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底辺冒険者

修行

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「それでどうすんだ?」

 コリンスは柔軟みたいに腕を伸ばしながらどんとこいという姿勢だ。
 実際、彼なら体育会系のトレーニングなら文句も言わずにやるだろう。

「まず間違いを正しておこうと思う。魔力を増やすやり方というのはあるにはあるが個々人により何が最適かは千差万別だ」

「あぁだから方法が色々伝わってるんだな」

「そうだな。そしてそれを探るのは一朝一夕じゃない。仮に見つかっても急激に増えるということはなく、早くても数か月、それこそ何年も続けてようやく実感出来るというものだ」

 俺の相槌にウィルは頷く。
 やっぱりこいつ地味に色々詳しい。
 こんな子供みたいな外見をして俺よりも長生きみたいだからどこかでそういう知識を仕入れたんだろうか。
 
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 何年ってのは困る!」

 当然、コリンスはそれを受け入れられず反発した。
 先が決まっているのならまだしも、何年どころかいつになるか分からないとなれば気持ちは分かる。

「早合点するな。今回やろうとしているのは増やすのではなく、使だ」

「なんだそりゃ? それで俺はミスリルが加工出来るようになるのか?」

「実際に扱えるかどうかはお前の腕次第だから知らん。が、使用可能な魔力量は上がるのは間違いない」

「……分かった。お前を信じるぜ」

 ハッキリと言い切るウィルにコリンスはとりあえず納得をしたようで拳を合せて気合を入れるポーズをする。
 
「さてまずはそうだな。お前、逆立ちしてみろ」

「俺? まぁいいけど。 ほっ!」

 ウィルに言われるがままに両手を地面に突いて逆立ちをする。
 視界が反転して一瞬気持ち悪さが出たが何とか一発で成功した。
 一分ぐらいなら何とか維持もできるだろうがここから何をさせる気だ?

「魔力を使え」

「は? なんで?」

パンプアップ身体強化をしろと言ってるんだ。ほらやってみろ。ぼやぼやするんじゃない」

「待て、やめろ! すぐにやるから!」

 意図を量りかねているとウィルが両手が塞がっている俺の顔に足裏を近づけようとしてきやがった。
 まごまごしていると本当にやりかねないのですぐにパンプアップ身体強化を全身に掛ける。
 おかげで体に掛かる負担は軽くなり、面白いのでそのままの体勢で腕立て伏せをしてみた。

「旦那、すげぇな。本当に魔力持ちになったんだな」

 横から興奮したコリンスの声も掛かる。
 
「これがなんだっていうんだ?」

「じっとしていろ」

「なん……くっ、これは難しいな」

 急激に感覚がふわふわとしてきてバランスが保てなくなってきた。
 筋力は十分あるので支える力は問題ない。
 だというのにむしろあり過ぎて手の平だけで倒立するのは困難を極め、グラグラとして重心が定まらない不思議な感覚だ。
 水の中でやれば似たようなことになるかもしれない。
 とりあえず無理やり指を地面にめり込ませて力技で持ちこたえる。

「小賢しいことを。これでどうだ」

 ウィルはぶつぶつと呟きながらゆっくりと膝を曲げて俺の額に指で触ってきた。
 その刹那、景色が変わる。

「な、なんだこれ!?」

 今の今まで家の前にいたのに、いつの間にか俺は断崖絶壁の頂上にいたのだ。
 底は全く見えないほどの高さでしかも足場は狭く人一人が立てるかどうかの隙間しかない。
 突然のことに慌てふためきバランスが崩れる。

「うわ、うあぁぁぁぁ!!!」

 そのまま背中から谷底へ真っ逆さま……とはならなかった。
 背中に軽い衝撃が来て、それと同時に景色が元に戻る。
 どうやら地面に倒れたらしい。
 エンチャント装着しているから怪我も痛みもなかったが。

「旦那、大丈夫か?」

 目を開けると心配そうにこちらを覗きこむコリンスの顔があった。

「い、今のは……」

「ただの幻術魔法だ。それよりこれで分かっただろう?」

 幻術魔法を掛けられたらしい。
 ウィルはコリンスに向けて首を回す。 

「全然、意味が分からねぇ。逆立ちと鍛冶がどう関係あるんだ?」

 『分かっただろ?』とウィルに言われてもコリンは頭を斜めにして眉間の皺を深くする。
 大丈夫だ、コリンス。俺もお前と同じ気持ちだぞ。

「はぁ……。愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶと言うが……。魔力を通したため体を支えるための力は十分過ぎるほど足りていた。なのになぜ急にバランスが保てなくなったのだと思う?」

「そりゃあ……なんでだ? ……駄目だ。分かんねぇ。悪ぃけど俺あんま頭良くないからズバリ言ってくれ」

 ウィルによる詰問をコリンスはすっぱりと止め答えを求める。
 良くも悪くもさっぱりとした性格だ。
 ウィルも問答は諦めたらしく小さくため息を吐く。

「つまりだ。過剰に魔力を注ぎ過ぎた結果、余計な力が入り過ぎてバランスを崩したんだ。自滅だな。だが適切な量であれば例え指一本でも倒れなかっただろう」

 そこまで来ると何となく言いたいことが分かってきた。

「つまりあれか? この逆立ちで適切な量の魔力を出すやり方を学べと?」

「基本的に無意識に過剰に魔力を使い過ぎていることが多い。逆立ちという慣れない環境でその粗が見えてくるというわけだ。これを極めれば状況に応じて適切な量を適切な部分に魔力を供給し節約できる。最適な塩梅を習得しろ。そうすればミスリル加工なぞ粘土のように扱えるだろう」

 それがウィルがコリンスにやらせたいことの説明らしい。

「なるほどな。ようやく理解出来てきた。じゃあさっそくやるか!」

 合点がいったようでコリンスも逆立ちをし出した。
 目にはやる気が満ちている。
 向上心のある若者は見ているだけで気持ちが良いものだ。

「何をしている。お前もやれ」

「俺も?」

 と思って眺めていたら速攻でウィルが水を差して来る。

「さっき言ったことにはさらに一段階上がある。魔力を練り上げ体外に放出して固めればイメージと研鑽次第で色んな事が可能だ。一般的には<<魔訣マナ・ドライブ>>がそれにあたる。お前は精密なコントロールが不器用そうな顔をしているから毎日やれ」

「顔で決めんな! でもたぶんそうだよコンチクショー!」

「うるさい。少しでも強くなってお嬢様を楽させろ」

 今でもまぁまぁエラは楽してると思うが。
 基本、食っちゃ寝だぞ。

「ところでさ、さっき俺に幻術を掛けた意味はなんだったんだ?」

「なんだかイラっとしたからだ。反省はしていない」

 真顔でそんなこと言ってきやがった。
 こいつ俺のこと嫌いか? いや会った初日に嫌いだって言われたか。

「お前、子供の姿じゃなかったら殴ってるからな!」

 それから訓練をして一時間が過ぎた頃だろうか、事件が起こったのは。
 割と順調に扱い方を安定させていたところだった。

「ほっ! うわっ! 痛ぇ!」

 逆立ちを維持していると途端に力が無くなり、背中から地面に激突してしてしまったのだ。
 しかもこれまで何度失敗しても無傷だったのに痛みを感じる。
 どういうことだろうと 考えを巡らした瞬間だった。 
 悲壮な顔をしたトッド君が駆け込んできたのは。
 
「ごめん、兄ちゃん! エラちゃんがいなくなっちゃった!!」

 そして彼の口から悲報がもたらされる。
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