呪いを受けた王太子

城ねこ

文字の大きさ
上 下
26 / 26

辺境伯

しおりを挟む
 マリアンヌの件から数週間、一伯爵家の滅門とその派閥の混乱に加え、父王との面会を希望する当主らによって俺は多忙だった。

「く…あ…ふ…」

 執務室であくびなどしたことがなかったが耐えられなかった。

「目の下にくま…殿下…倒れますよ」

「ああ…」

 仕事を増やしてくれた父王とワイドが恨めしい。

「オードの二人について報せはないな?」

「はい。デコル侯爵領は馬車で一日と中央に近いのでなにか起こればすぐに早馬が来ますよ」

 あれでも一国の王太子と王女だ…気を遣わねばならない。早く帰ればいいものを…

珈琲コーヒーを頼んでくれ」

 ライドが扉を開けて外に侍る近衛に指示を出した後、エコーが執務室に顔を出した。

「殿下」

「エコー、どうした?」

「…辺境伯閣下が登城しました」

「なに?」

 叔父上が…

「様子は?理由は?」

 俺は精査していた書類を放り、立ち上がりながら尋ねる。

「辺境伯領内で山崩れが発生し…今なお…救助をしていると」

 犠牲者が出ている…民が巻き込まれたのか…

 俺はライドとエコーを連れて足早に叔父上の待つ場へ向かう。そこにはブルーノが先に着き叔父上と話をしていた。

「叔父上」

「ロイ…殿下…」

 ヴァルド・アルゾーグリー…父王の年の離れた弟であり、俺の実の父親。

 アルゾーグリー王族は数が少なく、辺境を任されてからも名は変えずにいることで、四人いる辺境伯のなかでただ一人、皆は叔父上のことを名を付けずに[辺境伯閣下]と呼ぶ。

 父王と似ても似つかぬ容貌の叔父上だが俺と同じ浅葱色の瞳はひたと見下ろし、その眉間には深いシワがある。

「山崩れとはどれほどの規模ですか?」

 呪いを扱う一族殲滅の祝賀会にも参加しなかった叔父上がわざわざ自ら中央へ来たのなら…

「一つの村が呑まれた」

 村ごとだと?どれだけの民が犠牲になったか…

「今までにない長雨が続いていたと聞いております。そのせいで地盤が緩み…」

 ブルーノの言葉に一瞬目が眩んだ。

 俺の勘が教えている…脳裏にアレックスが見える。

 アレックスは言った…叔父上の辺境…そして被害……この事ではないのか?

「それと…ロイ」

 叔父上の言葉に浅葱色を見つめる。

「休憩を取ったデコル侯爵領内で一人の娘を助けた」

「…娘?」

「ああ…粗暴な奴らに拐われそうになっていてな…通りすがりに助けたがカツラだった…それに」

 まさかと思った…アレックスの言葉が何度も頭に繰り返される。

「鮮やかな青い髪…オードの王族ですか?」

 ブルーノが驚く表情を隠せず叔父上を見上げる。

「名を聞いていないのですか?」

「…意識がない」

 俺の問いに叔父上は簡潔に答えた。

「乱暴はされていましたか?」

「いや…その前に救出した。娘を探しているような者が見当たらなくてな…急いでいたから連れてきた」

 俺は叔父上の言葉に頷いてからブルーノを見る。

「ブルーノ、デコル侯爵とアレックスに手紙を…早馬で…向こうは大騒ぎだろう」

 メルレルが一人でなにをしていた?

 俺は面倒を起こすなと言ったぞ、アレックス。

「末姫か?」

「デコル侯爵領内で変装した鮮やかな青い髪色の娘なら…そうです」

「ああ…意識は無さそうだったが意味不明なうわ言を口にした」

「なんですか?」

「どうしてメルレルになっているの…だ。意味がわからん」

 なんだそれは?

