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底辺冒険者
賭けアームレスリング
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夜になるのと同時ぐらいに街へと帰れた。
辺りは真っ暗で灯りなど装備が整っていない今は外に放り出されていたら本当に生死に関わるところだった。
ぐるっと囲む外壁を潜り数日振りに戻ってきた街はいつもと変わらない。
けれど自分の人生の中でも段トツでショッキングなことを経験しまくったせいで心は少しフワフワしている。
街の中は蓄光石という昼間に光を貯め込む石と、家や酒場から漏れる光で転ばずに歩ける程度には明るい。
もちろんそれでも暗がりなどはあるので女性の一人歩きなどは禁物だ。
「ふぅん、あまり都会ではなさそうなところだな」
「まちー! すごー! でもひとあんまりいなーい!」
横にいるウィルは特に興味が無さそうに、俺の肩に座っているエルは目を輝かせて夜の街並みを見回している。
右へ左へと首は回り忙しない。
暗くてあまり遠くまで見れず、出来れば太陽が昇っている時の感想が欲しかったが仕方ない。
「二人はやっぱり街に入るのは初めてなのかい?」
「そー。 だからエラわくわくなの!」
エラは元気良く答えてくれる。
「僕も村程度ならまだしも街に入るのは初めてだな」
口調は無感情を装っているがウィルの目はキョロキョロと動いていた。
どうやら彼はかなり分かり辛いタイプのようだ。
「このまま進んで中央通りから離れたところに俺が部屋を借りているところがあるんだ。もう少し歩くから迷子にならないように付いてきてくれ」
「誰に物を言っているんだ。見た目は子供でも僕はお前の倍は生きているんだぞ、愚か者」
「え?」
「不死者として物心が付いてからコリュヌト様にお仕えして50年は経つ。浮遊霊の時のも入れるともっとかもな」
迷子と言われたのがムっときたのかウィルが年齢でマウントを取ってきた。
見た目と歳が一致しないのは当たり前か。でもやっぱり印象に引っ張られるんだよなぁ。
考えていると、突然ぐーっと変な音が頭に鳴り響いた。
これはまさか……
「おなかへった……」
「あ、俺も……」
どうやらエラの腹の虫の音だったようだ。
その音を聞いて共鳴するかのように俺の腹も鳴る。
よくよく思い出したら三日も寝ていたからそりゃあ空腹状態だろう。
ここまで色んなことがあり過ぎて胃もびっくりして、ようやく正常稼働というところかな。
「ディー、ごはんたべたい」
「おい、お嬢様が空腹だ。早く案内しろ!」
エラのしょんぼり顔を見てウィルが不機嫌そうになる。
「俺も何か食いたいし、そうだな、早く家に帰りたいところだったけどちょっと寄って行くか」
あまり夜は寄り道したくはなかったが俺のハングリー度もけっこうなもので本能には逆らえなかった。
目的地は割と近くにあった食事処だ。夜は酒も出るのでそれなりに繁盛していて騒がしい。
俺は主人に注文をした品を受け取り、先に座らせた二人のいる席へと行く。
「はい、持ってきたよ」
「わぁ! おいしそうがきたー!」
今か今かと待ち望んでいたエラの前に大きめのパンと木皿に入ったシチューを置く。
この時刻だとさすがにパンは固くなってしまっているがシチューの方は湯気が出て薄っすらと匂いが香り彼女はご機嫌だ。
「じゃあ三等分するよ」
「三等分?」
俺は一つのパンを手づかみで三つに分けた。
