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底辺冒険者

一人兵団

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「待て! 何かの誤解だ! たぶん!」

「いいえ誤解でも間違いでもありません。あなたはウォーカーのディートなんでしょう?」

「それはそうだが!」

「ならば私の仇です!」

 先ほど振り下ろされた槍が角度を変えて横薙ぎに振り払われる。
 ゴロツキなどとは違う戦いで生きる人間の動きだ。
 最大限バックステップしてそれを躱した。
 避けなければ確実に俺の胴は切り裂かれていただろう。

「おいおっさん何かやらかしたのか? 早く謝っちまえよ」

「女の人が怒ったらいい訳せずにまず謝るのが基本だってベン爺さんが言ってたぞ」

 ヒルデガルドの本気の意思を感じていない少年二人はのんきにはやし立ててくる。
 ベン爺さんって誰だよ!

「そりゃ謝って済むなら謝るが、それで済む問題なのか?」

「そんなわけあるかぁ!!」

 ヒルデガルドは怒りに任せてそこから手に持った槍を投げ付けてきた。
 凄まじい速度で飛んでくるそれを何とかやり過ごすが、俺の後ろの方にあった壁にぶつかり粉々に破壊する。
 とてつもない威力だった。
 俺の魔力層によるエンチャント装着を楽に貫いてきそうだ。
 だが彼女は獲物を手放した。これなら取り押さえることは可能だろう。

「なっ!?」

 そう算段していたのにヒルデガルドの手には再び槍が握られていた。
 後ろを振り返ると槍が無くなっている。
 どういうカラクリだ?

「これが私の<<魔訣マナ・ドライブ>>、『魔装(タクティカル・フォーム))です。『魔弓兵ジ・アーチャー』!」

 言うや否やヒルデガルドの姿が変わる。
 胸を隠す程度の胸鎧が付き、ティアラのような兜が現れ、手にあった槍が弓矢へと変じた。
 まさかあの槍は彼女の魔力で作った槍なのか!?
 魔力での物質生成なんて一体どれほどのコントロール力が必要なのだろう。
 逆立ちをやって分かったが魔力を体内に巡らすことは出来ても、均等に外側に出すのすら難しい。
 それなのに具現化させて長時間維持するというのは並大抵の才能や努力では実現不可能だ。
 例えるなら戦いの最中もずっと右手と左手で別の曲を演奏をし続けながら口でも歌う。それぐらいの芸当だ。
 
「げぇ!?」

 呆けている暇はなかった。
 すぐさま矢の連弾が飛来してくる。
 しかも威力がおかしい。
 普通の矢は壁や地面に当たっても矢じり部分が突き刺さる程度なのに一発当たるごとに壁や地面を削る。
 ついでに魔力で矢を作っているから弾は無限だ。
 全速力で動き回り何とか回避するがいつまでも続けるのは不可能だぞこれ。

「大人しくこめかみに当たりなさい!」

「一発で死んじゃうだろ!」

 あんなものが頭に命中したらトマトみたいに破裂してしまう。
 くそ、ならこっちも飛び道具だ。

「AHHH……ドラゴ……竜の咆

 止まって口を開けたところで自分の愚かさに気付いた。
 そんなことしたらいい的だということに。
 悟った時にはすでに矢が目の前だった。
 そして一呼吸もしない間に俺に届いた。

 どん、という矢らしからぬ痛みが響き1メルドほど吹っ飛ばされる。
 俺は咄嗟に剣を抜き全魔力を集中して装着エンチャントしたのだ。
 即興で鉄以上の硬度となった剣は盾となって矢を防いでくれていた。

「あぶな! 今の逆立ちの特訓をしていなかったら間に合ってなかっただろ絶対!」

 精密な操作が必要ではなく、単に魔力を剣を固めるだけの動作だったからまだ滑り込みセーフだった。
 もし遅れていれば剣は真っ二つに折れ、矢は俺の体か顔のどこかに被弾していたかもしれない。

「この距離で反応しますか。ならば直接仕留めるしかないようですね。『魔装(タクティカル・フォーム)・魔騎兵ザ・キャバリィ』!」

「嘘だろ!?」

 まさかまさかの今度は騎兵に変化だ。
 どこからともなく鎧を付けた白馬が現れ、ヒルデガルドの装備もやや重々しくなり手には3メルド近いランスが握られていた。
 馬はまるで生きているようにいななき、軽く助走を付けて回りながらこっちに突撃を敢行してくる。
 馬上からの攻撃は2メルドは上からになり、迫力が段違いだ。
 というか武具どころか馬まで作れるのか!? 反則だろ!

