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5章 くノ一異世界を股にかける!
23 残機1
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「―【玄武符】土壁成山―×2」
『―【玄武符】土壁成山―×2』
景保と玄武が土属性の防御術をタイミング良く同時に発動する。
ただし用途は相手の封殺だ。
二人の共同作業により四方が一瞬で囲まれ三メートル近い壁がいきなり出現したことにより視界を奪われ偽彼方の動きが鈍った。
「今です!」
そこに――
「おらぁ!! 燃え尽きろ!! ―【仏気術】火天の炎焔玉―」
「貫け! ―【弓術】獄炎の矢―」
『悪い子はお仕置きだよ! ―【朱雀符】炎々裂波―』
ブリッツが頭上から運動会で使う玉転がしのようなサイズの炎の塊をぶつけ、ジロウが全てを燃やし尽くす地獄の炎を矢に乗せ放ち、朱雀が猛火の波動を放出した。
着弾と同時に炎がカタログスペック以上に巻き上がる。
前後左右と地面が塞がれており逃げ場の無くなったことと、3種の炎エネルギーが混ざり合い十二分にその威力を発揮したからだ。
まさに即席の火葬と化した連携技となり、巨大な炎柱が空へと伸びる。
「やったか!?」
ブリッツが期待を込めた目で壁を見張る。
『ギギィ!!』
しかし分厚い土壁に線が幾重にも走り、その切断面が綺麗に割断されていく。
中から出て来たのはまだ元気な姿の偽彼方だった。
「これでも駄目なのか!?」
「他の八大災厄の術が強化されていた。ならおそらくこのプレイヤーをコピーする術も強化されているんでしょう。でも効いてはいるはずです! 手を緩めないで!」
それなりに自信があった術が致命打になっていないことに頬をひきつるブリッツに景保が注意を促す。
事態は景保とジロウが駆け付け、4対1になったことで二偽彼方を拮抗するようにはなっていた。
ただし一回きりで時間制限もある【陰陽師】の二重召喚を使わされてのようやくの五分だ。
そして景保が言うようにこの偽彼方はリムによってレベル120の本物の彼方よりも強化されていた。
『マネージャーごめん……僕もうそろそろ時間みたいだよ……』
しかも朱雀の時間切れがやってきた。
朱雀の体が徐々に半透明になって消えていく。
「朱雀!? もうか! 空いた穴をどう埋める? 努力と根性でどうにかなるものじゃないぞ。考えろ考えろ!」
自らの奥義で呼び出した朱雀が時間制限により退場し、拮抗が崩れるのを懸念して景保は独り言を漏らす。
『ギァ!!』
朱雀が消え去る、その全員の気が引かれてしまった一瞬を偽彼方は見逃さない。
突発的に彼の黒い肉体が瞬発し最も後方にいたステファニーに黒い長刀が牙を剥く。
「しまっ――」
サポート2人という編成の場合、敵が大型でなければサポート同士はあまり距離を離れずお互いを支援する動きが基本だった。
そうすれば前衛よりも非力な後衛職でも時間を稼ぐことが出来る。
特に三重奏という強力な分、非常に集中力が必要なバフ術のためステファニーは意識が戦闘に向きにくい。
玄武がパーティー全体の壁となり、ステファニー個人の壁となるのは景保の仕事だった。
だというのに自問自答に思考を取られた隙を突かれた。
『キシィ!』
「あっ!」
黒長刀がステファニーの首を刎ねようと最短距離で迫る。
彼女は刹那の間、迷う。
バフの術は一度止めたり小節を何度も失敗するとしばらく使えなくなるためだ。
その時間を惜しんだせいで動きと思考が渋滞を起こし中途半端にギターで無理やりガードした。
しかし膂力に差があり過ぎた。
ギターがミシリと嫌な音を響かせ刀が数センチめり込むとステファニーはそのまま後方へと投げ出される。
九死に一生は得た。
けれど態勢が整う前に偽彼方はステファニーへと楽々と追撃を掛ける。
『キシャシャシャシャ!!』
偽彼方の鋭い突きがまだ浮いて足を付けられないステファニーの柔らかな双丘に突き刺さろうとした。
「これ以上、仲間をやらせねぇ!!!」
横から飛び出してきたのはブリッツである。
間一髪、彼は間に合った。
まるで霙大夫戦のラストのようであるが、刀は今度はブリッツの太い左腕を貫き肋骨に達する。
「ぐぅ!!」
『キシシシシ!! ――っ!?』
口から血が漏れ痛みに呻くブリッツを嗤う偽彼方だったがすぐさまそこから飛び退いた。
後方からジロウの放った矢が来ていることに気付いたのだ。
偽彼方の残像だけを貫通して矢は数十メートル離れた地面を小さく陥没させる。
「今のうちに! ―【六合符】治癒活性―」
「た、助かる……」
景保の素早い回復術によりブリッツの腕と胸に空いた刀傷が徐々に塞がりをみせていく。
しかしながら彼の使う術は美歌のものとは違って完全回復まで時間を要する。
脂汗を滲ませたブリッツは片膝を突いたまますぐさま動けない。
「ブリッツを中心に陣形を組みなおせ! バラバラになったらやられるぞ!」
後方からジロウの激が飛び彼らは集まった。
前衛は玄武で気を引き、中衛からジロウがフォローを入れ、後衛は景保とステファニーでブリッツが回復するまで支援する。
これが現在考えられる最も無難で固い位置取りで、彼らもそれを分かっているため打ち合わせ無しに足踏みを揃えられた。
『申し訳ない。拙が抜かれてしまった』
「いや僕のせいだ。気を抜いてはいけない相手なのに!」
主従同士が反省し合う。
レベル100のプレイヤーたちですら翻弄されている相手にレベル80の玄武はむしろ死なずによくやっていると言える。
それを分かっていたから景保は責める気にはならなかった。
「まるで八大災厄並。いやそれ以上デス……」
ステファニーが新しいギターと交換しながら弱気を漏らしたが他のメンバーも同じ感想だった。
そしてそれは当たっている。ステータスの上では八大災厄の上をいっていたしそれをみなが肌で感じていた。
せめて強化されていなければもっと優勢になれていただろう。
しかしリムと現実は彼らにそのような甘えは許さなかった。
『ギギ!』
おもむろに偽彼方は黒長刀を鞘に納める。
その動作に全員が何事かと思考を中断し見入ってしまう。
『―【トウジュツオウギ】ジゲンギリ―』
それは彼方の得意とする抜刀の奥義術。
何者すらも切り裂く【侍】の最強にして至高の抜刀剣術であった。
ゲームでのコピーされた偽物は通常の術まではなら使う。奥義はバランスが崩れるため使ってこなかった。
だがリムにより強化された偽者はその禁を易々と破り、全員の目が丸くなる。
『―【玄武符】土壁成山―!』
辛うじて反応出来たのは玄武のみだった。
防御術を発動させた玄武がさらに自らの身長ほどもある大盾を用いて体を張って味方を守ろうとした。