その様子をウィルは眉をひそめて見つめる。
「はい、どうぞ」
「やったー!」
エルは無邪気にそれを受け取って口に入れてやや固さに苦戦しながらもむしゃむしゃと頬張るが、ウィルの眉間の皺はさらに深くなっていく。
そしてたまりかねて口を開いた。
「おいまさかとは思うがこれだけじゃないだろうな? 僕は不死だから食べなくても平気だがこれはどう見ても一人分だろう」
まぁそう言われるとは思っていた。
「仕方ないじゃないか。俺の財布はキースたちの馬車の中だ。これだって靴の裏に隠していたもしもの時の銀貨を使ったんだぞ。まぁと言っても財布の中身もしれてるけどな」
俺一人暮らしていくだけでギリギリなのに食い扶持が増えたのは実はけっこうきつい問題だ。
いくらなんでも伝説の竜の前でお金が無いので貸してくれません? と率直に言えなかった自分の小さなプライドが恨めしい。
「待て。僕の知識ではウォーカーっていうのは一般人より稼ぎがあるはずだが?」
「俺は魔無しだ。ウォーカーの中でも最底辺のブロンズ。当然稼ぎも最底辺だ」
「なんということだ……」
ウィルはテーブルに肘を突きこめかみを抑えて俯いた。
正直、申し訳ない気持ちが強い。俺だって竜の子にこんな粗末な食事をあげるのは気が引けている。
少し魔力があればそれだけで違うというのに。
「ねぇウィル? エルはすごいはっけんをしたよ。こうやってパンをシチューにつけるとやわらかくなってもっとおいしいの!」
「素晴らしい発見ですお嬢様! 無知な人間共に号外を飛ばして知らせてやりましょう!」
そんな彼を慮って、というより本当に自分の発見を伝えたくてエルが語り掛けるとウィルがアホになった。
こいつエラのことになると知識レベル下がり過ぎじゃないか?
その時だった、わっと数メートル離れたテーブルで急に歓声が上がったは。
「強ぇー!」
「今で6連勝か? おいもう挑戦者はいないのか? 勝てば金貨3枚だぞ」
「馬っ鹿、もういねぇよ。なんたって<<剛腕のダッゾ>>だぜ? 下手なやつじゃ腕が折れちまうよ!」
話し声を聞くとどうやらそっちにいる連中は腕相撲で勝負をしていたらしい。
あんまりうるさくしないで欲しいが集まっているのは現役のウォーカーたちで店の主人も注意出来ず腫れ物に触るかのようだった。
それと今聞こえた<<剛腕のダッゾ>>には聞き覚えがある。
確かゴールドのウォーカーだ。
ウォーカーの階級は『ブロンズ<シルバー<ゴールド<プラチナ<ダイヤ<ミスリル』と高くなり、彼は俺より二つも上の中堅どころにあたる。
「へぇ、これを利用しない手はないな」
「ちょ、ウィル!?」
俺も顔を背けようとしたらウィルが椅子から立ち上がり、彼らの方へと寄って行った。
慌てて止めようとしても手が空を切り間に合わない。
「ん? なんだガキ? 俺様のファンか?」
「そんなわけあるかお前みたいな三下に。挑戦だよ。勝ったら金貨がもらえるんだろ?」
「はぁ!?」
ウィルの顔ぐらいはありそうな太い腕をしたダッゾは今の今まで上機嫌だったのに、面食らった後すぐ谷底へ落ちるかの如く彼を睨みつけた。
誰が見ても怒っていて一触即発なのにウィルは意に返さない。
「お、おおおお前! すみません、子供の言うことですから許してやって――」
「勝負するのはこいつだ」
「そう勝負するのは俺、って……はぁぁぁぁぁぁ!?」
ウィルは親指を立てて彼の肩を掴んで退場させようとした俺を指した。
思わず仰天する。
こいつ、自分から喧嘩を売りにいって俺になすり付けやがった!
