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底辺冒険者
あいつらをぶっ倒す
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凍った体が解凍されていくようにゆっくりと進み、無残にも半分に割れて部屋の中に転がっている木の扉を眺める。
蝶番はへしゃげていてもはや使い物にはならない。
真ん中には大きな切り傷が付いており、おそらく何か刃物で無理やり押し潰されたということが分かった。
部屋の入り口は扉の破片が散乱しているが中はそれほど荒されてはいない。
その不自然さに余計に頭が混乱する。
「強盗ではないようだな。そもそもこんなところに金目の物があると考える奴はいないだろうが」
俺の脇からウィルが部屋の惨状を見て感想を漏らす。
冷静に考えれば確かにそうだろう。
どうせ押し入るならもっとお金がありそうな家を狙うし、もし狙うにしても部屋がもっと荒れていてもおかしくないはずだ。
しかし扉以外は今日出た時のままだった。
「金目……まさか!」
虫の知らせのように嫌な予感がして俺はすぐに外に出て隣のシェリーとクランさんの薬屋に向かう。
するとそっちの扉も破壊されていた。
ただ俺のとは違うのは半分以上がごっそりと穴が開いていて傷口が黒こげなことだった。
物理的な破壊ではない。
「シェリー!! クランさん!!」
声を荒げて侵入する。
日が暮れようとしているので中は薄暗く自分の心臓の音が一番うるさいほどしんとしていた。
そして家を充満している嗅ぎ慣れた薬草などの匂いが鼻につき、名前を呼んでも返事がないのがより一層不安を駆り立ててくる。
薬屋と言ってもほとんどを業者に卸していて構造はほとんど普通の民家と変わりない。
ただ部屋の隅には素材が収められた木箱や作業具の大鍋やすりこぎなどが立てかけられている。
目を凝らすと部屋の中央にあるテーブルや椅子が転がっているのにまず気付いた。
「シェリー!! クランさん!! いたら返事をしてくれ!!!」
嫌な予感が一秒ごとに膨れ上がりいてもらってもいられなくてさらに大声を出す。
女二人で暮らしているのでこうした事態はある程度予想されていた。
直接聞いたわけじゃないが俺が倉庫に住まわせてもらっていたのも番犬代わりみたいなものだったんだろうと思う。
だというのに恐れていたことが起ってしまった。
「おい、壁を見ろ」
「え? あっ……」
ぞっとした。
ウィルが指差した壁には赤い血文字が描かれていたからだ。
途端に体温が急激に冷めていくのを感じた。
「落ち着け。血ではない。そこに転がっているのをよく見ろ」
言われて地面に目を移すとポーションの瓶やその素材である『スコルの実』を粉末にした赤い粉が散乱していた。
俺は確かめるために壁に近付いて匂いを嗅ぐ。
それは俺の記憶にもあるポーションの匂いだった。
ほっと一息吐いてから一歩引いて壁の文字を読む。
『女は預かった。ギルドには知らせるな』
そこには荒くそう書かれており俺一人で指定の場所へ来るようにとも書かれていた。
そして最後に『シスター殺しの魔無し野郎へ』と締めくくられていた。
「女? シェリーのことか? シスター殺しってまさか……!!」
「女たちと書かれていないからおそらくあの老婆は含まれてないだろう。どこかに出掛けていて運良く助かったか。メッセージからしてこれをやったのはただの物取りではないのも分かる。そしてこのタイミングでこんな回りくどいことをするやつは……」
ウィルが額に手を当てて考え込もうとするが俺にはすでにピンときていた。
まずシスター殺しの話を知っていて俺のことを魔無しと呼ぶのはまず間違いなくギルド関係者だけだ。
それだけじゃそこそこいるが、タイミングがタイミングだけにどうしてもそいつらの顔しか浮かばなかった。
もちろん――
「キースたちだ。あいつらに違いない! くそっ! 俺を呼び出すためにシェリーを攫ったんだ!!」
この場面ではそれしか考えられない。
どこまで身勝手なやつらなんだ!
