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告白
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俺は静かに会場を離れる。
「殿下…具合でも?」
後ろでライドが尋ねてくるが、頭の痛みのせいで答えることができない。本当はこのまま地下牢に行き、あの男に一族のことを…尋ねることが多い…
「ライド…自室に…廊下で待て」
パーティーのせいですれ違う使用人も多く、誰のものかわからない声がとぎれとぎれに入ってくる。意味をなさない言葉たちが頭のなかでこだまし、あまりの不快さに体が震える。
自身で扉を開けて鍵も閉める。
「はぁ…はぁ…」
目の前には突然戻った俺に驚くグレンがいた。
完全な無音に体の力が抜けて膝が崩れる…床に倒れこむと思ったが、太い腕が体に回され支えていた。
「み…ず…」
体が浮き上がり固い胸に頭を預ける体勢になった。グレンはなにも言わず考えず、俺に聞かせるのは耳から伝わる鼓動だけで、それはずいぶん心地よかった。
寝台に下ろされ、グレンの差し出すコップを手に取り一気に飲み干す。
コップをグレンに向かって放り、体を傾けて寝転ぶ。
首が苦しくてボタンを外そうとするが指先が震えてうまくできずにいると、屈んだグレンが手を伸ばして胸飾りを取り、ボタンを外した。
「ふぅ…」
グレンはそのまま俺の身につけた宝飾品も外そうと手を伸ばしたが掴んで止める。
「…まだ…パーティーは終わっていない。戻らなければならない」
もう一度…タイラル…アレックスに触れなければ…アレックス…一族のなかに密偵を潜ませたと言っていたな…
「なぁ…お前も辺境の戦いに参加しただろ?」
グレンは俺の近くに立ったまま頷いた。
「辺境騎士団と王国騎士団…数で一気に攻めて…あの地域は天候の悪さが続いていた…だから短時間で終わらせた…奇襲だった」
あの戦場から逃げることは不可能だ…アレックスの密偵はあの場で殺されたろう。
「…一族の者…ではなさそうな奴は…」
グレンに聞いてもわからないか。子供以外は問答無用で殺せと命じたのは俺だ。
案の定、グレンは首を振った。
「ふぅ…」
地下牢に行き…あの男に聞かねば…
「…本当に口数が少ない男だな」
部屋に人がいるとは思えないほど静かだ。
「さて」
俺が手を伸ばすと察したのかグレンが掴んで引っ張り上げた。
「見た目は戦闘騎士だが従者の素質もある」
俺よりも表情を面に出さないグレンの頬を軽く叩く。
「お前は俺に不快な思いはさせてない…褒めたつもりだ。グレン…マッサージ師を呼ぶ…習え」
声が聞こえ始めてから体のあちこちが凝る。
扉に向かうとグレンが足早に動き俺を追い越して握りを掴んで見下ろした。
開けてくれと頷けばゆっくりと扉を引いた。
「殿下」
「ライド」
心配そうな顔を隠さず、ライドが立っていた。
俺は決めかねていた。ライドには呪いのことを話すべきではないかと。すでになにかしらを疑っている…そして俺はライドをそばに置き続けたい。切り捨てられる身分のライドだが、付き合いも長く情も生まれている。
「すまん、落ち着いた…ライド…長く会場から離れるのはよくない…具合が悪いと思われたくもない…戻るか」
ライドのこんな顔は見たことがない。わざとらしさのない、作っていない心配そうな顔は俺の頬を緩ませる。
「ライド、俺を裏切ったら殺してやる」
「了解」
「ふっ…俺は呪いを受けた」
手を伸ばしてライドの胸に手のひらをあてる。
『あの時…やっぱり…あの日から殿下はおかしかった』
「ああ…お前は一番近くにいるからな…察したか」
「呪い…って今の…」
「お前が…短い休憩時間に女を抱いていることも…若いよりも熟れた…人妻を好むことも聞いた」
『うそ…張りのある体より熟れて柔らかくて大きな尻が好きってことも?』