「なんだとぉ? おいこいつ知ってるか?」
「確か魔無しじゃなかったか? 誰もしないような雑用とか採取とかずっと何年もやってる底辺のやつ」
ジロリと矛先が変わりこちらに彼らの視線が一気に向く。
品定めするように足元から頭まで見られ、そして――
「ぎゃははははは!! 魔無しだってよ!!」
「嘘だろ!? そんなクズの分際で……ぷっうはははは!!」
「こんな笑えるジョーク久々だぜ。くくくくくく! ダメだ、耐えらんねぇ!」
予想通りの嘲笑だ。
しかしこれに反論出来ないのもまた現実だった。
それほどまでに魔力ありと無しの違いは子供と大人ほどに大きい。
今までのウォーカー生活でもこうして侮辱されることは日常茶飯事だった。
腹は立つがむしろ場が緩んだので無傷で逃げ切れそうな気配がしてきた。
ここは我慢すれば何とか収まるんじゃないだろうか。
「笑うのは結構だが負けた後にゴネられても困る。金貨3枚はそこのテーブルに置いてもらおうか」
だというのにウィルは啖呵を切って隣のテーブルを指を差す。
唯一の逃げるチャンスだったのにまだ腕相撲勝負をやらせる気らしい。
正気じゃない! こいつ悪魔か!
「あははは! いいぜいいぜ! そういうのは大歓迎だ。ほら来いよ。……ただしそこまで言ったんなら腕が折れてウォーカーとしての仕事が出来なくなっても恨むんじゃねぇぞ」
ダッゾはテーブルにどっしりと肘を置きこちらを待ち構える姿勢を作る。
途中までは笑っていたが急に真顔になり、圧が増した。
おそらくこれがこいつの本気モードだ。威圧され勝てるビジョンが浮かばない。
周りのやつらはニヤニヤとしているが俺が逃げ出そうとすればすぐさま取り押さえるよう徐々に取り囲んでくる。
これは駄目なやつだ。もはや無かったことには出来ない流れになってしまった。
コリュヌト様はドラゴンナイトになったと言ってくれたが、俺が悪いからかエラがまだ子供だからか強くなった気はしていない。
だから非常にまずい。
「おいウィル! 俺が気に入らないからってこんな嫌がらせあんまりだぞ!」
「ふん、僕がそんな陰険なことをすると思うのか、短慮者め」
めちゃくちゃしそうだよ、お前は!
絶対、根に持って一つのことを何年も擦るタイプだ。
だが今ここでそんなことを言っても仕方ないのでぐっと口をつぐむ。
「いいから早くこっちに来い! 魔無しと現役の違いを思い知らせてやるからよ」
「くっ……わ、分かった……」
もはややらないと事態の収まりが付かないのは明らかで、俺は嫌々ながらもテーブルに肘を突きダッゾの手を握る。
熱く固い皮膚の感触がした。
息遣いすら聞こえる間合いに入り、なお向こうは必勝を予感して余裕の表情を崩さない。
おおよそこういうやつらの考えは読めている。
きっと俺の甲の部分がテーブルに付いてもわざと終わらせず、そのまま手を潰してくるか一度持ち上げてまたテーブルに叩きつけるとかだろう。
問題は溜飲が下がるまでに俺の手が保つかどうかだ。
一応、薬師に知り合いはいるが何より払う金が無い。
「そろそろ始めるぜ。おい、合図をしろ」
ダッゾは取り巻きの一人に声を掛ける。
この時点で一分後の自分の惨劇を予感して汗が滲み心臓がうるさいほど跳ねていた。
勝負と言いながらも処刑に等しい。
なんだってこんなことになったんだ……。
「じゃあ行くぞ。レディー……ゴー!!」
合図と共に精一杯の力をこめる。
「ふぐぐ!!!」
勝てるとは思ってないがそれでもやらないよりはマシだ。
しかしダッゾの手は全く動かない。
それこそ岩を押しているかのようにビクともしなかった。
