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第二話「悪夢の調査」
~剛昌と黒百合村~
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剛昌は老婆に近寄って声を掛ける。
「すまん、つかぬ事を聞くが村長は居られるか?」
老婆はただ首を横に振った。
「他は誰が居るのか教えて――」
剛昌の言葉を遮り老婆は叫んだ。
「みぃんな、飢えて死んだ。村長も若いのも夫婦も、みぃんな死んじまったよ!」
怒鳴るような大きい声に剛昌は鬱陶しそうに耳を遠ざけ、老婆の声が静まった後、再度優しく冷静に問いかけた。
「新しい村長も居ないのか?」
「あい?」
「だから、新しい村長も居ないのかと聞いて――」
「みぃんな死んじまったって言ったじゃろうが!」
「少し落ち着いて話を――」
「だぁかぁらぁ!」
「まあ待て待て……」
話にならないと感じた剛昌はどうにか興奮している老婆を止めようとするが、喚き散らす老婆に剛昌は四苦八苦していた。
剛昌が老婆に対して苛々が膨れかけたその時、村の奥から走ってくる姿が剛昌の視界に映った。
「ちょっと婆ちゃん! 何しよんね! 静かにしっちゃー!」
走り寄って来たのは春栄とさほど年の変わらないであろう細身の若い青年だった。着物の袖から出ている手足は女性のように細く、皮と骨だけのようにも見えた。
「もー、婆ちゃん絡むんやめぇよ……あれ、おっちゃん見ぃひん顔やね、何しよんの?」
王城に住む者の顔など見たことが無いのだろう。青年は何食わぬ顔で大臣である剛昌に話しかけた。
「おっちゃ……ごほん、私は王城から――」
「みぃんな、王さんが殺したんじゃぁ!」
剛昌の声に反応するように老婆が暴れ出す。
「婆ちゃん! 静かーしょってゆうに! ほら、大丈夫じゃけぇ」
青年が老婆を抑え宥める姿に、剛昌は少しだけ戸惑っていた。戦で見てきた光景とは違い、話したい相手に話が通じないもどかしさを剛昌はひしひしと感じていた。
青年の訛りにも違和感を感じ、剛昌は半歩後ろへと下がった。
「あまり立ち入らない方がよろしかったか?」
「いんやだいじょぶだいじょぶ、婆ちゃん最近ボケちまってさぁ……けぇるよ婆ちゃん! おっちゃん、ちょっとば待っといてくれん?」
「あ、ああ……」
「ほら、婆ちゃん戻るよ」
「嫌じゃ!」
「わがまま言わんと、ほらこっちじゃけ」
青年が老婆を家まで送り帰すのを待ちながら剛昌は周囲を見渡していた。人気も無く、しんとした空気が漂う。昼でなければ廃村ではないかと思える程に村は荒んでいた。
暫くして青年は走って剛昌の元へと戻ってきた。
「大人達今出払っちょるけんなぁ、とりあえずば、俺んちでゆっくりしちゅうか?」
聞き慣れない言葉に剛昌は自分の言葉で聞き返す。
「あー……お前の家に行っていいということか?」
「構わんよ、ってゆうても特に何もないけんど」
「そうか、では少し寄らせて貰おう」
「俺んちばこっちじゃけぇ」
剛昌は老婆の事や青年に対して少しだけ不安を抱いていたが、とりあえずは話の通じる彼についていくことにした。
村の奥まで行くと畑の手前に一軒の家屋があり、その中に青年と共に剛昌が入っていく。何十年も過ごしたであろう寂びれた住まいが窺える。
剛昌が小さい頃、このようなボロボロの家に住んでいたことを思い出し、木と土が混じった壁にそっと手を当てた。壁はさらさらと少しだけ崩れ落ちた。
「適当に座っちょって。ちょっとば汚れてっけど、適当に拭けばどうにかなるけん」
「あ、ああ」
気兼ねなく話しかける青年はバタバタと水場にある洗い物を片付けていた。
「水くれえしか出すもんなかぁ……おっちゃん水いりよる?」
青年が剛昌に背を向けたまま、洗い立ての食器を取り出して剛昌へとその手を向けていた。
「いや、気にしないでくれ。それよりも、あの婆さんは一体なんなのだ?」
「婆ちゃんば村で面倒見ちょるんよ。まあ全員で十人くらいしかいねえけんど……」
「村で十人?」
家事をしながら青年が剛昌の質問に答える。
「飢饉で半分くらい死んじまってさ。生き残った人ば他ん村行きよるからほとんど残ってないんよ」
「そうか……お前の親は?」
「親も飢饉で死んじまってさ、今はこうして一人でやりよるんよ」
「すまない」
「いや、気にせんでええよ。振り返っても誰も戻って来んけぇ……っと、よしっ」
洗い物を終えた青年は剛昌へ近寄ると、床の上を軽く拭いてからその場へと座った。
隣で微笑んでいる青年が無理して笑っていることを剛昌は理解していた。王城でぬくぬくと過ごしている自分が情けなかった。飢饉の時、少しでも納税を減らしていれば、民がこうして苦しむことはなかったのかもしれない。翠雲のようにもっと周囲に目を向けていれば、彼の両親が死ぬことはなかったのかもしれない。