「叔父上、私はメルレル王女の様子を確かめてきます。ブルーノ、辺境に派遣する騎士を集めろ。民からも募れ…金は使え」

「すまんな、ロイ」

 叔父上が謝ることじゃない。

 中央嫌いの叔父上を動かしたのは辺境伯領だけではどうにもできないからだ。

 長い腕が伸びて俺の肩を掴んだ。

『大きくなったな…母親に似た…よかった』

 叔父上は善良な人だ。武骨な見た目だが兄であるイーサン・アルゾーグリーの脅威となる自身の存在を中央から離した。

 中央嫌いの王族…辺境を好む王族…そう囁かれても…

 劣等感の強いイーサン・アルゾーグリーの意識を向けないために未だに結婚をせずにいる。

「陛下が倒れたと聞いた」

『お前が動いたのか?ロイ…俺はお前に全てを投げ出した…すまない』

「…父上は…もう起き上がることはできません」

「ならばお前が…」

「はい…準備を終え次第、譲位の儀式を」

 イーサン・アルゾーグリーより王の素質を持っていたヴァルド・アルゾーグリー。

 叔父上にもう少し野心があれば…

『お前に重責を…すまない』

 俺は叔父上に会うこと事態が少なかった。一族殲滅の時に会ったのは子供の時以来だったほどだ。

 今まで…こうして心のなかで謝っていたのかもしれない。

「ブルーノ、予算を…叔父上、長旅だった…休んでください」

 俺はここで目の前が真っ暗になるという体験をした。

 意識を失った。


しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

生意気な少年は男の遊び道具にされる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

魔力ゼロの無能オメガのはずが嫁ぎ先の氷狼騎士団長に執着溺愛されて逃げられません!

松原硝子
BL
これは魔法とバース性のある異世界でのおはなし――。 15歳の魔力&バース判定で、神官から「魔力のほとんどないオメガ」と言い渡されたエリス・ラムズデール。 その途端、それまで可愛がってくれた両親や兄弟から「無能」「家の恥」と罵られて使用人のように扱われ、虐げられる生活を送ることに。 そんな中、エリスが21歳を迎える年に隣国の軍事大国ベリンガム帝国のヴァンダービルト公爵家の令息とアイルズベリー王国のラムズデール家の婚姻の話が持ち上がる。 だがヴァンダービルト公爵家の令息レヴィはベリンガム帝国の軍事のトップにしてその冷酷さと恐ろしいほどの頭脳から常勝の氷の狼と恐れられる騎士団長。しかもレヴィは戦場や公的な場でも常に顔をマスクで覆っているため、「傷で顔が崩れている」「二目と見ることができないほど醜い」という恐ろしい噂の持ち主だった。 そんな恐ろしい相手に子どもを嫁がせるわけにはいかない。ラムズデール公爵夫妻は無能のオメガであるエリスを差し出すことに決める。 「自分の使い道があるなら嬉しい」と考え、婚姻を大人しく受け入れたエリスだが、ベリンガム帝国へ嫁ぐ1週間前に階段から転げ落ち、前世――23年前に大陸の大戦で命を落とした帝国の第五王子、アラン・ベリンガムとしての記憶――を取り戻す。 前世では戦いに明け暮れ、今世では虐げられて生きてきたエリスは前世の祖国で平和でのんびりした幸せな人生を手に入れることを目標にする。 だが結婚相手のレヴィには驚きの秘密があった――!? 「きみとの結婚は数年で解消する。俺には心に決めた人がいるから」 初めて顔を合わせた日にレヴィにそう言い渡されたエリスは彼の「心に決めた人」を知り、自分の正体を知られてはいけないと誓うのだが……!? 銀髪×碧眼(33歳)の超絶美形の執着騎士団長に気が強いけど鈍感なピンク髪×蜂蜜色の目(20歳)が執着されて溺愛されるお話です。

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

ヤクザに囚われて

BL
友達の借金のカタに売られてなんやかんやされちゃうお話です

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

処理中です...