だが、不幸だったのはあまりにもレベル差があったことだ。
剣閃が壁ごと、いや玄武ごと切り裂いた。
『ぐぅぅ!!』
大盾が真っ二つに引き裂かれ、勢いは止まらず彼女の腕と胸の上の位置を一文字に傷が走る。
血が噴き出し激痛に耐えながらも玄武は槍を杖にして倒れるのだけは防いだ。
しかしそれもただの意地だ。ギリギリ持ちこたえているだけの状態である。
「玄武!」
いち早く反応したのは召喚主である景保。
彼女を庇うように前に出る。
けれど後衛職の陰陽師が前に出てなんになるのだというのだろうか。
玄武の割れた大盾よりもひ弱な景保は自身でそれを理解していたが咄嗟に体が動いてしまった。
『キシシシシシ!』
偽彼方はそんな彼らを見下すかのように嗤いそして淡い期待を断ち切ろうと詰めの攻撃に出た。
□ ■ □
『がぁっ!?』
教会騎士団の一人が天狗のうちわにより突風に巻き込まれた。
空中に投げ出され受け身を取る間もなく背中と後頭部を地面にぶつけての不時着を余儀なくされる。
「セラ様! もうもちません!」
「何を言っているのですか! 異世界人だけに戦わせて私たちが逃げる訳にはいかないでしょう!」
グレーがセラに泣き言を伝えるが彼女はそれを却下した。
教会騎士団は現在、撤退を止めUターンし彼方の援護をすべく彼に集まっていた妖怪の一部を引き受けていた。
この世界では絶対に遭遇しないおかしな容姿のモンスターたちを倒すべくすでに【狂化】を発動させられている。
小回りが利かない【天恵】を使わせられたのはその能力が分からない点にあった。
全くの未知数で能力の情報がなかったためだ。それに当然ながら妖怪軍団は上はレベル100相当までいる。
それらは彼方が引き受けていたが、【狂化】のアシストを得ても数も質もまるで足りていなかった。
「しかしこのままでは全滅です!」
唾を飛ばしセラに再考を迫るグレーの懸念も最もである。
もはや騎士団の数は100を切っていた。
数も違えば質も違う。翻弄され続けた挙句に大混戦へと雪崩込み、もはや消耗戦へと色合いが変わっていたのである。
「分かっています! でもここで逃げて生き延びても末路は同じです。それに何の縁もない彼らだけに戦わせて焚きつけた当事者たる私たちが指をくわえて見ているなど出来ません!」
彼方たちにリムの討伐を依頼したのは教会である。
そんなことを打ち明けなければ彼方たちは今頃もっとのんびりと旅でも楽しめたのかもしれない。
セラはそのことに責任を感じていた。
『愚か者どもめ。お前たちは一体なぜ自分たちを正義だと勘違いしているのだ? 結界が壊されれば外にいる科学者の末裔共が武力をかさにきて雪崩れ込んでくるだけだ』
「そんなことはありません! 同じ人間同士対話すればきっと分かるはずです!!」
『ほう? 千年間ずっと外から攻撃を加えられているというのにか?』
「なっ……」
リムに現実を突きつけられセラが言葉に詰まる。
希望的観測ではあった。しかしさっき言った通り、ただお互いの状況が分からないだけで話し合えばきっと外の人間とも和解し共に生きる仲間となれるだろうと信じていたのだ。
だというのに今のリムの発言はその前提が崩れるようなものだった。
『私が守ってやっているのも知らずにいい気なものよ。万が一私を倒したところでお前たちにやって来るのはさらなる戦いだけだ』
「そんな……では私たちがやっていることは……」
『世界を破滅に導く行為だ』
セラや他の騎士団たちの脳裏には軍備を増強した外の人間たちが押し寄せてくる映像が浮かんでしまう。
一縷の望みすらも絶望へと変えられていき、戦いはさらに激しく重いものへと変化していく。
そして彼方の方はと言うと……
「邪魔です! 通しなさい!」
彼方の長刀が力士河童と呼ばれるマッチョな雑魚モンスターに刃を立てようとするもその前に地面からせり出て来たぬりかべが攻撃を防ぐ。
防御特化で弱点部分の目を攻撃するか属性術でないとダメージが通らないぬりかべの強固な皮膚に刀は固い衝撃を彼方の手に返してきた。
「くっ! 今度は下から!?」
さらに下から現れたのはがしゃどくろ。
十数メートルある骨の妖怪でその身を檻にして彼方を閉じ込めた。
そこに火車から煉獄の炎が射出される。
がしゃどくろの空洞な体の中は炎であふれ返った。
「ああああぁぁぁぁ!!」
途切れた火炎の中には黒ずんだ彼方がいて炎を振り払い特大の吠え声を上げる。
ダメージは見た目ほどは食らっていない。しかし絶え間ない攻勢に未だセラや景保を助けにいけないことに相当な焦りを感じていた。
今彼方の元には80~100の妖怪たちが集まり、徐々に倒してはいるが消耗させられてばかりだった。
いかに彼が強かろうと死を恐れぬモンスターたちに数で押し切られている形だ。
「なら上から!」
彼方はセラたちの方へ向かうためがしゃどくろの骨を足場にして空に跳ぶ。
『逃がしはせぬ!』
しかしながらそこには数百メートルはある曲刀がすかさず空気を切り裂いてやってくる。
リムの攻撃だ。自分の手下である妖怪たちを潰さぬよう目だった手出しはしないが彼方がこうして逃げ出そうとするとちょっかいを掛けてきた。
「うわっ!」
紙一重で躱したものの風圧だけで風の属性攻撃のような威力があり、彼方は巻き込まれ数十メートル別の場所に叩きつけら不時着させられる。
もちろん妖怪軍団はそれを見逃さない。
たった一つの肉に食らいつこうと肉食獣が集まるかのようにわっと彼を取り囲み次々と剛力や奇怪な術などを以てして殺到する。
「そこを……そこをどけぇ!!」
感情をそのまま吠え外に出す彼方。
それほどまでに追い詰められていた。
それも当然だろう。自分が一秒遅れるごとに加勢しようと来た教会騎士団たちがどんどんと数を減らしていくのだから。
どれだけやられていても彼の目にはそれが映ってしまう。
そして無慈悲にも横から牛頭が二メートルはありそうな斧を彼に振るう。
「くっ!」
刀で受け止めることは出来た。
『ブモオオオオオォォォ!!』
「なに!? ぐはっ!」
だがさらに反対側から馬頭が同じ剛斧で彼方がら空きの胴を襲った。
態勢をほんの少しだけ揺らしなんとか彼方は鎧部分で受けることに成功する。
それでも少なくないダメージを食らい彼方は自分に蓄積されて減って行くHPバーを見ながら苦しげに頬を固くした。
□ ■ □
「ああぁぁぁぁぁぁ!!!」
「景保!!」
景保が偽彼方に首根っこを掴まれ盾のように前に出される。
あいていに言って人質だ。
首を捻られたり刀を刺されるだけで彼は死ぬ。
だからその場にいた誰も偽彼方を刺激しないよう動けなかった。
「ぼ、僕は……いいから……攻撃を……片手が塞がって……チャン……ス……で……す……」