「あいつらか。となると動機は意趣返しで決まりだな。いかにもさもしい人間のしそうなことだ」
「だけどあいつらには俺と同じように監視が付いてるはずじゃ?」
「上手くすり抜けているのかそこは分からないな」
いくらなんでも監視付きで女の子を攫うというのは考え辛い。
向こうは3人いるから別れたらやりようはあるのかもしれないが。
そんなことよりも許せないのは逆恨みした挙句に俺だけでなくシェリーをも巻き込んだことだ。
シェリーには俺ががむしゃらにウォーカーの仕事をしようとして野垂れ死にしそうな時に拾ってくれた恩があった。
こんな行為絶対に許せない。
「おい、この手はなんだ?」
動こうとしたらウィルに腕を掴まれた。
「どうもこうもない。まさか相手の指示通り一人で乗り込む気じゃないだろうな?」
「それ以外ないだろ!」
水を差された気がしてつい声量が大きくなってしまう。
以前のままなら返り討ちは必至だが今なら竜の力で何とかなるはずだ。
ただ気を付けないといけないのは以前あった良識などを完全にかなぐり捨てていることだった。
ここまでするのなら後先考えない一歩手前ぐらいまで追い詰められていることは簡単に予想がつく。
もし俺がこのメッセージに従わずギルドに知らせた場合、シェリーが五体満足で戻って来る保証はなかった。
「行ってどうなる? お前は竜の力をあてにしているのかもしれないがしょせんまだ覚え立ての付け焼刃だ。一対一の勝負ならまだしも向こうは人質もいてなりふり構わないだろう。死ぬ確率の方が高いだけだ」
そのウィルの指摘は正鵠を得ていた。
まさしく俺が考えていたことで見透かされたように思えて狼狽える。
「そんなのやってみないと分からないだろうが!」
「分かるさ」
逡巡すらせずに即答するウィルに怒りがこみ上げる。
さっきまでギルドで助け船を出してくれて良いやつだと思っていたのに。
怒りを矛先を向ける相手はキースたちだというのは理解していてもどうしても抑えられなかった。
「お前なんかに分かってたまるか! お前なんて――」
『お前なんてアンデッドのくせに!』と口走りそうになる前に、はっとなって口を止めた。
今俺は感情のままに目の前の相手にレッテルを貼って差別しようとしてしまった。
それはずっと『魔無し』と俺に辛く蔑んできた連中と同じことを言うものだった。
「そうだ僕はこんな見た目をしていても血も通わないアンデッドだ。ここの女たちも今日会ったばかりで何の感情もない。僕が大切なのはコリュヌト様とエラ様だけだ」
だが言わなくてもやはり聡明なウィルには伝わっていたらしい。
「シェリーかわいそう……」
「エラ……」
さらに俺に水を浴びせてきたのはエラのしょんぼりとした一言だった。
もちろんキースたちへの怒りは継続しているが、ウィルに八つ当たりのように向けてしまった気持ちは急激に熱が冷めてくる。
「エラね、まだここにきたばかりだけどいいひとたちばっかりなの。だから、だからね……いなくなるのはかなしいよぉ……」
ぐっと自分の服のすそを持ってエラは瞳に大粒の涙を溜める。
どこまで理解しているのは分からない。
でもこんな幼い少女もシェリーのピンチに涙してくれている。
やっぱり付き合いの長く恩もある俺が見捨てるなんて出来やしない。
再度意思を固めていると、ウィルが片膝を突いて泣くエラに優しく語り掛ける。
「お嬢様。大丈夫です。僕とこいつで助け出しますから」
「ほんとう?」
しかしその内容は俺には耳を疑うものだった。
エラはおずおずと顔を上げて反応するが、俺は口を開けたまま硬直する。
「えぇ、もちろんです! 僕とあなたの騎士を信じて下さい」
「ウィル~」
ウィルはぐずりながら抱き着いてくるエラを甲斐甲斐しく頭を撫でてやりながら『何見てんだ?』と下から睨み上げてきた。
そんな目をされてもこっちだって言いたいことはある。
「ちょっと待て。さすがに意見が変わり過ぎだろ。お前さっきまで反対してたじゃないか。ギルドに報せるみたいなことをさ!」
「そんなことは言ってない。無策で乗り込むのはやめろと言ってたんだ」
「はぁ?」
いや言われるとそうだったか?
