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底辺冒険者
試運転
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「うるせーよ、おっさん。でも早かったじゃん。もう少し遅れてたら暇で殺してたかもしれなかった。まぁどうせお前を殺した後に口封じするけどな。くくっ」
場慣れしているのだろう。
キースは俺の怒髪天の様子を見ても少しもたじろがなかった。
悪びれもせずもう正体も口調を隠す気もないらしい。
「本当に一人で来たんだぁ? アハッ! 馬鹿じゃないのぉ? まぁおっさんには助けてくれる友達もいなさそうだけどー!」
スティラはキースとガードンの少し後ろで挑発してくるが油断なくナイフをシェリーの首元に当てている。
俺が約束通りギルドにも報告せず一人で来ても人質を逃がす気はないようだ。
そして俺が逃げようとするなら迷わずその切っ先を横に引くつもりだろう。
一人と指定があったのでウィルとエラは連れて来られなかった。
なので彼らの助力は期待できない。
「ディーさん! 逃げて! うぅっ!」
シェリーは俺の顔を見てすぐにそう叫んだ。
突然、拉致されナイフを向けられ怖いはずなのに自分の身の心配ではなく俺の心配を優先する。
あまりにも健気な優しい子だ。
だというのにスティラがその髪を乱暴に掴んで止める。
「もちろんそれは駄目よぅ。私こういう偽善者、大っ嫌いなの。そんなことしたらすぐに殺すから。ウフフ」
しっかりと釘を差してくる。
きっとこいつは躊躇なくやるに違いない。
「やめろっ!!」
シェリーの顔が腫れているのが痛々しい。
これ以上、傷を作らせてなるものか。
「こいつよぉ、いくらこうなったのはおっさんが悪いって言っても聞きゃしないんだよ。だからカッとなって殴っちまった。どうやったのか知らないがよく懐いてるじゃん」
「デ、ディーさんは悪くない。悪いのはあんたたちだ」
「ほらな。頭おかしいぜ」
うんざりとした様子でキースはおどけてみせる。
これだけでもどれほどシェリーがこいつらにひどい目に遭わされたのかが分かった。
もはや何があろうとも許すことは出来ない。
「すまない。俺の不手際だ。だけどもう大丈夫。心配なくていい」
キースたちへの憤怒は収まらなかったがそれをシェリーに向けないよう努めて平静を装いながら彼女に語り掛けた。
間違ってはいけない。この感情を向けるべきは残虐な悪党たちにだ。
「はぁ? 何が大丈夫なんだって? 葬式の準備がか? まさかおっさん、ちょっとギルドでやり返せたからって俺ら相手に勝てるとでも思ってんじゃないだろうな」
「こいつも恐怖で頭がイカれちまったんだろうぜ」
キースとガードンが俺をくくっと嘲笑するが大言壮語だと卑屈になるつもりはない。
今はその自信がある。
「一つ訊きたい。キース、なんでこんなことをした? こんなことをして隠し通せると思っているのか?」
ハッキリ言ってかなりの暴挙だ。
俺だけならまだしもこの件に一切関わってない一般人のシェリーを巻き込むなんて無茶苦茶が過ぎる。
一歩間違えれば森への調査隊が戻る前に捕まる危険性の方が大きい。
「あー? 面倒くせぇなぁ。まぁいいや、理由だっけ? そりゃお前を殺すことだよ。お前さえ死ねば疑惑は疑惑のままだ。いくら黒かろうがグレーはグレー。それ以上の追及は出来ない。そうだろう?」
確かにキースたちへの疑念は深まるが俺が死ねば証言者はいなくなり、殺されたシスターのヘレンさんが負った傷のことも適当にまた嘘を並べればうやむやになる可能性は高い。
ギルドには要注意人物として扱われるかもしれないがなんだったら他の街へ行けばそれで解決だ。
「ただそれでも危ない橋には違いないはずだ。揉み消せるとでも思っているのか?」
「当たり前だっつーの。俺らの協力者はギルドでお前にノサれてたけどな。実はもう一人いるんだよ。そいつが監視役になってくれたおかげで情報は筒抜けってわけ。お前を殺したあとの口裏合わせや証拠の捏造もしてくれるってよ。ふん、貯め込んだ金を相当払わされたけどな」
そうかもう一人いたのか。
だから見逃されてこんな突飛な行動が出来たと。
合点はいったがふざけんじゃねぇという思いで一杯だった。
どこもかしこも敵だらけ。文句を声を大にして言いたいところだが今はそんな暇はなかった。