「馬鹿野郎!! 葵もいなくなったのにお前まで失わせるかよ!!」
激痛と気道を塞がれた苦しみにしゃべることすらも絶え絶えな景保からの願いをブリッツは拒否する。
彼だけではない。はいそうですか、と受け取れる者はいなかった。
時間にすればたった数か月。それでも彼らの中には仲間としての確かな絆が生まれていた。
『絶望を抱いたまま塵と化せ』
そうした様子にリムは満足気に見降ろし煽ってくる。
「ちぃ、ブリッツお前が注意を引け。その間に儂が麻痺矢を撃って状態異常にさせる」
「やれるのか爺さん? 仮に当たったところで状態異常が効くかどうかは100%じゃねぇぞ?」
ジロウからの提案は危ないものだった。
まず矢が当たるかどうか、そこから状態異常が通るかどうか、最低二つは賭けに勝たないといけない。
もし失敗すれば即座に景保のHPは全損させられることになるだろう。
しかしながら今も刻一刻と景保のHPは減りをみせていた。
どこかでチャレンジしないといけない場面でもあり、それはブリッツも分っていたがすぐに納得できるものでもなかった。
「分かっとる。だからと言ってこのまま好きにさせる訳にはいかんだろう。ステファニー、お前は景保に回復を掛け続けろ! 何があっても死なすな!」
「分かりまシタ!」
手短に作戦会議が終わる。
そして彼らが緊張しながら行動を起こそうとした時――
「な、なんだ? 体が……!?」
『ギギィ?』
突如、ジロウの体が発光を始めた。
術やアイテムで光ることはあれど、何もしていないのに光り出したことにブリッツたちだけではなく偽彼方までもがそれを見入ってしまう。
「これは……そうか今更分かった。儂がそうだったのか。あとは……頼む……ぞ……」
やがてブリッツたちが目を開けていられなくなるほど発光が極限に達する。
辛うじて聞こえたのは何かを察したかのようなジロウの言葉のみだった。
「ど、どうなったんだ? 爺さん?」
、溢れる光から腕で目を庇い、灼かれた視力が回復してきてブリッツたちはジロウを見る。
そこには――
□ ■ □
「ハロー! さっき振りね! あれ? どうしたの?」
心配掛けたと思ったから出来るだけ軽い感じで登場したんだけど、隣にいるブリッツやステファニーさんたちが口をあんぐりと開けて固まっていた。
まるで幽霊でも見たかのようなリアクションだ。
いやまぁそれは大体合ってるか。
「は……あ、葵? あれ? えっと爺さんは? いや、お前死んで消えたよな? どうなってんだ?」
「えーと、それはね……って景保さんやばいことになってんじゃん!」
このままじゃ話が進みそうにないなぁと思って説明しようとしたら目の前には首を握られ掴まっている景保さんがいた。
悠長に雑談している場合じゃないのをすぐさま理解してメニューをタップする。
「ええっと……よく分からんねぇがとにかくそうだ! お前が本物の葵なら景保を助けるのを手伝え!」
「当ったり前! でも私一人でたぶん大丈夫よ」
「は? 何言ってんだ? こっちは4人掛かりでギリギリだったんだぞ?」
「そうデス! ジロウさんがなぜかいなくなったので他の方法を考えまショウ!」
ブリッツとステファニーさんが引き留めようとしてくる。
その心配はもっともだけど今の私であればいけるはずだ。
二人の言葉を聞きながらも指のタップは進んでいき、私はリィムに別れ際に送られた『忠告』を思い出す。
『いいー? 葵ちゃん。まず豆太郎ちゃんのおかげであなたは生き返れたけれどあの子の命もあなたと繋がっていたためにそこまで修復したって訳じゃないの。おそらく一回こっきり、しかも時間もそんなにない。これがラストチャンスよ』
『そんな顔しないー。あなたに全く勝ち目がない訳じゃないわ。リムは今、強大な力と大きさに振り回されている。だから慣れるまでかなりの時間を要するわ。付け込むなら今ね』
『それとねー、リムに封印されていたスキルも解放してあげる。本当は半年後に行うはずだったバージョンアップの内容だったんだけどね、これが合わさったらまずいと思ったんでしょうね。とある条件が必要なんだけど今の葵ちゃんなら使えるわ。フェアじゃないし面白いものを見せてくれたお礼よ。頑張ってね』
リィムの思惑通りに乗るのも癪だけど今だけは我慢してやる。
私は聞いていたメニュー画面の最後のボタンを押す。
きっとこの状況を打開出来ると信じて。
「あの世で豆太郎からもらった力を見せるわ。―【忍術奥義】獣神変化―」
その力の術名を宣言すると同時に駆け出すと一歩踏み込むごとに私の姿が変わっていく。
頭の上には犬耳が、お尻には丸く小さな尻尾が生えてきたのだ。
『ギィ!?』
前方の偽彼方は驚きながらも勝手に動き出した私を戒めるように刀を景保さんに突き刺そうとした。
――だけど遅い。
獣神と化した私を前に、片手で景保さんを抱えているのはただのお荷物でしかないんだよ。
心臓の鼓動が一拍するかどうかの刹那の時間。
今までの速度をさらに上回るトップスピードで偽彼方の首を――刎ねた。
『ギ……ギギ……』
たぶん強敵だったんだろう。私もまともにやればここまで簡単ではなかったはずだ。
でも向こうは両手が塞がっていて強化された私の強さを知らないため勝負は電撃的に終わった。
首が地面に落ちる前に偽彼方は消滅し、解放された景保さんが信じられないものを見たかのように呆けて膝を突く。
「あ、葵さん……それは……?」
「豆太郎にもらった力です。ごめんなさい、どうもゆっくり説明している時間はないみたいです。みんなはあそこの教会騎士団の人たちの救援をお願いします」
景保さんの視線は私の新しく生えた耳とかに注がれていた。
けれど今言った通り説明する余裕がなく私は苦戦中の彼方さんの元へと跳ぶ。
「これは……すごい!」
全身で風を切る。こんな時だというのに髪や鼓膜を震わす空気が気持ち良い。
今までよりもさらに体は軽やかでしなやか。普通の自転車からロードバイクに乗った時ぐらいの感覚の違いがあった。
心も満月の下でふんだんに月の光を浴びているかのように高揚している。
恐れはない。だって私は豆太郎と一緒にいるんだから。
自然と手が頭の獣耳を触る。
ただの気のせいかもしれないけど豆太郎を撫でているのと同じような感触だった。
もう豆太郎の軌跡が残っているのは思い出とこれしかない。
「ありがとう、豆太郎」
思った以上の高さが出てしまったがひとっ跳びで彼方さんの頭上にまで行って上から術を宣言する。
「―【水遁】大筒蛙―!」
『ゲロォォ!!』
背中に巨大な大砲を装備した大蛙を召喚した。
「あれ? 大きくなってる!? まぁなんでもいいや、あそこら辺を狙ってやっちゃって!」
『ゲロロ!!』
