異世界で永久の愛を誓え

宮々詞羽

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離宮

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 ──王都ウルファ──

 イリカーナの町を出て二日で王都ウルファに着いた祥行は、一息つく間も無く王宮に通された。そのまま離宮の一部屋に軟禁状態にされ一週間が過ぎた。
「限界だ……暇すぎる……。身体も脳も腐りそうだ」
 
 初日は迎えに来た第三団体の隊員に、素人相手に強硬的な移動を強いられ、疲れ果てて丸一日死んだように眠った。
 二日目は回復魔法で移動の疲れを取り、三食美味しい食事を与えられ、上げ膳据え膳の待遇に感動した。
 三日目には食べて寝るだけで何もすることがない一日にすでに飽きていた。
 
 祥行に与えられた広い部屋には、応接用の家具が一揃え置かれており、大きな衣装だんすと大人三人が優に寝られる程の大きさの寝台 、そして洗面所が設置されている。その奥にはトイレと浴室も備え付けれ、差し詰め高級ホテルのスイートルームの様だった。
 ただし、部屋から自由に出られるのであればである。
 窓ははめ殺し、出入口の扉は常に施錠されている。外には常に護衛と言う名目の見張りまで配置されている状態である。
 離宮での生活は、何不自由ない生活だった。
 衣類は常に新しいものが補充され、寝台も綺麗に整えれれる。汚れ物は毎日定時に回収され、持ってきた衣類など必要ない程だった。
 だが何も無いのはもはや拷問でしかない。今も何もすることがなく、ただ寝台の上で寝転がっているだけだった。
 蜥蜴が捕まるまでずっとこの状態が続くと思うとぞっとした。
 祥行は寝台から降り、気を紛らわせる為に腹筋や腕立て伏せをして身体を動かしていた。するとおもむろに部屋の扉がガチャリと開いた。
 夕食はすでに終えていたが、部屋に出入りするのは給仕の人や部屋の管理をする人しかいなかった為、てっきりその人だと思った。いつもは扉を叩いてから入って来ていたが、それがなく勝手に入って来た。
「お疲れ様でーす」
 なんの用だろうかと思いつつも、腕立て伏せを続けながらいつもの声かけをした。
 
 祥行は表向きは王宮が蜥蜴から保護するとなっている。しかし、ジークと密接な関わりがあった以上、内部の情報を漏らす危険があると考えての事だろう、世話役の彼らは、祥行との不要な接触を禁止されているようだった。なので声をかけたところで会釈程度で、今まで言葉を交わされる事がなかった。祥行も返事を期待して声を掛けていた訳ではなく、ただの礼儀である。
 
「──元気そうだな」
 予想に反して帰って来た声に、祥行は動きが止まった。ばっと身体を起こすと、声の主は祥行の前を通り過ぎて行った。騎動隊の黒い外套を長椅子の背に掛け、身に付けている装備を外し、勝手知ったる様子で洗面所の方へ向かって行く。
「風呂借りるぞ」
 祥行の方を振り返ることもなく制服の前をくつろげながら、さも当たり前の様に扉の向こうへ消えたのは弓達だった。
「──は?」
 あまりの出来事に呆気に取られた祥行は、その場で正座をした状態で洗面所の扉を眺めた。祥行は、はっと気を取り戻すと、文句を言いに閉められた扉を勢いよく開けた。
「おい!何勝手に来て、呑気に風呂入ろうとしてんだ、よ──」
 文句を言いながら扉を開けた先にいた弓達は、すでに上半身が裸の状態だった。思わず言葉尻が小さくなった祥行が目にしたのは、逞しく筋肉が付いた身体に刻まれた無数の傷跡だった。
「わっ、ごめん!」
 慌てて扉を閉めた祥行だったが、その傷跡多さに驚いた。
 (何だよ、あの身体。何があったらあんなに傷だらけになるんだよ……)
 弓達が想像以上に過酷な生活をしていたのだと今更知り、悲痛な思いにか駈られた。
 とは言え、久々の対面で他に取るべき態度が他にあるはずだろう。 
 