「金がそんなに大事か?」
もちろん俺だってお金のありがたみは痛いほど知っている。
でもだからと言って他人に迷惑を掛けるどころか殺してまで欲しいとは思わない。
「そりゃそうだ。知ってるか? 俺たちはここの生まれでな。物心ついた時から一人で小さい頃は食う物にも困った。俺に魔力があるって知った時は震えたね。他に魔力持ちのこいつらと手を組んでようやく人並みの生活を手に入れたんだ。俺たちをゴミみたいな目で見ていたやつらにも胸糞を抑えながらしたくもねぇ愛想を振り撒いてやってきた。手放すわけにはいかないんだよ」
「それが誰かの犠牲の上に成り立っていてもか?」
「そいつらは俺らが苦しんでる時に何もしてくれなかっただろうが! だったら知ったことじゃない! 俺らは好きなだけ奪って上へ行く!」
キースの回答にガードンとスティラも小さく頷く。
どうやらそれがこいつらの一致した意見らしい。
つまり今、交渉は決裂した。
話し合いで解決出来るのならば、と淡い期待があったけれどもはや不可能だ。
「もうお前らに声は届かないんだな。だったら力ずくで語ってやる。お前らは間違ってるってな!」
俺は剣を鞘から抜きキースたちに向かって構える。
問題はシェリーの喉笛に突き付けられているナイフだ。あれをどうにかしないといけない。
「はっ! 魔無しのくせにやる気だけは一人前だな。森で手も足も出なかったのを覚えてないのか。ガードン、やれ。今度は遊ぶんじゃないぞ!!」
「分ーってるよ! 一撃で決めて豚の餌にしてやる!」
キースに発破を掛けられガードンは大斧を両手で持ち右斜めに振りかぶりながらこっちに駆け出す。
その威圧感は森での比ではない。
大木どころか岩でも割れそうな気さえしてくる。
おそらく防御は不利だ。まともに受け止めたら剣がどうにかなってしまう。
だから俺も前に走る。
恐怖はあった。一度は手も足も出ずにやられた相手だ。
だがここで退いたら俺の全てが否定されてしまう。
そう考えると足は止まらなかった。
『今まで魔力を使ったことがないお前に教えてやる。魔力持ちの人間が驚異的な力を発揮したり速度で動けるのは体の内側に魔力使っているからだ。これを『パンプアップ』と言う。すでにお前はそれを使いつつあるが相手はお前を以前のままだと思っている。そこが隙だ。まずはそれで一人倒せ』
踏み込みながらここに到着する前にウィルがくれたアドバイスが脳裏を過ぎる。
「はあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ああああぁぁぁぁぁ!!」
自分を鼓舞するようにお互いに息を吐き走りながら武器を振り下ろすタイミングを見計らう。
彼我の距離はすぐさま縮まった。
互いの獲物の切っ先が届く間合いの数歩直前、そこで俺は加速した。
そこまでは以前の俺の速度。
そしてそこからはドラゴンの力を得た今の俺のフルパワーを出して地面を蹴ったのだ。
俺の目にも動く景色が瞬間的に変わるほどの超加速が驚くほどのドンピシャのタイミングでそれは決まる。
「がっ! ば、馬鹿……な……」
予想外のスピードにぎょっとなったガードンの腹に迅雷の速さで水平に俺は剣を切り抜いた。
腹には薄い鉄板の腹巻のような防具をしていたがそれごと斬り裂いている。
ほどなくガードンはそのまま前倒しに地面に倒れた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
自分でも信じられない強さに感動して思わず思考が停止し、極度の緊張から格上を倒したという緩和に数秒我を忘れてその事実に呆けた。
「な、なんだと!? おい、立てよガードン! 何寝てんだよ!!」
ただ俺だけではない。
キースも目を丸くして俺が為したことを信じられずに止まっている。
「う、嘘よ嘘よ嘘よ!! そんなの!! 私は認めない! プラト・リューエル」
だがそんな俺たちよりいち早く動いたのはスティラだった。
彼女はシェリーに向けていたナイフを離し、こちらに向かって俺の体ぐらいある大きな火の玉を発射する。
まるで夕日がそこに出現したかのような迫力だ。
日がほぼ沈み薄暗くなり始めているのに目の前が一気に明るくなり俺を焼き尽くそうとする膨大な熱が急接近した。
やってしまったと思った。
竜騎士としての力に酔ってしまったのだろう。