ゲームでは5メートルほどだったのが一回り以上大きくなっていることに驚いた。
だがやることは変わらない。
大蛙は空中から背中の大砲を連射し、でかい水の塊が彼方さんの周りにいた妖怪たちを押し潰していく。
「っとぉ! 続いてこの辺りの全部任せたわ!」
『ゲロゲーロ!』
さらに着地と同時に妖怪の何体を大蛙は踏みつけてそこから水をホースのように射出する。
『ギヤァァァ!!』
盛大に巻き込んで彼方さんの近くにいたやつらは根こそぎ押し流してくれた。
すごい。術もパワーアップしてる。
これならレベル120かそれ以上の強さがあるはずだ。
身体能力だけじゃなく思わぬ嬉しい誤算に胸が熱くなる。
「あ、葵さん!? あなたは死んだはずでは? それにその姿?」
「簡単に説明すると死んだのやめました! それより妖怪たちは景保さんたちが何とかしてくれます。私たちはボスをやりましょう」
景保さんたちと同じリアクションの彼方さん。
見た目は満身創痍に近く、鎧や着物は焦げていたりほつれがあったりもうボロボロだ。
私が出張ったことにより一時的に軽い会話をする時間は稼げたけどちゃんと話している時間はない。
大蛙が掃除してくれている間にこれで納得してもらわないと。
「いや何がなんだか……ただそれには賛成です」
「よし話は終わり。いきますよ! ―【風遁】風魔手裏剣―!」
元は座布団ぐらいの大きさだったのに掛け布団ぐらいビッグになった風の手裏剣をリムへの道を塞ぐ雑魚たちに放つ。
『ギガァァァ!!』
殺傷能力が上がっていて回転力がまるでミキサーだ。
触れた妖怪たちは風魔手裏剣を止めることは出来ずに消滅していく。
そしてこれでリムへ一直線に道が拓けた。
打ち合わせした訳じゃないのに彼方さんは私の意図を汲み取って一緒にその道を駆ける。
『な、何なのだ貴様は! 死から蘇るだと? あり得ん!』
「あんたの大好きなリィム様に生き返してもらったのよ!」
はるか頭上にいるリムに不敵に言葉を返してやった。
『馬鹿な! 嘘を吐くな!!』
「だったらそう思っとけばいいんじゃない? 私一人でそんなことが出来るとは思えないけどね!」
『あり得ん! あり得ん! あり得ん! リィム様が私よりも人間共に力を貸すなど断じてあり得ん!! 姑息にも惑わそうとする者には天誅を下す! ―【八大地獄】鳴神七矢―』
私の軽口に子供のように駄々をこねるリムは彼方さんを苦しめ絶影を倒したホーミングする七本の雷撃を発動させる。
「葵さん!」
その威力を身をもって知っている彼方さんの声が聞こえる。
一発でも食らえば即死級の高性能な雷の矢だ。
さてどう凌ぐか……よし、決めた。
彼方さんをよそに私はその高速で飛来する雷たちを真正面から迎え撃つ。
「爆散しろぉ! ―【火遁】紅梅―」
巻物を放り投げてやってくる雷の前で爆発させた。
直後に凄まじいエネルギーの放出が起こり土煙や光で何にも見えなくなる。
逃げても追いかけてくるなら他の衝撃を当てて潰す作戦だ。
だけど嫌な予感がしてすぐさまジャンプする。
直後、私のいた場所を光が数本貫いた。
「全部は無理か。だったら!」
雷の矢はまだ三本健在だった。
ぐるっとUターンしてくる軌跡を見せ始め空中にいて身動きが取れない私を狙ってくる。
その前にメニュー欄からアイテムを取り出し次の手を発動させた。
「いぃぃぃやっほぉぉぉぉ!!!」
私が取り出したのは『鉤縄』だ。
もちろんゲームのアイテムなのである程度自由にロープ部分を伸縮したり、刺さっている鉤部分を外したりすることが可能なもの。
フック状になっている先端をそびえたつリムの腕に引っ掛け私は空中ブランコのように空を滑った。
『この羽虫が!!』
当然リムはそのロープを外そうと腕を動かそうとするが、そうなる前にこっちで外して違う部分へと掛けロープの長さを調節しながら空を闊歩する。
雷の矢も私を逃さず付いてきた。
「鬼さんこちら、ってね!」
少しずつ躱しながら上へ上へと昇りついにはリムの顔の前まで到達する。
そこから彼の顔をすり抜けて後頭部へと回った。
『私に当てる気か? そう容易くはないぞ異世界人』
「私の名前は葵よ! そんなんだからリィムに見放されるのよ!」
『リ……お前ごときがリィム様を語るなぁ!!!』
耳をつんざくようなリムの怒り声が響くがそれを努めて無視すると、雷たちはするりとリムの顔を避けてこちらにまだ追尾してくる。
まぁそう簡単じゃないか。だったら!
「―【火遁】紅梅―」
さっきと同じ方法で衝突させ雷の矢を消す。
そして発生した煙幕に紛れリムに突撃した。
「ピリっとくるぅ!」
対衝突させたけどまだ雷の影響力は微量に残っていて、チクチクとした痛みを感じながら振り向いたばかりで対応に遅れが生じるリムに右手を掲げる。
「せりゃあああああ!!!」
首筋を一閃。
割と良い手ごたえが入った。
『調子に乗るなネズミが!!』
けれどやはり体格差があり過ぎて致命傷にはなりえないらしい。
ダメージエフェクトとして黒い瘴気のようなものを噴出しながらリムは手で私を押し潰そうとはたいてくる。
手のひらだけで優に家2~3軒分は掴めそうな凶悪なプッシング。
当たればこの姿でも即死は免れなさそうだ。
「こっちを忘れていませんか? ―【刀術奥義】次元斬り―」
怪我を押してスタンバイしていたのは彼方さんだ。
彼はリムの足麗に回っており腱を狙って攻撃した。
首や胴体など太い部分は大した成果も得られなかったが足首には効果があり、ぐらっとリムが後ろから崩れそうになる。
『ぐおおっ! ネズミが一匹増えたぐらいで!』
「倒れとけっての!! ―【火遁】紅梅―」
リムの顔面にどでかい紅い花が咲く。
さすがに鼻っ面に爆発を食らったおかげか後ろから倒れていった。
300メートル級の巨体だ。それだけで辺りは強烈な地震と錯覚するような振動が起こる。
『ぐっ、よくもこんな真似を! 押し潰れろ! ―【八大地獄】岩責破潰―』
突如、頭上の雲が割れる。
そこから姿を現したのはリムの半分はありそうな超巨大な岩の塊。
ぞっとした。
さすがにあれを破壊する火力はない。
どうする? 彼方さんと協力したとしてもあれは破壊できないだろう。
でも出来なければ騎士団の面子は間違いなく全滅だ。
私たちだけなら逃げられるが……。
『迷え。苦しめ。それがリィム様を騙ったお前たちの罪だ』
勝ちを確信するリム。
もはや一刻の猶予もない。残された時間は数秒程度。
「やるしかない! 彼方さん!」
「分かっています!」
「―【火遁】紅梅―」「―【刀術】かまいたち斬り―」
二人で即座に出せる遠距離術を発動させる。
火炎の爆発と切り裂く刃は落下する岩の塊を削った……が、それも一部分だけ。
一割程度が限界だった。
これはまずい!
