魔力無しの32歳底辺冒険者が伝説の竜の子供と契約し最強のドラゴンナイトになるまで

ペンギン4号

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底辺冒険者

賭けアームレスリング

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 夜になるのと同時ぐらいに街へと帰れた。
 辺りは真っ暗で灯りなど装備が整っていない今は外に放り出されていたら本当に生死に関わるところだった。 

 ぐるっと囲む外壁を潜り数日振りに戻ってきた街はいつもと変わらない。
 けれど自分の人生の中でも段トツでショッキングなことを経験しまくったせいで心は少しフワフワしている。
 街の中は蓄光石という昼間に光を貯め込む石と、家や酒場から漏れる光で転ばずに歩ける程度には明るい。
 もちろんそれでも暗がりなどはあるので女性の一人歩きなどは禁物だ。
 
「ふぅん、あまり都会ではなさそうなところだな」

「まちー! すごー! でもひとあんまりいなーい!」

 横にいるウィルは特に興味が無さそうに、俺の肩に座っているエルは目を輝かせて夜の街並みを見回している。
 右へ左へと首は回りせわしない。
 暗くてあまり遠くまで見れず、出来れば太陽が昇っている時の感想が欲しかったが仕方ない。
 
「二人はやっぱり街に入るのは初めてなのかい?」

「そー。 だからエラわくわくなの!」

 エラは元気良く答えてくれる。

「僕も村程度ならまだしも街に入るのは初めてだな」

 口調は無感情を装っているがウィルの目はキョロキョロと動いていた。
 どうやら彼はかなり分かり辛いタイプのようだ。

「このまま進んで中央通りから離れたところに俺が部屋を借りているところがあるんだ。もう少し歩くから迷子にならないように付いてきてくれ」

「誰に物を言っているんだ。見た目は子供でも僕はお前の倍は生きているんだぞ、愚か者」

「え?」

「不死者として物心が付いてからコリュヌト様にお仕えして50年は経つ。浮遊霊の時のも入れるともっとかもな」

 迷子と言われたのがムっときたのかウィルが年齢でマウントを取ってきた。
 見た目と歳が一致しないのは当たり前か。でもやっぱり印象に引っ張られるんだよなぁ。  

 考えていると、突然ぐーっと変な音が頭に鳴り響いた。
 これはまさか……

「おなかへった……」

「あ、俺も……」

 どうやらエラの腹の虫の音だったようだ。
 その音を聞いて共鳴するかのように俺の腹も鳴る。
 よくよく思い出したら三日も寝ていたからそりゃあ空腹状態だろう。
 ここまで色んなことがあり過ぎて胃もびっくりして、ようやく正常稼働というところかな。

「ディー、ごはんたべたい」

「おい、お嬢様が空腹だ。早く案内しろ!」

 エラのしょんぼり顔を見てウィルが不機嫌そうになる。
 
「俺も何か食いたいし、そうだな、早く家に帰りたいところだったけどちょっと寄って行くか」

 あまり夜は寄り道したくはなかったが俺のハングリー度もけっこうなもので本能には逆らえなかった。
 目的地は割と近くにあった食事処だ。夜は酒も出るのでそれなりに繁盛していて騒がしい。
 俺は主人に注文をした品を受け取り、先に座らせた二人のいる席へと行く。

「はい、持ってきたよ」

「わぁ! おいしそうがきたー!」

 今か今かと待ち望んでいたエラの前に大きめのパンと木皿に入ったシチューを置く。
 この時刻だとさすがにパンは固くなってしまっているがシチューの方は湯気が出て薄っすらと匂いが香り彼女はご機嫌だ。

「じゃあ三等分するよ」

「三等分?」

 俺は一つのパンを手づかみで三つに分けた。
 その様子をウィルは眉をひそめて見つめる。

「はい、どうぞ」

「やったー!」

 エルは無邪気にそれを受け取って口に入れてやや固さに苦戦しながらもむしゃむしゃと頬張るが、ウィルの眉間の皺はさらに深くなっていく。
 そしてたまりかねて口を開いた。

「おいまさかとは思うがこれだけじゃないだろうな? 僕は不死だから食べなくても平気だがこれはどう見ても一人分だろう」

 まぁそう言われるとは思っていた。
 
「仕方ないじゃないか。俺の財布はキースたちの馬車の中だ。これだって靴の裏に隠していたもしもの時の銀貨を使ったんだぞ。まぁと言っても財布の中身もしれてるけどな」
 
 俺一人暮らしていくだけでギリギリなのに食い扶持ぶちが増えたのは実はけっこうきつい問題だ。
 いくらなんでも伝説の竜の前でお金が無いので貸してくれません? と率直に言えなかった自分の小さなプライドが恨めしい。