戦いの最中に気を抜き、それに反応が遅れた。
「ディーさぁぁぁぁぁぁん!!」
火球が衝突するのとシェリーの悲痛な悲鳴が響くのは同時だった。
そしてすぐさま全身が炎に包まれ焼かれる。
「よくやったスティラ!」
「アハハ、どうやってガードンを倒したか知らないけどこれなら!」
キースたちが歓喜する声が耳に届く。
数百度の熱が皮膚を溶かし脳や神経までも焼き、呼吸すれば肺まで侵入され内側から焙られるのだ。
数秒で痛みによる焼死は必至となり、当然、普通の人間であればこの火力に耐えられる者はいない。
それどころかたいていのモンスターも食らえば一撃でアウト。
魔力を属性に変え解き放つ希少な才能を持った魔法使いとはかくも恐ろしいものだ。
勝ちを確信するのは無理もなかった。
だが――
俺は咄嗟にガードしていた腕を開いて纏わりついている炎を振り払う。
たったそれだけで業火は消え失せる。
俺は再びウィルの言葉を思い出した。
『『パンプアップ』はしょせん誰でもやる基本だ。だがもし卓越した魔力操作により内側ではなく外側にある自分の体の表面や持っている物、着ている服にも付与することが出来るとしたら? それはどんなナマクラも名剣に変え、裸でも鎧を着ているのと同じことだとは思わないか?』
『無論、今のお前にそんな技術はない。しかし膨大な竜の魔力があればそんなものは力ずくで何とでもなる。想像しろ。剣も魔法も跳ね返す最強の幻獣と言われる竜の鱗を。それをエンチャントしろ』
これまで縁はなかったが魔力の使い方として話には聞いたことがあった。
上位のウォーカーはみんなそういうふうに魔力を扱っているらしい。
だから岩よりも固い皮膚を持つモンスターを相手にしても武器は貫通するし、薄着でも柔な攻撃は効かないのだと。
キースたちには見えないだろうが、俺の全身は魔力で覆われていた。
それが障壁となり炎を全て遮ったのだ。
「う、嘘……」
「な、なんだんだよお前は!? なんでお前ごときがそんなことが出来るんだ!?」
スティラの炎の威力を知っているからこそ、無傷でいる俺が信じられないのだろうキースが悲鳴のように声を荒げる。
俺もぶっつけ本番で成功させたようなもので動揺は隠せない。
たださっきのように呆ければ油断を招いてしまうことは学んだ。
完全にシェリーから二人の気が逸れたのも確認し、俺は大きく息を吸い込む。
ウィルからの助言は次で最後だった。
『お前がギルドでして見せたあの叫び。あれは不完全なものだがちゃんとした竜騎士の技だった。あの時はむやみやたらに全方位に放出しただけだったがそれを一点に集めるんだ。いいか、その技の名前は――』
俺は息と一緒に肺に貯めた魔力を一気に吐き出す。
「AHHHHHHHHHHH!!!竜の咆哮」
口から放たれたのは声という音の振動に乗った純粋な魔力の塊だ。
直接的なダメージがある訳ではないが食らった者の意識を奪い強制的に昏倒させる威力を持つ。
ただし警戒されていたり興奮状態にある場合は効き辛いので今のように放心する隙を窺う必要があった。
それが砲撃の速度で固まっているスティラに直撃する。
「え? あ――」
見た目的にはただ俺の叫び声を食らっただけだ。
だというのにスティラは白目を剥いてぐらりと膝から崩れ落ちる。
「な!? おい、スティラ!?」
「キーーーースゥゥゥゥゥ!!!」
間髪入れずに俺はキースへと瞬発した。
そして慌てるキースに殺す勢いで剣を振り下ろす。
「くっ!?」
だが咄嗟の判断でキースは横にジャンプで避けて距離を取った。
不安定な態勢から数メートルを飛んでいる。
おそらくはキースもパンプアップしたのだろう。
ガードンよりもやはり一段と素早い。
けれどそれで良かった。目的はシェリーとの間に割って入ることだったから。
「シェリー! 下がっていてくれ」
「う、うん!」
指示した通り、シェリーは壁際まで後退する。
本当は逃がしてやりたかったがそうなると、ギルドに報せまいと死に物狂いでキースは彼女を狙うかもしれない。
そうなった場合、万が一がある。
ずっと俺にヘイトを向けさせる方が安全だと判断した。
「さぁ、決着を着けようか」
特大の困惑混じりでこちらを睨むキースに対して俺は剣を構えた。
場慣れしているのだろう。
キースは俺の怒髪天の様子を見ても少しもたじろがなかった。