見る間に絶望の塊が空中から近付いてきた。
圧倒的な悪寒が支配する刹那――あれが落ちてくる前に横合いから凄まじい稲妻のごとき何かのエネルギーが刺さり崩壊を始める。
「これなら! ―【風遁】芭蕉風―!」
咄嗟に風の忍術を発動した。
現れたのは大竜巻。
パワーアップした竜巻は頭上から落下してくる大岩の破片を巻き上げそのまま誰もいない方向へと運んだ。
危ない危ない。あんなもの落ちたら大惨事だ。
ふぅ、と一息吐いてから大岩を割った下手人に振り返る。
それは『宇宙船ペルセウス』だった。
『あー、聞こえるか? 悪いがお前たちだけに良い格好させらんねぇ。俺たちも混ぜてもらうぜ』
ペルセウスから大音量の声がスピーカーを通して流れてくる。
その声はアレンだった。
『えーと、これが攻撃でこっちが右に行ったり上に行ったりするやつよね。ぶっつけ本番だから壊れても知らないわよ!』
さらにペルセウスから聞こえるのはミーシャの声だ。
何やらぶつぶつ独り言が漏れてくる。
それに合わせてペルセウスからドローンのようなものが数体リムに向かっていき、小さな機銃を搭載しているようで蠅のようにリムの顔の周りを包囲してチクチクとダメージを与え出した。
『ぐぅ、邪魔だ!』
リムはそれを追い払おうとするも腕の風力が大き過ぎてドローンが飛ばされ当たらない。
蚊を潰そうとしてなかなか潰せないみたいな感じだろうか。
「―【降神術】少彦名命 薬泉の霧―」
そして私たちの近くから今聞こえた声もよく見知ってる声だ。
私と彼方さんに霧状の回復が降り注ぐ。
振り向くとそこには美歌ちゃんとお供のテンがいた、
「美歌ちゃん!? なんで? あそこに乗ってたんじゃないの?」
「みーんなうちを置いて行こうとするんやもん! みんな自分勝手するんやったらうちだって勝手にさせてもらうんや!」
ちょっぴりおこな美歌ちゃん。
その横にいるテンはこっちに目線を合せて黙って頷いてくる。
いやどういうアイコンタクトよそれ。
『―【玄武符】土壁成山―×2』
景保と玄武が土属性の防御術をタイミング良く同時に発動する。
ただし用途は相手の封殺だ。
二人の共同作業により四方が一瞬で囲まれ三メートル近い壁がいきなり出現したことにより視界を奪われ偽彼方の動きが鈍った。
「今です!」
そこに――
「おらぁ!! 燃え尽きろ!! ―【仏気術】火天の炎焔玉―」
「貫け! ―【弓術】獄炎の矢―」
『悪い子はお仕置きだよ! ―【朱雀符】炎々裂波―』
ブリッツが頭上から運動会で使う玉転がしのようなサイズの炎の塊をぶつけ、ジロウが全てを燃やし尽くす地獄の炎を矢に乗せ放ち、朱雀が猛火の波動を放出した。
着弾と同時に炎がカタログスペック以上に巻き上がる。
前後左右と地面が塞がれており逃げ場の無くなったことと、3種の炎エネルギーが混ざり合い十二分にその威力を発揮したからだ。
まさに即席の火葬と化した連携技となり、巨大な炎柱が空へと伸びる。
「やったか!?」
ブリッツが期待を込めた目で壁を見張る。
『ギギィ!!』
しかし分厚い土壁に線が幾重にも走り、その切断面が綺麗に割断されていく。
中から出て来たのはまだ元気な姿の偽彼方だった。
「これでも駄目なのか!?」
「他の八大災厄の術が強化されていた。ならおそらくこのプレイヤーをコピーする術も強化されているんでしょう。でも効いてはいるはずです! 手を緩めないで!」
それなりに自信があった術が致命打になっていないことに頬をひきつるブリッツに景保が注意を促す。
事態は景保とジロウが駆け付け、4対1になったことで二偽彼方を拮抗するようにはなっていた。
ただし一回きりで時間制限もある【陰陽師】の二重召喚を使わされてのようやくの五分だ。
そして景保が言うようにこの偽彼方はリムによってレベル120の本物の彼方よりも強化されていた。
『マネージャーごめん……僕もうそろそろ時間みたいだよ……』
しかも朱雀の時間切れがやってきた。
朱雀の体が徐々に半透明になって消えていく。
「朱雀!? もうか! 空いた穴をどう埋める? 努力と根性でどうにかなるものじゃないぞ。考えろ考えろ!」
自らの奥義で呼び出した朱雀が時間制限により退場し、拮抗が崩れるのを懸念して景保は独り言を漏らす。
『ギァ!!』
朱雀が消え去る、その全員の気が引かれてしまった一瞬を偽彼方は見逃さない。
突発的に彼の黒い肉体が瞬発し最も後方にいたステファニーに黒い長刀が牙を剥く。
「しまっ――」
サポート2人という編成の場合、敵が大型でなければサポート同士はあまり距離を離れずお互いを支援する動きが基本だった。
そうすれば前衛よりも非力な後衛職でも時間を稼ぐことが出来る。
特に三重奏という強力な分、非常に集中力が必要なバフ術のためステファニーは意識が戦闘に向きにくい。
玄武がパーティー全体の壁となり、ステファニー個人の壁となるのは景保の仕事だった。
だというのに自問自答に思考を取られた隙を突かれた。
『キシィ!』
「あっ!」
黒長刀がステファニーの首を刎ねようと最短距離で迫る。
彼女は刹那の間、迷う。
バフの術は一度止めたり小節を何度も失敗するとしばらく使えなくなるためだ。
その時間を惜しんだせいで動きと思考が渋滞を起こし中途半端にギターで無理やりガードした。
しかし膂力に差があり過ぎた。
ギターがミシリと嫌な音を響かせ刀が数センチめり込むとステファニーはそのまま後方へと投げ出される。
九死に一生は得た。
けれど態勢が整う前に偽彼方はステファニーへと楽々と追撃を掛ける。
『キシャシャシャシャ!!』
偽彼方の鋭い突きがまだ浮いて足を付けられないステファニーの柔らかな双丘に突き刺さろうとした。
「これ以上、仲間をやらせねぇ!!!」
横から飛び出してきたのはブリッツである。
間一髪、彼は間に合った。
まるで霙大夫戦のラストのようであるが、刀は今度はブリッツの太い左腕を貫き肋骨に達する。
「ぐぅ!!」
『キシシシシ!! ――っ!?』
口から血が漏れ痛みに呻くブリッツを嗤う偽彼方だったがすぐさまそこから飛び退いた。
後方からジロウの放った矢が来ていることに気付いたのだ。
偽彼方の残像だけを貫通して矢は数十メートル離れた地面を小さく陥没させる。
「今のうちに! ―【六合符】治癒活性―」
「た、助かる……」
景保の素早い回復術によりブリッツの腕と胸に空いた刀傷が徐々に塞がりをみせていく。
しかしながら彼の使う術は美歌のものとは違って完全回復まで時間を要する。
脂汗を滲ませたブリッツは片膝を突いたまますぐさま動けない。
「ブリッツを中心に陣形を組みなおせ! バラバラになったらやられるぞ!」
後方からジロウの激が飛び彼らは集まった。
前衛は玄武で気を引き、中衛からジロウがフォローを入れ、後衛は景保とステファニーでブリッツが回復するまで支援する。
これが現在考えられる最も無難で固い位置取りで、彼らもそれを分かっているため打ち合わせ無しに足踏みを揃えられた。
『申し訳ない。拙が抜かれてしまった』
「いや僕のせいだ。気を抜いてはいけない相手なのに!」
主従同士が反省し合う。
レベル100のプレイヤーたちですら翻弄されている相手にレベル80の玄武はむしろ死なずによくやっていると言える。
それを分かっていたから景保は責める気にはならなかった。
「まるで八大災厄並。いやそれ以上デス……」
ステファニーが新しいギターと交換しながら弱気を漏らしたが他のメンバーも同じ感想だった。
そしてそれは当たっている。ステータスの上では八大災厄の上をいっていたしそれをみなが肌で感じていた。
せめて強化されていなければもっと優勢になれていただろう。
