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辺境伯
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マリアンヌの件から数週間、一伯爵家の滅門とその派閥の混乱に加え、父王との面会を希望する当主らによって俺は多忙だった。
「く…あ…ふ…」
執務室であくびなどしたことがなかったが耐えられなかった。
「目の下にくま…殿下…倒れますよ」
「ああ…」
仕事を増やしてくれた父王とワイドが恨めしい。
「オードの二人について報せはないな?」
「はい。デコル侯爵領は馬車で一日と中央に近いのでなにか起こればすぐに早馬が来ますよ」
あれでも一国の王太子と王女だ…気を遣わねばならない。早く帰ればいいものを…
「珈琲を頼んでくれ」
ライドが扉を開けて外に侍る近衛に指示を出した後、エコーが執務室に顔を出した。
「殿下」
「エコー、どうした?」
「…辺境伯閣下が登城しました」
「なに?」
叔父上が…
「様子は?理由は?」
俺は精査していた書類を放り、立ち上がりながら尋ねる。
「辺境伯領内で山崩れが発生し…今なお…救助をしていると」
犠牲者が出ている…民が巻き込まれたのか…
俺はライドとエコーを連れて足早に叔父上の待つ場へ向かう。そこにはブルーノが先に着き叔父上と話をしていた。
「叔父上」
「ロイ…殿下…」
ヴァルド・アルゾーグリー…父王の年の離れた弟であり、俺の実の父親。
アルゾーグリー王族は数が少なく、辺境を任されてからも名は変えずにいることで、四人いる辺境伯のなかでただ一人、皆は叔父上のことを名を付けずに[辺境伯閣下]と呼ぶ。
父王と似ても似つかぬ容貌の叔父上だが俺と同じ浅葱色の瞳はひたと見下ろし、その眉間には深いシワがある。
「山崩れとはどれほどの規模ですか?」
呪いを扱う一族殲滅の祝賀会にも参加しなかった叔父上がわざわざ自ら中央へ来たのなら…
「一つの村が呑まれた」
村ごとだと?どれだけの民が犠牲になったか…
「今までにない長雨が続いていたと聞いております。そのせいで地盤が緩み…」
ブルーノの言葉に一瞬目が眩んだ。
俺の勘が教えている…脳裏にアレックスが見える。
アレックスは言った…叔父上の辺境…そして被害……この事ではないのか?
「それと…ロイ」
叔父上の言葉に浅葱色を見つめる。
「休憩を取ったデコル侯爵領内で一人の娘を助けた」
「…娘?」
「ああ…粗暴な奴らに拐われそうになっていてな…通りすがりに助けたがカツラだった…それに」
まさかと思った…アレックスの言葉が何度も頭に繰り返される。
「鮮やかな青い髪…オードの王族ですか?」
ブルーノが驚く表情を隠せず叔父上を見上げる。
「名を聞いていないのですか?」
「…意識がない」
俺の問いに叔父上は簡潔に答えた。
「乱暴はされていましたか?」
「いや…その前に救出した。娘を探しているような者が見当たらなくてな…急いでいたから連れてきた」
俺は叔父上の言葉に頷いてからブルーノを見る。
「ブルーノ、デコル侯爵とアレックスに手紙を…早馬で…向こうは大騒ぎだろう」
メルレルが一人でなにをしていた?
俺は面倒を起こすなと言ったぞ、アレックス。
「末姫か?」
「デコル侯爵領内で変装した鮮やかな青い髪色の娘なら…そうです」
「ああ…意識は無さそうだったが意味不明なうわ言を口にした」
「なんですか?」
「どうしてメルレルになっているの…だ。意味がわからん」
なんだそれは?