 十五分程で風呂から出てきた弓達は、備え付けの部屋着を羽織っていた。
 肩より下に伸びた髪の毛から垂れる滴を、風呂上がり用の手拭いでガシガシと拭き取りながら長椅子に座る。そして給仕の人が置いてくれている水差しからコップ一杯に水を汲み一気に喉に流し込んだ。
 祥行は向かい合わせになった長椅子に座っていた。
 一目で不機嫌と分かる様に背もたれに肘を付き、脚を組み斜めに腰掛けて、わざとそういう態度をとって黙って一連の行動を眺めていた。
 だが不機嫌の元凶は全く意に介さない様子で祥行に短く話しかける。
「飯は?」
「──食べた」
 言葉を交わしたくなかった祥行だったが、答えるまで待つと言わんばかりの視線で見られ、仕方なく答えた。それを聞いて部屋の扉に向かうと三回ほど扉を叩くと扉は直ぐに開き、外の人に何かを言うと再び長椅子にどかりと座った。
「──なんなのお前、何しに来たの?」
 祥行は不機嫌な態度で苛立ちを隠すこともなく尋ねた。
 突如現れたあの日以降、音沙汰が無かったのに、突然訪ねて来るなり好き勝手している。
 祥行に苛立ちをぶつけられた弓達は、疲れた様子で背もたれに身体を預けて目を瞑っていた。
「──お前と話す為にぶっ通しで仕事を片付けて来たんだ。不機嫌な態度はよせ」
 勝手な言い分である。
「ふざけてんのか?お前の嫁じゃねぇんだ、何で機嫌良く出迎えしなきゃならないんだ」
 祥行は弓達にそっぽを向いたままわざとらしく溜め息を付いて面倒くさ気に言い返した。
「はぁ。……喧嘩しに来たんじゃない。話をしに来たんだ。──遅くなって、悪かったよ」
「──!!」
 ダラダラと何時もの言い合いが続くと思っていたが、祥行の嫌味を気にする事もなく素直に謝罪をしたのに驚いて相手の方を振り返った。
 そこにはいつの間にか、少し悲しげに祥行を見て微笑む弓達の顔があった。
「……あ、いや……。こっちこそ 、八つ当たりだし……ごめん」
 祥行は弓達のそんな顔を初めて見て、気まずくなりながらも素直に謝った。
「まぁ、そうだな」
 だが直ぐに是正されすました顔で再び目を閉じた。再び募る苛立ちに渇いた笑いが込み上げてきた。
 (ハハ……マジでむかつく……)
 祥行はさっき謝罪したことを激しく後悔した。
 
 それからはこれと言った会話はなく、沈黙がが続いた。
 長椅子の背もたれに身体を預けて、仰向けで目を閉じたままの弓達だったが、外から部屋の扉を叩かれ対応しに行った。
 運び込まれたのは、一人前にしては多めの夜食と、飲み物に果実酒が付けられていた。手際よく長卓に並べられ、祥行の前にも厚めのグラスを置かれた。程よく温められた鮮やかな赤色をした果実酒が注がれる。元の世界のホットワインによく似ていた。
 
 弓達は肉料理を中心に作られた料理を勢いよく食べ進めた。祥行はそれを横目でみながら、注がれた芳醇な果実酒を嗜みながら思った。
「何か、色々こなれてるな」
 祥行がここに来た時は、見慣れないものが多すぎてかなり緊張した。今でも勝手が分からず、されるがままだが、弓達は風呂も着替えも食事の準備も滞りなく慣れた様子で行っていた。
「ん?──あぁ。俺が最初に来た時、ここで生活していたからな」
「あ、そう──」
 その一言で全て納得した。
 異世界転移の主人公はやはり弓達だったのだ。誰もが目を引く容姿に頭脳も明晰だ。その転移に巻き込まれた祥行は不運でしかない。
 予想はしていたが改めて突きつけられる現実に少し悲しくなった。
 
