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第一話「面倒なパーティ」
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「なんか、思ったよりでかいな……」
平然と感想を述べるビオリスだが、相手の男は気が気でなかった。
殴りつけたはずの拳は二回とも素手で受け止められ無傷。掴まれた手には、ビオリスの食い込んだ指の跡があり、充血している。
「お、お前は何者なんだ……」
「ただの落ちぶれ冒険者さ、二十年経ってもダンジョン攻略できない、どうしようもない冒険者だ」
自分のことを卑下するビオリス。
それを聞いていたマリアがぼそぼそと何かを口にする。
「ほんとはギルドの要請で動く凄腕冒険者のくせに……うそつき……」
足元からそんな声が聞こえてくるが、周囲の怒号により誰の耳にも届かない。
「さ、どうする? 俺としては喧嘩はしたくないんだが、どうしてもって言うならやってやるぞ」
ビオリスのやる気のない姿に、怖気づいていた男は怒りをあらわに出し始めた。
「貴様ぁ……これが本気だと思うなよ……」
「ん? それってどういう――――」
「おらぁ! おらおらおら! どうしたどうした! 手も足も出ないかぁああ!」
男の拳がビオリスへと何発も向けられる。
ビオリスは掴もうとはせずに体を逸らし、右左と回避していく。
「ちっ……面倒な……」
ビオリスが呟く。
数十回にも及ぶ拳での攻撃がやみ、両者はひと呼吸をおいて向かい合う。
「ふはは! 掴んでも良かったんだぞ? まぁその場合、貴様の手は血まみれになっていたがなぁ!」
眉をしかめるビオリスの表情に、男は口角を上げてニヤリ。
「酒場で物騒なもん使ってんじゃねぇよ……」
注意なのか愚痴なのか。ビオリスがため息をはきながら男へと声をかける。
「これが俺のやり方だ! 俺の戦い方だ!」
男の手には刺の付いたグローブが装着され、両方の拳を構えて戦闘態勢をとっている。
「格闘家か……」
「そうだ! こんな店では大剣を振り回せないだろう! 剣士……それも大剣使いなんて時代遅れの産物でしかない!」
形勢逆転とみた男は口元を緩めてマリアの方へと顔を向けた。
だが、マリアはビオリスの酒代のことで頭が一杯である。
「待っててくださいマリアさん!」
「ん……え……えっ?」
男の言葉にハッとするマリア。その目は悲しみに満ちている。
男の目には、今のマリアはビオリスによって泣かされた可憐な乙女として映り込んでいる。つまり――――
「今、この老いぼれ冒険者を倒して貴方を助けます!」
「や、やめた方がいいよ……だってその人……」
「ん? 今なんとっ――――――」
マリアの助言は男には届かなかった。
「よそ見してると危ないぞー」
ビオリスは握り拳に力をため、腰を低く構える。
「なにを――――――がはっ……!」
「だから言ったのに…………」
そんなマリアの呟きも空しく、男はビオリスの拳によって酒場の宙を舞っていた。
綺麗な背面飛びに近くに居た冒険者たちがその様子を見つめる。
男は白目を向いて無防備のまま。鍛え上げた巨体が床へと落ち、その重みによって酒場全体が揺れる。
「「「っ⁉」」」
何事かと我に返っていく荒くれ者たち。
「おい! 格闘家のニックがやられたぞ!」
「なんだあの男!」
「あいつ、ジャックの所の大剣使いだ! 後衛ばっかりの役立たずだぞ!」
頭をかくビオリスに酒場の視線が一同に集まっていく。
「あぁ……やっちまったか……」
「あいつ強いのか⁉」
「いやいや、俺に聞くなよ!」
「あいつ、パーティのお荷物だってサンドラが言ってたぞ!」
サンドラの奴、そんなことを言いふらしてるのか……。
予期しない自分の噂話にビオリスの方が力なく垂れていく。
まぁ、そんなパーティもついさっき抜け出してきたのだが……――――
パーティを脱退したばかりのビオリス。それを説明するのも、一人ひとりの呟きに返事をするのも面倒くさがる彼がする行動は一つ。
「……次、まだ暴れたい奴が居るなら俺がやってやるからかかってこい。その代わり、死ぬ気でこい」
静まり返る酒場。
倒れた男ニックの葬式が始まるのかと思ってしまうほど、その場に居る全員が気絶している彼を見つめたまま沈黙。
戦意を喪失した荒くれ者たちにビオリスは、
「けっ……酒場で暴れるならダンジョンで暴れてこいバカども。マリア、今日の酒代はチャラだ」
