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第二話「悪夢の調査」
~春桜の手記~
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剛昌は大事な手記をしっかりと携えて自室に戻り、春桜の手記に目を通した。数頁に及ぶ直近の内容に剛昌は驚きを隠せなかった。
『飢饉が起こり、私の知る限りでも民の約三割が死んだ。調査に出た兵士達は各村で死人の束を見てきたと言う。誰のせいでもない。ここまで死人が増えたのは私の責任である。翠雲の策でようやく落ち着きを見せたが、最終的に死者の数は全数の四割に達するだろう。私が死者の数を気にするなど、死ぬまでは誰にも言えない。』
『一ヶ月くらい前からだろうか、死んだ者達の夢を時々見るようになった。最近はその人数も増え続け、夢の中で私の身体は死者達に掴まれ埋まっていく。「助けて」と呼ぶその声に私は何も出来ずに埋もれていく。こんな世迷言、誰も聞くまいな……。』
『死者の手がとうとう首に絡みついてくるようになった。目覚めは最悪で、戦って人を殺していた当時よりも後味が悪い。不気味だが、一国の王がこのような事を口にするものではないだろう。それこそ息子や大臣達に顔向けが出来なくなる。』
『寝不足になったことを隠し続けていたが、とうとう剛昌に悟られてしまった。口止めしたため、他の者達に知られることはないだろう。あいつは義理堅い男だ。このまま私が死んでも、翠雲と剛昌、他の大臣たちが居れば問題ないだろう。』
『死者の手がしっかりと私の首を絞めつけた。夢の中で気を失うと現実へと引き戻された。もう何日もきちんとした睡眠をとれていない。これも民を見捨てた罪、罰なのだろう。息子や大臣達に影響が出ていなければいいが……。』
『首に絞められた痕があることに気付き、私は何となく理解した。私がこの世に居るのは死者達にとって気分が悪いらしい。そうだ、海宝が次に来た時、あの時の事を謝らねばならん。飢饉で民が苦しんでいる……あの言葉に耳を傾けていれば、私は許されていたのだろうか。』
『身体が食事を受け付けない。食べても吐き気がして戻してしまうようになった。吐いたものには少し血が混じっているようにも見える。そろそろ連れて行かれるのかもしれない。駄目だ、私がしっかりせねば……。』
『皆の前では平静を装っても悪寒が止まらない。夢の中で目を潰され、鼻や耳を噛み千切られ首を絞められる。もう睡眠をとりたくないのに睡魔が繰り返し襲ってくる。睡魔の後に待ち受けるのは悪夢であり、私が見捨ててきた民達……に現れる。最近では首に血……が残っている。民に殺されるのな……方ない。』
『殺……ら俺だけ……いだろ……春栄……や仲……は手を……ないでく………………』
後半、手記は飛び散った血に汚れて見えなくなっていた。剛昌も目を凝らして見たが、文字の字体も潰れてしまい読むことは出来なかった。
「最後はまともに読めんな……」
開いたページに手をそっと置いて剛昌は考えた。
翠雲はこの事を知っているだろうか、いや、あいつがこれを見たら私に渡る前にこの手記自体隠していただろう。多分だが、春桜様は息子である春栄様にこれを見ることを望まない。止むを得んか……。
剛昌は手記の頁をぱらぱらと捲りながら、春栄に返却することを先延ばしにしようと考えた。
「ん……?」
閉じようとした手記の一番最後のページに走り書きがあるのが見え、剛昌は再び手記を開いた。
『夢の中で見たのは山、黒百合の咲く場所……。』
「黒百合……か。呪いの咲く場所とは、何とも不気味な……」
剛昌は手記を持って春栄の元へと行き、少しの間預からせてほしいと告げた。春栄は特に気にする様子もなく微笑みながら剛昌の頼みを了承した。
「構いませんよ。剛昌さんなら父上も問題ないと思います」
「ありがとうございます。あと、春栄様にお願いが御座います……」
剛昌は春栄に「村の現状調査」ということで、外に出る許可を貰い、黒百合の村を調べに向かうことにした。
次の日、準備を済ませていた剛昌は連れて行く予定だった兵士二人を泯と共に城下町の警備にあたらせた。一人で馬を走らせて半日、ようやく山の中腹にある黒百合村へと辿り着いた。
村の周囲に咲く黒百合の花は静かにその身を揺らしていた。剛昌は視界に広がる花畑に、美しいという感情と冷たく思い何かを感じていた。
村の入り口と思われる場所に馬を止めて中へ入ると、馬の鳴き声に気が付いたのか、一番手前の家から老婆がゆっくりと現れた。
『飢饉が起こり、私の知る限りでも民の約三割が死んだ。調査に出た兵士達は各村で死人の束を見てきたと言う。誰のせいでもない。ここまで死人が増えたのは私の責任である。翠雲の策でようやく落ち着きを見せたが、最終的に死者の数は全数の四割に達するだろう。私が死者の数を気にするなど、死ぬまでは誰にも言えない。』
『一ヶ月くらい前からだろうか、死んだ者達の夢を時々見るようになった。最近はその人数も増え続け、夢の中で私の身体は死者達に掴まれ埋まっていく。「助けて」と呼ぶその声に私は何も出来ずに埋もれていく。こんな世迷言、誰も聞くまいな……。』
『死者の手がとうとう首に絡みついてくるようになった。目覚めは最悪で、戦って人を殺していた当時よりも後味が悪い。不気味だが、一国の王がこのような事を口にするものではないだろう。それこそ息子や大臣達に顔向けが出来なくなる。』
『寝不足になったことを隠し続けていたが、とうとう剛昌に悟られてしまった。口止めしたため、他の者達に知られることはないだろう。あいつは義理堅い男だ。このまま私が死んでも、翠雲と剛昌、他の大臣たちが居れば問題ないだろう。』
『死者の手がしっかりと私の首を絞めつけた。夢の中で気を失うと現実へと引き戻された。もう何日もきちんとした睡眠をとれていない。これも民を見捨てた罪、罰なのだろう。息子や大臣達に影響が出ていなければいいが……。』
『首に絞められた痕があることに気付き、私は何となく理解した。私がこの世に居るのは死者達にとって気分が悪いらしい。そうだ、海宝が次に来た時、あの時の事を謝らねばならん。飢饉で民が苦しんでいる……あの言葉に耳を傾けていれば、私は許されていたのだろうか。』
『身体が食事を受け付けない。食べても吐き気がして戻してしまうようになった。吐いたものには少し血が混じっているようにも見える。そろそろ連れて行かれるのかもしれない。駄目だ、私がしっかりせねば……。』
『皆の前では平静を装っても悪寒が止まらない。夢の中で目を潰され、鼻や耳を噛み千切られ首を絞められる。もう睡眠をとりたくないのに睡魔が繰り返し襲ってくる。睡魔の後に待ち受けるのは悪夢であり、私が見捨ててきた民達……に現れる。最近では首に血……が残っている。民に殺されるのな……方ない。』
『殺……ら俺だけ……いだろ……春栄……や仲……は手を……ないでく………………』
後半、手記は飛び散った血に汚れて見えなくなっていた。剛昌も目を凝らして見たが、文字の字体も潰れてしまい読むことは出来なかった。
「最後はまともに読めんな……」
開いたページに手をそっと置いて剛昌は考えた。
翠雲はこの事を知っているだろうか、いや、あいつがこれを見たら私に渡る前にこの手記自体隠していただろう。多分だが、春桜様は息子である春栄様にこれを見ることを望まない。止むを得んか……。
剛昌は手記の頁をぱらぱらと捲りながら、春栄に返却することを先延ばしにしようと考えた。
「ん……?」
閉じようとした手記の一番最後のページに走り書きがあるのが見え、剛昌は再び手記を開いた。
『夢の中で見たのは山、黒百合の咲く場所……。』
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剛昌は手記を持って春栄の元へと行き、少しの間預からせてほしいと告げた。春栄は特に気にする様子もなく微笑みながら剛昌の頼みを了承した。
「構いませんよ。剛昌さんなら父上も問題ないと思います」
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