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第十話「裏ギルドの黒騎士ハルギ・ディーセスト」

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「ちょ、ちょっと、あんた何をして……」

 焦った周りの冒険者が動揺し、剣を持つハルギへと声をかけるが……。

「私は口を開くなと言ったのだ……下衆な盗賊どもが……」

 振り払われた血が辺りに散らばる。

「――――おいおい、依頼したのはあんたんとこのボスだ! 仲間が殺されるとは聞いてねぇぞゴラァ!」

 背の高い大男がひと際でかい声を上げた。
 周りの冒険者を軽くどかしながら、ハルギの元へと向かっていく。

「(ねぇ、シュヴァルツ君……)」
「……?」

 言い争いを始めたハルギと盗賊たち。その間にアイシャが耳元で囁いた。

 横目にアイシャの顔を確認する。

 少し元気のない獣人の耳が、不安であることをこちらに伝える。

「あれってさ、裏ギルドの幹部……ハルギ・ディーセストだよね……?」
「まぁな……」

 あいつにもゴーレム討伐戦の時に仲間を殺された……。今すぐ乗り込んであいつを殺してやりたい……。

 握った拳に力が入る。

 …………だが、今はまだ出るタイミングじゃない。

 俺は、俺の感情ではなく経験で考える。
 それが今、この状況で最も大切なことだ……。

 もし、俺が自分の感情で今すぐハルギに対峙したとしても、アイシャやシズクに危険が及ぶ。人質の命も危険に晒される。

「シュヴァルツ君?」
「アイシャ……」

 俺は再び、指先で「静かに」と、アイシャに合図を送る。

「おうおうおう! こちとら金もらって仕事をしてるんだぞ。あんたの感情で仲間を殺されちゃたまんねぇぞ! あぁ⁉」

 リーダー格らしき男、他の者達よりも大きい背丈はバーサーカーだろうか。

 大男はハルギを見下しながら声を荒げている。
 騒がしい大男に対して、目の前に立つハルギは静寂を保っている。

「もう一度だけ言う……、私はお前たちに『この娘を連れてこい』とは言っていない……」
「てめぇは鎧みたいに頭も硬ぇのか⁉ あぁ⁉ 獣人の娘は売れるんだよ! これは報酬に対しての上乗せだ!」
「クズどもが……だから盗賊などに頼るなと言ったのだ……」
「あぁ……? 今なんつった?」
「黙れ……冒険者の面汚しが……」
「てんめぇ……!」

 ハルギの呟きに、大男が激昂し……。

「その舐めた口ぶり、今すぐ叩き直してやる!」

 激怒した大男の手が、ハルギの首元を掴もうと伸びていく。

 だが――――――――

「凍てつけ、氷帝……」

 大男の手を受け止めたハルギの手。それと同時に呟かれた詠唱。

「なにっ……? なんだその変な魔法の言葉は――――――ッ⁉」

 ハルギに掴まれた大男の手が、一気に冷気を帯びていく。

 間もなく、手の表面からは、温度差による水蒸気が、地面へと白く流れ落ちていった。

「ぐっ……や、やめろ! 離せ!」
「……」

 凍り付いた手は掴まれたまま動かない。

「お、お前ら! こいつを殺せ! もうこんな奴はどうでもいい!」

 盗賊たちが不安な様子を浮かべつつ、ハルギへと距離を詰めていく。

 その間にも、掴まれた手は凍り付き、その色を白く染め上げる。

 手から手首へ……接近する「凍死」に大男の血の気が引いていく。

「ぐあぁ……! やれ! さっさとこいつを殺せ!」

 ハルギの左手は大男の手を、右手には青い剣を握り締めている。

「クソ野郎が、死ねっ!」

 ハルギの後ろから槍を向けて突進する男。

「……」

 ハルギは剣を逆手に持ち替える。

 槍の矛先がハルギへと届く手前――――弧を描いた剣の刃によって、槍の柄が砕け散った。

「なにっ……!」
「冒険者ならば正面で戦え、クズどもが……」

 ハルギはそう呟いたあと、大男を突き放すように押した。

「……」

 足元に転がる捕縛した二人に目を向けるハルギ。

「だから、こんな下衆なマネはしたくなかったのだ……」

 ジャックとバレッタはその言葉に眉をしかめた。

 どういう意味なのか、二人が理解する間もなく、ハルギはその場から移動し始めた。

「くそっ……手が……手がっ!」

 しゃがんでうろたえる大男が、凍てついた右手を見つめる。

 表面が凍っているだけではなく、大男の手はその中身まで凍り付いていた。

 垂れ落ちていく冷気が、大男の気持ちを焦らせる。

「くそっ……くそっ……!」
「ビルドさん、これを!」
「お、おう……」

 仲間から差し出されたポーションを手へとぶちまける、ビルドと呼ばれた大男。

「はぁ……はぁ……!」

 なんとか動き始めた手に、ビルドの安心した吐息が漏れでた。

「ぐはぁ!」
「や、やめっ――――――」
「い、嫌だ……死にたくな――――」

 盗賊たちの残響。

 ビルドが回復していたその間にも、ハルギは他の盗賊たちと戦っていた。

 ……いや、戦いというよりは一方的な殺しと言った方が正しいのかもしれない。

 ナイフを、剣を、斧を、様々な武器を構えて振るう盗賊たち。

 だが、彼らはハルギの鎧に触れることもできず、ただ剣の刃に血を付着させていくだけ。

 そして、ハルギの放つ氷の刃に貫かれるだけだった。
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