「待て。僕の知識ではウォーカー冒険者っていうのは一般人より稼ぎがあるはずだが?」

「俺は魔無しだ。ウォーカー冒険者の中でも最底辺のブロンズ。当然稼ぎも最底辺だ」

「なんということだ……」

 ウィルはテーブルに肘を突きこめかみを抑えて俯いた。
 正直、申し訳ない気持ちが強い。俺だって竜の子にこんな粗末な食事をあげるのは気が引けている。
 少し魔力があればそれだけで違うというのに。

「ねぇウィル? エルはすごいはっけんをしたよ。こうやってパンをシチューにつけるとやわらかくなってもっとおいしいの!」

「素晴らしい発見ですお嬢様! 無知な人間共に号外を飛ばして知らせてやりましょう!」

 そんな彼をおもんばかって、というより本当に自分の発見を伝えたくてエルが語り掛けるとウィルがアホになった。
 こいつエラのことになると知識レベル下がり過ぎじゃないか?

 その時だった、わっと数メートル離れたテーブルで急に歓声が上がったは。 

「強ぇー!」

「今で6連勝か? おいもう挑戦者はいないのか? 勝てば金貨3枚だぞ」

「馬っ鹿、もういねぇよ。なんたって<<剛腕のダッゾ>>だぜ? 下手なやつじゃ腕が折れちまうよ!」

 話し声を聞くとどうやらそっちにいる連中は腕相撲で勝負をしていたらしい。
 あんまりうるさくしないで欲しいが集まっているのは現役のウォーカーたちで店の主人も注意出来ず腫れ物に触るかのようだった。
 それと今聞こえた<<剛腕のダッゾ>>には聞き覚えがある。
 確かゴールドのウォーカー冒険者だ。
 ウォーカーの階級は『ブロンズ<シルバー<ゴールド<プラチナ<ダイヤ<ミスリル』と高くなり、彼は俺より二つも上の中堅どころにあたる。
 
「へぇ、これを利用しない手はないな」

「ちょ、ウィル!?」

 俺も顔を背けようとしたらウィルが椅子から立ち上がり、彼らの方へと寄って行った。
 慌てて止めようとしても手が空を切り間に合わない。

「ん? なんだガキ? 俺様のファンか?」

「そんなわけあるかお前みたいな三下に。挑戦だよ。勝ったら金貨がもらえるんだろ?」

「はぁ!?」

 ウィルの顔ぐらいはありそうな太い腕をしたダッゾは今の今まで上機嫌だったのに、面食らった後すぐ谷底へ落ちるかの如く彼を睨みつけた。
 誰が見ても怒っていて一触即発なのにウィルは意に返さない。

「お、おおおお前! すみません、子供の言うことですから許してやって――」

「勝負するのはこいつだ」

「そう勝負するのは俺、って……はぁぁぁぁぁぁ!?」

 ウィルは親指を立てて彼の肩を掴んで退場させようとした俺を指した。
 思わず仰天する。
 こいつ、自分から喧嘩を売りにいって俺になすり付けやがった!

「なんだとぉ? おいこいつ知ってるか?」

「確か魔無しじゃなかったか? 誰もしないような雑用とか採取とかずっと何年もやってる底辺のやつ」

 ジロリと矛先が変わりこちらに彼らの視線が一気に向く。
 品定めするように足元から頭まで見られ、そして――

「ぎゃははははは!! 魔無しだってよ!!」

「嘘だろ!? そんなクズの分際で……ぷっうはははは!!」

「こんな笑えるジョーク久々だぜ。くくくくくく! ダメだ、耐えらんねぇ!」

 予想通りの嘲笑ちょうしょうだ。
 しかしこれに反論出来ないのもまた現実だった。
 それほどまでに魔力ありと無しの違いは子供と大人ほどに大きい。
 今までのウォーカー生活でもこうして侮辱されることは日常茶飯事だった。
 腹は立つがむしろ場が緩んだので無傷で逃げ切れそうな気配がしてきた。
 ここは我慢すれば何とか収まるんじゃないだろうか。

「笑うのは結構だが負けた後にゴネられても困る。金貨3枚はそこのテーブルに置いてもらおうか」

 だというのにウィルは啖呵を切って隣のテーブルを指を差す。
 唯一の逃げるチャンスだったのにまだ腕相撲勝負をやらせる気らしい。
 正気じゃない! こいつ悪魔か!