俺も頭に血が上っていてあまり細かいことは覚えてないが紛らわし過ぎる。
なんだか一杯食わされた気分だぞ。
「じゃあ反対しないんだな?」
「無論だ。反対するどころかお嬢様を泣かせたやつらを八つ裂きにしてやらないと気が治まらん!」
まるで子供を害された親熊のように目がマジだった。
結局エラ次第かよ。
ただまぁ反対しないならそれでいい。
「じゃあ、あいつらをぶっ潰してシェリーを助ける!!」
俺は左手にパンチしながら高らかに宣言した。
蝶番はへしゃげていてもはや使い物にはならない。
真ん中には大きな切り傷が付いており、おそらく何か刃物で無理やり押し潰されたということが分かった。
部屋の入り口は扉の破片が散乱しているが中はそれほど荒されてはいない。
その不自然さに余計に頭が混乱する。
「強盗ではないようだな。そもそもこんなところに金目の物があると考える奴はいないだろうが」
俺の脇からウィルが部屋の惨状を見て感想を漏らす。
冷静に考えれば確かにそうだろう。
どうせ押し入るならもっとお金がありそうな家を狙うし、もし狙うにしても部屋がもっと荒れていてもおかしくないはずだ。
しかし扉以外は今日出た時のままだった。
「金目……まさか!」
虫の知らせのように嫌な予感がして俺はすぐに外に出て隣のシェリーとクランさんの薬屋に向かう。
するとそっちの扉も破壊されていた。
ただ俺のとは違うのは半分以上がごっそりと穴が開いていて傷口が黒こげなことだった。
物理的な破壊ではない。
「シェリー!! クランさん!!」
声を荒げて侵入する。
日が暮れようとしているので中は薄暗く自分の心臓の音が一番うるさいほどしんとしていた。
そして家を充満している嗅ぎ慣れた薬草などの匂いが鼻につき、名前を呼んでも返事がないのがより一層不安を駆り立ててくる。
薬屋と言ってもほとんどを業者に卸していて構造はほとんど普通の民家と変わりない。
ただ部屋の隅には素材が収められた木箱や作業具の大鍋やすりこぎなどが立てかけられている。
目を凝らすと部屋の中央にあるテーブルや椅子が転がっているのにまず気付いた。
「シェリー!! クランさん!! いたら返事をしてくれ!!!」
嫌な予感が一秒ごとに膨れ上がりいてもらってもいられなくてさらに大声を出す。
女二人で暮らしているのでこうした事態はある程度予想されていた。
直接聞いたわけじゃないが俺が倉庫に住まわせてもらっていたのも番犬代わりみたいなものだったんだろうと思う。
だというのに恐れていたことが起ってしまった。
「おい、壁を見ろ」
「え? あっ……」
ぞっとした。
ウィルが指差した壁には赤い血文字が描かれていたからだ。
途端に体温が急激に冷めていくのを感じた。
「落ち着け。血ではない。そこに転がっているのをよく見ろ」
言われて地面に目を移すとポーションの瓶やその素材である『スコルの実』を粉末にした赤い粉が散乱していた。
俺は確かめるために壁に近付いて匂いを嗅ぐ。
それは俺の記憶にもあるポーションの匂いだった。
ほっと一息吐いてから一歩引いて壁の文字を読む。
『女は預かった。ギルドには知らせるな』
そこには荒くそう書かれており俺一人で指定の場所へ来るようにとも書かれていた。
そして最後に『シスター殺しの魔無し野郎へ』と締めくくられていた。
「女? シェリーのことか? シスター殺しってまさか……!!」
「女たちと書かれていないからおそらくあの老婆は含まれてないだろう。どこかに出掛けていて運良く助かったか。メッセージからしてこれをやったのはただの物取りではないのも分かる。そしてこのタイミングでこんな回りくどいことをするやつは……」
ウィルが額に手を当てて考え込もうとするが俺にはすでにピンときていた。
まずシスター殺しの話を知っていて俺のことを魔無しと呼ぶのはまず間違いなくギルド関係者だけだ。
それだけじゃそこそこいるが、タイミングがタイミングだけにどうしてもそいつらの顔しか浮かばなかった。
もちろん――
「キースたちだ。あいつらに違いない! くそっ! 俺を呼び出すためにシェリーを攫ったんだ!!」
この場面ではそれしか考えられない。
どこまで身勝手なやつらなんだ!