「おいおい、それで全力か? やっぱ魔無しってのは本当のようだな。しょうもねぇ。だったら二度と逆らわねぇよう魔力全開で潰してやるよ! 今日がお前の引退記念日だ!!」
ダッゾは目前の勝利にぐっと握る手に力をこめてくる。
やっぱり無理だったか。くそ、なんで世の中はこんなに不公平なんだ。
「ぐぐぐぐぐ!! ん?」
全力だったのでダッゾのことを見る余裕すらもなかったが唐突に俺の背中に気配を感じた。
「さぁお嬢様、不甲斐ないこいつに活を入れてやって下さい」
「はーい! ディーがんばれー!」
どうやら後ろにウィルとエラがいるらしい。
暢気そうな掛け声が掛かり、ウィルに持ち上げられたエラの小さな手が俺の背中に触れる。
途端、何かが弾けた。
今まで微動だにしなかったダッゾの腕がまるで紙にでもなったかのごとく押し倒せた。
その感覚は俺の知覚やコントロールの域を超え、暴力的なまでに腕を振りかぶってしまう。
「は――」
衝撃はすさまじかった。
気付いた時には俺がダッゾの手を握ったまま下に向けた力はテーブルごと粉砕し床をも砕いていたのだ。
どう考えてもあり得ない。テーブルが砂糖で出来ていたレベルじゃないと納得がいかない出来事だ。
もしくは夢の中か。
、
「が……あ……」
しかしながら現実は、ダッゾは受け身も取れず手が足元の木の床を貫通しており、その圧倒的な反動で床に頭を打って気絶していた。
小さな土埃が立ち、俺も含めて店にいた誰もがその光景が現実のものと認識出来ずに我を失っている。
「ふぉおおお! ディー、すごーい!」
静まり返る店内ではしゃぐのはエラだけだ。
彼女だけがシンプルに俺が勝ったことを受け入れていた。
「は、はぁ!?」
一番驚いたのは俺だったかもしれない。
状況が理解出来ないでいると一人だけ当たり前のようにウィルがテーブルから金貨を掠め取った。
まるでこうなることを知っていたかのようだ。
「ではこれはもらっていく。埃っぽくなったから別の店に行くことにしようか。あぁ、あとテーブルなどの修理代はそこの負け犬共に払ってもらえ。ほらお前もさっさと来い」
「は、はぁ……」
ウィルはエラの手を取り何事もなかったのように店を出ようとする。
俺はそれに生返事で反応し後ろを付いて行くことしか出来なかった。
「これでお嬢様に上等な物を召し上がって頂ける」
何が何やら分からないまま俺は自分の手を見つめながら、上機嫌になったウィルを追って店を出たのだった。
辺りは真っ暗で灯りなど装備が整っていない今は外に放り出されていたら本当に生死に関わるところだった。
ぐるっと囲む外壁を潜り数日振りに戻ってきた街はいつもと変わらない。
けれど自分の人生の中でも段トツでショッキングなことを経験しまくったせいで心は少しフワフワしている。
街の中は蓄光石という昼間に光を貯め込む石と、家や酒場から漏れる光で転ばずに歩ける程度には明るい。
もちろんそれでも暗がりなどはあるので女性の一人歩きなどは禁物だ。
「ふぅん、あまり都会ではなさそうなところだな」
「まちー! すごー! でもひとあんまりいなーい!」
横にいるウィルは特に興味が無さそうに、俺の肩に座っているエルは目を輝かせて夜の街並みを見回している。
右へ左へと首は回り忙しない。
暗くてあまり遠くまで見れず、出来れば太陽が昇っている時の感想が欲しかったが仕方ない。
「二人はやっぱり街に入るのは初めてなのかい?」
「そー。 だからエラわくわくなの!」
エラは元気良く答えてくれる。
「僕も村程度ならまだしも街に入るのは初めてだな」
口調は無感情を装っているがウィルの目はキョロキョロと動いていた。
どうやら彼はかなり分かり辛いタイプのようだ。
「このまま進んで中央通りから離れたところに俺が部屋を借りているところがあるんだ。もう少し歩くから迷子にならないように付いてきてくれ」
「誰に物を言っているんだ。見た目は子供でも僕はお前の倍は生きているんだぞ、愚か者」
「え?」
「不死者として物心が付いてからコリュヌト様にお仕えして50年は経つ。浮遊霊の時のも入れるともっとかもな」
迷子と言われたのがムっときたのかウィルが年齢でマウントを取ってきた。
見た目と歳が一致しないのは当たり前か。でもやっぱり印象に引っ張られるんだよなぁ。
考えていると、突然ぐーっと変な音が頭に鳴り響いた。
これはまさか……
「おなかへった……」
「あ、俺も……」
どうやらエラの腹の虫の音だったようだ。
その音を聞いて共鳴するかのように俺の腹も鳴る。
よくよく思い出したら三日も寝ていたからそりゃあ空腹状態だろう。
ここまで色んなことがあり過ぎて胃もびっくりして、ようやく正常稼働というところかな。
「ディー、ごはんたべたい」
「おい、お嬢様が空腹だ。早く案内しろ!」
エラのしょんぼり顔を見てウィルが不機嫌そうになる。
「俺も何か食いたいし、そうだな、早く家に帰りたいところだったけどちょっと寄って行くか」
あまり夜は寄り道したくはなかったが俺のハングリー度もけっこうなもので本能には逆らえなかった。
目的地は割と近くにあった食事処だ。夜は酒も出るのでそれなりに繁盛していて騒がしい。
俺は主人に注文をした品を受け取り、先に座らせた二人のいる席へと行く。
「はい、持ってきたよ」
「わぁ! おいしそうがきたー!」
今か今かと待ち望んでいたエラの前に大きめのパンと木皿に入ったシチューを置く。
この時刻だとさすがにパンは固くなってしまっているがシチューの方は湯気が出て薄っすらと匂いが香り彼女はご機嫌だ。
「じゃあ三等分するよ」
「三等分?」
俺は一つのパンを手づかみで三つに分けた。
その様子をウィルは眉をひそめて見つめる。
「はい、どうぞ」
「やったー!」
エルは無邪気にそれを受け取って口に入れてやや固さに苦戦しながらもむしゃむしゃと頬張るが、ウィルの眉間の皺はさらに深くなっていく。
そしてたまりかねて口を開いた。
「おいまさかとは思うがこれだけじゃないだろうな? 僕は不死だから食べなくても平気だがこれはどう見ても一人分だろう」
まぁそう言われるとは思っていた。
「仕方ないじゃないか。俺の財布はキースたちの馬車の中だ。これだって靴の裏に隠していたもしもの時の銀貨を使ったんだぞ。まぁと言っても財布の中身もしれてるけどな」
俺一人暮らしていくだけでギリギリなのに食い扶持が増えたのは実はけっこうきつい問題だ。
いくらなんでも伝説の竜の前でお金が無いので貸してくれません? と率直に言えなかった自分の小さなプライドが恨めしい。
「待て。僕の知識ではウォーカーっていうのは一般人より稼ぎがあるはずだが?」
「俺は魔無しだ。ウォーカーの中でも最底辺のブロンズ。当然稼ぎも最底辺だ」
「なんということだ……」
ウィルはテーブルに肘を突きこめかみを抑えて俯いた。
正直、申し訳ない気持ちが強い。俺だって竜の子にこんな粗末な食事をあげるのは気が引けている。
少し魔力があればそれだけで違うというのに。
「ねぇウィル? エルはすごいはっけんをしたよ。こうやってパンをシチューにつけるとやわらかくなってもっとおいしいの!」
「素晴らしい発見ですお嬢様! 無知な人間共に号外を飛ばして知らせてやりましょう!」
そんな彼を慮って、というより本当に自分の発見を伝えたくてエルが語り掛けるとウィルがアホになった。
こいつエラのことになると知識レベル下がり過ぎじゃないか?
