ、どちらでもいい。それで、王城の大臣がこんな山まで何しに来たんだい」
老婆が自然と口にした内容に剛昌は目を見開いた。
「知っていたのか」
「無駄に長生きするもんだねえ、あんた、剛昌だろう。一目見れば分かるさ」
「そこまでとは……」
剛昌が驚いている間に老婆はすらすらと言葉を並べ立てていく。
「春桜、剛昌、翠雲、王とその右腕と左腕。それに、喜来に六郷、陣雷、木蓮、火詠、土光孫、この国の大臣、英雄達さ」
「随分と詳しいな」
「そりゃ戦しか頭の無い奴らのことはよう覚えとるよ」
「……」
皮肉めいた老婆の言葉に剛昌は言い返す言葉も無かった。
「怒ったか? 殺すならいつでも殺してええからのう。こんなに死ねんとは思ってなかったわい」
「ごほん……それよりも、死者の夢の話を聞きたい」
剛昌は真剣な眼差しで老婆の方をまじまじと見つめた。
「ふむ、まあ、そんなことだとは思っていたがな。聞いてどうするんだい」
「其方には関係あるまい」
「いやいや、関係あるさ。あんた、噂になってるここに来たってことは、状況によっては消すつもりなんだろう」
「それは……」
言葉を詰まらせながら目を逸らす剛昌の様子に、老婆はある程度理解していた。
「図星か……。まあ、話す気も無いし、殺すなら殺せばいい。お前に私らの苦しみは分からんさ」
「……」
今度は逆に剛昌が黙ったまま、時間が流れていった。
老婆は注いだお茶を飲み干し、剛昌に返されたお茶を飲み始めていた。
「用が無いなら帰りな」
老婆は剛昌の方を見ないで呟いた。
「私は……私は国の為、国王の為に生きている」
「そうかい……」
無言の空間が部屋の中を埋め尽くす。
老婆は剛昌の言葉を噛みしめながら、お茶を注いだ器をただただ見つめていた。剛昌は老婆の横で目を瞑ったまま動かない。
「失礼した」
剛昌がおもむろに立ち上がる。
「あんたさ、黒百合の花言葉、知ってるかい?」
「さあな」
剛昌の返事に老婆は苦笑していた。
「やっぱり男はダメだね」
不敵に笑う老婆に、剛昌はふと問いかけた。
「婆さん」
「なんだい、まだ何か?」
「涼黒は孫なのか?」
「さあねぇ……」
「そうか」
老婆は剛昌の真似をしたのか、端的に言い返した。
剛昌は笑わずに、そのまま戸口へと向かい手をかける。
「この村は呪われている。逃げられるうちに逃げておけ」
老婆にそう言い残すと、剛昌はその場を後にした。
老婆は一人で天を仰いでいた。馬が走り去っていく音が聞こえ、剛昌が帰って行ったことを知らせていた。
その夜、老婆は皆が寝静まった頃、松明を持って村の奥、涼黒の家の方へと歩いていった。
老婆は慣れた足取りで一ヵ所しかない扉の前に立った。かけられた南京錠に、持っていた鍵で解錠をすると、山の方へと足を進め、山の手前に掘られた穴の前で立ち止まった。
老婆が堀を覗き込む。するといきなり現れた炎に驚いた羽虫が一斉に飛び散り、その奥では無数の蛆が蠢いていた。
老婆の目線にあったのは無数の死体だった。
「恨んだって、何も良い事はないと言うたのに……」
黒百合の村では死体の処理は土に還すというのが習わしであり、最初は簡易的な墓を作っていた。しかし、飢饉で大量に死んでいった者達全員の墓を作るのは時間がかかってしまい、こうして、死んでいった者達は墓も無いまま一つにまとめられた。
こうした村は黒百合村だけでは済まない。
老婆は松明を近くの岩に立てかけ、堀に向かって手を合わせて拝んだ。
次の日、涼黒は村人に「ちょっと出かけてくるけん!」と伝えると、剛昌から受け取った金を握り締めて走って行った。村の入り口に立っていた老婆の横を涼黒が過ぎていく。
「婆ちゃんっ、昨日のおっちゃんに返すもんあるけぇ、ちょっと行ってくる!」
老婆は無言で、手を振りながら走り去っていく涼黒を見つめる。
出来る事なら、このまま数日帰って来ないことを祈る老婆であった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説

【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。


王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。


セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる