理葬境

忍原富臣

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第一話「春桜の死」

~春桜と春栄~

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 陸奏りくそうの家に着き、お茶を飲みながら二人は久々にゆっくりと話をした。

すい兄さん、今回はいつまでこちらの方に居られるのですか?」
「さあ、仕事を任せた人が逃げるか、戦が起きる時か、いつだろうね」
「何ですか、その曖昧な休みは……」
「春桜様には休養をとりたいと言って出てきてしまったからね。いつまでとは言ってないんだよ」

 にこにこと笑いながら話す翠雲すいうんの言葉に呆れ顔で言葉を続ける陸奏。

「そのうち怒られちゃいますよ?」
「その時はその時で上手く誤魔化すさ」
「翠兄さんが道を踏み外していたら詐欺師になっていそうで気が気じゃないですよ、まったく……」

 やれやれと心配する陸奏。その姿を見た翠雲は腕を組んで感慨深げに頷きながら呟く。

「あぁ、昔は私がお前の世話をしていたのに、こんなに大きくなって私の心配をするようになるとはなあ」
「昔は昔です!」
「陸奏は昔も今も変わらないよ。相変わらず優しい弟だ」

 陸奏のことをまじまじと見つめ、記憶を思い返しながら微笑む翠雲。

「まあ、翠兄さんがずるいのも昔からですけどね」

 ふん、とそっぽを向きながら返事をする陸奏を見て、翠雲は大いに笑っていた。
 家族団欒を過ごしている二人はその後も仲良く話を続けた――




 翠雲が休養に出て三日ほど経った頃、春桜しゅんおう春栄しゅんえいと二人きりで話をするために息子の部屋へと向かっていた。
 春栄の部屋に訪れた春桜が扉を開けて声を掛ける。

「春栄、よいか?」
「父上、大丈夫です」

 春栄が急な来訪に驚いていると、春桜の動きにぎこちなさを感じた。
 二人は椅子に座り、向かい合う形となった。

「春栄」
「はい、父上」

 春栄は父を見つめた。春桜のいつも感じていた覇気が感じられない。弱っているようなその姿に、少し違和感を覚えた春栄は心配に胸を捕まれていた。

「春栄、私はもう、多分長くはないだろう」

 机に手を置いて支えるようにして春桜が言う。

「なっ、何を仰っているのですか!」

 父の言葉に驚き、春栄は立ち上がるが、春桜は片手でその動きを制した。

「ここに入ってきた時、お前はなんとなく理解していたであろう」
「そんな……」

 春栄が言葉に詰まった時、春桜は咳き込んだ。春桜の収まらない咳に春栄は椅子から立ち上がり、父の隣で介抱した。

「はぁはぁ……他の者には見せられん、哀れな姿よ」
「そんなことはありません! それよりも早く医者に行きましょう!」
「いや、医者に見せた所で誰も治せまい……」
「と、とりあえず立ってください。まだ起きていると思いますので行きましょう!」

 咳き込み疲れた父の腕を肩へ回そうとしたが、春桜はその手を振り払い、椅子に座ったまま話し始めた。

「まあ、落ち着け。これも民を見捨ててきた罰なのだ。飢えに苦しみ続けた民からの報いなのだから、甘んじて受けるしかあるまい……」
「父上は民を見捨ててなどおりません!」
「春栄、私はな、何百、何千の民を見捨てて、今こうして生きているのだ……」

 春桜が国王として背負ってきた命の数はあまりにも多すぎた。だが、春栄はそれでも父を擁護するように語り掛ける。

「全ての民を救うことは難しいことです。仕方のないことだったのでしょう?」
「……いや、救えていたであろう命を、見捨てたことに変わりはない」
「でも! それでも父上は、大切な民を他の国から守っていたではありませんか!」

 必死に訴える春栄の肩を春桜は強く握り締めた。春桜が自ら背負ってきた責任の重荷のような圧力を感じ、春栄は膝から崩れ落ち沈黙した。
 春桜は優しく諭すように春栄へと話しかけた。

「よいか、これから先、お前と翠雲や剛昌、大臣達が居れば、どんな敵が来ようとも、民が苦しむ出来事があろうとも、上手く解決出来るだろう。武力でしか平和もたらさない王は次の時代には要らぬのだ」

 不敵に笑う春桜は再び咳き込み、誰にも見せたことの無い苦しそうな表情を浮かべた。

「父上、私はまだ未熟であります。父上のような強さも、翠雲のような聡明さも、私は持ち合わせていないのです……」

 涙を堪えながら物申す息子の頬を、春桜はそっと優しく撫でた。

「既にお前は私よりも聡明だということに気付いて……おらぬのか? 未熟であることを既知とすることが、何よりもの証拠……私は傲慢であった。強さ以外には何も無かった」
「父上は、本当はお優しい方ではありませんか……!」

 頬を伝う涙がぽつりぽつりと落ちていく。息子の言葉に春桜は微笑を浮かべていた。

「お前は優しく器用な子だ。翠雲もお前を育てようとする意味が、ようやく理解出来た気がする……良かった、この先もこの国は安泰だ……」

 言い終えると春桜は一人で立ち上がり部屋を後にしようとしたが、春栄は寝室まで付き添って歩こうとした。
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