悪びれもせずもう正体も口調を隠す気もないらしい。
「本当に一人で来たんだぁ? アハッ! 馬鹿じゃないのぉ? まぁおっさんには助けてくれる友達もいなさそうだけどー!」
スティラはキースとガードンの少し後ろで挑発してくるが油断なくナイフをシェリーの首元に当てている。
俺が約束通りギルドにも報告せず一人で来ても人質を逃がす気はないようだ。
そして俺が逃げようとするなら迷わずその切っ先を横に引くつもりだろう。
一人と指定があったのでウィルとエラは連れて来られなかった。
なので彼らの助力は期待できない。
「ディーさん! 逃げて! うぅっ!」
シェリーは俺の顔を見てすぐにそう叫んだ。
突然、拉致されナイフを向けられ怖いはずなのに自分の身の心配ではなく俺の心配を優先する。
あまりにも健気な優しい子だ。
だというのにスティラがその髪を乱暴に掴んで止める。
「もちろんそれは駄目よぅ。私こういう偽善者、大っ嫌いなの。そんなことしたらすぐに殺すから。ウフフ」
しっかりと釘を差してくる。
きっとこいつは躊躇なくやるに違いない。
「やめろっ!!」
シェリーの顔が腫れているのが痛々しい。
これ以上、傷を作らせてなるものか。
「こいつよぉ、いくらこうなったのはおっさんが悪いって言っても聞きゃしないんだよ。だからカッとなって殴っちまった。どうやったのか知らないがよく懐いてるじゃん」
「デ、ディーさんは悪くない。悪いのはあんたたちだ」
「ほらな。頭おかしいぜ」
うんざりとした様子でキースはおどけてみせる。
これだけでもどれほどシェリーがこいつらにひどい目に遭わされたのかが分かった。
もはや何があろうとも許すことは出来ない。
「すまない。俺の不手際だ。だけどもう大丈夫。心配なくていい」
キースたちへの憤怒は収まらなかったがそれをシェリーに向けないよう努めて平静を装いながら彼女に語り掛けた。
間違ってはいけない。この感情を向けるべきは残虐な悪党たちにだ。
「はぁ? 何が大丈夫なんだって? 葬式の準備がか? まさかおっさん、ちょっとギルドでやり返せたからって俺ら相手に勝てるとでも思ってんじゃないだろうな」
「こいつも恐怖で頭がイカれちまったんだろうぜ」
キースとガードンが俺をくくっと嘲笑するが大言壮語だと卑屈になるつもりはない。
今はその自信がある。
「一つ訊きたい。キース、なんでこんなことをした? こんなことをして隠し通せると思っているのか?」
ハッキリ言ってかなりの暴挙だ。
俺だけならまだしもこの件に一切関わってない一般人のシェリーを巻き込むなんて無茶苦茶が過ぎる。
一歩間違えれば森への調査隊が戻る前に捕まる危険性の方が大きい。
「あー? 面倒くせぇなぁ。まぁいいや、理由だっけ? そりゃお前を殺すことだよ。お前さえ死ねば疑惑は疑惑のままだ。いくら黒かろうがグレーはグレー。それ以上の追及は出来ない。そうだろう?」
確かにキースたちへの疑念は深まるが俺が死ねば証言者はいなくなり、殺されたシスターのヘレンさんが負った傷のことも適当にまた嘘を並べればうやむやになる可能性は高い。
ギルドには要注意人物として扱われるかもしれないがなんだったら他の街へ行けばそれで解決だ。
「ただそれでも危ない橋には違いないはずだ。揉み消せるとでも思っているのか?」
「当たり前だっつーの。俺らの協力者はギルドでお前にノサれてたけどな。実はもう一人いるんだよ。そいつが監視役になってくれたおかげで情報は筒抜けってわけ。お前を殺したあとの口裏合わせや証拠の捏造もしてくれるってよ。ふん、貯め込んだ金を相当払わされたけどな」
そうかもう一人いたのか。
だから見逃されてこんな突飛な行動が出来たと。
合点はいったがふざけんじゃねぇという思いで一杯だった。
どこもかしこも敵だらけ。文句を声を大にして言いたいところだが今はそんな暇はなかった。
「金がそんなに大事か?」
もちろん俺だってお金のありがたみは痛いほど知っている。
でもだからと言って他人に迷惑を掛けるどころか殺してまで欲しいとは思わない。
「そりゃそうだ。知ってるか? 俺たちはここの生まれでな。物心ついた時から一人で小さい頃は食う物にも困った。俺に魔力があるって知った時は震えたね。他に魔力持ちのこいつらと手を組んでようやく人並みの生活を手に入れたんだ。俺たちをゴミみたいな目で見ていたやつらにも胸糞を抑えながらしたくもねぇ愛想を振り撒いてやってきた。手放すわけにはいかないんだよ」