その時だった、わっと数メートル離れたテーブルで急に歓声が上がったは。
「強ぇー!」
「今で6連勝か? おいもう挑戦者はいないのか? 勝てば金貨3枚だぞ」
「馬っ鹿、もういねぇよ。なんたって<<剛腕のダッゾ>>だぜ? 下手なやつじゃ腕が折れちまうよ!」
話し声を聞くとどうやらそっちにいる連中は腕相撲で勝負をしていたらしい。
あんまりうるさくしないで欲しいが集まっているのは現役のウォーカーたちで店の主人も注意出来ず腫れ物に触るかのようだった。
それと今聞こえた<<剛腕のダッゾ>>には聞き覚えがある。
確かゴールドのウォーカーだ。
ウォーカーの階級は『ブロンズ<シルバー<ゴールド<プラチナ<ダイヤ<ミスリル』と高くなり、彼は俺より二つも上の中堅どころにあたる。
「へぇ、これを利用しない手はないな」
「ちょ、ウィル!?」
俺も顔を背けようとしたらウィルが椅子から立ち上がり、彼らの方へと寄って行った。
慌てて止めようとしても手が空を切り間に合わない。
「ん? なんだガキ? 俺様のファンか?」
「そんなわけあるかお前みたいな三下に。挑戦だよ。勝ったら金貨がもらえるんだろ?」
「はぁ!?」
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誰が見ても怒っていて一触即発なのにウィルは意に返さない。
「お、おおおお前! すみません、子供の言うことですから許してやって――」
「勝負するのはこいつだ」
「そう勝負するのは俺、って……はぁぁぁぁぁぁ!?」
ウィルは親指を立てて彼の肩を掴んで退場させようとした俺を指した。
思わず仰天する。
こいつ、自分から喧嘩を売りにいって俺になすり付けやがった!
「なんだとぉ? おいこいつ知ってるか?」
「確か魔無しじゃなかったか? 誰もしないような雑用とか採取とかずっと何年もやってる底辺のやつ」
ジロリと矛先が変わりこちらに彼らの視線が一気に向く。
品定めするように足元から頭まで見られ、そして――
「ぎゃははははは!! 魔無しだってよ!!」
「嘘だろ!? そんなクズの分際で……ぷっうはははは!!」
「こんな笑えるジョーク久々だぜ。くくくくくく! ダメだ、耐えらんねぇ!」
予想通りの嘲笑だ。
しかしこれに反論出来ないのもまた現実だった。
それほどまでに魔力ありと無しの違いは子供と大人ほどに大きい。
今までのウォーカー生活でもこうして侮辱されることは日常茶飯事だった。
腹は立つがむしろ場が緩んだので無傷で逃げ切れそうな気配がしてきた。
ここは我慢すれば何とか収まるんじゃないだろうか。
「笑うのは結構だが負けた後にゴネられても困る。金貨3枚はそこのテーブルに置いてもらおうか」
だというのにウィルは啖呵を切って隣のテーブルを指を差す。
唯一の逃げるチャンスだったのにまだ腕相撲勝負をやらせる気らしい。
正気じゃない! こいつ悪魔か!
「あははは! いいぜいいぜ! そういうのは大歓迎だ。ほら来いよ。……ただしそこまで言ったんなら腕が折れてウォーカーとしての仕事が出来なくなっても恨むんじゃねぇぞ」
ダッゾはテーブルにどっしりと肘を置きこちらを待ち構える姿勢を作る。
途中までは笑っていたが急に真顔になり、圧が増した。
おそらくこれがこいつの本気モードだ。威圧され勝てるビジョンが浮かばない。
周りのやつらはニヤニヤとしているが俺が逃げ出そうとすればすぐさま取り押さえるよう徐々に取り囲んでくる。
これは駄目なやつだ。もはや無かったことには出来ない流れになってしまった。
コリュヌト様はドラゴンナイトになったと言ってくれたが、俺が悪いからかエラがまだ子供だからか強くなった気はしていない。
だから非常にまずい。
「おいウィル! 俺が気に入らないからってこんな嫌がらせあんまりだぞ!」
「ふん、僕がそんな陰険なことをすると思うのか、短慮者め」
めちゃくちゃしそうだよ、お前は!