しかしリムと現実は彼らにそのような甘えは許さなかった。
『ギギ!』
おもむろに偽彼方は黒長刀を鞘に納める。
その動作に全員が何事かと思考を中断し見入ってしまう。
『―【トウジュツオウギ】ジゲンギリ―』
それは彼方の得意とする抜刀の奥義術。
何者すらも切り裂く【侍】の最強にして至高の抜刀剣術であった。
ゲームでのコピーされた偽物は通常の術まではなら使う。奥義はバランスが崩れるため使ってこなかった。
だがリムにより強化された偽者はその禁を易々と破り、全員の目が丸くなる。
『―【玄武符】土壁成山―!』
辛うじて反応出来たのは玄武のみだった。
防御術を発動させた玄武がさらに自らの身長ほどもある大盾を用いて体を張って味方を守ろうとした。
だが、不幸だったのはあまりにもレベル差があったことだ。
剣閃が壁ごと、いや玄武ごと切り裂いた。
『ぐぅぅ!!』
大盾が真っ二つに引き裂かれ、勢いは止まらず彼女の腕と胸の上の位置を一文字に傷が走る。
血が噴き出し激痛に耐えながらも玄武は槍を杖にして倒れるのだけは防いだ。
しかしそれもただの意地だ。ギリギリ持ちこたえているだけの状態である。
「玄武!」
いち早く反応したのは召喚主である景保。
彼女を庇うように前に出る。
けれど後衛職の陰陽師が前に出てなんになるのだというのだろうか。
玄武の割れた大盾よりもひ弱な景保は自身でそれを理解していたが咄嗟に体が動いてしまった。
『キシシシシシ!』
偽彼方はそんな彼らを見下すかのように嗤いそして淡い期待を断ち切ろうと詰めの攻撃に出た。
□ ■ □
『がぁっ!?』
教会騎士団の一人が天狗のうちわにより突風に巻き込まれた。
空中に投げ出され受け身を取る間もなく背中と後頭部を地面にぶつけての不時着を余儀なくされる。
「セラ様! もうもちません!」
「何を言っているのですか! 異世界人だけに戦わせて私たちが逃げる訳にはいかないでしょう!」
グレーがセラに泣き言を伝えるが彼女はそれを却下した。
教会騎士団は現在、撤退を止めUターンし彼方の援護をすべく彼に集まっていた妖怪の一部を引き受けていた。
この世界では絶対に遭遇しないおかしな容姿のモンスターたちを倒すべくすでに【狂化】を発動させられている。
小回りが利かない【天恵】を使わせられたのはその能力が分からない点にあった。
全くの未知数で能力の情報がなかったためだ。それに当然ながら妖怪軍団は上はレベル100相当までいる。
それらは彼方が引き受けていたが、【狂化】のアシストを得ても数も質もまるで足りていなかった。
「しかしこのままでは全滅です!」
唾を飛ばしセラに再考を迫るグレーの懸念も最もである。
もはや騎士団の数は100を切っていた。
数も違えば質も違う。翻弄され続けた挙句に大混戦へと雪崩込み、もはや消耗戦へと色合いが変わっていたのである。
「分かっています! でもここで逃げて生き延びても末路は同じです。それに何の縁もない彼らだけに戦わせて焚きつけた当事者たる私たちが指をくわえて見ているなど出来ません!」
彼方たちにリムの討伐を依頼したのは教会である。
そんなことを打ち明けなければ彼方たちは今頃もっとのんびりと旅でも楽しめたのかもしれない。
セラはそのことに責任を感じていた。
『愚か者どもめ。お前たちは一体なぜ自分たちを正義だと勘違いしているのだ? 結界が壊されれば外にいる科学者の末裔共が武力をかさにきて雪崩れ込んでくるだけだ』
「そんなことはありません! 同じ人間同士対話すればきっと分かるはずです!!」
『ほう? 千年間ずっと外から攻撃を加えられているというのにか?』
「なっ……」
リムに現実を突きつけられセラが言葉に詰まる。
希望的観測ではあった。しかしさっき言った通り、ただお互いの状況が分からないだけで話し合えばきっと外の人間とも和解し共に生きる仲間となれるだろうと信じていたのだ。
だというのに今のリムの発言はその前提が崩れるようなものだった。
『私が守ってやっているのも知らずにいい気なものよ。万が一私を倒したところでお前たちにやって来るのはさらなる戦いだけだ』
「そんな……では私たちがやっていることは……」
『世界を破滅に導く行為だ』
セラや他の騎士団たちの脳裏には軍備を増強した外の人間たちが押し寄せてくる映像が浮かんでしまう。
一縷の望みすらも絶望へと変えられていき、戦いはさらに激しく重いものへと変化していく。
そして彼方の方はと言うと……
「邪魔です! 通しなさい!」
彼方の長刀が力士河童と呼ばれるマッチョな雑魚モンスターに刃を立てようとするもその前に地面からせり出て来たぬりかべが攻撃を防ぐ。
防御特化で弱点部分の目を攻撃するか属性術でないとダメージが通らないぬりかべの強固な皮膚に刀は固い衝撃を彼方の手に返してきた。
「くっ! 今度は下から!?」
さらに下から現れたのはがしゃどくろ。
十数メートルある骨の妖怪でその身を檻にして彼方を閉じ込めた。
そこに火車から煉獄の炎が射出される。
がしゃどくろの空洞な体の中は炎であふれ返った。
「ああああぁぁぁぁ!!」
途切れた火炎の中には黒ずんだ彼方がいて炎を振り払い特大の吠え声を上げる。
ダメージは見た目ほどは食らっていない。しかし絶え間ない攻勢に未だセラや景保を助けにいけないことに相当な焦りを感じていた。
今彼方の元には80~100の妖怪たちが集まり、徐々に倒してはいるが消耗させられてばかりだった。
いかに彼が強かろうと死を恐れぬモンスターたちに数で押し切られている形だ。
「なら上から!」
彼方はセラたちの方へ向かうためがしゃどくろの骨を足場にして空に跳ぶ。
『逃がしはせぬ!』
しかしながらそこには数百メートルはある曲刀がすかさず空気を切り裂いてやってくる。
リムの攻撃だ。自分の手下である妖怪たちを潰さぬよう目だった手出しはしないが彼方がこうして逃げ出そうとするとちょっかいを掛けてきた。
「うわっ!」
紙一重で躱したものの風圧だけで風の属性攻撃のような威力があり、彼方は巻き込まれ数十メートル別の場所に叩きつけら不時着させられる。
もちろん妖怪軍団はそれを見逃さない。
たった一つの肉に食らいつこうと肉食獣が集まるかのようにわっと彼を取り囲み次々と剛力や奇怪な術などを以てして殺到する。
「そこを……そこをどけぇ!!」
感情をそのまま吠え外に出す彼方。
それほどまでに追い詰められていた。
それも当然だろう。自分が一秒遅れるごとに加勢しようと来た教会騎士団たちがどんどんと数を減らしていくのだから。
どれだけやられていても彼の目にはそれが映ってしまう。
そして無慈悲にも横から牛頭が二メートルはありそうな斧を彼に振るう。
「くっ!」
刀で受け止めることは出来た。
『ブモオオオオオォォォ!!』
「なに!? ぐはっ!」
だがさらに反対側から馬頭が同じ剛斧で彼方がら空きの胴を襲った。
態勢をほんの少しだけ揺らしなんとか彼方は鎧部分で受けることに成功する。
それでも少なくないダメージを食らい彼方は自分に蓄積されて減って行くHPバーを見ながら苦しげに頬を固くした。
□ ■ □
「ああぁぁぁぁぁぁ!!!」
「景保!!」
景保が偽彼方に首根っこを掴まれ盾のように前に出される。
あいていに言って人質だ。
首を捻られたり刀を刺されるだけで彼は死ぬ。
だからその場にいた誰も偽彼方を刺激しないよう動けなかった。
「ぼ、僕は……いいから……攻撃を……片手が塞がって……チャン……ス……で……す……」
「馬鹿野郎!! 葵もいなくなったのにお前まで失わせるかよ!!」
