闘心、かつ、劣等

小鳩 小麦

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出会いと詳細

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影の正体が人だと気づくまでおよそ三十秒程度費やした。
その間、空気の流れや病室の周りの雑音がさっと静まり返り異空間に飛ばされた様な気さえした。

カラカラに乾いた春風が僕の耳元を通り抜けた時、同時に僕の唇までも乾かした。

「てかさ、聞いてる?お前、ここでなにしてんの?」

病室のベッドにいるという姿を見て病人であるという認識はこいつにないのだろうか。  

「……病人だからここにいるんじゃないか。ここは佐倉総合病院だけど。ていうか、出会い頭に名前も名乗らないとかお前がここで何してんだって感じだけど?」

驚きとイラつきで珍しく饒舌になった僕を見てなんだ元気じゃないかというような顔をした。   

「こりゃ失敬。 俺は、草壁 陽太(ひなた) 。すぐ近くで野球しててよ、ボール飛んだ方向がこっちだったんだよな。気づいたらお前の病室に来ちまった。お前の名前は?」

「…僕は、逢沢 充(みつる)  ボールなら飛んできてない。悪いがほかを当たってくれ。静かに寝たいんだ。」

寝たいなんて1ミリも思ってない。   
むしろただ部屋の一点を見つめて1日が終わってしまえばいい。

「そんなつまんねえこと言うなよなー。おっ、そんなに暇ならよ、俺が明日から来てやっから心配すんなって!!」

「………!?!?は?え?い、いや?!お前何言ってんだよ!!つい三分前まで赤の他人だったろ!!?なんでそんな奴に見舞いに来られなきゃいけないんだよ!」

「いやー、ずっとここにいるとかもう暇神極めちゃうじゃん?なんなら相手になるぜ?ていうか俺らもう…友達、だろ?」

あまりの展開の速さに頭が追いつかなかった。決して僕の理解力が乏しいというわけではなさそうだ。大まかな内容自体は把握出来た。(ような気がする)

さっきまで乾いていた春風もほんの数分の間に湿気を帯びていた。  晴れやかだった空が曇り出してきた。  窓の外の景色にはたくさんの高層マンションや住宅が立ち並んでいる。その下を二三匹のツバメが低空飛行していた。
雨が降るんだと密かに、じんわりと僕らに伝えていたのだ。

「…僕はお前を友達だと認めた覚えはない。だいいち、、」

「充ー?もう起きたの?入るわよー?」

「!  そんじゃまた明日な!話はじっくり明日聞いてやっからよ!またな!」

「!?おい!!待てよ!話はまだー…」

「充?どうしたの?そんなに慌てて。具合良くないの?大丈夫?」

タイミングの悪い所でお母さんが病室に入ってきた。いつも通りの格好であるよそ行きの白いレースのワンピース。
よそ様の評価を毎日窺いながら生きている母親。   こんな母親でも僕を育ててくれたことに変わりはないのでストレスでぶつかりそうになったとしても僕は頭が上がらないのだ。


「近所のね、安田さんからお見舞いにって美味しいりんごをいただいたのよ。剥いてあげるからちょっとまってて。」

わざと返事は返さなかった。 
返したら何か恐ろしいものに呑まれるかもしれないと心が警報を鳴らしたのだ。

部屋中に母がりんごを剥く音だけが響き渡る。閑静な住宅街の端に聳え立つこの病院はこの付近ではかなりかかりつけとして有名らしい。
頂き物のりんごは、赤みが程よく、艶もありいかにも高そうな品物だった。
舌が肥えてない僕にとって高級品を口にするのは好ましくない。

「…そういえば、さっき話し声が聞こえたけれど…。誰か居たの?」

りんごを剥く手を止めずに母は穏やかな笑を浮かべて僕に問を投げた。
正直に答えるとまたなにか癇癪を起こすに違いないと予測したので、あえてこう言っておいた。

「…鳥がいたんだ。小さな、小さな、青い鳥。珍しいから話しかけてたんだよ…。」

「そうなの?この付近では確かに珍しいわねー。青い鳥なんて田舎の綺麗な川の辺にしか居ないと思ってたわ。     よし、剥き終わったーっと。食べていいわよ。」

綺麗なウサギの形を模したりんごをひとつまみし、小さな口でその果実を頬張る。   リンゴ特有の甘みや酸味、匂いまでもが傷みで覆われた身体に染み渡る。

今度は、僕の咀嚼音だけが部屋に響き渡る。しゃく、しゃく、しゃく。
無機質だな…。とどうでもいいボヤキを心の中で呟いた。

味は美味しかったのだが、これ以上食べたら食べた分全てを戻してしまうかもしれないと感じたのでりんごは1つ食べて僕の昼食は終わった。
小さく切られたりんご1つで胃が満たされるかと言われたらそりゃあ満たされないだろう。
欲を言えば、こってりした熱々のハンバーグや、からっと旨みが溢れ出す唐揚げも食べたい。

そんなものを口にしたら僕の身体はボロボロになることは分かっていても食欲という生理的欲求は湧いてくるものなのである。


「それじゃ私は1回家に帰って家事を済ますけど、何かあったら連絡してね。」

「…わかったよ。ありがとう。」

軽く挨拶をし終えて、母は、分厚いくすんだ黄緑色のドアをゆっくりと開けて家へと帰って行った。

母が居なくなってまた静けさを取り戻したこの病室は貧弱な僕と一体感を生んでいた。穏やかな風に踊らされる白のレースカーテンとシミ一つない真っ白なシーツ、無感情なブラウン管テレビ。

なんの個性も取り柄も、秀でた才能もない僕自身を具現化したような部屋である。こう表現するともはやこれは部屋ではなく、人間そのもの、あるいは生き物として認知される。

意識を取り戻してから、2,3時間程しか経ってないはずだが、もう3日分の出来事がいっぺんに起こって、キャパオーバー寸前、と言ったところだ。




今までに見たこともあったこともないような人と会話を交えるのは余計な緊張と体力を消費した。
それ程僕の人生において、衝撃的なものであったとしみじみ思う。


僕はまだ考えが浅かったようだ。
これから起こる出来事、予期せぬトラブル、あらゆることを想定しておけば僕の今後は空気と化したのに。






























アイツとの出会いが、僕自身に多大な影響を、与えるということをもう少し、もう少し、深く考えておけばよかったと、タイルが敷き詰められた天井を眺める僕には知るよしもなかった。

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