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第二話「逆行モンスター」

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 次の日の朝、ビオリスは一人でダンジョンへと来ていた。

 遠目に見ればイヌのようなモンスター。釣り上がった目つきにその眼光は赤く輝き、開いた口からは鋭い牙がうかがえる。腹を空かせているのか、その口端からは唾液が垂れ落ちていく。

 ほの暗いダンジョンの中、一方通行の洞窟。

 ビオリスはウルフの群れに囲まれていた。

 前と後ろに五体ずつ。統率のとれた位置取り。だが――――

「よっとな」

 手に持つ大剣の一振りで手前に居た一匹が洞窟の壁へと、その血肉をビシャリと張り付かせる。その場に残った体はダンジョンの地面へと溶け込んでいく。

『『『グルルゥォオ……』』』

 ウルフの群れが、ビオリスから遠ざかるように足元の砂利をこする。

「やっぱ、最初の階層じゃ手応えもねぇか」

 ブォンと風切り音を鳴らす大剣を肩に乗せる。

 初級冒険者……いや単独の中級冒険者でも、ウルフの群れに囲まれれば多少の焦りを抱いてしまう。

 ひっかきや噛みつきを前後左右から仕掛けられれば、無傷では済まされない。

 だが、ビオリスにはこれも慣れた光景、よく見た場面に過ぎなかった。

「さてと……」

 ビオリスが呼吸を整える。

 聞こえてきたその呼吸音を察知したウルフが背後から二匹、ビオリスの両足へと這い飛ぶ。

「前から、次は後ろから、少なくなってきたら全方位……張り合いがねぇなぁ」

 低く飛び込んできた二匹を右足のかかとで一蹴するビオリス。

 靴の底と周囲に仕込まれた鉄板が一匹のウルフの口端にめり込む。

 骨が砕ける音と共に、ぶつかり合う二匹がそのまま壁に打ち付けられる。

『クゥウン……』

 直接、蹴られずに済んだウルフの弱々しい声。

 その直後――――――

『ワゥーン!』
『『『ワゥーン!』』』

 周囲に居た一匹のウルフの鳴き声。その声に反応して周りのウルフも声を上げた。

 これはウルフが撤退する時の行動だった。

 明らかな実力差をモンスターに見せつければ、いくら知性が低いと言えども撤退はするらしい。

 五匹はその場から走り去り、壁に打ち付けられた二匹が置き去りにされた。

「……」

 ビオリスは無言のまま、ぴくぴくと痙攣と気絶を繰り返す二匹のそばに近寄る。

「今、楽にしてやる」

 振り下ろした大剣は二体の首を同時に切断した。

 頭部を繋げていた部分からは血しぶきが上がり、ダンジョンの壁や地面を染めていく。

「仲間を見捨てるのは、冒険者もモンスターも変わらない、か……」

 二匹の亡骸が地面へと溶け消えた後、ビオリスはそんなセリフを残していった。
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