「すまん、つかぬ事を聞くが村長は居られるか?」
老婆はただ首を横に振った。
「他は誰が居るのか教えて――」
剛昌の言葉を遮り老婆は叫んだ。
「みぃんな、飢えて死んだ。村長も若いのも夫婦も、みぃんな死んじまったよ!」
怒鳴るような大きい声に剛昌は鬱陶しそうに耳を遠ざけ、老婆の声が静まった後、再度優しく冷静に問いかけた。
「新しい村長も居ないのか?」
「あい?」
「だから、新しい村長も居ないのかと聞いて――」
「みぃんな死んじまったって言ったじゃろうが!」
「少し落ち着いて話を――」
「だぁかぁらぁ!」
「まあ待て待て……」
話にならないと感じた剛昌はどうにか興奮している老婆を止めようとするが、喚き散らす老婆に剛昌は四苦八苦していた。
剛昌が老婆に対して苛々が膨れかけたその時、村の奥から走ってくる姿が剛昌の視界に映った。
「ちょっと婆ちゃん! 何しよんね! 静かにしっちゃー!」
走り寄って来たのは春栄とさほど年の変わらないであろう細身の若い青年だった。着物の袖から出ている手足は女性のように細く、皮と骨だけのようにも見えた。
「もー、婆ちゃん絡むんやめぇよ……あれ、おっちゃん見ぃひん顔やね、何しよんの?」
王城に住む者の顔など見たことが無いのだろう。青年は何食わぬ顔で大臣である剛昌に話しかけた。
「おっちゃ……ごほん、私は王城から――」
「みぃんな、王さんが殺したんじゃぁ!」
剛昌の声に反応するように老婆が暴れ出す。
「婆ちゃん! 静かーしょってゆうに! ほら、大丈夫じゃけぇ」
青年が老婆を抑え宥める姿に、剛昌は少しだけ戸惑っていた。戦で見てきた光景とは違い、話したい相手に話が通じないもどかしさを剛昌はひしひしと感じていた。
青年の訛りにも違和感を感じ、剛昌は半歩後ろへと下がった。
「あまり立ち入らない方がよろしかったか?」
「いんやだいじょぶだいじょぶ、婆ちゃん最近ボケちまってさぁ……けぇるよ婆ちゃん! おっちゃん、ちょっとば待っといてくれん?」
「あ、ああ……」
「ほら、婆ちゃん戻るよ」
「嫌じゃ!」
「わがまま言わんと、ほらこっちじゃけ」
青年が老婆を家まで送り帰すのを待ちながら剛昌は周囲を見渡していた。人気も無く、しんとした空気が漂う。昼でなければ廃村ではないかと思える程に村は荒んでいた。
暫くして青年は走って剛昌の元へと戻ってきた。
「大人達今出払っちょるけんなぁ、とりあえずば、俺んちでゆっくりしちゅうか?」
聞き慣れない言葉に剛昌は自分の言葉で聞き返す。
「あー……お前の家に行っていいということか?」
「構わんよ、ってゆうても特に何もないけんど」
「そうか、では少し寄らせて貰おう」
「俺んちばこっちじゃけぇ」
剛昌は老婆の事や青年に対して少しだけ不安を抱いていたが、とりあえずは話の通じる彼についていくことにした。
村の奥まで行くと畑の手前に一軒の家屋があり、その中に青年と共に剛昌が入っていく。何十年も過ごしたであろう寂びれた住まいが窺える。
剛昌が小さい頃、このようなボロボロの家に住んでいたことを思い出し、木と土が混じった壁にそっと手を当てた。壁はさらさらと少しだけ崩れ落ちた。
「適当に座っちょって。ちょっとば汚れてっけど、適当に拭けばどうにかなるけん」
「あ、ああ」
気兼ねなく話しかける青年はバタバタと水場にある洗い物を片付けていた。
「水くれえしか出すもんなかぁ……おっちゃん水いりよる?」
青年が剛昌に背を向けたまま、洗い立ての食器を取り出して剛昌へとその手を向けていた。
「いや、気にしないでくれ。それよりも、あの婆さんは一体なんなのだ?」
「婆ちゃんば村で面倒見ちょるんよ。まあ全員で十人くらいしかいねえけんど……」
「村で十人?」
家事をしながら青年が剛昌の質問に答える。
「飢饉で半分くらい死んじまってさ。生き残った人ば他ん村行きよるからほとんど残ってないんよ」
「そうか……お前の親は?」
「親も飢饉で死んじまってさ、今はこうして一人でやりよるんよ」
「すまない」
「いや、気にせんでええよ。振り返っても誰も戻って来んけぇ……っと、よしっ」
洗い物を終えた青年は剛昌へ近寄ると、床の上を軽く拭いてからその場へと座った。
隣で微笑んでいる青年が無理して笑っていることを剛昌は理解していた。王城でぬくぬくと過ごしている自分が情けなかった。飢饉の時、少しでも納税を減らしていれば、民がこうして苦しむことはなかったのかもしれない。翠雲のようにもっと周囲に目を向けていれば、彼の両親が死ぬことはなかったのかもしれない。
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