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底辺冒険者

竜騎士の使命

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「やったー! エラたちのおかげだー!」

「ふぁあああ! めがまわるー! もっとー!」

 話すべきことは全て終えた俺はギルドから外に出るとあまりにの嬉しさにエラを抱いてぐるぐると回った。
 さらに回転を要求してくるあたり普通の人間の子供よりかなりタフなようだ。
 末恐ろしい子だよ。

「ふん、危ないところだったな。だが主様にお嬢様を託されたお前がそんなのでは困る」

「ウィルもありがとー!! お前も回そうかー?」

「いらん!」

 エラを回しながらウィルにも話し掛けたら思いっきり否定されてしまった。
 いつものように耳が痛いことをしっかりと忠告されたが今は非常に気分が良い。
 なにせ俺があの歴戦のつわものたちに正面から挑んで勝てた上に、キースたちに一矢報いれた。
 いや一矢どころかシスターの遺体が見つかればあいつらは終わりだ。
 
「こんなに痛快なことは人生で初めてかもしれない!」

 魔無しとパーティーを組んでくれるもの好きはおらず、ずっと一人で薬草採取。
 たまに組めても荷物持ちや剥ぎ取りとか雑用、ひどい時はモンスターの囮の仕事ばかりだった。
 それでも生きていくために必死でこなした。
 もちろん自分が向いていないのに我を通し続けた結果だから誰かを恨むことはない。
 肉体的なピークも過ぎ、少しずつ不安や諦めが心に蓄積していった今回の出来事はどうしようもなく感動した。

「ディー、うれしそう」

「あぁもちろん。本当にありがとうな! 全部エラのおかげだ!」

 さすがに目が回ってきたので回転を止めるとエラが俺を見てにへらと笑う。
 この子は文字通り俺の女神だ。この子がいる限り俺はもっと高みにいける。
 コリュヌト様から託された以上に大切にしないと。

「ふん、お前もようやく竜騎士ドラゴンナイトとしての使命が理解出来てきたようだな」

「使命?」

「そうだ。お前たち人間は何か勘違いしているようだが竜騎士とはのことだ。決して竜を使役する騎士のことではない」

「え……」

 それは初耳だった。
 昔話でよく聞くのは初代王が竜をパートナーとしてモンスターたちと戦い領土を広げて建国したというものばかりだ。 
 だから俺もそれぐらいのつもりでいたのだが今のウィルの言い分だと明らかに竜の方が主体だった。

「愚か者め。どうせ竜の背に乗って戦う者とでも思っていたんだろう。仮に主様の背中にお前が乗ったとしてどうやって戦うんだ?」

「そう言われると確かに」

 頭の中で空想してみると、10メルド以上は優にあるコリュヌト様の背中に乗ったとして長槍を持とうが相手に届かないし、むしろ羽の邪魔をしそうだった。

「どこをどう間違って伝わったのか。お前たちの頭の中にあるのは竜ではなくワイバーン飛竜だ」

「だ、だったら竜騎士ドラゴンナイトがいる意味ってなんだ?」

「成竜の力は強大で被害が大きくなり過ぎる場合がある。そういう時にちまちましたやつの相手をすることだな。あとはそうだな、背中や羽がかゆくなったら掻くと喜ばれるだろう。いかに竜でも自分の背に手は届かない」

「なんてこった……」

 ちょっとがっくりときた。
 今まですごい立派なものだと思っていたものがなんだか竜のお世話係みたいにイメージダウンしてしまったからだ。
 っていうか背中がかゆくなる時あるのかよ。
 
「んー? どしたのー?」

「いやなんでもない」

 思わずエラの方を見てしまったが彼女はいつも通りだった。
 まぁ別にいいか。
 そもそも俺は死ぬ寸前のところを助けてもらったんだし、その上、こうして竜騎士となれたんだ。
 これに文句を言ったらバチが当たるってもんだろう。
 それに俺はこの子の手を離さないって決めたんだ。
 エラが手を差し伸べてくれているうちは精一杯守る。それだけだ。

「ということでだ、お調子者。問題が片付いたのならエラ様の生活環境の改善を要求する」

「生活環境の改善?」

 ウィルが浮かれていた俺に人差し指を向け釘を差すように言ってきた。

「当たり前だ。今は仮宿として我慢するがいつまでもあんなボロくて狭いところに住めるはずがないだろう?」

「と、申されましても……」

 確かに元々はただの倉庫だった建物でさらに劣化していき壁は薄いし隙間も多く夏は暑いし冬は寒い。雨が降れば雨漏りだってする。
 まともな家とは胸を張って言い辛い。
 だけど先立つものがない。つまりお金がない。 
 それにあそこは10年以上住んでいて愛着もある。
 いきなりどこかに引っ越しとか言われてもなかなかに難しい話だ。