「あいつらか。となると動機は意趣返しで決まりだな。いかにもさもしい人間のしそうなことだ」
「だけどあいつらには俺と同じように監視が付いてるはずじゃ?」
「上手くすり抜けているのかそこは分からないな」
いくらなんでも監視付きで女の子を攫うというのは考え辛い。
向こうは3人いるから別れたらやりようはあるのかもしれないが。
そんなことよりも許せないのは逆恨みした挙句に俺だけでなくシェリーをも巻き込んだことだ。
シェリーには俺ががむしゃらにウォーカーの仕事をしようとして野垂れ死にしそうな時に拾ってくれた恩があった。
こんな行為絶対に許せない。
「おい、この手はなんだ?」
動こうとしたらウィルに腕を掴まれた。
「どうもこうもない。まさか相手の指示通り一人で乗り込む気じゃないだろうな?」
「それ以外ないだろ!」
水を差された気がしてつい声量が大きくなってしまう。
以前のままなら返り討ちは必至だが今なら竜の力で何とかなるはずだ。
ただ気を付けないといけないのは以前あった良識などを完全にかなぐり捨てていることだった。
ここまでするのなら後先考えない一歩手前ぐらいまで追い詰められていることは簡単に予想がつく。
もし俺がこのメッセージに従わずギルドに知らせた場合、シェリーが五体満足で戻って来る保証はなかった。
「行ってどうなる? お前は竜の力をあてにしているのかもしれないがしょせんまだ覚え立ての付け焼刃だ。一対一の勝負ならまだしも向こうは人質もいてなりふり構わないだろう。死ぬ確率の方が高いだけだ」
そのウィルの指摘は正鵠を得ていた。
まさしく俺が考えていたことで見透かされたように思えて狼狽える。
「そんなのやってみないと分からないだろうが!」
「分かるさ」
逡巡すらせずに即答するウィルに怒りがこみ上げる。
さっきまでギルドで助け船を出してくれて良いやつだと思っていたのに。
怒りを矛先を向ける相手はキースたちだというのは理解していてもどうしても抑えられなかった。
「お前なんかに分かってたまるか! お前なんて――」
『お前なんてアンデッドのくせに!』と口走りそうになる前に、はっとなって口を止めた。
今俺は感情のままに目の前の相手にレッテルを貼って差別しようとしてしまった。
それはずっと『魔無し』と俺に辛く蔑んできた連中と同じことを言うものだった。
「そうだ僕はこんな見た目をしていても血も通わないアンデッドだ。ここの女たちも今日会ったばかりで何の感情もない。僕が大切なのはコリュヌト様とエラ様だけだ」
だが言わなくてもやはり聡明なウィルには伝わっていたらしい。
「シェリーかわいそう……」
「エラ……」
さらに俺に水を浴びせてきたのはエラのしょんぼりとした一言だった。
もちろんキースたちへの怒りは継続しているが、ウィルに八つ当たりのように向けてしまった気持ちは急激に熱が冷めてくる。
「エラね、まだここにきたばかりだけどいいひとたちばっかりなの。だから、だからね……いなくなるのはかなしいよぉ……」
ぐっと自分の服のすそを持ってエラは瞳に大粒の涙を溜める。
どこまで理解しているのは分からない。
でもこんな幼い少女もシェリーのピンチに涙してくれている。
やっぱり付き合いの長く恩もある俺が見捨てるなんて出来やしない。
再度意思を固めていると、ウィルが片膝を突いて泣くエラに優しく語り掛ける。
「お嬢様。大丈夫です。僕とこいつで助け出しますから」
「ほんとう?」
しかしその内容は俺には耳を疑うものだった。
エラはおずおずと顔を上げて反応するが、俺は口を開けたまま硬直する。
「えぇ、もちろんです! 僕とあなたの騎士を信じて下さい」
「ウィル~」
ウィルはぐずりながら抱き着いてくるエラを甲斐甲斐しく頭を撫でてやりながら『何見てんだ?』と下から睨み上げてきた。
そんな目をされてもこっちだって言いたいことはある。
「ちょっと待て。さすがに意見が変わり過ぎだろ。お前さっきまで反対してたじゃないか。ギルドに報せるみたいなことをさ!」
「そんなことは言ってない。無策で乗り込むのはやめろと言ってたんだ」
「はぁ?」
いや言われるとそうだったか?
俺も頭に血が上っていてあまり細かいことは覚えてないが紛らわし過ぎる。
なんだか一杯食わされた気分だぞ。
「じゃあ反対しないんだな?」
「無論だ。反対するどころかお嬢様を泣かせたやつらを八つ裂きにしてやらないと気が治まらん!」
まるで子供を害された親熊のように目がマジだった。
結局エラ次第かよ。
ただまぁ反対しないならそれでいい。
「じゃあ、あいつらをぶっ潰してシェリーを助ける!!」
俺は左手にパンチしながら高らかに宣言した。
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