想いの言の葉

忍原富臣

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 晴天、羊雲が点々と空に浮かんで漂っていく。

 草原、自然が延々と広がる丘の上、大きな木の幹の下に三十前後の男と隣には十四歳の少女。
 二人は木の根に頭を預けて寝転がっていた。

 男は緑の自然とマッチしない紺色のスーツ姿で胸元には色の合わない白いハット帽、右手には使いそうにもない杖が転がっている。

 少女は無表情でただじっと上を眺めている。


 見上げる先には木の幹から幾重にも枝分かれした細木と木の葉。

 心地良い風が丘の下から上へと這いあがるように優しく吹きつける。

 二人は上を向いたまま会話を始める。

「もし僕がこの世の全てを覚えているとしたら、君は嘘だと言うのかな?」
「分からないわ」

「分からないとはどういうことかな?」
「私には貴方の記憶は覗けないもの」

「ふむ、では僕に質問をしてみないかい?」
「しないわ」

「なぜ?」
「だって、私は知らない事の方が多いもの」

「ならば、知りたいとは思わないかい?」
「思わないわ」

 少女は無表情のまま。
 男は口角を上げて微笑を浮かべている。

「知れば世界は明るくなるのだよ」
「そうなのね」

「身につけた知識は君の力になるのだよ」
「そうかもね」

 魅力的な男の言葉を淡々と少女は返していく。

「君には欲というものが無いのかい?」
「知らないわ」

「知らない?」
「だって、私は欲というもの自体分からないもの」

「君は寝て起きてご飯を食べるかい?」
「そうね」

「食欲、睡眠欲、君にはまだ早いがもう一つ性欲というものがある。これが人間の三大欲求なんだ」
「そうなのね」

 少女は目を瞑った。
 草原から駆けあがってくる風の匂い、草の青い匂い、少しだけ枯れたカサカサした匂い。少女の嗅覚を様々な香りが通り過ぎていく。

「興味は無いのかい?」
「ないわ」

「もし、これまでの出来事が描かれた絵や本があっても君には興味が湧かないのかい?」
「湧かないわ」

 微笑んでいた男は真面目な顔で問いかける。

「何故、そこまで世界に固執しないのか教えてくれるかな?」
「だって、私には必要ないもの」

「これから先、君の助けになるかもしれないのに?」
「その時はその時に考えるわ」

「今のうちに知っておけば事前に回避できる問題でも?」
「それは仕方ないわ、人生だもの」




「ふふっ……ふはははは!」
「楽しそうね」

「ああ、久しぶりに楽しめた」
「それは良かったわ」

 男はゆっくりと立ち上がり背中に付いた木の葉を払い杖を取る。

「もう行くの?」

 男はハット帽を被りながら笑う。

「ああ、また歩き出そう」
「そう、さようなら」


「ああ、さようなら。勇ましき者よ」

 立ち去って行く男は機嫌が良さそうだった。


 男は自分の質問の回数を数える。


「一、二、三……十三回。君が私に問いかけたのは一度だけ……」




 男は自身の記憶に新しく、初めての黒星を記録した。
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