呪いを受けた王太子

城ねこ

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従者

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 地下牢から上がり、臭いが染み付いた体を洗うために浴室へ向かう。張られた湯に浸かり、浴槽のふちに頭を預けると慣れた手つきが髪を洗い始める。

『殿下の銀髪は美しい…少し硬く癖があるのもいい…頭の形も美しい…閉じた瞳を見せて欲しい…神秘的な浅葱あさぎ色の瞳…』

 …従者が違うようだ。交代制だとは知っていたが顔など覚えいないから変わっていてもわからなかった。なんてことだ。これに体を洗われていたのか。

『ああ、ほどよく付いた筋肉が…なぜこんなに引き締まっているんだ…男なのに腰が細い…張った肩まで美しい…陰茎まで美しいなんて…殿下は女を知らないのか?女を呼ばれたなど聞いたことがないが…はぁ…むしゃぶりつきたい…孔はどうだろうか…ああ、美しい…固く閉ざしたつぼみを解したい…』

 日々の愚痴を聞いている方が耐えられた。女を知らんだと…?抱きたくなくても抱かなきゃならなくなるのに無理をしてまで抱く意味がどこにある!

「ライド!」

 体を拭いていた従者は使ったタオルをまとめて持ち、部屋から出ていった。

「殿下、どうしました?」

 用はなかった。ただ声を上げたかった。滅多に声を荒げない自身が湧き立つ苛立ちに驚いた。ライドに渡されたガウンに腕を通し、寝台に座って頭を抱える。
 
 認めるところまできていた。呪いによって聞こえる他者の声は精神に負荷をかけている。このままでは自分の心を抑えられなくなる。国王は常に冷静な判断が求められる。心のままに会話ができないことが多いのに他者の心の声は思ったよりも醜くおぞましいものだった。地下牢へ走って行って鉄格子を掴んで、

『貴様の思い通り俺は狂いそうだ』

 と叫びたくなった。
 
 俺は細く長い息を吐く。まだ湿った髪をかきあげ天井を見つめる。

「ライド」

「はい」

「従者を選ぶ」

「りょ……殿下自ら?」

「ああ」

 平穏な生活を取り戻すにはそれしかない。痴れ者の喜ぶ言葉など吐いて堪るか。

「んーどこから?俺みたく騎士団から拾います?」

 俺が自ら選ぶんだ、ライドは意図を理解したか。

「貴族家としがらみのない奴が好ましい。切り捨てるのも簡単だ…王国騎士団の中に平民がいるだろ。並べておけ」

「切り捨て?殿下、言おう言おうと思ってましたけど」

「言わんでいい。わかっている」

 近頃の俺の言動がおかしいと言いたいのだろう。

「午前には訓練場へ向かう」

「え?そんなにすぐ…寝る時間失くなっちゃう」

「動け!」

「了解!」

 ライドは叫びながら扉を開けて出ていった。

 今から王国騎士団に所属している平民を調べるのは大変だろうが仕方がない。その中に心の声が少ない者がいれば僥倖ぎょうこう。いなければ…市井に下りて探す?なんて面倒な…
 
 従者など要らぬと言えばなぜかと聞かれる。皆の前で呪いにかけられたんだ、小さな疑問も持たれたくはない。ライドは何かを察しているかもしれん。少し離れろと言った俺の言葉を守って無駄に距離を縮めない。

 髪は濡れたままだが、疲れた頭を休めるため蝋燭の火を吹き消し寝台に横になる。他者の声に振り回されるのは許せないがそれを解く方法を聞くのもしゃくさわる。

 男の慟哭を思い出す。"姿を対価"と言った。醜い姿は呪いの対価…子供の血に加えて…ならば解く対価は?差し出すものはなんだ?…俺は何も差し出さない。


 翌朝、王国騎士団の訓練場に出向いた。

 近衛隊とは別の体制を取る騎士団。近衛は貴族の令息が条件、王城内外で王族の身を守る事が仕事。王国騎士団は実力さえあれば誰でも入団でき、主な仕事は城外警備、及び戦争騎士。

 出自は問わずだが、王城に足を踏み入れる者に後ろ暗い思惑を抱けないよう、裏切りには死をが鉄則。近衛騎士は問題を起こすと家門が責を問われる。

「殿下のお越しだ!敬礼!」

 訓練着を身につけた男達が並び、一斉に片腕を上げて胸にあて、直立不動になる。平民だけと言ったが数が多い。面倒だがやるしかない。

「諸君らは一族殲滅で活躍したばかりで疲れているだろうが私に付き合ってもらう。質問は受けない。まず左腕を伸ばし、隣の者と当たらぬ距離まで離れろ。動け」

 王太子の言葉に騎士らは動き、訓練場に砂埃が舞う。

 俺は腕を後ろに組んだまま、並んだ騎士の端まで歩き、腕を伸ばせば触れられる位置から男達の前を歩き始める。

『なんなんだよ…朝早くから…』

『こんなに近くで見るのは初めてだなぁ』

『殿上人の遊びに付き合わされてる』

『こいつ何してんだよ…並ばせたくせに見もしないで歩いてるだけじゃん』

 俺への文句が絶えず聞こえる。随分歩いた。後数名で次の列になる。

『…………』

 足を止める。視線を横に流すと訓練着が目に入った。顔ではなく胸部。かなりの巨躯だと見上げると黒い瞳が俺を見下ろしていた。

『…………』

 確かに視線は合っている。

「名は?」

「…グレン」

 心の声が聞こえないなんてことがあるのか?静かな者を探しに来たがこいつは無音だ。ありえるのか?まさか、解けたのか?

 俺は三歩後ろに下がり立ち止まる。

『なんだ?グレンがどうした…っていうか何で俺の前にくんだよ!』

「グレン、ついてこい。他は解散」

 体の向きを変えて訓練場を後にする。後ろからはライドとグレンの足音が聞こえる。

 執務室に入り振り返り、ライドに向かって手を振り、いつもの席を指差す。今度はグレンに向かい手招く。少し離れた位置に直立不動で立つ巨躯きょくの男に近づき黒い瞳を見上げる。

「俺の従者に任命する。交代要員は当分いない。休みはないが給金は今の五倍を支払う」

 グレンからは何の返事もない。

「理解したか?」

 太い腕を上げて胸に手をあてた男を見上げる。

「ライド、従者の仕事を教えてやれ」

「了解。殿下、服はどうします?これじゃあ城内で浮きますよ」

「お前に任せる」

 新しい従者の服などなんでもいい。煩わしい声がないならそれでいいとライドに頼んだ。

 数時間後、再び執務室に戻った大男に言葉を失う。

 太い首回りのフリルが男の凶悪な顔と合わない。

「似合わんな」

 これを専属でつけるなど皆がどうしたと疑問に思うだろう。やはり心身が疲弊している。解決案が浮かばない。

「そんなことないですよ。慣れです。でも殿下、こんなにごつい従者がいるなら俺は切り捨て?」

「従者と護衛騎士の役割が違うだろ」

「でも…めっちゃ守ってくれそうな従者ですよ」

 頷きそうになったが耐える。



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