「くく…ああ。打ちつければ揺れる尻が好きなんだろう?」
「…殿下…俺…恥ずかしいっす」
「ははっ阿呆…今さらだ」
『殿下が笑った…軽く口角が上がるときはあるけど声を出して笑うなんて』
「珍しいか?…そうだな…俺に楽しいと思うことは少ないからな」
話してしまうと楽になるもんだ。過度な秘密は抱えていると知らぬ間に負担になるか。
「近くに寄られると触れずとも声は聞こえてしまう…聞きたくなくてもな…会場は人が多い…それで頭が痛んだ」
「今は落ち着いた?」
「ああ…ライド…あの一族にアレックスが関係している」
『うそ…隣国の王太子が…やば…』
「ああ…確かだが立証ができないから問えん。リリアーナの男だがタイラルの息がかかった者だ…リリアーナの好きそうな顔の男を買収したんだろうな」
俺とは真逆なタイプだな。アレックスと同様に童顔だった。
「パーティーが終わり次第、牢へ行く。今度はお前も…そばにいろ」
『了解…主…』
ライドの視線が俺から離れた。
『グレンが聞いてるけど…グレンは知ってた?』
俺は振り返り、気配を消していたグレンを見上げる。
グレンの黒い瞳からは何を考えているのか伝わらない…俺たちの会話を聞いていただろうに心の声もしなかった。
「グレン…お前…なにも考えていないのか?」
こんなに近くなら触れていなくても聞こえたはずだ。
「殿下、グレンを選んだのって特別だからっすか?」
「いや…こいつは考えていることが極端に少ない」
俺はグレンを見上げながらライドに答える。
「グレン…俺を裏切るな…わかったな?」
グレンは考えもせず頷いた。
「お前がおかしな行動をとったら殺す」
また、頷いた。殺すと言われてもなにも考えないとは…グレンの心が多少壊れていると思うのは俺の思い違いか?
「俺に…ロイ・アルゾーグリーに…永遠の忠誠を誓え」
この呪いが解けなければ、俺はこの静かな男を手放すことができない。
『誓います』
グレンの代わりにライドの声が聞こえた。グレンはまた頷いた。
「殿下…具合でも?」
後ろでライドが尋ねてくるが、頭の痛みのせいで答えることができない。本当はこのまま地下牢に行き、あの男に一族のことを…尋ねることが多い…
「ライド…自室に…廊下で待て」
パーティーのせいですれ違う使用人も多く、誰のものかわからない声がとぎれとぎれに入ってくる。意味をなさない言葉たちが頭のなかでこだまし、あまりの不快さに体が震える。
自身で扉を開けて鍵も閉める。
「はぁ…はぁ…」
目の前には突然戻った俺に驚くグレンがいた。
完全な無音に体の力が抜けて膝が崩れる…床に倒れこむと思ったが、太い腕が体に回され支えていた。
「み…ず…」
体が浮き上がり固い胸に頭を預ける体勢になった。グレンはなにも言わず考えず、俺に聞かせるのは耳から伝わる鼓動だけで、それはずいぶん心地よかった。
寝台に下ろされ、グレンの差し出すコップを手に取り一気に飲み干す。
コップをグレンに向かって放り、体を傾けて寝転ぶ。
首が苦しくてボタンを外そうとするが指先が震えてうまくできずにいると、屈んだグレンが手を伸ばして胸飾りを取り、ボタンを外した。
「ふぅ…」
グレンはそのまま俺の身につけた宝飾品も外そうと手を伸ばしたが掴んで止める。
「…まだ…パーティーは終わっていない。戻らなければならない」
もう一度…タイラル…アレックスに触れなければ…アレックス…一族のなかに密偵を潜ませたと言っていたな…
「なぁ…お前も辺境の戦いに参加しただろ?」
グレンは俺の近くに立ったまま頷いた。
「辺境騎士団と王国騎士団…数で一気に攻めて…あの地域は天候の悪さが続いていた…だから短時間で終わらせた…奇襲だった」
あの戦場から逃げることは不可能だ…アレックスの密偵はあの場で殺されたろう。
「…一族の者…ではなさそうな奴は…」
グレンに聞いてもわからないか。子供以外は問答無用で殺せと命じたのは俺だ。