 弓達とは会社意外でプライベートな付き合いをしたことがなかった。
 気取った感じで上品に食事をするのかと思いきや、意外にも大食いで、気持ちの良い食べっぷりは少し好感が持てた。
 ガツガツと食べはするが 、決して汚ならしくはなかった。食事中に発生する音が、最低限に止まっているからなのか、不快感がなかった。
 こんな食事姿ですらスマートに決めてしまう辺りがモテる理由か、と無意識に眺めていた。すると視線気付いた弓達と目が合ってしまい、ついあからさまに視線を反らしてしまった。
 変に思われたとか思ったが、弓達は特に気にする様子もなく、再び黙々と食事を始めた。最後の肉の欠片を口に放り込み、数回咀嚼して飲み込むと、果実酒をぐいっと煽った。
 (……ちゃんと噛めよ…)
 祥行はどちらかと言うと、食が細い方だった。咀嚼も結構する方で、弓達の食べ方を見ていると、自分の喉が詰まりそうだった。
 食事が終わるまで邪魔することなく、壁際で待機していた給仕の人が、速やかに長卓の上を片付けていく。
 何気なく眺めていた祥行はふと思い出す。
「──あ、そうだ。ボールペン、わざわざありがとな。拾って持っててくれたんだな」
 食事が終わり、口元を拭いていた弓達がチラリと祥行を見た。
「──それのお陰で、お前がこっちに来ているのに気付いたんだ。それに──」
 弓達は淡々と語る。
「どうやら、俺がこの世界に巻き込んでしまった訳だし……お前はの居場所をあちこち探してたが、中々見付けることが出来なかった──すまん」
 再び弓達が謝罪した。
「いや、まぁ……。あの時、近くにいたんだし、仕方ないだろ。……そう言えば頭、怪我してたよな。大丈夫だった?流石にもう治っているだろうけど……」
 弓達の思い詰めた様な態度に、祥行はヘラっと笑って気にしてない素振りで話題を変えた。
 転移した時は最初こそ戸惑いも多く、それなりに苦労もしたが、今となってはもう過ぎた事で、何も気にしていなかった。むしろ、転移したお陰で地震の崩壊で押し潰されそうだった所から逃れる事が出来たのだから、結果的には良かったと思っていた。
「──それが原因だったんだ。あの時、お前に俺の血が付いたから巻き込まれた。だが、付いた血の量が少な過ぎて、転移の術から外れ、同じ場所にたどり着けなかったみたいだ」
 弓達がその時の状況を説明する。
「血?……ああ──」
 確かにと、滴り落ちた血がスーツに付いた事を思い出す。だがその時は弓達の頭から流れる血に驚いて、でもどうすることも出来なかった。充満する血の鉄の臭いに不安を煽られ、ただ怖かった。
 祥行がその時の事を思い出していると、弓達が話を続けた。
「お前も聞いただろ。渡りの血が世界の道を繋ぐ──俺はその異世渡りの一族らしい」
 弓達は心底迷惑そうな顔をしてグラスに果実酒を注ぎ、ついでと言わんばかりに祥行に差し出した。まだ半分程で残っていたが、話は長くなりそうだった為、追加をもらった。
「こえーな。その血が数滴付いただけで転移させれるのかよ……」
「そんな単純な事ではないが、転移の必須条件のようだな」
「あれ?じゃあ、弓達は元からこっちの人?日本に転移して来てたって事?魔法も使えたりする?」
 祥行は異世界話あるあるのチート設定を思い出すと好奇心を押さえられず、つい前のめりになって聞いた。
 突然、興奮気味に聞いてくる祥行に気圧されながらも、弓達は当時の事を答えた。
「そんな訳あるかよ。日本生まれの日本人だ。言葉はこっちに来て覚えたし、一年位ここに閉じ籠りっぱなしで色々勉強させられたよ。色々調べられたし、一族の事実を知ったのはその時だ。魔力の素質は最初からあったみたいだな。どうやら俺の爺さんがこっちの人みたいで、昔転移して来てたみたいだな。その血を受け継いでるんだと」
 弓達は果実酒を飲みながら面倒くさそうに答える。
「ただのクォーターじゃなかった訳だ。爺さんフィンランド人って嘘っぱちじゃねえか」
「……よく知ってたな、そんな事」
「え!?あー、飲み会とかで女の子達がお前の事よく話すから……」
「ふーん。まぁ、転移先がたまたまフィンランドだったから爺さんはフィンランド人って事になったんだろうけど……」
 祥行は仕事で弓達と組んで仕事する事が多かった為、何かにつけて女性社員に弓達の話題を振られていた。お陰で無駄に弓達の豆知識がついてしまっていたが、それは何となく本人に知られたくはなかった為変に誤魔化してしまった。
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