絶対、根に持って一つのことを何年も擦るタイプだ。
だが今ここでそんなことを言っても仕方ないのでぐっと口をつぐむ。
「いいから早くこっちに来い! 魔無しと現役の違いを思い知らせてやるからよ」
「くっ……わ、分かった……」
もはややらないと事態の収まりが付かないのは明らかで、俺は嫌々ながらもテーブルに肘を突きダッゾの手を握る。
熱く固い皮膚の感触がした。
息遣いすら聞こえる間合いに入り、なお向こうは必勝を予感して余裕の表情を崩さない。
おおよそこういうやつらの考えは読めている。
きっと俺の甲の部分がテーブルに付いてもわざと終わらせず、そのまま手を潰してくるか一度持ち上げてまたテーブルに叩きつけるとかだろう。
問題は溜飲が下がるまでに俺の手が保つかどうかだ。
一応、薬師に知り合いはいるが何より払う金が無い。
「そろそろ始めるぜ。おい、合図をしろ」
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この時点で一分後の自分の惨劇を予感して汗が滲み心臓がうるさいほど跳ねていた。
勝負と言いながらも処刑に等しい。
なんだってこんなことになったんだ……。
「じゃあ行くぞ。レディー……ゴー!!」
合図と共に精一杯の力をこめる。
「ふぐぐ!!!」
勝てるとは思ってないがそれでもやらないよりはマシだ。
しかしダッゾの手は全く動かない。
それこそ岩を押しているかのようにビクともしなかった。
「おいおい、それで全力か? やっぱ魔無しってのは本当のようだな。しょうもねぇ。だったら二度と逆らわねぇよう魔力全開で潰してやるよ! 今日がお前の引退記念日だ!!」
ダッゾは目前の勝利にぐっと握る手に力をこめてくる。
やっぱり無理だったか。くそ、なんで世の中はこんなに不公平なんだ。
「ぐぐぐぐぐ!! ん?」
全力だったのでダッゾのことを見る余裕すらもなかったが唐突に俺の背中に気配を感じた。
「さぁお嬢様、不甲斐ないこいつに活を入れてやって下さい」
「はーい! ディーがんばれー!」
どうやら後ろにウィルとエラがいるらしい。
暢気そうな掛け声が掛かり、ウィルに持ち上げられたエラの小さな手が俺の背中に触れる。
途端、何かが弾けた。
今まで微動だにしなかったダッゾの腕がまるで紙にでもなったかのごとく押し倒せた。
その感覚は俺の知覚やコントロールの域を超え、暴力的なまでに腕を振りかぶってしまう。
「は――」
衝撃はすさまじかった。
気付いた時には俺がダッゾの手を握ったまま下に向けた力はテーブルごと粉砕し床をも砕いていたのだ。
どう考えてもあり得ない。テーブルが砂糖で出来ていたレベルじゃないと納得がいかない出来事だ。
もしくは夢の中か。
、
「が……あ……」
しかしながら現実は、ダッゾは受け身も取れず手が足元の木の床を貫通しており、その圧倒的な反動で床に頭を打って気絶していた。
小さな土埃が立ち、俺も含めて店にいた誰もがその光景が現実のものと認識出来ずに我を失っている。
「ふぉおおお! ディー、すごーい!」
静まり返る店内ではしゃぐのはエラだけだ。
彼女だけがシンプルに俺が勝ったことを受け入れていた。
「は、はぁ!?」
一番驚いたのは俺だったかもしれない。
状況が理解出来ないでいると一人だけ当たり前のようにウィルがテーブルから金貨を掠め取った。
まるでこうなることを知っていたかのようだ。
「ではこれはもらっていく。埃っぽくなったから別の店に行くことにしようか。あぁ、あとテーブルなどの修理代はそこの負け犬共に払ってもらえ。ほらお前もさっさと来い」
「は、はぁ……」
ウィルはエラの手を取り何事もなかったのように店を出ようとする。
俺はそれに生返事で反応し後ろを付いて行くことしか出来なかった。
「これでお嬢様に上等な物を召し上がって頂ける」
何が何やら分からないまま俺は自分の手を見つめながら、上機嫌になったウィルを追って店を出たのだった。
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今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました
taki210
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旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件
『穢らわしい娼婦の子供』
『ロクに魔法も使えない出来損ない』
『皇帝になれない無能皇子』
皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。
だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。
毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき……
『なんだあの威力の魔法は…?』
『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』
『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』
『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』
そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。
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辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~
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壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
他作品の詳細はこちら:
『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】
『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】
『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
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マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
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16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
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もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
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マーテルリアのイラストを変更致しました。
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