案の定、グレンは首を振った。
「ふぅ…」
地下牢に行き…あの男に聞かねば…
「…本当に口数が少ない男だな」
部屋に人がいるとは思えないほど静かだ。
「さて」
俺が手を伸ばすと察したのかグレンが掴んで引っ張り上げた。
「見た目は戦闘騎士だが従者の素質もある」
俺よりも表情を面に出さないグレンの頬を軽く叩く。
「お前は俺に不快な思いはさせてない…褒めたつもりだ。グレン…マッサージ師を呼ぶ…習え」
声が聞こえ始めてから体のあちこちが凝る。
扉に向かうとグレンが足早に動き俺を追い越して握りを掴んで見下ろした。
開けてくれと頷けばゆっくりと扉を引いた。
「殿下」
「ライド」
心配そうな顔を隠さず、ライドが立っていた。
俺は決めかねていた。ライドには呪いのことを話すべきではないかと。すでになにかしらを疑っている…そして俺はライドをそばに置き続けたい。切り捨てられる身分のライドだが、付き合いも長く情も生まれている。
「すまん、落ち着いた…ライド…長く会場から離れるのはよくない…具合が悪いと思われたくもない…戻るか」
ライドのこんな顔は見たことがない。わざとらしさのない、作っていない心配そうな顔は俺の頬を緩ませる。
「ライド、俺を裏切ったら殺してやる」
「了解」
「ふっ…俺は呪いを受けた」
手を伸ばしてライドの胸に手のひらをあてる。
『あの時…やっぱり…あの日から殿下はおかしかった』
「ああ…お前は一番近くにいるからな…察したか」
「呪い…って今の…」
「お前が…短い休憩時間に女を抱いていることも…若いよりも熟れた…人妻を好むことも聞いた」
『うそ…張りのある体より熟れて柔らかくて大きな尻が好きってことも?』
「くく…ああ。打ちつければ揺れる尻が好きなんだろう?」
「…殿下…俺…恥ずかしいっす」
「ははっ阿呆…今さらだ」
『殿下が笑った…軽く口角が上がるときはあるけど声を出して笑うなんて』
「珍しいか?…そうだな…俺に楽しいと思うことは少ないからな」
話してしまうと楽になるもんだ。過度な秘密は抱えていると知らぬ間に負担になるか。
「近くに寄られると触れずとも声は聞こえてしまう…聞きたくなくてもな…会場は人が多い…それで頭が痛んだ」
「今は落ち着いた?」
「ああ…ライド…あの一族にアレックスが関係している」
『うそ…隣国の王太子が…やば…』
「ああ…確かだが立証ができないから問えん。リリアーナの男だがタイラルの息がかかった者だ…リリアーナの好きそうな顔の男を買収したんだろうな」
俺とは真逆なタイプだな。アレックスと同様に童顔だった。
「パーティーが終わり次第、牢へ行く。今度はお前も…そばにいろ」
『了解…主…』
ライドの視線が俺から離れた。
『グレンが聞いてるけど…グレンは知ってた?』
俺は振り返り、気配を消していたグレンを見上げる。
グレンの黒い瞳からは何を考えているのか伝わらない…俺たちの会話を聞いていただろうに心の声もしなかった。
「グレン…お前…なにも考えていないのか?」
こんなに近くなら触れていなくても聞こえたはずだ。
「殿下、グレンを選んだのって特別だからっすか?」
「いや…こいつは考えていることが極端に少ない」
俺はグレンを見上げながらライドに答える。
「グレン…俺を裏切るな…わかったな?」
グレンは考えもせず頷いた。
「お前がおかしな行動をとったら殺す」
また、頷いた。殺すと言われてもなにも考えないとは…グレンの心が多少壊れていると思うのは俺の思い違いか?
「俺に…ロイ・アルゾーグリーに…永遠の忠誠を誓え」
この呪いが解けなければ、俺はこの静かな男を手放すことができない。
『誓います』
グレンの代わりにライドの声が聞こえた。グレンはまた頷いた。
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