「そうか、金が無かったか。てっとり早く稼ぐには……やはりウォーカーの仕事が最善か……」

 ウィルはそのまま人差し指を自分の額に当てブツブツと独り言を呟いて考え込む。
 これが彼の癖っぽい。
 そして十秒ほど待つとサファイアのような目がこちらを射抜く。

「よし決めた。お前、ウォーカーでトップになれ」

「は? 無理無理! 何言ってんの!?」

「お前こそ竜の恩恵を受けて何を言っている。魔力が無く今まで不遇な生活を強いられてきたんだろう? さげすんできたやつらを見返してやれ。そうすれば金ぐらいたっぷり手に入るだろう」

 もちろんそれは魅力的な提案だ。
 これまで肉体的にも精神的にもどれだけ耐えてきたか。
 ちょっと想像するだけでも体が自然と震えるほどだった。
 だが問題は魔力だけの話じゃなかった。

「いやそれがだな……」

「ん? なんだ?」

 もちろんギルドで上り詰めればお金だって名声だって好きなだけ手に入るし、竜の力があればそれも不可能じゃないだろう。
 ただし一つ問題があった。

 それは少し言いにくい内容で思わず目を逸らして後頭部を触る。
 それからじっと回答を待つウィルの目を見ると話さざるを得なく軽く息を吐いてから口を開いた。

「実は俺以外にも魔力無しのウォーカーってのは数は少ないが今までにもいたらしい。たいていは依頼中クエストに死ぬか、限界を感じて引退するかで長くは続かないらしいんだけど」

「ふむ。それで?」

「それでもみんな数年すれば<<シルバー>>にはなれているんだ。だけど俺は14年も<<ブロンズ>>のまま。おそらくだけど俺はギルド長に嫌われているらしいんだ」

「理由は?」

「そこまでは分からないが、親切心で俺の昇級を掛け合ってくれたけど上に揉み消されたってニーナから聞かされたことがある」

「上? ひょっとしてそれがあの爺さんか?」

「らしい。だからトップどころか底辺脱出も怪しいって話なんだ」

 なぜギルド長が俺の邪魔をしているのかは分からない。
 けれど頑張ればどうこうなるという話ではなかった。
 最悪、違う街に行けばその問題は解消されるだろうけど、10年以上住んだこの街を捨てるというのは気持ち的に簡単じゃない。 

「あ、あの~お話中のところすみません~」

 ふいに声が掛かり振り向いたそこにいたのは建物の壁から顔を出すニーナだった。
 申し訳なさそうに彼女はこちらに歩みを進めてくる。

「ニーナ、どうしたんだい?」

「あの、まずは先ほどの件、申し訳ありませんでした。こちらの不手際で荒っぽい対応になってしまって……」

 そしてニーナがしたのはしっかりと頭を下げることだった。
 先ほどというのは職員たちによる拘束のことだろう。
 別に彼女個人が悪い訳ではない。だけど組織に属している以上、同僚がやったことは彼女にも責任が分担される。
 そういう意味での謝罪だ。

「いや仕方ない。あの人たちが俺に良い感情を抱いてないのは分かってたことだし。それにその理由も少しは分かる」

 ウォーカーなんていう危ない仕事は実力主義なのは間違いない。
 そこに俺のような足手まといがいるというのは最悪、自分たちも危険に巻き込まれる可能性があるということにも繋がる。
 そういうことを身に染みて知っている古参ほど俺という存在が鬱陶しいのだろう。
 まぁとは言え、必要以上の厳しさは悪意にしかならないし、乱暴なことをしていいという話にもならない。

「そう言って頂いて助かります」

 俺の言葉に僅かだけ彼女は苦笑いをした。

「むしろ俺はニーナにかばってもらって救われた気持ちだったよ」

 これは本心だ。
 あの中で唯一、この子だけが流されずに平等でいようとしてくれた。
 そんな存在が一人いるだけでも俺はまだ絶望せずにいられる。

「……」

「それだけかい?」

 しかしニーナは浮かない顔をしており何か言いたげだった。
 だから思わず問い質す。

「いえ……あの、これは本当は言ってはいけないことなんですが、ディートさんにはやっぱりお伝えしておきます。先に注意しておきますが絶対に周りをキョロキョロして見ないでくださいね」