そんな捨て台詞と共に酒場を後にした。
彼が去ったあと、酒場ではマリアの悲痛な泣き声だけが響く。
平然と感想を述べるビオリスだが、相手の男は気が気でなかった。
殴りつけたはずの拳は二回とも素手で受け止められ無傷。掴まれた手には、ビオリスの食い込んだ指の跡があり、充血している。
「お、お前は何者なんだ……」
「ただの落ちぶれ冒険者さ、二十年経ってもダンジョン攻略できない、どうしようもない冒険者だ」
自分のことを卑下するビオリス。
それを聞いていたマリアがぼそぼそと何かを口にする。
「ほんとはギルドの要請で動く凄腕冒険者のくせに……うそつき……」
足元からそんな声が聞こえてくるが、周囲の怒号により誰の耳にも届かない。
「さ、どうする? 俺としては喧嘩はしたくないんだが、どうしてもって言うならやってやるぞ」
ビオリスのやる気のない姿に、怖気づいていた男は怒りをあらわに出し始めた。
「貴様ぁ……これが本気だと思うなよ……」
「ん? それってどういう――――」
「おらぁ! おらおらおら! どうしたどうした! 手も足も出ないかぁああ!」
男の拳がビオリスへと何発も向けられる。
ビオリスは掴もうとはせずに体を逸らし、右左と回避していく。
「ちっ……面倒な……」
ビオリスが呟く。
数十回にも及ぶ拳での攻撃がやみ、両者はひと呼吸をおいて向かい合う。
「ふはは! 掴んでも良かったんだぞ? まぁその場合、貴様の手は血まみれになっていたがなぁ!」
眉をしかめるビオリスの表情に、男は口角を上げてニヤリ。
「酒場で物騒なもん使ってんじゃねぇよ……」
注意なのか愚痴なのか。ビオリスがため息をはきながら男へと声をかける。
「これが俺のやり方だ! 俺の戦い方だ!」
男の手には刺の付いたグローブが装着され、両方の拳を構えて戦闘態勢をとっている。
「格闘家か……」
「そうだ! こんな店では大剣を振り回せないだろう! 剣士……それも大剣使いなんて時代遅れの産物でしかない!」
形勢逆転とみた男は口元を緩めてマリアの方へと顔を向けた。
だが、マリアはビオリスの酒代のことで頭が一杯である。
「待っててくださいマリアさん!」
「ん……え……えっ?」
男の言葉にハッとするマリア。その目は悲しみに満ちている。
男の目には、今のマリアはビオリスによって泣かされた可憐な乙女として映り込んでいる。つまり――――
「今、この老いぼれ冒険者を倒して貴方を助けます!」
「や、やめた方がいいよ……だってその人……」
「ん? 今なんとっ――――――」
マリアの助言は男には届かなかった。
「よそ見してると危ないぞー」
ビオリスは握り拳に力をため、腰を低く構える。
「なにを――――――がはっ……!」
「だから言ったのに…………」
そんなマリアの呟きも空しく、男はビオリスの拳によって酒場の宙を舞っていた。
綺麗な背面飛びに近くに居た冒険者たちがその様子を見つめる。
男は白目を向いて無防備のまま。鍛え上げた巨体が床へと落ち、その重みによって酒場全体が揺れる。
「「「っ⁉」」」
何事かと我に返っていく荒くれ者たち。
「おい! 格闘家のニックがやられたぞ!」
「なんだあの男!」
「あいつ、ジャックの所の大剣使いだ! 後衛ばっかりの役立たずだぞ!」
頭をかくビオリスに酒場の視線が一同に集まっていく。
「あぁ……やっちまったか……」
「あいつ強いのか⁉」
「いやいや、俺に聞くなよ!」
「あいつ、パーティのお荷物だってサンドラが言ってたぞ!」
サンドラの奴、そんなことを言いふらしてるのか……。
予期しない自分の噂話にビオリスの方が力なく垂れていく。
まぁ、そんなパーティもついさっき抜け出してきたのだが……――――
パーティを脱退したばかりのビオリス。それを説明するのも、一人ひとりの呟きに返事をするのも面倒くさがる彼がする行動は一つ。
「……次、まだ暴れたい奴が居るなら俺がやってやるからかかってこい。その代わり、死ぬ気でこい」
静まり返る酒場。
倒れた男ニックの葬式が始まるのかと思ってしまうほど、その場に居る全員が気絶している彼を見つめたまま沈黙。
戦意を喪失した荒くれ者たちにビオリスは、
「けっ……酒場で暴れるならダンジョンで暴れてこいバカども。マリア、今日の酒代はチャラだ」
そんな捨て台詞と共に酒場を後にした。
彼が去ったあと、酒場ではマリアの悲痛な泣き声だけが響く。
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