激痛と気道を塞がれた苦しみにしゃべることすらも絶え絶えな景保からの願いをブリッツは拒否する。
彼だけではない。はいそうですか、と受け取れる者はいなかった。
時間にすればたった数か月。それでも彼らの中には仲間としての確かな絆が生まれていた。
『絶望を抱いたまま塵と化せ』
そうした様子にリムは満足気に見降ろし煽ってくる。
「ちぃ、ブリッツお前が注意を引け。その間に儂が麻痺矢を撃って状態異常にさせる」
「やれるのか爺さん? 仮に当たったところで状態異常が効くかどうかは100%じゃねぇぞ?」
ジロウからの提案は危ないものだった。
まず矢が当たるかどうか、そこから状態異常が通るかどうか、最低二つは賭けに勝たないといけない。
もし失敗すれば即座に景保のHPは全損させられることになるだろう。
しかしながら今も刻一刻と景保のHPは減りをみせていた。
どこかでチャレンジしないといけない場面でもあり、それはブリッツも分っていたがすぐに納得できるものでもなかった。
「分かっとる。だからと言ってこのまま好きにさせる訳にはいかんだろう。ステファニー、お前は景保に回復を掛け続けろ! 何があっても死なすな!」
「分かりまシタ!」
手短に作戦会議が終わる。
そして彼らが緊張しながら行動を起こそうとした時――
「な、なんだ? 体が……!?」
『ギギィ?』
突如、ジロウの体が発光を始めた。
術やアイテムで光ることはあれど、何もしていないのに光り出したことにブリッツたちだけではなく偽彼方までもがそれを見入ってしまう。
「これは……そうか今更分かった。儂がそうだったのか。あとは……頼む……ぞ……」
やがてブリッツたちが目を開けていられなくなるほど発光が極限に達する。
辛うじて聞こえたのは何かを察したかのようなジロウの言葉のみだった。
「ど、どうなったんだ? 爺さん?」
、溢れる光から腕で目を庇い、灼かれた視力が回復してきてブリッツたちはジロウを見る。
そこには――
□ ■ □
「ハロー! さっき振りね! あれ? どうしたの?」
心配掛けたと思ったから出来るだけ軽い感じで登場したんだけど、隣にいるブリッツやステファニーさんたちが口をあんぐりと開けて固まっていた。
まるで幽霊でも見たかのようなリアクションだ。
いやまぁそれは大体合ってるか。
「は……あ、葵? あれ? えっと爺さんは? いや、お前死んで消えたよな? どうなってんだ?」
「えーと、それはね……って景保さんやばいことになってんじゃん!」
このままじゃ話が進みそうにないなぁと思って説明しようとしたら目の前には首を握られ掴まっている景保さんがいた。
悠長に雑談している場合じゃないのをすぐさま理解してメニューをタップする。
「ええっと……よく分からんねぇがとにかくそうだ! お前が本物の葵なら景保を助けるのを手伝え!」
「当ったり前! でも私一人でたぶん大丈夫よ」
「は? 何言ってんだ? こっちは4人掛かりでギリギリだったんだぞ?」
「そうデス! ジロウさんがなぜかいなくなったので他の方法を考えまショウ!」
ブリッツとステファニーさんが引き留めようとしてくる。
その心配はもっともだけど今の私であればいけるはずだ。
二人の言葉を聞きながらも指のタップは進んでいき、私はリィムに別れ際に送られた『忠告』を思い出す。
『いいー? 葵ちゃん。まず豆太郎ちゃんのおかげであなたは生き返れたけれどあの子の命もあなたと繋がっていたためにそこまで修復したって訳じゃないの。おそらく一回こっきり、しかも時間もそんなにない。これがラストチャンスよ』
『そんな顔しないー。あなたに全く勝ち目がない訳じゃないわ。リムは今、強大な力と大きさに振り回されている。だから慣れるまでかなりの時間を要するわ。付け込むなら今ね』
『それとねー、リムに封印されていたスキルも解放してあげる。本当は半年後に行うはずだったバージョンアップの内容だったんだけどね、これが合わさったらまずいと思ったんでしょうね。とある条件が必要なんだけど今の葵ちゃんなら使えるわ。フェアじゃないし面白いものを見せてくれたお礼よ。頑張ってね』
リィムの思惑通りに乗るのも癪だけど今だけは我慢してやる。
私は聞いていたメニュー画面の最後のボタンを押す。
きっとこの状況を打開出来ると信じて。
「あの世で豆太郎からもらった力を見せるわ。―【忍術奥義】獣神変化―」
その力の術名を宣言すると同時に駆け出すと一歩踏み込むごとに私の姿が変わっていく。
頭の上には犬耳が、お尻には丸く小さな尻尾が生えてきたのだ。
『ギィ!?』
前方の偽彼方は驚きながらも勝手に動き出した私を戒めるように刀を景保さんに突き刺そうとした。
――だけど遅い。
獣神と化した私を前に、片手で景保さんを抱えているのはただのお荷物でしかないんだよ。
心臓の鼓動が一拍するかどうかの刹那の時間。
今までの速度をさらに上回るトップスピードで偽彼方の首を――刎ねた。
『ギ……ギギ……』
たぶん強敵だったんだろう。私もまともにやればここまで簡単ではなかったはずだ。
でも向こうは両手が塞がっていて強化された私の強さを知らないため勝負は電撃的に終わった。
首が地面に落ちる前に偽彼方は消滅し、解放された景保さんが信じられないものを見たかのように呆けて膝を突く。
「あ、葵さん……それは……?」
「豆太郎にもらった力です。ごめんなさい、どうもゆっくり説明している時間はないみたいです。みんなはあそこの教会騎士団の人たちの救援をお願いします」
景保さんの視線は私の新しく生えた耳とかに注がれていた。
けれど今言った通り説明する余裕がなく私は苦戦中の彼方さんの元へと跳ぶ。
「これは……すごい!」
全身で風を切る。こんな時だというのに髪や鼓膜を震わす空気が気持ち良い。
今までよりもさらに体は軽やかでしなやか。普通の自転車からロードバイクに乗った時ぐらいの感覚の違いがあった。
心も満月の下でふんだんに月の光を浴びているかのように高揚している。
恐れはない。だって私は豆太郎と一緒にいるんだから。
自然と手が頭の獣耳を触る。
ただの気のせいかもしれないけど豆太郎を撫でているのと同じような感触だった。
もう豆太郎の軌跡が残っているのは思い出とこれしかない。
「ありがとう、豆太郎」
思った以上の高さが出てしまったがひとっ跳びで彼方さんの頭上にまで行って上から術を宣言する。
「―【水遁】大筒蛙―!」
『ゲロォォ!!』
背中に巨大な大砲を装備した大蛙を召喚した。
「あれ? 大きくなってる!? まぁなんでもいいや、あそこら辺を狙ってやっちゃって!」
『ゲロロ!!』
ゲームでは5メートルほどだったのが一回り以上大きくなっていることに驚いた。
だがやることは変わらない。
大蛙は空中から背中の大砲を連射し、でかい水の塊が彼方さんの周りにいた妖怪たちを押し潰していく。
「っとぉ! 続いてこの辺りの全部任せたわ!」
『ゲロゲーロ!』
さらに着地と同時に妖怪の何体を大蛙は踏みつけてそこから水をホースのように射出する。
『ギヤァァァ!!』
盛大に巻き込んで彼方さんの近くにいたやつらは根こそぎ押し流してくれた。
すごい。術もパワーアップしてる。
これならレベル120かそれ以上の強さがあるはずだ。
身体能力だけじゃなく思わぬ嬉しい誤算に胸が熱くなる。
「あ、葵さん!? あなたは死んだはずでは? それにその姿?」
「簡単に説明すると死んだのやめました! それより妖怪たちは景保さんたちが何とかしてくれます。私たちはボスをやりましょう」
景保さんたちと同じリアクションの彼方さん。
見た目は満身創痍に近く、鎧や着物は焦げていたりほつれがあったりもうボロボロだ。