「え?」

 言いにくそうに目を逸らすニーナだったが意を決したように距離をさらに詰めてきた。
 それにちょっとだけドキっとしてしまう。

「ディートさんにはギルドから監視が付きます。というかすでに付いています」

「なっ!?」

 やや小声で語るニーナの内容は今動揺していた気持ちを吹っ飛ばす内容だった。
 咄嗟に目を動かすのを止めたが今見える範囲ではやはりその姿は確認できない。

 だが考えれば当然だろう。
 指名手配犯になるとはいえ、自分が間違っていることを知っているのであれば逃亡する可能性は十二分にあるからだ。
 無論、街を出るには門があるから正攻法では無理だけど何かしらの方法はありそうだし。
 黙っておいて監視を付けるなんてあのギルド長のやりそうなことだった。
 
「もちろんキースさんたちにも付きます。万が一、力ずくで街から出られたとしてもその場合は高ランクウォーカーの追手が掛かります。まず逃げられないでしょう」

「あぁ知ってる」

 子供の頃に一度だけ賞金首を追う高ランクウォーカーの戦いを見たことがある。
 俺がウォーカーになりたいと思ったのもそれがキッカケだ。
 まぁ今はそれを思い出している場合ではない。

「遠くから監視しているだけなので普段の生活に支障はないですが森に行った調査隊が帰って来るまでは見張られていると考えて下さい」

「なるほど。ありがとう」

 教えてくれたのはニーナなりの優しさとケジメだろうか。
 そんなことを考えていると彼女はまた距離を取り神妙な顔から普通の表情に戻る。

「ところでそちらのお子さんたちはどうされたんですか?」

 ニーナの目線が向かうのはウィルとエラの二人だ。

「え? ええと、ちょっと知り合いの人の子をしばらく預かることになってね」

 一瞬、言葉に詰まるもなんとか口に出せた。

「へぇ、お名前は?」  

「エラだよー!」

「……ウィルだ」

 ニーナに問われた二人は自己紹介をする。
 ウィルがちゃんと返答したあたり朝のお願いが効いたのかな。
 それでも目は合わせようとしないところが彼らしい。

「可愛いー! 私はニーナだよ。ここで働いてるの。宜しくね」

「えへへ」

 膝を曲げてエラと同じ目線になってエラと手を握るニーナ。
 けっこう子供好きっぽい。 

「兄妹? にしてはあまり似てないかな?」

「ちょっと事情があってね。でもあまり詮索しないでやって欲しい。ごめんね」

「あ、はい。そうなんですね。分かりました。ディートさんのことですし悪いことしようとはしてないでしょうしね。ただ悪いことには巻き込まれる人なんで気を付けて下さいよ?」

「ははは。分かってる」

 ニーナに釘を差されて少し乾いた笑いが出る。
 悪いことをしようとするつもりはないが、巻き込まれるとか騙されるは自分でもあり得そうだなとは思ったからだ。
 それと色んな事情を抱えた依頼がやってくるギルドで働いているだけあってそんな含みを持たせた言葉で彼女は察してくれた。
 少し卑怯な言い方になってしまったけれど仕方ないだろう。

「さてそろそろ戻ります。またね~」

「はーい! ニーナばいばーい!」

「またな」

 エラと俺とで手を振ってギルドに入って行くニーナを見送った。
 エラも彼女のことが気に入ったらしい。
 まぁこの子の場合は誰にでも懐きそうだけど。

「と言ってもこれからどうしようかな。ギルドへは報告に寄るつもりだけだったし街の外に出る訳にもいかない。やることが無くなってしまったな」

「市場が見たい」

「え?」

 やることを失くして途方に暮れそうになったところにウィルがボソっと呟き、それが予想外な台詞でぎょっとする。
 
「なんだ?」

「いやちょっと驚いただけ。何か欲しいのでもあるのか?」

「お嬢様が興味を持たれるものがあるかもしれないだろう」

 あぁそういうことか。こいつは本当にエラ優先だな。
 そういうところは頭が下がるが、当の本人は「ほえ? よんだ?」という感じで不思議そうに顔だけ反応だけしていた。

「まぁいいか。じゃあ案内するよ」

 幸い昨日の酒場の一件で多少懐には余裕がある。
 記念に何か買ってあげるのも悪くないか。


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