「叔父上、私はメルレル王女の様子を確かめてきます。ブルーノ、辺境に派遣する騎士を集めろ。民からも募れ…金は使え」
「すまんな、ロイ」
叔父上が謝ることじゃない。
中央嫌いの叔父上を動かしたのは辺境伯領だけではどうにもできないからだ。
長い腕が伸びて俺の肩を掴んだ。
『大きくなったな…母親に似た…よかった』
叔父上は善良な人だ。武骨な見た目だが兄であるイーサン・アルゾーグリーの脅威となる自身の存在を中央から離した。
中央嫌いの王族…辺境を好む王族…そう囁かれても…
劣等感の強いイーサン・アルゾーグリーの意識を向けないために未だに結婚をせずにいる。
「陛下が倒れたと聞いた」
『お前が動いたのか?ロイ…俺はお前に全てを投げ出した…すまない』
「…父上は…もう起き上がることはできません」
「ならばお前が…」
「はい…準備を終え次第、譲位の儀式を」
イーサン・アルゾーグリーより王の素質を持っていたヴァルド・アルゾーグリー。
叔父上にもう少し野心があれば…
『お前に重責を…すまない』
俺は叔父上に会うこと事態が少なかった。一族殲滅の時に会ったのは子供の時以来だったほどだ。
今まで…こうして心のなかで謝っていたのかもしれない。
「ブルーノ、予算を…叔父上、長旅だった…休んでください」
俺はここで目の前が真っ暗になるという体験をした。
意識を失った。
「く…あ…ふ…」
執務室であくびなどしたことがなかったが耐えられなかった。
「目の下にくま…殿下…倒れますよ」
「ああ…」
仕事を増やしてくれた父王とワイドが恨めしい。
「オードの二人について報せはないな?」
「はい。デコル侯爵領は馬車で一日と中央に近いのでなにか起こればすぐに早馬が来ますよ」
あれでも一国の王太子と王女だ…気を遣わねばならない。早く帰ればいいものを…
「珈琲を頼んでくれ」
ライドが扉を開けて外に侍る近衛に指示を出した後、エコーが執務室に顔を出した。
「殿下」
「エコー、どうした?」
「…辺境伯閣下が登城しました」
「なに?」
叔父上が…
「様子は?理由は?」
俺は精査していた書類を放り、立ち上がりながら尋ねる。
「辺境伯領内で山崩れが発生し…今なお…救助をしていると」
犠牲者が出ている…民が巻き込まれたのか…
俺はライドとエコーを連れて足早に叔父上の待つ場へ向かう。そこにはブルーノが先に着き叔父上と話をしていた。
「叔父上」
「ロイ…殿下…」
ヴァルド・アルゾーグリー…父王の年の離れた弟であり、俺の実の父親。
アルゾーグリー王族は数が少なく、辺境を任されてからも名は変えずにいることで、四人いる辺境伯のなかでただ一人、皆は叔父上のことを名を付けずに[辺境伯閣下]と呼ぶ。
父王と似ても似つかぬ容貌の叔父上だが俺と同じ浅葱色の瞳はひたと見下ろし、その眉間には深いシワがある。
「山崩れとはどれほどの規模ですか?」
呪いを扱う一族殲滅の祝賀会にも参加しなかった叔父上がわざわざ自ら中央へ来たのなら…
「一つの村が呑まれた」
村ごとだと?どれだけの民が犠牲になったか…
「今までにない長雨が続いていたと聞いております。そのせいで地盤が緩み…」
ブルーノの言葉に一瞬目が眩んだ。
俺の勘が教えている…脳裏にアレックスが見える。
アレックスは言った…叔父上の辺境…そして被害……この事ではないのか?
「それと…ロイ」
叔父上の言葉に浅葱色を見つめる。
「休憩を取ったデコル侯爵領内で一人の娘を助けた」
「…娘?」
「ああ…粗暴な奴らに拐われそうになっていてな…通りすがりに助けたがカツラだった…それに」
まさかと思った…アレックスの言葉が何度も頭に繰り返される。
「鮮やかな青い髪…オードの王族ですか?」
ブルーノが驚く表情を隠せず叔父上を見上げる。
「名を聞いていないのですか?」
「…意識がない」
俺の問いに叔父上は簡潔に答えた。
「乱暴はされていましたか?」
「いや…その前に救出した。娘を探しているような者が見当たらなくてな…急いでいたから連れてきた」
俺は叔父上の言葉に頷いてからブルーノを見る。
「ブルーノ、デコル侯爵とアレックスに手紙を…早馬で…向こうは大騒ぎだろう」
メルレルが一人でなにをしていた?
俺は面倒を起こすなと言ったぞ、アレックス。
「末姫か?」
「デコル侯爵領内で変装した鮮やかな青い髪色の娘なら…そうです」
「ああ…意識は無さそうだったが意味不明なうわ言を口にした」
「なんですか?」
「どうしてメルレルになっているの…だ。意味がわからん」
なんだそれは?
「叔父上、私はメルレル王女の様子を確かめてきます。ブルーノ、辺境に派遣する騎士を集めろ。民からも募れ…金は使え」
「すまんな、ロイ」
叔父上が謝ることじゃない。
中央嫌いの叔父上を動かしたのは辺境伯領だけではどうにもできないからだ。
長い腕が伸びて俺の肩を掴んだ。
『大きくなったな…母親に似た…よかった』
叔父上は善良な人だ。武骨な見た目だが兄であるイーサン・アルゾーグリーの脅威となる自身の存在を中央から離した。
中央嫌いの王族…辺境を好む王族…そう囁かれても…
劣等感の強いイーサン・アルゾーグリーの意識を向けないために未だに結婚をせずにいる。
「陛下が倒れたと聞いた」
『お前が動いたのか?ロイ…俺はお前に全てを投げ出した…すまない』
「…父上は…もう起き上がることはできません」
「ならばお前が…」
「はい…準備を終え次第、譲位の儀式を」
イーサン・アルゾーグリーより王の素質を持っていたヴァルド・アルゾーグリー。
叔父上にもう少し野心があれば…
『お前に重責を…すまない』
俺は叔父上に会うこと事態が少なかった。一族殲滅の時に会ったのは子供の時以来だったほどだ。
今まで…こうして心のなかで謝っていたのかもしれない。
「ブルーノ、予算を…叔父上、長旅だった…休んでください」
俺はここで目の前が真っ暗になるという体験をした。
意識を失った。
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