「それが誰かの犠牲の上に成り立っていてもか?」
「そいつらは俺らが苦しんでる時に何もしてくれなかっただろうが! だったら知ったことじゃない! 俺らは好きなだけ奪って上へ行く!」
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どうやらそれがこいつらの一致した意見らしい。
つまり今、交渉は決裂した。
話し合いで解決出来るのならば、と淡い期待があったけれどもはや不可能だ。
「もうお前らに声は届かないんだな。だったら力ずくで語ってやる。お前らは間違ってるってな!」
俺は剣を鞘から抜きキースたちに向かって構える。
問題はシェリーの喉笛に突き付けられているナイフだ。あれをどうにかしないといけない。
「はっ! 魔無しのくせにやる気だけは一人前だな。森で手も足も出なかったのを覚えてないのか。ガードン、やれ。今度は遊ぶんじゃないぞ!!」
「分ーってるよ! 一撃で決めて豚の餌にしてやる!」
キースに発破を掛けられガードンは大斧を両手で持ち右斜めに振りかぶりながらこっちに駆け出す。
その威圧感は森での比ではない。
大木どころか岩でも割れそうな気さえしてくる。
おそらく防御は不利だ。まともに受け止めたら剣がどうにかなってしまう。
だから俺も前に走る。
恐怖はあった。一度は手も足も出ずにやられた相手だ。
だがここで退いたら俺の全てが否定されてしまう。
そう考えると足は止まらなかった。
『今まで魔力を使ったことがないお前に教えてやる。魔力持ちの人間が驚異的な力を発揮したり速度で動けるのは体の内側に魔力使っているからだ。これを『パンプアップ』と言う。すでにお前はそれを使いつつあるが相手はお前を以前のままだと思っている。そこが隙だ。まずはそれで一人倒せ』
踏み込みながらここに到着する前にウィルがくれたアドバイスが脳裏を過ぎる。
「はあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ああああぁぁぁぁぁ!!」
自分を鼓舞するようにお互いに息を吐き走りながら武器を振り下ろすタイミングを見計らう。
彼我の距離はすぐさま縮まった。
互いの獲物の切っ先が届く間合いの数歩直前、そこで俺は加速した。
そこまでは以前の俺の速度。
そしてそこからはドラゴンの力を得た今の俺のフルパワーを出して地面を蹴ったのだ。
俺の目にも動く景色が瞬間的に変わるほどの超加速が驚くほどのドンピシャのタイミングでそれは決まる。
「がっ! ば、馬鹿……な……」
予想外のスピードにぎょっとなったガードンの腹に迅雷の速さで水平に俺は剣を切り抜いた。
腹には薄い鉄板の腹巻のような防具をしていたがそれごと斬り裂いている。
ほどなくガードンはそのまま前倒しに地面に倒れた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
自分でも信じられない強さに感動して思わず思考が停止し、極度の緊張から格上を倒したという緩和に数秒我を忘れてその事実に呆けた。
「な、なんだと!? おい、立てよガードン! 何寝てんだよ!!」
ただ俺だけではない。
キースも目を丸くして俺が為したことを信じられずに止まっている。
「う、嘘よ嘘よ嘘よ!! そんなの!! 私は認めない! プラト・リューエル」
だがそんな俺たちよりいち早く動いたのはスティラだった。
彼女はシェリーに向けていたナイフを離し、こちらに向かって俺の体ぐらいある大きな火の玉を発射する。
まるで夕日がそこに出現したかのような迫力だ。
日がほぼ沈み薄暗くなり始めているのに目の前が一気に明るくなり俺を焼き尽くそうとする膨大な熱が急接近した。
やってしまったと思った。
竜騎士としての力に酔ってしまったのだろう。
戦いの最中に気を抜き、それに反応が遅れた。
「ディーさぁぁぁぁぁぁん!!」
火球が衝突するのとシェリーの悲痛な悲鳴が響くのは同時だった。
そしてすぐさま全身が炎に包まれ焼かれる。
「よくやったスティラ!」
「アハハ、どうやってガードンを倒したか知らないけどこれなら!」
キースたちが歓喜する声が耳に届く。
数百度の熱が皮膚を溶かし脳や神経までも焼き、呼吸すれば肺まで侵入され内側から焙られるのだ。
