悪役令嬢おにいさんの生存戦略

阿月杏

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第1章 エリック・ブラッドストーンの目覚め

1-8 結晶花

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「えー、今年度も生徒諸君には『結晶花』を育ててもらう」

 教壇に立つ先生の言葉を、ぼんやりと聞いている。
 結晶花――魔力をエネルギーとして育つ特別な花のことだ。苗を植えてから花が咲くまでに一年近くかかるが、しっかりと世話を尽くした結晶花は、それはそれは綺麗な花を咲かせる。
 生徒がこの結晶花を育てるのは、コランダム魔術学院の伝統だ。一人一人に苗と植木鉢が与えられる他は、基本的に自由。学院内で世話をしても良いし、家に持ち帰っても良い。そして、成長を記録したレポートと最終的な花の様子は成績に加味される。ただの花と侮ってはならない、重要なものなのだ。

「よーし、今年こそは綺麗な花に育てるぞっ!」

 と、ヘンリーが意気込んでいる。
 俺たちは二年生なので、去年も結晶花を育てたのだが……初めての経験ということで、なかなか思うようにいかない生徒も多かったという。実際俺も苦労したものだ。それでも自分なりに色々とノウハウを集め、記録を取り、初年度にしては良い出来映えに育てられたと思う。
 それこそがエリック・ブラッドストーン――高いプライドと誇りを持ち、完璧を目指す優等生なのである。
 ……やっぱエリックって高スペックなんだよなぁ。自分で言うのも何だけど。

「おれの炎魔術が火を吹くぜ!」
「燃やすな燃やすな」
「でも正直、モリスは有利だよねー。いいなぁ、水魔術適性」
「まあ……水分の調整ができるのは便利っちゃ便利だけど。それだけで上手く育つものでもないからな」

 そうだ。ちょうどヘンリーとモリスが話をしていることだし、この世界の魔術についておさらいしておくか。

 この世界の人間には『魔術適性』というものがある。簡単に言えば、どの属性の魔術が使いやすいかという話だ。
 属性の分け方の基本は、炎・水・風・土。通称『四大元素魔術』とも言われるやつだ。魔力を有している人間は、このうちどれか一つに必ず適性があるとされている。そして、その適性がある魔術の技術を伸ばしていくというのが、一般的な魔術修練の方針だ。
 ヘンリーは炎属性、モリスは水属性。そして俺は、風属性の適性持ち。

「エリック様の風魔術は、どうやって使うんですか?」
「……風通しを良くするとか、温度調節とか。使いようならいくらでもある」
「なるほど……。参考になります」

 ……が、魔術属性というのは、今挙げた四つだけではない。
 これに加えて、光魔術・闇魔術というのが存在している。四大元素魔術と違って、こちらは適性のある人間とない人間がいる、少々特別な魔術だ。
 モリスが言っていた通り、ルイスには光魔術の適性がある。
 ――そして、俺には闇魔術の適性がある。

(これに関しては、ブラッドストーン家の人間しか知らないんだけどな)

 癒やしや強化といった分野の光魔術に対して、闇魔術は呪いやデバフなど、あまり印象の良くないものが多いのだ。だから光魔術と違って、闇魔術の適性持ちは秘匿されることがほとんどである。その辺りは使いようによると思うけどな。
 そんなことを考えている中、俺はふと思い出した。

(そういえば……去年のヘンリーは、炎魔術の火力を誤って花を萎れさせてしまったとか聞いたな)

 何故こんなに他人事なのかといえば……ヘンリーはエリックの力を借りようとしなかったし、エリックも一切彼を助けようとしなかったからなのである。
 ……いや薄情すぎるだろって。頼まれなくても助けてあげろよ、エリック。仮にも慕ってくれてる相手だぞ。
 なんて、思ったものだから。

「……助けが必要になった時は言いたまえ。出来る範囲でなら協力してやる」
「えっ!」

 そう言ってみると、ヘンリーがぱっと目を丸くしたのが分かった。

「い、いいんですか……!?」
「出来る範囲で、だ。きみたちの成績は、俺の評判にも関わるからな」
「ありがとうございます」

 思いがけない言葉に処理が追いついていないらしいヘンリーに代わって、モリスがぺこりと俺に向かって頭を下げた。そして、隣のヘンリーに耳打ちする。

「……言われてるぞ、ヘンリー。今年は失敗するなよ」
「うっ……善処しまーす……」

 まあ、もちろんこの会話も俺には聞こえているんだが……指摘するのは野暮だろう。
 俺の一番の目標は、ルイスとの信頼関係の構築なわけだが……この二人とも、うまくやっていきたいよな。
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