「教会での私の二つ名は<<一人兵団ひとりへいだん>>。どのような状況にも適した兵種に変わり対応できるのです! はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 馬の勢いで突撃してくるランスアタックをさっきと同じように剣で受けた。
 しかしピシっと嫌な音が耳に入ってくる。
 それは剣に亀裂が刻まれる音だった。

 ――まずい。
 思った瞬間に、剣は半ばから折られ腹に特大の衝撃が突き入れられる。
 さっきの防いだ矢で傷が入っていたらしい。
 気付いた時にはいつの間にか空中へと放り投げられていた。

「ぐあっ!?」

 慣れない空中浮遊にバランスが取れずそのまま重力に従い落ちる。
 剣に魔力を集中していた分、体に回すのが遅れ不時着の衝撃が全身に駆け巡りダメージを食らう。
 いやそれよりも腹部への攻撃も効いていて、生まれたての小鹿のように手足がプルプルと震えすぐさま立ち上がるのは困難だった。
 倒れている間にもヒルデガルドは倉庫の端まで走り、すでにこちらに旋回し始めている。

「ゴホっ! 今の突進をもう一度食らったら……」

 体だけじゃなく肺に損傷を受けたせいで呼吸も危うい。このままではただやられるのは明白だった。
 しかし現状は立つことすらままならない。
 
「だめぇ! ディーをいじめないで!」

「お嬢様! 危険です!」

 そんな俺の前に手を大きく広げて現れたのはエラだった。
 慌ててウィルも駆け寄る。

「そこを退いて下さい。子供を傷付ける気はありません」

 ヒルデガルドも手綱を引いて馬を急制止した。 

「ディーはわるくないもん! ディーはわるくない!」

「っつ! 意固地になった子供には脅しが通じませんか。なら語りましょう。その人は私の最愛の人を殺したのです!」

 ヒルデガルドは俺を庇うエラを見て少しだけトーンダウンし語り掛ける。
 だが彼女の口から出て来た言葉は俺自身もショックを受けるようなものだった。
 誓って言うが俺にそんな覚えはない。

という名に聞き覚えがありますね? 子供の頃から共に教会で姉妹同然で育ち、私は彼女とパートナーを組んでいました。本来ならドラゴン探しの任務も私が付いて行く予定でしたが体調不良で後から合流する手はずとなりました。しかし彼女は私の代わりに雇ったウォーカーの護衛に非道にも殺されたのです!」

 その名前が耳に入ったと同時に衝撃が走った。
 確かに知っている。忘れるはずがない。
 キースたちに殺され、俺が守れなかった幻獣教会のシスターだった。

「それは誰から聞いたんだ?」

 ウィルがおかしいと思ったのか訊き返す。
 そう。それは誤情報だ。その話自体は間違っていないが、やったのは俺ではなくキースたちだ。
 
「<<剛腕のダッゾ>>という者から。腕相撲勝負をして勝ったら教えてくれました。剛腕という二つ名で自信満々だったのにあまり強くなかったのできっとわざと負けてくれたんでしょうね」

 どこかで聞いた覚えのある名前だ……。
 あ、思い出した。酒場にいたやつだ。
 ひょっとしてあいつまさか俺にやられた腹いせに悪評をバラまいてるんじゃないだろうな。めちゃくちゃありそうだ。

「それは間違った情報だ。確かにそこのだらしないやつもあの場にいたがキースというウォーカーに殺されかけた被害者だ。そして主犯格のキースたちは今は独房にいる。ギルドに行けばキチンと説明してくれるはずだ」
 