「あははは! いいぜいいぜ! そういうのは大歓迎だ。ほら来いよ。……ただしそこまで言ったんなら腕が折れてウォーカーとしての仕事が出来なくなっても恨むんじゃねぇぞ」

 ダッゾはテーブルにどっしりと肘を置きこちらを待ち構える姿勢を作る。
 途中までは笑っていたが急に真顔になり、圧が増した。
 おそらくこれがこいつの本気モードだ。威圧され勝てるビジョンが浮かばない。

 周りのやつらはニヤニヤとしているが俺が逃げ出そうとすればすぐさま取り押さえるよう徐々に取り囲んでくる。
 これは駄目なやつだ。もはや無かったことには出来ない流れになってしまった。
 コリュヌト様はドラゴンナイトになったと言ってくれたが、俺が悪いからかエラがまだ子供だからか強くなった気はしていない。
 だから非常にまずい。

「おいウィル! 俺が気に入らないからってこんな嫌がらせあんまりだぞ!」

「ふん、僕がそんな陰険なことをすると思うのか、短慮者め」

 めちゃくちゃしそうだよ、お前は!
 絶対、根に持って一つのことを何年もこするタイプだ。
 だが今ここでそんなことを言っても仕方ないのでぐっと口をつぐむ。

「いいから早くこっちに来い! 魔無しブロンズ現役ゴールドの違いを思い知らせてやるからよ」

「くっ……わ、分かった……」

 もはややらないと事態の収まりが付かないのは明らかで、俺は嫌々ながらもテーブルに肘を突きダッゾの手を握る。
 熱く固い皮膚の感触がした。
 息遣いすら聞こえる間合いに入り、なお向こうは必勝を予感して余裕の表情を崩さない。 
 おおよそこういうやつらの考えは読めている。
 きっと俺の甲の部分がテーブルに付いてもわざと終わらせず、そのまま手を潰してくるか一度持ち上げてまたテーブルに叩きつけるとかだろう。
 問題は溜飲が下がるまでに俺の手が保つかどうかだ。
 一応、薬師に知り合いはいるが何より払う金が無い。

「そろそろ始めるぜ。おい、合図をしろ」

 ダッゾは取り巻きの一人に声を掛ける。
 この時点で一分後の自分の惨劇を予感して汗が滲み心臓がうるさいほど跳ねていた。
 勝負と言いながらも処刑に等しい。
 なんだってこんなことになったんだ……。

「じゃあ行くぞ。レディー……ゴー!!」

 合図と共に精一杯の力をこめる。

「ふぐぐ!!!」

 勝てるとは思ってないがそれでもやらないよりはマシだ。
 しかしダッゾの手は全く動かない。
 それこそ岩を押しているかのようにビクともしなかった。

「おいおい、それで全力か? やっぱ魔無しってのは本当のようだな。しょうもねぇ。だったら二度と逆らわねぇよう魔力全開で潰してやるよ! 今日がお前の引退記念日だ!!」

 ダッゾは目前の勝利にぐっと握る手に力をこめてくる。
 やっぱり無理だったか。くそ、なんで世の中はこんなに不公平なんだ。

「ぐぐぐぐぐ!! ん?」

 全力だったのでダッゾのことを見る余裕すらもなかったが唐突に俺の背中に気配を感じた。

「さぁお嬢様、不甲斐ないこいつに活を入れてやって下さい」

「はーい! ディーがんばれー!」

 どうやら後ろにウィルとエラがいるらしい。
 暢気そうな掛け声が掛かり、ウィルに持ち上げられたエラの小さな手が俺の背中に触れる。

 途端、何かが弾けた。
 今まで微動だにしなかったダッゾの腕がまるで紙にでもなったかのごとく押し倒せた。
 その感覚は俺の知覚やコントロールの域を超え、暴力的なまでに腕を振りかぶってしまう。 

「は――」

 衝撃はすさまじかった。
 気付いた時には俺がダッゾの手を握ったまま下に向けた力はテーブルごと粉砕し床をも砕いていたのだ。
 どう考えてもあり得ない。テーブルが砂糖で出来ていたレベルじゃないと納得がいかない出来事だ。
 もしくは夢の中か。

「が……あ……」

 しかしながら現実は、ダッゾは受け身も取れず手が足元の木の床を貫通しており、その圧倒的な反動で床に頭を打って気絶していた。
 小さな土埃が立ち、俺も含めて店にいた誰もがその光景が現実のものと認識出来ずに我を失っている。

「ふぉおおお! ディー、すごーい!」

 静まり返る店内ではしゃぐのはエラだけだ。
 彼女だけがシンプルに俺が勝ったことを受け入れていた。
 
「は、はぁ!?」

 一番驚いたのは俺だったかもしれない。
 状況が理解出来ないでいると一人だけ当たり前のようにウィルがテーブルから金貨を掠め取った。
 まるでこうなることを知っていたかのようだ。

「ではこれはもらっていく。埃っぽくなったから別の店に行くことにしようか。あぁ、あとテーブルなどの修理代はそこの負け犬共に払ってもらえ。ほらお前もさっさと来い」

「は、はぁ……」

 ウィルはエラの手を取り何事もなかったのように店を出ようとする。
 俺はそれに生返事で反応し後ろを付いて行くことしか出来なかった。

「これでお嬢様に上等な物を召し上がって頂ける」

 何が何やら分からないまま俺は自分の手を見つめながら、上機嫌になったウィルを追って店を出たのだった。

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