数秒で痛みによる焼死は必至となり、当然、普通の人間であればこの火力に耐えられる者はいない。
それどころかたいていのモンスターも食らえば一撃でアウト。
魔力を属性に変え解き放つ希少な才能を持った魔法使いとはかくも恐ろしいものだ。
勝ちを確信するのは無理もなかった。
だが――
俺は咄嗟にガードしていた腕を開いて纏わりついている炎を振り払う。
たったそれだけで業火は消え失せる。
俺は再びウィルの言葉を思い出した。
『『パンプアップ』はしょせん誰でもやる基本だ。だがもし卓越した魔力操作により内側ではなく外側にある自分の体の表面や持っている物、着ている服にも付与することが出来るとしたら? それはどんなナマクラも名剣に変え、裸でも鎧を着ているのと同じことだとは思わないか?』
『無論、今のお前にそんな技術はない。しかし膨大な竜の魔力があればそんなものは力ずくで何とでもなる。想像しろ。剣も魔法も跳ね返す最強の幻獣と言われる竜の鱗を。それをエンチャントしろ』
これまで縁はなかったが魔力の使い方として話には聞いたことがあった。
上位のウォーカーはみんなそういうふうに魔力を扱っているらしい。
だから岩よりも固い皮膚を持つモンスターを相手にしても武器は貫通するし、薄着でも柔な攻撃は効かないのだと。
キースたちには見えないだろうが、俺の全身は魔力で覆われていた。
それが障壁となり炎を全て遮ったのだ。
「う、嘘……」
「な、なんだんだよお前は!? なんでお前ごときがそんなことが出来るんだ!?」
スティラの炎の威力を知っているからこそ、無傷でいる俺が信じられないのだろうキースが悲鳴のように声を荒げる。
俺もぶっつけ本番で成功させたようなもので動揺は隠せない。
たださっきのように呆ければ油断を招いてしまうことは学んだ。
完全にシェリーから二人の気が逸れたのも確認し、俺は大きく息を吸い込む。
ウィルからの助言は次で最後だった。
『お前がギルドでして見せたあの叫び。あれは不完全なものだがちゃんとした竜騎士の技だった。あの時はむやみやたらに全方位に放出しただけだったがそれを一点に集めるんだ。いいか、その技の名前は――』
俺は息と一緒に肺に貯めた魔力を一気に吐き出す。
「AHHHHHHHHHHH!!!竜の咆哮」
口から放たれたのは声という音の振動に乗った純粋な魔力の塊だ。
直接的なダメージがある訳ではないが食らった者の意識を奪い強制的に昏倒させる威力を持つ。
ただし警戒されていたり興奮状態にある場合は効き辛いので今のように放心する隙を窺う必要があった。
それが砲撃の速度で固まっているスティラに直撃する。
「え? あ――」
見た目的にはただ俺の叫び声を食らっただけだ。
だというのにスティラは白目を剥いてぐらりと膝から崩れ落ちる。
「な!? おい、スティラ!?」
「キーーーースゥゥゥゥゥ!!!」
間髪入れずに俺はキースへと瞬発した。
そして慌てるキースに殺す勢いで剣を振り下ろす。
「くっ!?」
だが咄嗟の判断でキースは横にジャンプで避けて距離を取った。
不安定な態勢から数メートルを飛んでいる。
おそらくはキースもパンプアップしたのだろう。
ガードンよりもやはり一段と素早い。
けれどそれで良かった。目的はシェリーとの間に割って入ることだったから。
「シェリー! 下がっていてくれ」
「う、うん!」
指示した通り、シェリーは壁際まで後退する。
本当は逃がしてやりたかったがそうなると、ギルドに報せまいと死に物狂いでキースは彼女を狙うかもしれない。
そうなった場合、万が一がある。
ずっと俺にヘイトを向けさせる方が安全だと判断した。
「さぁ、決着を着けようか」
特大の困惑混じりでこちらを睨むキースに対して俺は剣を構えた。
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武器を握ると性格に問題が発生するガルフ。
馬鹿にされて育った領主の息子の復讐劇が開幕する。
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1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!
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