「嘘です! 信じません! 悲報を聞いてそのために私は急いでこの街までやって来ました。あなたたちも私を騙すのですか? ならばその男と同罪をみなしますよ!」

 しかしヒルデガルドは頑なに信用しようとしない。
 ここまで強情になって話に耳を傾けないのはなぜだ?
 いくらなんでもおかしい。

「やー! ディーとウィルを……いじ……メルナラ……!!」

 瞬間、エラから魔力が吹き上がる。
 そして目が黄金に変貌し額にはドラゴンの証でもある二本の角が顕現していた。
 元の姿に戻ろうとしているのかもしれない。
 後ろにいても魔力のプレッシャーが掛かるほどの濃密さだ。
 普通、ただの魔力が視認できた上に物理的に干渉するなんてありえない。
 幻獣であるドラゴンだからこそ起こり得た現象だろう。

「あ、あなたは……?」

 ヒルデガルドは目の前の圧倒的な存在に狼狽える。
 まずい。エラの正体がバレてしまう。
 
「エラごめんな。俺は君を守る騎士なのに守ってばっかりだ。でももう大丈夫。何とかする」

 俺はすぐさまエラを後ろから額と胴に手を回し角を隠すように抱いた。
 大した時間じゃないが体がようやく立ち上がってしゃべれる程度には回復してきたのだ。

「ほんとう?」

「あぁ、君の騎士が勝つところを見ていてくれ」

「わかったー! ディーかってはやくおうちにかえろう!」

 そのやりとりだけで今の今まであった異様な圧と空気は霧散し、いつものエラに戻った。
 俺が勝つと言えば疑わずにエラは信じてくれる。
 それはどんな言葉よりも嬉しく力が出ることだった。
 今のも俺とウィルを守ろうとしてくれたんだ。自分のピンチには我慢をしても俺たちのために母親との約束を破ろうとしてくれた。
 俺はこの子から命も力を与えてもらって守るために存在するというのに不甲斐ない。

「お嬢様、移動しましょう」

 それからウィルに手を引かれてエラは倉庫の端へと移動する。
 そのウィルは何か言いたげで目線は品定めするような目つきだったがそのまま無言でプイと顔を逸らした。
 まぁ「お前のせいでお嬢様の正体がバレかけてこんなことになってるんだぞ」とかそういうことが言いたいんだろうきっと。

「あの子はなんなんですか!?」

「俺に勝ったら教えてやるよ」

「武器も折られ、為す術もないのにそのへらず口……生まれて一番イラついたかもしれません」

 エラが気になるヒルデガルドだったが俺の挑発に頬が怒りのあまりピクピクと小刻みに動く。
 相当頭にきているようだ。
 どうやら上手くヘイトはこっちに向いたらしい。
 元々彼女の目標は俺だ。エラのことは後回しにしてもいいと思ったんだろう。

「で? お前はどうしたいんだ?」

「ヘレナの仇を取ります。たった数日、ベッドでふせっただけでヘレナが死ぬことになるなんて認められるはずがありませんから!」

 何となくピンときた。
 こいつはたぶんやり切れない想いのぶつけどころを探しているんじゃないだろうか。
 親友を亡くし、正常でいられなくなっている。
 だから牢の中にいて手出しできないキースたちではなく、今目の前にいる俺を仇としたいんだ。

「なるほどな。何となく理解した。俺はヘレナさんの護衛を請け負ったのに守れなかった。確かに俺にも責任があることなんだ。だからここは言葉ではなく力でお前の気持ちを昇華させてやるよ」

 気持ちは分かる。
 俺もそうだし誰もが親しい人を亡くせば混乱し自暴自棄に陥る。
 しかもそれが本来は傍にいて守れたはずなのに、たまたまいなかっただけで亡くしてしまったのであればなおさらやるせないだろう。
 今彼女の中では親友を殺した犯人へのの怒りと、自分への罪悪感がひしめき合っているんじゃないだろうか。
 もちろんだからと言って人に八つ当たりなんて間違っている。
 だからきつい一発ぐらいは覚悟してもらうか。
 さっきまで理由もよく分からず襲われたため戦いに躊躇ちゅうちょがあったが今はもう違う。
 迷いは晴れた。

「お前がヘレナを語るなぁ!!!」

 ヒルデガルドが激高しながら吠え、馬もそれに応えて走る。
 轟く足音。それが一直線に俺に向かってくる。

「行くぞ!」

 間髪入れずに俺も真っすぐに駆けた。
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