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「よし話は終わり。いきますよ! ―【風遁】風魔手裏剣―!」
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『ギガァァァ!!』
殺傷能力が上がっていて回転力がまるでミキサーだ。
触れた妖怪たちは風魔手裏剣を止めることは出来ずに消滅していく。
そしてこれでリムへ一直線に道が拓けた。
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『な、何なのだ貴様は! 死から蘇るだと? あり得ん!』
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『馬鹿な! 嘘を吐くな!!』
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『あり得ん! あり得ん! あり得ん! リィム様が私よりも人間共に力を貸すなど断じてあり得ん!! 姑息にも惑わそうとする者には天誅を下す! ―【八大地獄】鳴神七矢―』
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「葵さん!」
その威力を身をもって知っている彼方さんの声が聞こえる。
一発でも食らえば即死級の高性能な雷の矢だ。
さてどう凌ぐか……よし、決めた。
彼方さんをよそに私はその高速で飛来する雷たちを真正面から迎え撃つ。
「爆散しろぉ! ―【火遁】紅梅―」
巻物を放り投げてやってくる雷の前で爆発させた。
直後に凄まじいエネルギーの放出が起こり土煙や光で何にも見えなくなる。
逃げても追いかけてくるなら他の衝撃を当てて潰す作戦だ。
だけど嫌な予感がしてすぐさまジャンプする。
直後、私のいた場所を光が数本貫いた。
「全部は無理か。だったら!」
雷の矢はまだ三本健在だった。
ぐるっとUターンしてくる軌跡を見せ始め空中にいて身動きが取れない私を狙ってくる。
その前にメニュー欄からアイテムを取り出し次の手を発動させた。
「いぃぃぃやっほぉぉぉぉ!!!」
私が取り出したのは『鉤縄』だ。
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『この羽虫が!!』
当然リムはそのロープを外そうと腕を動かそうとするが、そうなる前にこっちで外して違う部分へと掛けロープの長さを調節しながら空を闊歩する。
雷の矢も私を逃さず付いてきた。
「鬼さんこちら、ってね!」
少しずつ躱しながら上へ上へと昇りついにはリムの顔の前まで到達する。
そこから彼の顔をすり抜けて後頭部へと回った。
『私に当てる気か? そう容易くはないぞ異世界人』
「私の名前は葵よ! そんなんだからリィムに見放されるのよ!」
『リ……お前ごときがリィム様を語るなぁ!!!』
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まぁそう簡単じゃないか。だったら!
「―【火遁】紅梅―」
さっきと同じ方法で衝突させ雷の矢を消す。
そして発生した煙幕に紛れリムに突撃した。
「ピリっとくるぅ!」
対衝突させたけどまだ雷の影響力は微量に残っていて、チクチクとした痛みを感じながら振り向いたばかりで対応に遅れが生じるリムに右手を掲げる。
「せりゃあああああ!!!」
首筋を一閃。
割と良い手ごたえが入った。
『調子に乗るなネズミが!!』
けれどやはり体格差があり過ぎて致命傷にはなりえないらしい。
ダメージエフェクトとして黒い瘴気のようなものを噴出しながらリムは手で私を押し潰そうとはたいてくる。
手のひらだけで優に家2~3軒分は掴めそうな凶悪なプッシング。
当たればこの姿でも即死は免れなさそうだ。
「こっちを忘れていませんか? ―【刀術奥義】次元斬り―」
怪我を押してスタンバイしていたのは彼方さんだ。
彼はリムの足麗に回っており腱を狙って攻撃した。
首や胴体など太い部分は大した成果も得られなかったが足首には効果があり、ぐらっとリムが後ろから崩れそうになる。
『ぐおおっ! ネズミが一匹増えたぐらいで!』
「倒れとけっての!! ―【火遁】紅梅―」
リムの顔面にどでかい紅い花が咲く。
さすがに鼻っ面に爆発を食らったおかげか後ろから倒れていった。
300メートル級の巨体だ。それだけで辺りは強烈な地震と錯覚するような振動が起こる。
『ぐっ、よくもこんな真似を! 押し潰れろ! ―【八大地獄】岩責破潰―』
突如、頭上の雲が割れる。
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ぞっとした。
さすがにあれを破壊する火力はない。
どうする? 彼方さんと協力したとしてもあれは破壊できないだろう。
でも出来なければ騎士団の面子は間違いなく全滅だ。
私たちだけなら逃げられるが……。
『迷え。苦しめ。それがリィム様を騙ったお前たちの罪だ』
勝ちを確信するリム。
もはや一刻の猶予もない。残された時間は数秒程度。
「やるしかない! 彼方さん!」
「分かっています!」
「―【火遁】紅梅―」「―【刀術】かまいたち斬り―」
二人で即座に出せる遠距離術を発動させる。
火炎の爆発と切り裂く刃は落下する岩の塊を削った……が、それも一部分だけ。
一割程度が限界だった。
これはまずい!
見る間に絶望の塊が空中から近付いてきた。
圧倒的な悪寒が支配する刹那――あれが落ちてくる前に横合いから凄まじい稲妻のごとき何かのエネルギーが刺さり崩壊を始める。
「これなら! ―【風遁】芭蕉風―!」
咄嗟に風の忍術を発動した。
現れたのは大竜巻。
パワーアップした竜巻は頭上から落下してくる大岩の破片を巻き上げそのまま誰もいない方向へと運んだ。
危ない危ない。あんなもの落ちたら大惨事だ。
ふぅ、と一息吐いてから大岩を割った下手人に振り返る。
それは『宇宙船ペルセウス』だった。
『あー、聞こえるか? 悪いがお前たちだけに良い格好させらんねぇ。俺たちも混ぜてもらうぜ』
ペルセウスから大音量の声がスピーカーを通して流れてくる。
その声はアレンだった。
『えーと、これが攻撃でこっちが右に行ったり上に行ったりするやつよね。ぶっつけ本番だから壊れても知らないわよ!』
さらにペルセウスから聞こえるのはミーシャの声だ。
何やらぶつぶつ独り言が漏れてくる。
それに合わせてペルセウスからドローンのようなものが数体リムに向かっていき、小さな機銃を搭載しているようで蠅のようにリムの顔の周りを包囲してチクチクとダメージを与え出した。
『ぐぅ、邪魔だ!』
リムはそれを追い払おうとするも腕の風力が大き過ぎてドローンが飛ばされ当たらない。
蚊を潰そうとしてなかなか潰せないみたいな感じだろうか。
「―【降神術】少彦名命 薬泉の霧―」
そして私たちの近くから今聞こえた声もよく見知ってる声だ。
私と彼方さんに霧状の回復が降り注ぐ。
振り向くとそこには美歌ちゃんとお供のテンがいた、
「美歌ちゃん!? なんで? あそこに乗ってたんじゃないの?」
「みーんなうちを置いて行こうとするんやもん! みんな自分勝手するんやったらうちだって勝手にさせてもらうんや!」
ちょっぴりおこな美歌ちゃん。
その横にいるテンはこっちに目線を合せて黙って頷いてくる。
いやどういうアイコンタクトよそれ。
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